幕間 第二王女の騎士見習い
女盗賊シャクラケは目の前の光景に愕然とした。
呼吸を整えるために意識して開いた口元がわなわなと震え出す。
全身が総毛立ち、瞬間瞬間に否応なくこれが現実だと疑いの余地なく叩きつけられ、思わず叫び出しそうになる。
目の前のエメラルド色の髪をした戦牛族の女騎士はただ悠然と、騎士剣をだらりと手に提げたままこちらを油断なく見つめている。
「そ、それ以上近づいたらこの小娘がどうなるかわかっているんだろうね!」
こうして今自分が辛うじて五体満足で相手と対峙出来ているのは人質の少女を抱えてナイフを首元に突きつけているからに過ぎない。
けれどそんな抵抗は無意味だった。
周囲ではすでにすべての手下が倒されている。
倒れ伏す手下の誰一人として意識を保っていない。
全員が昏倒させられている。
これではこの狭い小屋の中で逃げることもままならない。
こうしている間にも自分はどんどん立場を危うくしているのだと、命の粒がさらさらと自分の手から流れ落ちているのだと思い知らされる。
早く投降しなければという焦りと恐怖が彼女を支配していた。
盗賊団の幹部にまでのし上がった自分が、なす術もないなんて。
シャクラゲは自分の目に自信を持っていた。
生まれながらのスラム育ちで、子供の頃からスリや窃盗を繰り返すために必死に目を凝らして培った隙を窺う洞察力があった。
夜目も利いたことから盗賊団で重宝された。
正確な偵察により多くの盗賊を導き、また直接戦闘においても用心棒や警備隊相手に少なくない死線を超えたという自負もあった。
たとえ相手が訓練された騎士であろうと、少なくとも一対一なら負けるなんて絶対にない。
複数人に囲まれていようと、逃げるだけなら隙を突いて何とかできる、そう確信を持っていた。
なのにだ――。
この光景はなんだ――?
自分の計算間違い――いや、全てが妄想レベルに甘かったのだと思い知らされた時には全てが終わっていた。
酒場で連続誘拐事件の情報収集していた女騎士を飲み物に混ぜた眠り薬で眠らせた時には最高にテンションが上がったものだ。
依頼にあった女達以上の上玉の誘拐。
まだ少女としてのあどけなさを残し、しかし鍛え上げられた肉体の曲線は女らしく引き締まり、戦牛族だけあって胸は驚くほどに大きい。
こいつを連れて行ったならば臨時ボーナスだって期待できただろう。
だが今ならわかる。
あれはただのおとり捜査だったのだと。
仲間が次々と薙ぎ倒された。
盗賊団は十人に対し、たった一人の少女騎士相手になす術がなかった。
手足を縄で縛られ、さらにはしびれ薬すら投与されていたはずのこの少女騎士が、突然立ち上がるや否や、シャクラゲの目にも映らない神速の立ち回りで周囲を圧倒したのだ。
選りすぐりの部下たちは何が起こったのかも認識できないまま、ただ怪我もなく意識を刈り取られていった。
最後に残った取引相手が寄越してきた用心棒ですら、ほんの数合の斬り合いで切り伏せて、今は血だまりの中に身を沈めている。
どれだけ目を凝らしても、自分が助かる未来が想像もできない。
――これが騎士だっていうのかよ、チキショウ!
内心で悲鳴のような毒吐きを叫び、理不尽に泣く。
手が震えてナイフの刃が人質の少女を傷つけそうになり、シャクラゲは咄嗟にナイフを手放した。
「そうだ、それでいい。投降するなら悪いようにはしない。そのまま彼女から離れるのだ」
目の前の女騎士は初めからこうなることを知っていたかのように、むしろ穏やかな表情でこちらに気遣いすら見せてくる。
シャクラゲは自分がいかに矮小な存在であるかと思い知らされる。
それが堪らなく屈辱で、だがそれは大岩の如き不動の真理で。
次の瞬間、安堵に膝から崩れ落ちるのだった。
「これで全員か……」
私はそう呟くと人質をとっていた女盗賊を昏倒させ、足元のナイフを足で踏みつけて刃を踏み砕いた。
「皆、怪我はないか?」
壁際で鎖に繋がれた少女達に向かって呼びかけながら、剣を振るって拘束していた鎖を断ち切る。
全員気が抜けたのか、はたまた薬を盛られているのか、少女たちは皆一様にぐったりとしているものの、幸いにして命に別状はなさそうで私はほっと胸をなで下ろした。
捉えられていたのは人間、エルフ、人魚、オーク、リザードマンにラミアと種族は多岐に渡っている。
共通している点といえば皆美貌を備えた少女であるということだろう。
彼ら盗賊団の目的は人さらいおよび人身売買で間違いない。
「しかし、宣誓者までいるとは……彼らは何を考えているのだ?」
確認のために首輪に軽く触れながら魔力を流すと抵抗を感じる。
それは間違いなく契約の証、宣誓錠だった。
宣誓錠は魂で繋がれた契約によって生成される魔法物質だ。
決して解除も破壊も封印も行うことはできない。
よってこれを利用すれば誘拐された者の追跡など容易いのである。
それは国内外を問わない世界共通の常識となっているわけで、なぜこんな捕まるとわかっているような犯罪に彼らは手を染めたのだろうか?
「お疲れ様でした、メローネ」
「はっ、エストティーネ様!」
そんな思考に耽っていると、近衛騎士団の副団長であるエストティーネ様が小屋に入り私に声をかけてきた。
人馬族の彼女は四本の足を器用に動かして気絶した盗賊たちをまたぎながらこちらへと歩み寄って来た。
その後ろからは数人の兵士が入ってきて、次々と盗賊たちを拘束し外へと運び出していく。
「盗賊団の移送や手当は警備隊に任せましょう。体の方は問題ありませんか?」
「はっ、問題ありません! 誘拐時に盛られた薬の解毒もすでに済んでおります。ですが、あの……エストティーネ様、その手に持っている映像スフィアはなんでしょうか?」
そこには縄で縛られ、さるぐつわをされた私の姿が映っていた。
盗賊の首領に下卑た笑みを向けられ睨み返す私。
さるぐつわを取ったところで吐きかけた唾を舐め取る姿に青ざめる私の顔が映っていて、思わず身震いをしてしまう。
本当にあれは気持ち悪かった。
生理的な嫌悪感をあれほど感じたのは生まれて初めての経験だ。
「これは事件の証拠映像です。それだけのものですよ」
「その割にはどうして胸元のアップまであるのでしょうか?」
疑いの視線を向けると、エストティーネ様はにっこりと微笑んだまま黙り込んだ。
今回おとりを申し付けたのはこのエストティーネ様だ。
犯人グループが飲んでいる酒場であえて情報収集を行い、油断を誘うことで私を彼らのアジトまで運ばせる。
もちろんその采配に不満などないものの……どうもそれ以外の目的を持っているように感じてしまう。
「こら、エスティ。お前はまたそんな映像を」
「バル、これはただの物証です。それに彼女の胸はアイデンティティではありませんか。認識齟齬防止の為です」
「屁理屈を。それなら剣捌きで十分に証明されているだろう」
近衛隊長であるランバルディ様は警備隊への引継ぎを終えたのか、我々の会話に混ざってくる。
相変わらずランバルディ様は騎士の鑑というべき潔白さを持っている。
私も彼を見習って一日も早く立派な騎士になりたいものだ。
「しかし誘拐された少女達を早々に救出できてなによりでしたわ」
その声に反射的に私は跪いた。
そんな我々の前に声を発した女性が歩み寄ってくる。
まるで黄金の川のように流れる金髪に、大きな目に明々と輝く赤い瞳、華奢でありながら威厳すら感じさせる力強さを持った赤いドレスを纏った女性。
イルパラディス王国第二王女セレーサリサ様だ。
「エスティ、バル、メローネ、ご苦労でしたわ。顔を上げなさい。現在は公務ではないのですからかしこまる必要なんてありませんことよ?」
するとランバルディ様は顔を上げるなり、苦い顔をした。
「そうですか。ならば言わせていただきますが、一国の姫ともあろう者がわざわざこのような危険極まる場所に出向く必要などないと存じます」
「左様でございます。姫様自らが現場に赴くなど、本来ならばあってはならないことなのですよ?」
ランバルディ様に続いて、エストティーネ様もセレーサリサ様に苦言を呈する。
だがセレーサリサ様はただくすりと笑い返すだけだった。
確かにセレーサリサ様は戦乙女の名に恥じない武術と魔術の使い手だ。
時代が時代なら勇者パーティーに加わり、共に魔王を打倒していたに違いない。
「今回の連続誘拐には被害者に"あいどる"までいるという話ではありませんか。このような前代未聞の事件について現場での視察こそが最適な行動への判断を考察するにふさわしい環境ですわ」
「だから屁理屈をおっしゃらないでください。姫様があいどる事業に並々ならない想いを抱いているのは存じておりますが、こればかりはやり過ぎです」
「そうですわね。ですが今の時期こそ私が出向かなければなりませんの。なにせ相手は紛いなりにも魔王軍幹部の名を名乗っているのですから。国の平和と威信を保つために、最大戦力を投入するのは当然の理屈ですわ」
「しかし……!」
自信満々に言い切るセレーサリサ様に対し、ランバルディ様は二の句を告げない。
その表情に微かに憂いがあることに気づいてしまったからだ。
恐らくは第三王女シルエーラ姫のことを思い出しているのだろう。
私は直接の面識はないが、彼女は心からあいどるを好いていたと聞き及んでいる。
先日病気により亡くなったばかりで、ここ最近はセレーサリサ様も塞ぎがちになっていた。
そんな気晴らしにと渋々おとり捜査を認めたものの、まさか自らが取引現場にまで乗り込み陣頭指揮を執るとは完全に想定外だ。
「しかし今後もあいどるが誘拐されるとなれば、異世界あいどるオークションにも差し障りますわね。今のところ予選参加あいどるに被害はありませんが、一刻も早く『シャドウミストレス』の正体を突き止め、捕縛する必要がありますわ。間違っても魔王軍の幹部にこの大会を台無しにされるわけにはいきませんことよ?」
異世界あいどるオークション――。
その言葉にふと私の脳裏に一つのあいどるユニットの名前が浮かび上がる。
みらくるベリーズ――。
私も幼い頃在籍していたあいどるユニットだ。
最近では王都のストリートでライブを行い、セレーサリサ様の命令通り金貨を差し入れたのは記憶に新しい。
セレーサリサ様は満足しておられるようだが、きっとシュカ達は常識外れの金額の投げ銭を訝しんでいるに違いない。
そういえばライブではイチゴの雰囲気が随分と変わっていたように感じた。
恐らくは失言症とその後のリハビリの影響だろう。
まだ粗削りだが、これからの彼女の成長も楽しみなところだ。
長い期間がかかっとはいえ、再びあいどるとして活動できることは何より。
イチゴは誰よりも歌を愛し、愛された少女だ。
そんな彼女だからこそきっとこの三年は苦しみ抜いたに違いない。
そしてパートナーを務める牙犬族の少女もかなりの実力の持ち主だ。
少々大人しめなところはあるが、経験を積んでいけばもっと伸びやかなパフォーマンスを披露できるのではないだろうか。
そしてシュカは……まあ最近の楽曲を聞く限りでは心配はいらないだろう。
セレーサリサ様から予選応募時の映像スフィアは見せてもらった。
二年以上のブランクにも関わらず、腕は鈍っていないようだ。
果たして彼女たちがどこまで勝ち上がれるか……。
そんなことを考えていると、セレーサリサ様がパンパンと手を叩き、注目を集めた。
「それでは撤収しますわよ。こんなところにいることが姉上や母上の耳に入っては大変ですもの」
「自覚があるのであればもう少しご自愛ください」
「はいはい、今後は気をつけますわ」
エストティーネ様は近衛として、そして幼馴染としての顔でセレーサリサ様を諭すものの、当の本人はすまし顔でどこ吹く風といった様子である。
私に向けてはいつも優しいセレーサリサ様は、エストティーネ様に向けては様々な表情を見せている。
そんな二人を見ながら、いつか私もセレーサリサ様に信頼を向けてもらえるような騎士になりたいとあらためて思う。
返しきれない恩を返すためにも。
私は見習いを卒業し、騎士として、セレーサリサ様の近衛となりたいのだ。




