困窮する運営
「言い訳があるなら先に聞いてやる」
ベリーズ劇場のステージ――。
俺は仁王立ちで腕組みをしながら、目の前で正座する二人の少女を見下ろしていた。
「だってえ……」
「申し訳ありません、修果」
苺はぶうぶう言いながら唇を尖らせそっぽを向き、ルエラは反省の言葉を口にした。
「あっ、ずるい! 一人だけいい子ちゃんぶってる!」
「いい子ぶってなんていません。私はいい子なのです」
「ほう。いい子、だと?」
俺が怒気を込めた笑みを浮かべると、ルエラがびくっと体を震わせる。
「お前この前、また俺の部屋に盗撮スフィアを仕掛けただろ?」
「あそこなら絶対に気づかれないと思ったのですが……けどアングルと画質を考えるとあれ以上隠ぺいするのは難しいですし……」
「そもそも仕掛けるな! またご飯抜きにするぞ!」
「ひっ!? そ、それだけは……せめてまたお尻ぺんぺんとかにしませんか?」
「それはお前にとってはご褒美になるから却下だ。また嬉ションされてもたまったもんじゃねえしな」
ルエラが尻尾を振りながら頬を染めて見上げてくるのを一蹴する。
俺はこめかみを拳でぐりぐりとやり、状態異常『頭痛が痛い』(という錯覚)を堪えながら口を開きかけ……。
「へへーん、やっぱ舐め犬は悪い子じゃん!」
今度は苺が調子に乗った。
「そういう苺こそ俺の部屋に毎度忍び込むな! とうとう添い寝しやがったな!?」
「うっ、ついつい深く眠っちゃったんだよねえ。最近練習きつくなってきたし、あれは失敗だったよお」
「まさかお前が俺と添い寝してからわざわざ罠にかかりに行ってたとはな」
一昨日、朝起きると苺が添い寝していた。
そして俺が起きたのに気づいた苺が慌てて窓から飛び出し、用意していた罠に飛び込んだのだ。
毎度毎度懲りもせず俺の罠にかかっていたと思ったら、実は掻い潜っていたとは。
「いいじゃん。寝ている間に匂い嗅ぐくらい。どうせお兄ちゃん、爆睡してて何しても気づかないんだし」
「……いつも何してたんだ?」
「ええっ、それをここで言うのはちょっとお……」
頬を赤らめてもじもじとしなを作る苺に、俺は血の気が引いていく。
すでに取り返しのつかないレベルで色々な事をしているとかか?
いやだが、俺の服やシーツに変な匂いもねえし、血の跡もなかったし……。
「安心してください。苺さんはいざとなると怖気づいて何も出来ていませんから。頬にキスしようとして逡巡し悶えている様がとてもいじましいです。くすくす……」
ルエラは口元に手をやり、嘲笑の視線を苺に向ける。
「そういう舐め犬だって自分の部屋から見てるだけじゃん!」
「私はただ見つめられればそれで満足ですので。遠くから見ているくらいがちょうどいいんです」
「撫子的な言い方をしてもそれ、普通にストーカーだからな」
その瞳から光が消える狂気じみた顔を思い出し、俺は溜息交じりに言う。
こいつら全然反省する気がねえのな。
「はあ、まったく……」
苺とルエラは劇場の舞台という固い床のせいか、しきりに足をもぞもぞとさせていた。
あまり話を長引かせる訳にもいかねえか。
「んで、俺が今何に怒っているのかを言ってみろ」
「それって『なんで私が怒ってるのか分かる?』、みたいな難問じゃん! めんどくさい女がやらかすやつじゃん! そんなの分かる訳ないじゃん!」
「そうです。卑怯です! さては答えられない質問をして、また私をお仕置きするつもりですね? 今度は一体どんな……はあはあ」
話を本筋に戻そうとするも、苺もルエラもやいのやいのと騒ぎ立てて話をかき回す。
「お前ら一応女の子だよな? それに俺はそんな難しい話はしてねえからな」
俺が青筋を立てながら再び話を本題に戻すと、苺とルエラは観念したようにさっきまでの出来事を口にする。
「ええとね。今日は苺達と一緒にお兄ちゃんのハーレムに入りたい女の子を選別したの」
「ですが、その中には誰もふさわしい方がいなかったので、全員帰っていただきました」
いや、全然わかってなかったわ――コイツら!
「違えわ! 誰がハーレムを作るなんて言った!? 今日はみらくるベリーズのメンバーを追加するためのオーディションをやったんだろうが! この色ボケ共!」
俺は一向に反省の色を見せない二人に雷を落とす。
「あぎゃぎゃぎゃ!」
「ひいいいっ!」
文字通り雷魔法だ。
まあ俺の魔力じゃ大した威力は出ねえし、せいぜいが二人の髪をちりちりにするくらいではあるが。
そして悶えながらもどこか楽しそうな二人。
ううむ、これはそろそろ本気でどうにかしないとやばそうだな。
異世界あいどるオークションの予選に進み、あいどるユニットとして再び名前が広まり始めたみらくるベリーズ。
そこに入組希望の少女達が集まるのは自然な流れだ。
最初は一人一人面接をしたり、ダンスや歌などの審査をしたりして丁寧に対応していたのだが、次から次へと訪れるあいどる候補達への対応が追いつかず、このステージを使っての一斉オーディションを開催したわけだが……。
結果はといえば合格者ゼロ――。
基礎体力を見るためのランニングで半数以上が脱落したかと思えば、楽曲練習では苺とルエラが完璧なコンビネーションを披露し、あいどる候補達を置き去りにした。
おまけに楽曲後に俺への枕営業をほのめかし、彼女達をドン引きさせる始末。
苺とルエラなら一緒に楽曲を踊っていく中で、候補達の個性や実力も把握するだろうし、その中から直接苺達に選別して貰うのが一番の近道だと考えていたのだが……。
「あいどるでありながら人の夢を踏みにじり、挙句ぷろでゅーさーへの奉仕をほのめかすとか、悪評が広まったらどうするつもりだ?」
「お兄ちゃんのためなら苺、恥なんていくらでも捨てるよ!」
「そうです。修果を差し置いて恥ずべき事などありません!」
「恥じろ! 反省しろ! 改善しろ! お前らを応援してくれているファンに謝れ!」
そこまで捲し上げてから、俺はがっくりと肩を落とした。
「はあ……あの中にもし光る逸材がいたらどうするつもりだったんだ?」
「いたかな?」
「いなかったと思います」
「……バッサリだな。けどまあお前らが言うならそうなんだろうな」
だが苺もルエラもけろっとした表情で口を揃えて否定した。
こんなふざけた二人だが、事あいどる活動という一点においてはこいつらは妥協をしない。
最高のパフォーマンスを見せるためならばどんな努力だって厭わない。
そういう点だけは俺も苺とルエラを信頼している。
実際俺自身も即戦力になりそうな高い技能持ちや、ずば抜けた才能の持ち主をあの中から見出す事は出来なかった。
今必要なのは即戦力。
やり方こそ無茶苦茶だが、苺もルエラもそれをわかっていてあと腐れなく切り捨てたと考えられなくもない。
するとここまでのらりくらりとふざけ倒していたルエラが真面目な顔になって俺を見てきた。
「モノになるか分からない完全な素人を一から育てるのはやはり今の私達にはリスクが大きすぎると思います。人手もありませんし、金銭的にも決して余裕があるとは思えません」
すると苺もそれに同意する。
「言い方は悪いけれど、今の状況だとどうしても足を引っ張られちゃうと思う。正直リリークレイドルのメイド達の方がいいパフォーマンスが出来るくらいだったよ。
苺達の足固めもまだちゃんと出来ていないんだもん。どんな形になるにしても、戦力として一緒に頑張れる人じゃないと、今は受け入れるのは難しいかな」
そう言ってから苺は目を逸らす。
きっと内心では罪悪感を抱いているのだろう。
歌が好きならば、パフォーマンスが好きならば、誰とだって仲良くなりたいしいくらでも応援してあげたい、そう思うのが苺だ。
そこに才能や技量なんかの線引きはしたくなかっただろう。
だが今は異世界あいどるオークションの予選真っただ中。
一戦一戦が生きるか死ぬかの一発勝負のトーナメントの最中だ。
戦力増強を考えるとどうしても選別が必要となってしまう。
俺は苺の頭を撫でた。
『勝つ』――そう腹を括ったとはいえ、何も感じないなんてことはないに違いない。
「確かにな。少なくとも大会期間中は新人の面倒を見る余裕はねえか……」
ぷろでゅーさー一人にあいどるが二人。
リリークレイドルのメイド達がブースの方を手伝ってくれているとはいえ、劇場関連は三人ですべてを回している。
俺とルエラは劇場の資産管理もやってるし、機材や衣装のメンテナンス、劇場の清掃や家の家事なんかもしていて、人手はいくらでも欲しいところだ。
あの苺ですら最近は劇場の掃除をしっかりやるし、他の仕事も少しずつ覚え始めている。
つーか、正直言ってしんどい。
いくら好きな事でもたまにはゆっくりと休みたい。
苺とルエラも連日の売り子で人混みにあてられ疲れが溜まり始めている。
なによりも予選楽曲の制作と練習だってある。
とても新人を育てる時間や労力の余裕は今の俺達にはない。
「せめてもう少しスタッフがいてくれれば、俺達も楽曲に専念できるんだがな」
「今は予選ユニットがまだ多いですから期間がありますが、勝ちあがるにつれて一戦一戦の間も短くなってしまいますからね。早めに対策したいところですね」
「だよなあ。とはいえ専門家を雇うとなると費用も馬鹿に出来ねえしな」
「「はあ……」」
俺達は顔を突き合わせて溜息を吐く。
「あら、お困りかしら?」
そんな俺達のぼやきに答える声があった。
俺達は声のした方を見る。
舞台袖の方向……そこには先日の一回戦であいどるユニットパヒュームメロンを率いていた人蛇族の美女がいた。
「モワノー? どうしてここに?」
「今日は商談に参りました。少しお時間をいただいてもよろしいかしら?」




