契約を交わす
俺は契約術師という言葉に反応する。
この敷地にはベリーズ劇場に隣接するように母さんの職場である契約術師の事務所が併設されている。
その業務としてもちろん契約書類や契約術式を取り扱っている。
俺も契約術師のライセンス持ちだし、一通りの業務だってこなせる。
だからこそモワノーの申し出の意味も理解できる。
「あら、宣誓契約はしなくてよろしいのですか?」
「それくらいには信頼に足る取引相手だと俺は思っているがな、確かに契約は必要だな」
俺はモワノーの言葉に首肯する。
モワノー個人相手なら確かに信頼は出来る。
通常の契約書を交わすだけで十分だろう。
だが取引相手は新進気鋭のペリステラー商会だ。
商会にどんな人間がいるかなんて把握していないし、調査だってろくにしていない。
せいぜいがリリークレイドルで世間並みの噂話を聞いた程度だ。
まあいきなりこちらを乗っ取ろうとか、利益をかっさらおうなんて考えるやつはいないだろうが、用心するのは当然だろう。
なにせこっちはスタッフ含めて3人しかいない零細あいどるユニットだ。
手を広げようにも資金も人員も割く余裕はない。
自分達の立場を守り、利益を確保する意味でも宣誓契約は必要になる。
それがぷろでゅーさーである俺の義務ってもんだな。
まあ契約でこちらが不利にならないよう、ぜいぜい気をつけることにしよう。
「んで俺は誰と契約を交わせばいい? まさか商会主でパヒュームメロンのぷろでゅーさーであるあんたが契約するわけじゃねえだろ?」
恐らく商会の人間の誰かと契約を交わすことになるだろう。
そもそもとして契約主は他の契約主とは契約することができない。
そう思っているとモワノーが背後で所在なさげにしているモーラへと振り返る。
「契約なら私の娘、モーラにさせますわ」
「……えっ?」
突然のモワノーの宣言にモーラはきょとんとしたまま俺とモワノーを交互に見やる。
「信頼のおける契約相手でしょう? それにモーラはあいどるの素養があります。
使えると判断したならみらくるベリーズのあいどるとしてステージに立たせることもできますわよ?」
「……わわっ、私があいどる!?」
モワノーの提案にさーっとモーラが青ざめる。
「さらに言えば貴方は勇者の息子でもあるのですから、もし間違いが起こったとしても私達には利益しか御座いません」
「ひいいいいっ!?」
今度はモーラが怯えた表情で自分の体を抱くと、人化を解いてその上からとぐろを巻いて自分の体を隠す。
「おい、そういう誤解を招く発言はやめてくれねえか? ただでさえ自称お嫁さんの変態妹とヘビーストーカーに悩まされてるんだからな。これ以上の心労は御免被るぞ」
「苺はお兄ちゃんの幼な妻だよ!」
「ヘビースモーカーみたいな言い方はやめてください! 私に害はありません!」
「実害だらけだろうが!」
毎朝のあの攻防戦はなんだっていうのか。
俺の苦情の言葉に苺とルエラが頬を膨らませながら抗議してくるが、逆に笑顔を向けると二人ともびくりとした。
そろそろ本格的に立場というものをわからせるべきだろうか?
「それにだ、勇者とかそういった権威に振り回されたくねえから、親父達はアリスリンド精霊国を出てこの国に移り住んだんだ。
そっちをあてにするのはやめてくれ」
「申し訳ありません、失言でしたわね」
俺の苦言にモワノーは深々と頭を下げて真摯に謝罪する。
軽口に対しちょっと大人げない反応だったかもしれないが、これは最初にはっきりさせておくべきことだ。
それはモワノーだって分かってくれるだろう。
俺は肩をすくめて力を抜くと苦笑を浮かべる。
それを見てモワノーも顔に微笑を取り戻した。
そんなやり取りをしている間にモーラは緊張が和らいだのか、にゅるりと体を這い出させると、俺の前で首を垂れ、三つ指をついた。
「あ、あの、ふふつつか者ですがどうぞよろしくお願いひまひゅ!」
「あっ、また噛んだ」
「いや、手出したりしねえから安心しろ。引き受けたからにはちゃんとあいどるとしての指導はしてやる」
何かを観念したような悲し気なモーラに向かって俺は呆れ顔をしながらも手を差し出す。
モーラがその手を取ったので立たせると、そのまま握手を交わす。
その手の感触が俺に伝えてくれた。
モーラは努力をしている。
決して引っ込み思案で何もできない女の子ではない、と。
さっきの服飾の技術といい、かなりの修練を積んでいるようだ。
きっと根が真面目なのだろう。
これはもしかしたら、本当にモノになるかもしれない。
そう考えた俺は本格的に契約を交わすことの両者のメリットを考えてみる。
「確かにペリステラー商会との宣誓契約が存在すれば、スポンサーが増えた時に優位な立場で発言が出来るな。娘を宣誓させることで結びつきの強さも主張できる」
モワノーがにこりと微笑み先を促してくる。
「あとは……モーラのパフォーマンスがものになったなら。みらくるベリーズの戦力が上がるわけだが、それは同時に商会のイメージアップに繋がるな」
「ええ。今の少数精鋭の体制であるならば、注目されることは間違いありませんわね」
俺の言葉にモワノーは嬉しそうに頷く。
「ですからここでしっかりとした契約関係を示しておくことはとても重要なのですわ。お互いの利益を守る意味でも、ね」
口角の上がった口元に不意にどきりとさせられる。
この表情も多分作り込まれたものなのだろうが、その妖艶さと可愛さをうまくブレンドさせたような表情ははっきり言って反則だ。
さすがはこの急速な発展を続ける王都でのし上がって来た商会の主だけはある。
思考と行動に抜かりが無い。
今は味方として俺に助言をしてくれているが、油断していると思わぬところで利益をかっさらわれるかもしれねえな。
俺は頬の熱さを堪えながらモワノーに確認する。
「けどいいのか? 俺達が次のライブで負けるかもしれねえぞ?」
「構いませんわ。もちろん我々としても勝ち上がってくださった方が利益は大きいですが、そうでなくとも損失にはなりませんから」
それに、とモワノーは俺の目を見つめながら言う。
「きっと貴方たちなら勝利を掴むでしょう」
「そこまで信頼されたなら応えないわけにもいかねえな」
俺は降参とばかりに手を広げた。
それから苺とルエラにモーラとダンスの練習をするよう指示を出す。
モーラの今の実力や相性については二人に確認しておいて欲しいし、できれば戦力として参加できるように鍛えて欲しい。
衣装の件もあって雰囲気はいいから問題も起こらないだろう。
一方俺のパトロンとなったモワノーとは楽屋に移動し、そこでスポンサー料とスタッフとしてのサポート内容についての細かい協議をした。
契約内容としては主に三つ。
1.衣装やメイクについてモーラを中心にモワノー達アーリンド商会のスタッフが面倒を見る。
2.モーラをみらくるベリーズ所属のあいどるとしてデビューさせるための練習をさせる。
よってモーラはベリーズ劇場のあいどる宿舎に住み込む。
3.みらくるベリーズはアーリンド商会のコスメ等服飾の新商品のイメージガールとして宣伝広告を行う。
――だ。
異世界あいどるオークションのブースにもアーリンド商会とのコラボコスメを置く事になり、その売り上げの一部がベリーズ劇場の資金として入ってくる運びとなった。
資金が増えれば今まで出来なかった活動や宣伝、設備投資も可能になる。
施設の強化も図れるし、お金はいくらでも欲しいところだ。
俺は早速取りまとめた内容をもとに宣誓契約に必要な契約書類を作成する。
契約魔術に必要な羊皮紙を書き上げ、互いに血判を押す。
普段はほとんど契約の仕事に携わらない俺だが、それでも最低限の書類作成はできるし、所属あいどるの立場を守る意味でも法についての知識は常に最新のものにしてある。
そして今回は俺自身が契約主になるという事で、契約の仲介は母さんに依頼した。
「ふふっ、これだけちゃんとした書類が作れるなら母さんの仕事をもっと手伝ってほしいわ」
そう言ってぷりぷりと怒ったふりをする母さん。
だが残念。
今までならともかく、今後はこちらももっと忙しくなる。
残念ながら力になることはできないだろうな。
そうして俺達はベリーズ劇場の地下にある、契約魔法陣のある部屋へと向かうことになるのだった。




