天国と卵
「くっ……殺せ」
泣き、叫び、散々にのたうち回った俺は石の冷たい床に倒れていた。
ごつごつとした天井が薄明りに照らされている。
体に力が入らない。
目の端から一筋涙が頬を伝う感覚がするも、それを拭おうとも思わなかった。
「ライフが完全にゼロだね」
「ちょっと調子に乗りすぎてしまいましたね」
つんつんと俺の頬を突く苺と苦笑いを浮かべるルエラ。
ここまでの通路には多くの魔道ゴーレムが設置されていた。
それの全てが俺の作ったものだ。
時に幼子のヒーローごっこで思い浮かべそうな戦闘スーツの戦士が、時に自分の中のカッコいいを詰め込んだと言わんばかりの黒ずくめの恰好をさせた片目を髪で隠した魔法剣士が、時に自分の性癖と好みをとことん詰め込んだような巨乳美少女が……。
あらゆる妄想が詰め込まれたゴーレムたちを目の当たりにし、それだけでもごりごりと俺のライフは削られた。
だというのになぜか苺だけでなくルエラまでもがノリノリで当時の思い出に盛り上がった。
小さい頃から俺について回っていた苺ならともかく、どうして貴族の屋敷で軟禁状態だったルエラまでもがこうも鮮明に思い出を語るのか?
「もう俺はダメだ、死ぬ……」
「ご、ごめん! ほんと調子に乗りすぎたよ」
「ごめんなさい。つい本物を間近で見て嬉しくなってしまいました」
これからモーラとの契約だというのに、微動だにしない俺の様子に二人が慌てだす。
そんな様子に後ろのモーラもとうに緊張が解けてただただ心配そうにこちらを見つめていた。
もしかしたらモーラの緊張を解くために苺もルエラも俺の黒歴史ゴーレムたちを弄り倒したのかもしれないが、それにしたってこれはない。
「ううっ、モーラ……」
掠れるような声を漏らすとモーラが小首を傾げつつ、楚々とした動きで俺に近づいてくる。
「どうしましたか?」
モーラが俺の傍で座る。
俺はゆっくりと上半身を起こすとモーラに向き直った。
そしてモーラに抱き着いた。
「ふえっ!?」
驚きの声を上げるモーラ。
「あらあら、すっかり甘えん坊さんになっちゃったわね」
「幼児退行してしまっていますわね」
「でもそこでなんで母さんに甘えてくれないのかしら?」
さらに母さんとモワノーも困った様子で俺を見守っているようだ。
モーラは最初こそ驚いた声を上げたが、俺が散々に黒歴史を弄られていた様子を見ていたせいか拒絶はしてこない。
それどころか俺の頭を優しくなでてくれる。
それにしてもいい匂いだ。
それにこの胸の大きさと柔らかさ、なんだか落ち着くな。
「お兄ちゃん……ごめん」
「これは本当に反省しないといけませんね」
そんな俺の様子をどう思ったか、苺もルエラも神妙な声を出した。
それを聞いた俺は一度モーラの胸から顔を上げると振り返り、これでもかとばかりに口の端を吊り上げる。
「ぬうっ……!! 苺だって人化を解いたら凄いんだからね……!」
「私にだって包容力はあります。大きさがすべてではありません」
狙い通り俺の皮肉たっぷりの笑みに苺がびくっと反応するものの、ルエラは謎の自信で受け流してしまう。
それからしばらくしてようやく俺はモーラから離れた。
もう少しこの幸せを堪能したい気持ちはあったが、モーラは今日あいどるになるためにここへやって来たことを思い出すと、俺は名残惜しさを振り払う。
仮にもこれからあいどるになろうという相手に、ぷろでゅーさーとして節度ある距離を保たねえとな
「……モーラ、ありがとな。こんなみっともないところ見せちまって悪い」
「いえ、お気になさらないでください」
そんなモーラは苦笑いを浮かべる。
散々大声を上げて泣きわめき続けたからだろうか?
どこか気分がすっきりしている気がするが、それを素直に認めるのもしゃくだな。
帰ったらしっかりと報復をするとしよう。
そう考えた途端、苺とルエラがびくっと体を震わせた。
「それにしても……」
俺はまじまじとモーラの顔を見つめていた。
目の前のモーラはきょとんとしたまま俺を見返している。
「こうしておどおどした様子がなくなると、ほんと綺麗で可愛らしいんだな」
「あ、あの……」
自信なさげな様子が消えて自然体の表情を浮かべている。
そうすると整った綺麗な顔立ちが印象強く俺の網膜に焼き付いてくるわけで……。
もしモーラがあいどるじゃなかったら思わず口説いていたかもしれない。
「綺麗な顔してるな」
と思っていたらどうやら声にしていたらしい。
「――ふえっ!?」
そのままさらに見つめ合う俺達。
なんだろう、顔にどんどん熱が込みあがってくる。
もしかして俺、無茶苦茶モーラを口説いてなかったか?
「ひいいいいいいいい――っ!」
そう考えていると突然目の前のモーラのシルエットが大きくなり全身を絞られるような痛みが奔る。
「うっ!? 締めつけが――! きつい、モーラ、締めつけが、きつ、い――!」
悲鳴を上げたモーラは蛇型になるととぐろを巻いた。
そこに俺も巻き込まれて全身を締め上げられてしまう。
肉の壁だ――まるで筋肉で搾り上げられているような凄まじい力で搾り上げられ、全身の骨が軋みを上げる。
さらにモーラに抱きかかえられた形となり、柔らかい上半身はかえって密閉度を上げていて呼吸すらままならない。
天国が豹変する。
「ぐはっ……!」
肺から空気が絞り出される。息が出来ない。
やばい、このままだと意識が飛ぶ――!
「お兄ちゃん!?」
「大変です。人蛇族の締め上げは人の骨を簡単に砕きますよ!」
なんだか苺たちの慌てた声が聞こえた気がしたが、それよりも早くに俺の意識は遠くなり――。
「こら、モーラ。またやっていますわよ」
「あっ……す、すみません! ひっひっふー! ひっひっふー!」
気を失いかける直前、モワノーがモーラの蛇の下半身をさすると、我に返ったモーラが人型に戻る。
倒れた俺は母さんに助け起こされた。
「大丈夫、シュー君?」
「な、なんとかな……。人蛇族の締めつけってこんなに凄かったんだな」
「うふふ、イキそうになるほど気持ちよかったの?」
こんな時でも通常運転の母さんに俺は顔をしかめる。
「そういう意味じゃねえから。ってかそもそも人蛇族は卵生だろうが」
「あら、卵生でも生殖は可能な筈よ?」
「――ひいっ!?」
母さんの舐めるような視線に人型のモーラが自分の体を抱く。
「シュカさん、本当に申し訳ありませんでした! ですから卵かけだけは……! 生みたてを食べてもいいですから、それだけは勘弁してください!」
「うふふ、生みたて卵に興味がおありで?」
するとモワノーまでもが艶のある微笑を浮かべだす。
「んな真似しねえし食ったりもしねえから! 母さんもモワノーもちょっと悪ふざけが過ぎるぞ!」
「てへっ、ごめんね♪」
「あらあら。ラブレターと一緒に卵を送るのは私達の種族の習慣なのですよ?」
「そういう種族の習慣にとやかく言うつもりはねえが、少なくとも今する話じゃねえだろ。モーラが怯えてるじゃねえか」
蛇は卵を食べるしな。
俺だって卵料理は食べるし調理だってする。
魔物の卵だって食べたことはある。
とはいえモーラが産んだ卵を……うん、さすがにちょっと扱いに困るな。
生みたての体液がしたたる丸い卵を前にして、上気した顔のモーラが俺を見つめて……って、想像するんじゃねえ!
俺は妙な気恥しさを首を振って振り払うと、ひたすら涙目で平謝りするモーラをなんとか宥めて落ち着かせた。
「なるほど、卵フェチは盲点でした」
「卵美味しいよねえ」
ほくほく顔の苺とルエラ。
「お前ら、今日は晩飯抜きな」
「あっ、これガチのやつだ……」
だがそれも一瞬で凍り付いた。
こいつらの最大の弱点は胃袋だ。
普段は健康管理の観点から飯には気をつかっているが、それも今夜だけは忘れることにしよう。
というか、モワノーの奴、本気でモーラを俺とくっつけるつもりか?
勇者だった親父ならともかく、息子の俺に地位や名声なんてもんはねえんだがな。
身分だってただの平民だし、ルエラが来るまでは苺と二人だけで頑張っていたんだ。
元勇者パーティーの人間とそれなりのコネはあるとはいえ、苺の声の件で散々に迷惑をかけているし助けてもらった。
恩返しこそすれど、頼るなんてことできようはずもない。




