閑話 うずうず、どきどき、わくわく……!!
物心ついたときから苺の周りには歌があった。
それはとてもキラキラしたもので、苺はそれが大好きだ。
パパはあいどるになればいっぱい歌って踊れると教えてくれた。
ママは歌って踊ればたくさんの人が幸せになると喜んでくれた。
お兄ちゃんは一緒に歌って踊ろうと言ってくれた。
だから苺は歌って踊った。
ナナちゃんやメロちゃんや他にもたくさんのあいどると一緒に世界中を巡った。
みんな笑顔になってくれた。
世界中の人があいどるを好きになってくれた。
そんなある日、苺はナナちゃんと喧嘩をした。
苺が考えなしだと、周りの事を全然考えていないと。
今のままじゃ周りの人たちを不幸にすると。
歌は楽しいもの、それだけじゃ駄目なの?
そんな考えが頭の中をぐるぐると回り始めて……。
とても悲しいことがあった気がする――。
目が覚めたら二年の月日が過ぎていた。
苺は一晩眠っただけのつもりだったのに、目が覚めると何もかもが変わっていた。
背は伸びているし、魔力は信じられないくらい増えている。
お兄ちゃんも背が伸びて少し大人びていた。
なぜか胸の大きさだけが全然変わってないのは納得いかなかったけれど、そんな事よりも、もっと大変なことが起こっていた。
声が出ない――というか声がうまく発せられない。
まあ二年間眠りっぱなしじゃ仕方ないのかな?
喉がダメになったわけじゃないからすぐに元に戻るよね?
あとスタッフさんがいなかった。
いつも劇場には沢山のスタッフさんがいたはずなのに誰もいなかった。
がらんとした劇場はとても物悲しくて。
体もうまく動かなくて歌も歌えなくて、悲しくていっぱい泣いた。
みんなどこ行ったんだろうと思っていたら、なんとナナちゃんと一緒に新しいあいどるユニットを作っていた。
まあ苺は二年間眠りっぱなしだったわけだし、その間に別のところであいどるするのは仕方がないよね?
リハビリが始まった――。
身体の中の魔力は扱え切れない程に膨大で、幻影魔術陣に魔力注いだらステージが割れた、物理的に。
加減を間違えて何度も破壊しちゃった。
その度にお兄ちゃんが錬金術を駆使して直してくれた。
苺は魔力だけじゃない、身体能力も上がっていたから踊ろうとしたら大地が割れたし、衝撃波がまき散らされて建物が半壊した。
しばらくは街の外で特訓したけれど地面は穴だらけになるし岩は砕けるし、魔物が苺の歌でのたうち回ったときにはさすがに言葉も出なかったよ。
有り余る力をどうしたらいいかわからない。
自分の体が自分じゃないみたいにうまく動かせない。
おまけに声すらまともに発することが出来ない。
一緒にいたはずのあいどるの仲間も、スタッフの人たちも誰一人いない。
まるで今までやっていたあいどる活動が全部夢だったんじゃないかって思っちゃう程になにもなくて……。
だけどお兄ちゃんが励ましてくれた。
側で付き添って根気よくリハビリに付き合ってくれた。
ママも時間を見つけて苺の特訓に付き合ってくれた。
そのお陰で半年くらいで普通に踊れるようになった。
家族に支えてもらった。
思い通りにいかない体に焦る苺をお兄ちゃんはずっと励まし続けてくれた。
大丈夫だって、ちょっとずつ慣れていけばいいって。
その時に恥ずかしながら初めて苺は今まで多くの人に支えられて生きてきたんだってことを実感できたんだ。
ナナちゃんの言いたかったことが少しわかった気がする。
そうして苺はあいどる活動を再開した。
歌い手は苺一人だけ。
リハビリの期間にも何人かメンバー候補が来たけれどすぐに辞めていった。
お兄ちゃんの話によると、上手な子はみんな養成所に行き、卒業後は大店の商会がパトロンとなってあいどるユニットをプロデュースするという。
有望な人材はそうやって囲い込まれるから、いくら募集をかけてもなかなかいい人材はやって来ないらしい。
たまに逸材がいても色々と問題を抱えているという。
それでも苺が頑張ればきっといい子がやってくる。
そう信じて頑張った。
昔からのファンの人が少しは戻ってきてくれたけれど成果は芳しくない。
ビラ配りとか、ストリートパフォーマンスとか、地道な活動も色々とした。
一からのスタートだ。
リハビリは辛かったけれど、活動はとても楽しかった。
今はお兄ちゃんと二人しかいないけれど、またきっと多くの人と一緒に歌えるよね?
けれどその一からなかなか前に進めない……。
周りにはたくさんのあいどるがいて、ファンがいた。
いろんな歌と踊りがあって、いろんなあいどるを好きないろんなファンの人に溢れていた。
歌以外でもファンの人を惹きつけていて、ただ歌って踊っていればいいわけじゃないと、自分の甘さを突き付けられた。
それでもお兄ちゃんがいてくれるから……苺はただお兄ちゃんを信じるの。
そうしたらやってきたよ、新しい子!
ルエラちゃんは歌や踊りがとても上手だった。
誰かと一緒に歌い踊ることがこんなに楽しいことだったんだって思い出すことが出来た。
ただ出会ったその場でお兄ちゃんにキスしたことは忘れてないよ?
それにお兄ちゃんのことをいつも見ているし、ストーカーみたいなことしてるし。
苺はお兄ちゃんの妻だから、苺がお兄ちゃんの貞操を守らないとね!
予備審査を通って異世界あいどるオークションの予選に出場することが決まった!
これでもかというくらいの広い会場で、これでもかというくらいのあいどるとファンがごった返していて、その余りの規模に圧倒された。
世界中にあいどるが広まっていることが嬉しくなったよ。
それからナナちゃんと浜辺のステージでライブをして、苺は事故の記憶を思い出した。
そしてその後の二年間の空白も思い出した。
魔女の秘薬を飲んだことで事故から薬を飲んだ時までの記憶を全て封印していたんだった。
三年前のあの日、苺はナナちゃんと喧嘩をした。
苺は周りが見えていない、周りの迷惑を顧みていない、と。
なんであんなに怒るのかがわからない。
おまけに周囲を不幸にするから歌はやめろなんて言ってくる。
歌をやめるなんて考えられない。
たとえナナちゃんのお願いでもそれだけは絶対に聞けない。
第一パパもママも苺が歌えばみんなが幸せになると言ってくれたんだ。
歌をやめるなんてあり得ない!
私は毎日でも歌って踊り続けたいのに、それをわかっているはずなのに、ナナちゃんはいじわるだよね?
だからむかむかして気晴らしにお兄ちゃんと町に遊びに行って――お兄ちゃんは馬車にひかれた。
お兄ちゃんが庇ってくれた。
頭から血を流して動かない。
体もなんだか変な方向に曲がっている。
ルエラちゃんの契約で治癒できたけれども、その時にお兄ちゃんは魔力の大半を失った。
もうあいどる活動も出来ないと言われた。
自分のわがままのせいで周囲が迷惑する――その事実を突きつけられた。
ナナちゃんの言う通りだった。
馬車の事故は苺のせいだ。
お兄ちゃんは違うって言ってくれるけど、苺も頭では馬車をぶつけた人が悪いとわかっているけれども、それでも体と心はそれを受け付けなかった。
その日以来、歌を歌おうとするとその時の光景が頭に鮮明に浮かんで歌えなかった。
体が勝手に震えて頭が混乱して、パニックになった。
そうしているうちに口を開くだけであの時の光景が浮かぶようになって声も出せなくなった。
今ならわかる。本当に苺は周りが見えていなかった。
今までたくさんの人にどれだけ支えられ、助けられてきたか。
今になってそれがわかる。
苺はただ歌いたいというだけで周囲の状況も見ないでいた。
苺が言えばみんながなんとかしてくれると手放しに考えていた。
そりゃあナナちゃんが怒るのも当然だよね。
ナナちゃんは泣いていた。
自分の契約を忘れられていたから。
ただ一緒に歌い踊りたいとしか思っていなかったから。
ナナちゃんの苦しみをちっとも理解しようとしなかったから。
そして今もナナちゃんは苦しんでいる。
懸命に戦い続けている。
それなら、今からでも――。
ベリーズ劇場とは比べ物にならないくらいの大きなステージで決闘ライブが行われている。
お兄ちゃんとルエラちゃんと、ナナちゃんが幻影魔術陣の上で歌い踊っている。
ぶつかり合うドラゴンと白獅子、その攻防はとても激しい。
うずうず……。
それにしても楽しそうだなあ。
ルエラちゃんもナナちゃんもお兄ちゃんも……。
なんて激しくて熱いライブなんだろう。
うずうず……。
苺も加わっていいんだよね?
足を前に一歩踏み出す。
その瞬間に脳裏に浮かんだあの光景。
馬車に衝突して血まみれで倒れるお兄ちゃん。
怖い、やっぱり怖い!
苺の歌で人が不幸になる――!
悲鳴を上げそうになって……光が目に飛び込んだ。
突然ステージに花吹雪が逆巻いたのだ。
桃色の竜巻が巻き起こる。
それを見て直感する――。
これは苺に向けたものだ。
お兄ちゃんもナナちゃんもルエラちゃんも決闘に全力で向き合ってるくせに、苺のこともちゃんと見ていた。
ううん、きっと苺だけじゃない。
お兄ちゃんたちは観客を見ているんだ。
無人のスタジアムなのに、まるで観客に向けるかのように盛り上げようとしている。
決闘なのに、協力してこのライブを盛り上げている。
お兄ちゃんたちには見えているんだ。
このスタジアムいっぱいに埋め尽くされた観客達が。
どきどき……。
苺も歌いたい、踊りたい――!!
あんな楽しそうなステージが目の前にあって、我慢できるはずがない!
わくわく……!
お兄ちゃんは『お前も早く来い』って言ってた。
するい、こんなもの見せつけられたら怖いなんて言っていられないじゃん。
生殺しなんて本当にひどいんだから!
苺はそういうプレイはお断りなんだからね!
もう我慢なんて出来ない。
ううん、しない。
今すぐにあのステージに立ちたい!
やっぱり苺は歌と踊りが大好きだ!




