オース・イン・ザ・ガール
「本当にルエラ、なんだな……」
亜人であるその姿は六年前のそれで、ようやく俺の中で過去のルエラと実像が重なり実感が湧く。
ルエラが虐げられていた理由――それは父親が貴族の人間族、母親が牙犬族の使用人であったからだ。
人間族と亜人族の間では亜人族の子供が産まれる。
そしてこの国の貴族は基本的に人間族だ。
そんな中で亜人族の子供が産まれれば当然のことながら忌避される。
当人が死にたいとまで言っていた状況……そこまで考えて俺は頭を振った。
今は私情を挟むべきじゃねえ。
たとえどんな生い立ちがあろうと、一人のプロデューサーとして、一人のあいどる候補の実力を見極めないといけない。
俺は努めてにやりと大きく笑みを作りながら言う。
「準備万端とはいい心がけだな。……苺、一曲付き合ってやれ」
「はーい。でも使えないと思ったらすぐ追い出すからね」
「もちろんです。私が使い心地のいい女だと証明してみせます」
「その言い方はどうなんだよ?」
そうツッコミつつも俺はルエラの観察を続ける。
さすがは牙犬族といったところか。
ルエラの体は貴族の令嬢にしてはなかなかに引き締まっている。
それでいて程よい肉付きもあって、容姿だけならばあいどるとして合格だろう。
自分で言うだけあって、それなりに練習と鍛錬を積み重ねているのが一目でわかる。
ルエラは苺の隣に並び、自信に満ちた笑みをこちらに返してきた。
「じゃあ曲を流すぞ。リクエストはあるか?」
「それでは……オース・イン・ザ・ガールを」
ルエラのリクエストで、俺は機材に楽曲プレートをセットする。
オース・イン・ザ・ガール――。
かつては最大百人以上いたメンバーが一斉に歌い躍った、みらくるベリーズの代名詞とも言うべき曲だ。
俺は機材に魔力を流し込み、楽曲術式を発動させる。
そして俺は思い知らされることとなった。
この出会いがみらくるベリーズの新たな歴史の1ページになるということを。
そう、すべてはここからスタートしたのだと……。
「なんだ、これ……」
背中合わせに立つ苺とルエラが祈りを捧げ、曲の始まりと共に願った。
その瞬間、俺は二人の姿に釘付けになっていた。
『景色』が見えた――。
窓から差し込む月明かり。
病床の少女は月に祈り続けていた。
自分の体の快復か、はたまた今の人生からの解放か……。
そんな少女に奇跡が舞い降りる。
降り注ぐ光の中、翼を持った天使が少女の傍に現れたのだ。
すると少女の背中に翼が宿った。
二人の翼をもった少女は窓から星空へと羽ばたいていく。
住み慣れた町を超え、周囲に広がる野原を超え、大人達が採集や狩りをしている森を超え、鏡のように透き通る湖を超え――少女達は花畑へと降り立った。
二人の少女は昔からの友達のように一緒に遊び始める。
月明かりの下、時間も忘れて夢中で駆け回る少女達。
やがて空が白み始め、地平線から太陽が姿を現した。
途端、景色が彩られ、広がっていく――。
色鮮やかな花々が咲き乱れる花畑で、二人は無邪気に走り回り、笑い合う。
そんな笑顔に釣られて動物たちが集まってくる。
その起こるすべてが新鮮で、眩しくて、愛おしくて――少女達の瞳に映る全てが輝いている。
しかし楽しい時間は突然やってきた嵐にかき乱される。
空はいつの間にか黒い雲に塗り固められ、花弁が無慈悲な風に散らされていく。
不規則な突風に振り回されながら二人の少女は翻弄される。
轟く雷に動物たちはいつの間にか姿を消し、叩きつけられるような雨水に彼女達はずぶ濡れになる。
二人の少女が驚きに目を丸くする中、その小さな体は風に巻き上げられていった。
けれども少女達の顔から笑みは消えていなかった。
暴れ狂う竜巻の中で、彼女達は手を取り合い、あろうことか翼を広げていた。
真っ黒な空の中へと風に煽られながらぐんぐんと上昇していく。
やがて二人の少女は雲の中を吸い上げられるように突き抜けていき、青々とした大空へと放り出された。
勢いよく射出された二人の少女は互いのずぶ濡れの姿を見て腹を抱えて笑いあう。
そんな二人に降り注ぐ太陽が彼女達をたちまちのうちに温めた。
眼下の黒い雲が吹き散らされていき、緑の大地が広がっていく。
少女達の願いが再び世界を彩っていく。
光が世界を包み込み、再び花畑が彩られていく。
そんな色鮮やかな世界を二人の少女は翼を広げて飛んでいく。
やがて少女は目を開いた。
病床のベッドの上、太陽の光が部屋に差し込んでいる。
窓の外へと顔を向ける少女。
笑顔を失って久しい少女の顔には笑みが浮かんでいた。
そんな少女の枕元には綺麗な白い羽が一枚、そっと置かれているのだった……。
「はあ、はあ……いかがしょう?」
俺は曲が終わってもしばらくは息を整える二人を見つめたまま放心していた。
動かない俺に息を整えながらルエラが小首を傾げて尋ねてくる。
ルエラの瞳には確信めいた強い光が宿っていた。
そしてあれだけ嫌そうにしていた苺までもがすっきりとした顔をしている。
まったく、こいつらは……。
「ははっ……」
口元が勝手に緩み、笑い声が漏れた。
俺は目元の涙を拭ってからあらためて二人を見た。
イントロから一変、華やぐ軽快な音楽に乗って苺とルエラはステップを踏む。
時に競い合い、時に手を取り合い、そこから世界が広がっていった。
二人の歌と踊りが重なり合い、響き合い、お互いを引き立て合っていく。
何もかもが新鮮で、眩しくて、愛おしくて――少女達の瞳に映る全てが輝いている。
たった二人とは思えない程に、そのパフォーマンスからは躍動感が生まれていて……観客は一人もいない筈なのに、まるで客席から歓声が、腹を打つような振動が伝うかのようだった。
「……凄えよ、お前ら」
次の瞬間、俺はステージへと駈け出していた。
「――うわっ!?」
「――きゃっ!?」
俺は二人を同時に抱きしめると、抱えたままぐるぐると回り――勢い余って倒れ込んだ。
やってくれた――本当に、こいつらはやってくれたな!
「最高だ! ははっ! 苺もルエラも、なんつーパフォーマンスかましてくれてんだ!」
「ふふっ、合格ですか?」
目の前の犬耳の美少女が確認してくる。
あいどるの理想を体現したようなルエラは、なるべくしてなったと言って過言じゃない。
それに加えて苺とも張り合えるあのパフォーマンス力とか、最早反則レベルだろ!
「ああ、文句なしの合格だっての!」
「むう! 苺はまだ認めたわけじゃないもん!」
「嘘言え! 無茶苦茶楽しんでたじゃねえか!」
反対側から苺の抗議の声が耳に入るが、そんなの却下だ、却下!
そして俺はなおもルエラに強請る。
「なあルエラ、他にも歌えるか?」
「はい。みらくるベリーズ全部の曲を網羅しています。リクエストはありますか?」
すると逆にルエラが当然とばかりに俺へと指示を仰ってくる。
「そうだな……だったら!」
口を開けば迷わずルエラにリクエストをしていた。
それから三時間後――。
「ううっ……もう足腰が、立ち、ません……」
「い、苺はまだ、ヤレる……もん、ね」
がくがくと膝を震わせていたルエラがとうとう床に倒れ込んでしまったのに対し、苺は息も絶え絶えに立っているのもやっとといった様子でダブルピースを作りながら笑みを浮かべている。
顔が引き攣ってアヘ顔になってるが、そこは指摘しないほうがいいな。
が、次の瞬間には同じように床に倒れ込んでしまった。
いくら亜人族でスタミナが底なしの二人でも、さすがに三十曲分の運動をぶっ通しですればへろへろになってしまうというものだ。
そんな二人を見ながら、俺は満足感に浸っていた。
どの曲でもまるで長年コンビを組んでいたかのような息の合った動きが見られた。
ルエラは魔術師としての才能もあるのか、固有楽曲の魔術特性を瞬時に理解し、パフォーマンスを行っていた。
俺は長らく感じていなかった胸の高鳴りに、二人に夢中になっていた。
パチパチパチ――。
そこへ客席の方から拍手が降ってくる。
まさか更なる新メンバーが!?
期待と共に振り返ると――、
「見事なパフォーマンスね。途中から見ていたけど思わず魅入っていたわ」
「――母さん!?」
そんなわけはなく、振り向くとそこには胸が大きく開いた服を纏った一人の女性が立っていた。
女王夢魔という夢魔族でも最高位の亜人で、二児の母になってもなお女としての色香をふんだんに漂わせる――それどころかますます女に磨きをかけているその容姿。
間違いなくそれは俺と苺の母親であるマリーナ・フラゴリーネ・三矢だった。
「ママ、あぐう……もうりゃめ。苺、満足にゃのお……」
苺は倒れ伏したまま首だけを母さんに向ける。
汗だくで、そこに水たまりでも作りそうな程だった。
「もう。こんなにぐっしょりと濡れさせちゃって、随分とやりたい放題したじゃない? 腰が立たなくなるまで使い込むなんてシュー君は絶倫で鬼畜さんだったのね」
「今いいところなんだからセクハラ発言は止めろ、母親」
せっかく余韻に浸っていたというのに何しにきやがった。
だが俺の言葉に構わず母さんは瞬歩を使って一瞬でステージへと舞い降りると、倒れ込む苺とルエラの間で屈んで脇腹をつんと突いた。
「「ぴぎっ!」」
苺とルエラが同時に弾かれたように短い悲鳴を上げてびくびくと痙攣する。
「あっ――!」
その仰け反る姿を見て、俺は慌てて舞台袖に駆け込みタオルと回復ポーションを手にとっていた。
「悪かった! 嬉しくてつい何曲もぶっ通しで躍らせちまった!」
俺は頭の熱がサーッと引いていく感覚を覚えながら苺達の傍に駆け寄ると、応急用の回復ポーションのビンを開ける。
歌と踊りは一曲ごとに全力疾走をするような消耗をする。
単独ライブでも十曲前後を披露するのが普通で、その三倍近くも、しかもトークも休憩もなしに歌い続けさせてしまった。
「動けない。口移しでお願い……」
「それだけ余裕なら普通に飲めるな」
俺はビンの一つを苺の口の中にねじ込んだ。
「ぶごごっ!? がばっ――!?」
中のやや粘性のある液体が重力に従って流れ込む。
溺れるような声が聞こえるがまあ大丈夫だな。
「ルエラも大丈夫か?」
俺はもう一本の回復ポーションをルエラの口元に寄せる。
「口移し……いいですか?」
「口移し?」
上気した頬と潤んだ瞳――そして懇願してくるルエラの小さくて柔らかそうな唇に視線が吸い寄せられる。
えっと今、ルエラは俺に口移しを要求した?
俺はさっきのキスの感覚に思わず顔が熱くなる。
「あの、口に……」
「ああ、そうか。びっくりした」
苺が血迷った事を言うものだからルエラの言葉までそう聞こえてしまったらしい。
俺はルエラの上半身をゆっくりと抱き起こすと、ビンの口元をそっと傾けて口にポーション液を少しずつ含ませる。
「ありがとうございます……」
「悪かったな、いきなりこんな真似させちまって」
「いえ、とても激しくて興奮する時間でした。もう体が熱くて仕方ありません」
「それ、楽しかったって解釈でいいよな?」
俺はあえて淡々とした口調を心がけながらルエラに答える。
まったく、あいどるの体調管理を疎かにするなんてプロデューサー失格だな。
二人が張り合っていたせいでオーバーワークもいいところだ。
これじゃあいつ怪我をしていてもおかしくなかった……後で入念にマッサージをしてやらねえと。
ぎゅるるる……。
そんな事を考えていると、唐突に腹の鳴る音が聞こえた。
腕の中のルエラの頬が運動とは違う意味で真っ赤になったのがわかる。
「飯、食べるか?」
「その、ご迷惑でなければ……」




