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泣き腫らしたなら

 幻影魔術陣(ミラージュ)の光に満ちたステージで衣装に着飾られた苺とルエラが歌い踊る。


「みんな、今日は来てくれてありがとう!」

「今日はいっぱい楽しみましょうね!」

「「おおおおおお――っ!!」」


 二人の呼びかけに観客達から歓声が返って来た。


 ベリーズ劇場の大ホール、緊急告知にも関わらず客席は満席だ。


「それじゃあ次の曲行くよ! みんなも一緒に踊ろうね!」


 トークの間に簡単なレクチャーが入り、次の楽曲が始まる。

 するとサビに入ったところで苺たちと観客たちの振付がシンクロし、より会場が盛り上がる。


 そこには昔からのファンもいれば見知らぬファンも大勢いる。


 異世界あいどるオークション予選出場、浜辺大ステージでのラナナスとの合同ライブ、それに加えてみらくるベリーズというネーム――様々な要因が絡んだ結果に違いない。


 これはかつて見た光景――いやそれ以上かもしれない。


 いや、それが贔屓目だとわかっていてもつい笑ってしまう。

 なにせ三年ぶりの光景だからな。

 

 このライブだが、ラナナスとの決闘ライブの後、苺が言い出したものだ。

 一回戦が目前って時になにを言い出すのかとも思ったが、苺の、そしてルエラの強い希望でその願いを叶えてやることにした。


 俺は一回戦前日で疲労はたまらないか、怪我はしないかとハラハラしているのだが、こいつらはそんな様子を一切見せずに全力で飛ばしている。


 まったく、底なしってのは恐ろしいもんだ。


 ルエラもなんだか楽しそうだ。

 新メンバーとしてちゃんとファンから受け入れられている。


 今までの軟禁生活を考えればうまくコミュニケーションがとれるのかと心配もしたが、どうやら心配は不要なようだ。

 人見知りな様子を見せることもないし、柔和で気遣いのできる彼女は苺とバランスの取れた立ち位置にいると思う。

 

 そんなルエラにもいろんな景色を見せてやりたい。

 世界はこんなに素晴らしいんだって思ってほしい。


 ついでに俺への執着も緩和させなければ。


「さあ、みんなでダンスだよ!」


 苺が幻影魔術陣(ミラージュ)に大勢の人形を呼び出し、バックダンサーとして苺とルエラの後ろで躍らせている。

 三十人以上いる人形の整然とした動きが迫力としてステージを盛り上げる。


 あんなに大勢の人形を同時に操るなんてな。

 しかも自分の振付とは別の動きで、だ。

 

 ほんと修行で上がった自分のスペックをうまく使いこなしている。

 

 完全復活で動きにも魔力制御にも磨きのかかっているパフォーマンス。

 それを見て俺は確信する。


 これで戦える、これで始められる。

 これからいろんな出会いがあって成長し、いろんな歌や踊りを見せてくれるはずだ。


 足りないもの、やるべきことはまだまだ多くあれど、その過程を楽しめると思えばどうてことはない。


 今までは周囲をうらやんでいたことも多かったが、これからは俺達も自由にその場所へと足を踏み出せるんだよな。




 その夜、馬車に衣装や機材、グッズなどを積み込んで最終確認をしているところに苺がやってきた。


「どうした苺、明日は一回戦だぞ。早く寝ないと今日の疲労が回復しねえぞ?」

「うん、そうだね。すぐに戻るよ」


 そう言いつつも苺は荷台の淵に座って夜空を見上げ始める。

 俺も苺の隣に座って空を見上げた。

 

 空には満天の星が瞬いている。

 これなら明日の一回戦も晴天で迎えられそうだ。


「ねえ、お兄ちゃん」

「どうした?」

「明日からいよいよ始まるんだね」

「ああ、一時はどうなることかと思ったけどな。なんとか準備も間に合ったな」


 そう言いながら俺は苺の頭を撫でる。

 桃色ブロンドのふわふわの髪はやっぱり手に馴染んで心地いい。


「……あいどるって凄いね」


 苺は星を見上げながら呟いた。

 まるで夜空に浮かぶ星の一つ一つがあいどるの輝きだとでも言わんばかりだ。


「一人一人いろんなあいどるがいていろんなパフォーマンスがあって。あれだけたくさんのあいどるがいるのに誰一人として同じものがないんだから」

「ああ、あいどるって凄えな」


 思い浮かぶのは異世界あいどるオークションの予選会場だ。

 万単位のあいどるがいていろんなパフォーマンスがある。


 苺の言う通りあいどるの数だけ、そいつらの輝きがあった。


 あいどるには無限の可能性が広がっている、そう思わされる場所だ。


 ふと俺は思う――。

 親父のいたニホンもこんな感じだったのだろうか?

 そうだったなら親父がこの世界に積極的にあいどるを広めようとした気持ちも少しは理解できるってもんだな。


 本当にあいどるが世界を変えるのかもしれない。


「だからさ、苺は勝ちたいんだよ」

「勝つ? 大会でか?」


 俺が聞き返すと苺は元気よく頷いた。


「だってさ、そうしたらその分だけいろんなあいどるを間近で見られるもん。それに苺のパフォーマンスもたくさんの人に知ってもらえるよね!」

「ははっ、お前は相変わらずだな」 


 あんな目に遭っても全然変わっていない、いやもっと貪欲になったか?

 

 と、苺の表情が引き締まる。

 それはラナナスと対峙した時のような、堂々とした勝気な笑みだった。


「そのためにね、苺も苺の出来ることを全部するよ。全力で向き合わないと失礼だもん。だから苺は……ううん、みらくるベリーズは勝ち続ける。勝って勝って勝ちぬいて最後まで楽しみ尽くしてやるんだから!」


 その目は真剣そのものだった。

 思わず俺は息を呑む。

 

 ただ歌が大好きだっただけの少女は今、プロのあいどるになろうとしている。


「そうすればきっとみんなを幸せに出来る。そんな気がするんだよね」

「なんだよ、最後の最後で『気がする』かよ。締まらねえな」

「えへへ、ごめんごめん」


 苺は頭をかきながらにへらと笑う。


 歌が好きで、だけれどそれだけで許された子供の時間は終わろうとしていて、そんな中で苺は答えを出したんだ。

 

 だったら俺も、それに全力で応えねえとな。



 不意に沈黙が訪れる。

 だが苺はまだ部屋に帰ろうとしない。

 なにかそわそわとし始めている。


「どうした、まだ何かあるのか?」

「うん、ええとね……」


 すると苺は荷台から飛び降りて俺の前まで移動する。

 そしてピンと姿勢を正したかと思うと、深々と体を折って頭を下げた。


「お兄ちゃん、今まで守ってくれてありがとう!」


 俺はぽかんとしたままただそんな苺を見つめていた。


「馬車の事故からも守ってくれた。声を失っても見捨てないでずっと側にいてくれた。記憶を失って体の制御が出来ないときでも根気よくリハビリに付き合ってくれた。全然お客さんを呼べないのに諦めないで苺のためにステージを用意し続けてくれた……」


 すると苺は一度頭を上げて俺を見つめると、もう一度頭を下げる。


「だから本当に本当に……ありがとうございます! そしてこれからもよろしくお願いします!」


 そんな苺に向かって俺は口を開く。


「当たり前だろ、家族、な……んだか、ら」


 するとどうしてか俺は言葉に詰まってしまった。


 喉が詰まってうまく喋れない。

 それだけじゃない。


 なぜか視界まで滲んできやがった。

 

 頬を何か伝っている。

 指で拭って初めてそれが涙だと気がついた。

 

「お兄ちゃん?」

「よかった、本当に、くっ……歌える、ように……なって。……よかったな」

 

 堪えきれず、俺はぎゅっと目をつむる。

 すると柔らかい感覚が俺の頭を包み込んだ。


 抱きしめられていると理解する。

 柔らかくて暖かくて、とても安心する。


「本当に辛かった。お兄ちゃんも辛かったよね? それでも見捨てないでくれてありがとう」

「ううっ……うううううっ!」


 もう駄目だった、言葉も何も出てこない。

 

 頭の中に次々と今までの光景が思い浮かんでは気持ちが抑えられなくなる。


 今まで歯を食いしばって耐えていた何かが、せき止めていた感情が全部涙と一緒に流れ出していくかのようだ。

 

 苺は俺が泣いている間、ずっと背中をさすり続けてくれる。

 頭の上から小さくすすり泣く声が聞こえる。

 もしかしたら苺も泣いているのかもしれない。


 これまでずっと不安だった。

 トラウマでもう二度と苺は歌えなくなるのではないかと。

 記憶を奪ったせいでもう二度とあいどるとしてろくな活動が出来なくなるのではないかと。


 でも苦労は報われた。

 こうして今、苺はあいどるとして新たな一歩を踏み出そうとしている。

 

 ……本当によかった。



 それからどれくらいの時間が経っただろうか。

 ようやく落ち着いて顔を放すと、やっぱり目が赤くなっている苺の顔が目の前にあった。


「悪い、随分と甘えちまったな」

「気にしなくていいよ。プロデューサーとあいどるは夫婦みたいな関係なんだからね。パパがそう言ってた」

「夫婦……あっ!」


 俺はものすごく嫌な予感がして苺に聞く。


「なあ、苺……

「うん。最高の夫婦になれますようにって誓い合ったもんね、苺達」


 その満面の笑みから放たれた爆弾発言に俺の思考が停止する。

 やがてわなわなと震えだし、俺は叫びをあげた。


「貴様かああああああっ!!」

「ひいいっ!?」


 俺の叫びに苺が仰け反りながら悲鳴を上げる。


「犯人はお前かあああ! 犯人はお前かあああっ!!」

「痛い、痛い! 頭ぐりぐりしないでええ!」


 ジタバタしようが問答無用だ!

 親の言葉を真に受けてこいつはとんでもないことをしやがったんだ!


 いや待て、それを受け入れた俺も俺なのか?


「俺かああああああっ!!」

「うひっ!? ……だ、大丈夫?」


 そう気づいた途端、俺は膝から力が抜けてその場にへたり込み両手をついてしまった。


 そんな理由で、あんな言葉を真に受けて受け入れてしまったばかりに……。


 つまりあいどる活動において最高のパートナーになるという契約のつもりが婚姻契約にすり替わったってか?


「うふふん、そのためにも子作りを……」

「それまだ言うつもりか? いい加減親父たちが言いたかった意味をお前も理解してるよなあ? なあ?」

「――いひっ!?」


 俺の笑みに苺が笑顔を引きつらせたまま後ずさりする。

 

「お兄ちゃん。一度落ち着こう。話せばわかるから、ね、ね。暴力はよくないと思うんだあ」


 ぷるぷる、苺はわるいあいどるじゃないよ?


「はああああ……」


 そんな苺を見て俺は盛大に溜息を吐くと馬車の方に向き直る。


「ルエラもそこで隠れてないで出てこい!」

「あっ、やっぱり気づいちゃってましたか」


 そりゃあな。

 俺が泣いている時にもう一つ、すすり泣く声が聞こえたからな。


 俺は心の中だけでそう呟きつつルエラを手招きする。


「もうルエラちゃん、空気読んでよ! 今は苺とお兄ちゃんの大事な時間なんだからね!」

「さすがに空気読んで隠れてましたよ。でもあんな感動的な話聞かされたら我慢できなくなるじゃないですか……」


 やはり唇を尖らせるルエラの目元も赤い。

 もらい泣きしていたのかと思うとまた気恥ずかしくなってきた。


 ああ、もう――!!

 

 俺は二人の間を素通りして家の方向へと歩き出す。

 

「ほら、さっさと帰るぞ! これ以上は本当にまずい。明日は一回戦だって忘れるなよ!」

「うん。もう寝るね。おやすみ、お兄ちゃん」

「おやすみなさいませ。明日は絶対に勝ちましょうね」

「ああ、おやすみ。苺、ルエラ」


 二人は素直にそう返して俺の後をすたすたとついてくる。

 こう意固地になると俺の方が子供みたいで恥ずかしい。



 異世界あいどるオークションーーこの大会を全力で楽しみ抜いてやる。


 苺やルエラ、そしてまだ見ぬ仲間。

 ここから新たなみらくるベリーズの伝説が始まるんだ。


 もう泣くだけ泣いた。

 あとは笑ってこの大会の優勝まで突き進んでやる!


 俺はそう決意を固めつつ、家の扉を開けたのだった。




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