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ユニット希望者

「旦那様、肩揉みマッサージで癒されていきませんか?」

「お嬢様、癒しの森カフェで一心地つきませんか? 鳥族の少年たちによるさえずりライブもやってまーす!」

「これから僕達のライブやりますのでぜひ見に来て下さ―い♪」


 通りではメイド服やステージ衣装を着た様々な種族の少年・少女達がビラを配ったり、店舗前で即席のライブパフォーマンスを披露したりしている。


「萌え萌えシャワー! 浮かび上がりますよ、きゅんきゅんレインボー!」

「明日のご主人様の笑顔のために~♪」


 さらにストリートパフォーマンス用に確保されたスペースでは人魚族の美女達が水魔法で虹を作り、反対側では妖精族三人組の少女がライブをしている。


 スペース内に設置されたパフォーマンス用の幻影魔術陣(ミラージュ)が起動し、幻想的な光景が広がっている。

 

 あちこちでミニライブや大道芸が行われ、どの場所にも人だかりができて大盛り上がりだ。



 王都郊外の街『オータムリーフ』は異世界二ホンのアキハバラと呼ばれる街をモデルに作られた歓楽街だぞうだ。


 二十年前は行商人が集まる交易地だったらしいが、土地の利便性と龍脈の流れに目を付けた親父達が開発を行い、今では『あいどる』発祥の街――さらには聖地として多くの少女とそれを見に来る観光客で溢れかえったのだった。


 『あいどる』とは異世界ニホンの言葉で、こちらの言葉に直すと『偶像』を意味するらしい。

 元々は世界の奴隷契約制度を何とかしようと考えた親父たちが『あいどる』という偶像を作り上げ、『契約魔術』に対する国民の意識を変えようとしたところから始まった。


 『奴隷は使い捨ての道具』という固定概念を根底からひっくり返した新たな事業は大成功を収めた。


 王族や貴族に働きかけることで『人材』という価値の見直しをさせ、契約とは対等であるものという概念を世界中に広めた。

 そもそもの『契約』とはなにか、という根本的な疑問を勇者たちが契約によって得た『奇跡』により突きつけた。


 こうして魔術的にはほとんど見向きもされていなかった『契約』に関する研究が盛んになっていった。

 それまで奴隷や犯罪者にしか適用していなかった契約術式を改変し、国家の条約締結や貴族夫婦の婚姻契約など重要な『契約』に適用させるようになっていったのだ。

 

 さらには目ざとい平民の商人の間にも広がっていき、魔術をとことん簡略化することにより、重要な大口取引での担保代わりに『契約』が用いられるようになった。

 

 契約術式が簡易化すると、契約はより日常生活に密着していき、犯罪者を除く奴隷制度の撤廃を成しえたのである。



「えへへえ、お兄ちゃんとデート♪」

「苺、歩きにくいから離れろ」


 引っつく苺を振り払おうと腕を振るが、苺は俺の腕に絡みついたまま離れようとしない。


「ねえねえ、あのカフェでお茶していこうよ」

「さっき飯食ったばかりだろ。お腹がたぷたぷになるぞ」

「じゃああっちのゲーセンでリズムゲームしていこうよ」

「昨日も遊びに行っただろ? また今度にしなさい」

「あっ、新作アイス出てる! トレントナッツだって!」

「大会前なんだから自重しろ。さっき店でもデザートたんまり食ってただろうが」


 苺は次々と指さしては俺の袖を引っ張ってくる。

 その度にふらふらとよろめき、危うく通行人とぶつかりそうになってしまった。


「おい、苺……」

「あっ、ラナナスちゃんだ!」

「――っ!!」


 それを俺が注意しようとした時、今度は苺が一つの四角い塔を指さした。

 あそこは最近建てられた広告会社の塔で壁一面に超誇大な宣伝ポスターを貼れる事を売りにしている。


 見上げると塔の壁一面にでかでかと魔術で投影された絵が映されていた。

 獅子族の少女を中心に四人組のあいどるがポーズをとっている。


 今王都で一番の人気あいどるユニット『エスクラブプリュイ』だ。


「ねえ、お兄ちゃん。苺達もあそこにポスター貼ってもらおうよ!」

「……帰るぞ」


 俺は足早に通りを歩いて帰宅を急ぐ。


「待ってよ、お兄ちゃん!」


 その後ろを苺が速足で追いかけてきた。


「ねえ、ラナナスちゃんだよ! 新曲発表だよ! どんな楽曲か気にならないの?」

「あんな裏切り者の楽曲なんか気にならねえよ」


 だが俺は振り返りもせずに歩き続ける。

 

 あいつは俺達からすべてを奪い去っていった人間だ。

 そんな奴がのうのうとあいどるをやっているなんて、やっぱり世の中ってのはどうかしてるな。


「お前だってあいつに何されたのかわかってるだろ?」

「それはそうだけど……」


 そんな苺もしょげたように声のトーンを落とした。


 俺は溜息を一つ吐くと話を逸らすように口を開く。


「帰ったら今日の反省会と予選応募用の楽曲の準備をするからな。締め切りも近くなってきたし、そろそろ衣装合わせもするぞ」

「はーい」


 楽曲に関することだからか、苺は機嫌を直して明るく返事を返してくる。



 俺達はメインストリートから脇道に入った。

 曲がってすぐ正面に劇場風の小洒落(こじゃれ)た建物がいくつか並んでいる。


 俺達の拠点、あいどる劇場『ベリーズ』だ。


 俺達は真っ直ぐに正面に見える建物へと入っていく。

 絨毯(じゅうたん)が敷き詰められたエントランスを抜けると、その奥には千人が入れる程の大ホールが広がっている。


 俺達は無人の観客席を通り抜け、ステージへと上がった。


「んじゃウォームアップも兼ねてまずは大会参加用の楽曲を歌ってくれ」

「らじゃー!」


 苺はすたっと敬礼ポーズをとると初期位置に移動する。


「けどわざわざ映像審査なんて面倒臭いね。苺なんだから顔パスでいいじゃん」

「あいどるは実力主義の世界だぞ。ネームに胡坐(あぐら)を掻くとはお前もまだまだ二流だったか」

「むう、そんなの分かってるもん! ちょっと言ってみただけじゃん!」


 俺の挑発にプライドを刺激されたか、苺は唇を尖らせながら両手を広げて動的ストレッチを始める。


 あいどる激戦区の王都には今や星の数ほどのあいどるユニットが存在する。

 そのあまりの数のために、他国と違って予選トーナメントの前に足切りのための映像審査が行われる運びとなったのだ。


「それじゃあ軽く通してみるか。準備はいいか?」

「うん!」


 苺は頷くとステージ上に設置された幻影魔術陣(ミラージュ)に魔力を流し始める。

 幻影魔術陣(ミラージュ)の起動を確認して、俺は舞台袖の機材ブースに入った。



 あいどるのステージには幻影魔術陣(ミラージュ)が必要だ。

 これはパフォーマンスに特化した設置型の魔術が刻まれたものだ。


 魔術陣は基盤(ベース)固有楽曲(オリジナル)の二層構造になっている。


 基盤(ベース)部分はあいどるギルドが規定した公式のもので、殺傷能力を排除したり、あいどるに過度な魔力負荷がかからないようリミッターがかかっていたり、公式大会での公平性を保つための仕組みが設定されていたりと、必要な機能がいろいろと組み込まれている。


 一方で固有楽曲(オリジナル)は各あいどるユニットに合わせてプロデューサーが自ら構築できるもので、音楽や演出映像などを構築する。


 俺は楽曲を刻み込んだ魔術円盤を機材にセットすると、刻んだ固有楽曲(オリジナル)を展開する。

 するとすぐに場内に曲が流れ出した。


「ふん、ふん、ふふーん……」


 スポットライトの下、軽快なイントロに合わせてリズムを取り始めた苺は、曲の始まりと同時にステージで踊り始める。


 衣装ではないシャツと短パンという動きやすい恰好だが、そこに妥協(だきょう)はない。

 まるで観客の前でパフォーマンスをするかのように、キレのいい大きな動きをとりながら苺は歌い踊る。


 光が溢れ、音符やハートのシンボルが宙を舞う。

 さらには周囲に幻影のダンサーが数人現れ、苺と共に一糸乱れぬダンスを踊った。


「えへへ。どうだった、お兄ちゃん?」

「ああ、ばっちりだな。もう歌も振り付けも魔力制御も完璧だ。これなら間違いなく予選に参加できるはずだ」

「えへへえ」


 頭を撫でてやると、にへらと苺がだらしない顔になる。


 パチパチパチ――。

 すると客席から思わぬ拍手が聞こえてきた。

 その音に二人して振り返ると、がらんとした客席の通路に一人の少女が立っているのを見つける。


「すみません、今日はライブはやっていないのですが……」


 観客が紛れ込んだかと思い声を掛けようとして――俺は固まってしまっていた。


 歳は苺と同じくらいか?

 白のワンピースにフラワー帽子、草原を吹き抜ける風を思わせる翠色の大きな瞳には不思議な吸引力があり、栗色の流れるような髪と相まって(にじ)み出る気品さがある。


 きっと十年後には絶世の美女になっているに違いない。

 清楚なお嬢様を絵に描いたような美少女がそこに(たたず)んでいた。 


 少女は客席の階段を下りてステージへと上がってくる。

 その動きには優雅さがあり、一目で育ちの良いお嬢様である事がわかった。


 そうしてまるで舞台劇を見ているような光景に目を奪われていると、少女は俺の間近へと歩み寄ってくる。

 鼻先が触れ合いそうな距離で見つめ合う形になり、その翠色の瞳の中に吸い込まれるのではないかと錯覚した刹那――。


「――んんっ!?」


 唐突に彼女は舌を口の中に割り入れてきた。


「んちゅ、んんっ……ちゅう、んちゅ……」


 歯の隙間からねじ込まれた舌が俺の舌を吸い上げ絡めとる。


 不思議と抵抗感を覚えなかった――。

 それどころかどこか懐かしさすら覚えてしまっている自分がいる。


 この感覚をどこかで……思い出せないが確かに俺は知っていた。

 頭の中が黒い靄に包まれたようではっきりしないが……。


 一瞬魔術で洗脳されたかと疑うも、魔術の気配はなく、魔力の流れも感じない。


 そう考えている間に唾液(だえき)が絡み合い、いよいよもって口の中で舌が一つに溶け合うような感覚がして、身体が、頭が熱くなって……。


「駄目ええええええええええっ!」


 唐突に苺が横から少女を突き飛ばした。

 舞台の上をごろごろと転がる少女。

 少女はそのまま倒れ伏した。


「お、おい。一般の女の子に向かってなにを……!」


 少女のピクリとも動かない様子に俺は混乱から立ち直る。

 何者かは知らないが暴力はまずい。

 

 仮にも苺は勇者の娘だ。

 勇者パーティーのメンバーによる戦闘訓練だって受けていたし、咄嗟であれば力加減を誤っていた危険性だってある。


 だがそんな心配を他所に倒れ込んだ少女は何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がると口元を拭う。

 俺と離れるときに歯で口の中を切ってしまったのだろうか?


 手の甲にわずかに血が塗すくられているのが見えた。


 しかしその少女は穏やかな笑みを浮かべたままその場で姿勢を正すと、スカートの(すそ)を摘まんで貴族令嬢のように挨拶をする。


「お久しぶりですね、修果。私はルエラ・ファリトリアと申します」

「……久し、ぶり?」


 ルエラと名乗った少女に俺は思わず聞き返す。


「初めまして、苺だよ。今日はライブはないんだあ。明日来て貰えるかなあ?」


 苺が手癖の悪いファンに接するような圧を感じる営業スマイルを向ける。

 笑顔を張りつけているが眉がひくついているし、目も笑っていない。

 どうやら相当に怒り心頭らしい。


 対してルエラと名乗った少女はそんなプレッシャーなどどこ吹く風でにこりと苺へと微笑み返した。


「はい、修果の奥さん(笑)の苺さん。ルエラです」

「むう……なんかその表情むかつくんですけど」


 笑顔なのに嘲笑めいているとはこれいかに。

 これが貴族特有の顔芸なのか?


 苺は魔力を抑制している分、まだ辛うじて理性は保たれているらしい。

 目の前の少女の対応次第では、今度は俺が苺を止めなければいけなくなるかもしれない。


「今日はライブハウスに出向いて出演されていましたよね?」

「見てたの!?」

「はい。とても素晴らしいパフォーマンスでした。投票もさせていただきましたよ」

「えへへえ、わかってるねえ。サイン描いてあげようか?」


 だが素直に褒められた苺は得意げに笑う。

 さっきまであんなにも身構えていたのに、もう警戒心がなくなっている。


 あいどるの話になると途端に誰に対してもオープンになるのが苺だ。

 たとえそれが兄の貞操に関わる事件を起こした張本人だったとしても、甘いモノ別腹理論によって簡単に脳が書き変わってしまうのである。


 少しは警戒心を持て! と内心で苺に叱っていると、次の彼女の言葉に苺は笑みを浮かべたまま思考停止し、固まってしまった。


「共に歌うにふさわしいと思いました」

「…………へっ?」

「共に、歌う?」

「はい。あいどるとして、貴方の下で歌わせてください、修果」


 そんな苺の隣で俺もまた固まっていたが、あいどるという言葉に反応してルエラの首元に視線を向ける。

 

 そこには純白と呼べるほどに真っ白な、見ているだけで心が洗われるかのような輝きを放つ宣誓錠が()められていた。


 ルエラはまるで舞台役者のようにステージを歩き始める。


「みらくるベリーズ――かつてこの王都を沸かせ、世界の奴隷の在り(よう)すらも変革した伝説のあいどるユニット。三年前の世界ツアーによる多くの少女の契約満了を期に活動を休止し、現在のメンバーは苺さん一人となっている」


 ルエラは俺と視線を合わせると僅かに目を細める。


「苺さんの二年間の記憶の空白と半年間のリハビリを経て活動を再開するも、メンバーもスタッフも失った今の状況ではかつてのようなパフォーマンスを発揮出来ていない……」

「お前はどこまで知っている?」


 それを聞いた途端、俺は無意識に重心を半歩ずらしていた。

 辛うじて短剣の柄に手を添えるのだけは理性で押し留める。

 

 なぜルエラが苺の『記憶喪失』について知っているのか?

 家族しか知らない公には決してしていない事実だ。


 返答次第ではお帰り頂いた方がいいな。

 特に『あのワード』を口にしようものなら――問答無用でその口を塞がなきゃいけねえ。


「お前の容姿なら引く手数多だろうに。……こんな潰れかけのユニットに何の用だよ?」

「潰れかけじゃないもん!」


 隣の空気を読まない苺の抗議をスルーしつつ、俺は油断なくルエラの口元を見据える。


 いくら当時は世界を席巻(せっけん)したあいどるユニットだったとして、今やこの王都にはみらくるベリーズよりも人気のあいどるユニットなんていくらでも存在する。


 そんな彼女がわざわざたった一人しかいない、すでに有名無実となり果てたあいどるユニットに一体何の用があるというのか?


 するとルエラは冗談とも冷やかしとも思えない、真摯(しんし)な瞳で俺を見つめ返してきた。

 その澄んだ瞳に見つめられて俺は思わずどきりとさせられてしまう。


「私はこのみらくるベリーズを復活させるために来たのです」

「……復活? 言ってくれるな。どうしてそうしようと?」


 自分で言っておいてなんだが、人から潰れかけとか指摘されると面白くない。

 それは苺も同じだったようでむすっと不機嫌な顔をする。


「はい。昔みらくるベリーズが……いいえ、修果が私を救ってくれたからです。ですからその恩返しに来ました」

「恩返し?」


 ルエラが瞳を潤ませながら遠い目をする。


「使用人の子供という理由で周囲から虐待され、生きることが辛く、いつ命を絶とうかと考える日々……そんな中で私は出会いました。

 みらくるベリーズの歌と踊りが私の心を震わせ、自分の中に生きたいという意志がある事に気づかせてくれたのです。そして修果が私を守り、毎晩夢の中に遊びに来てくれて……ようやく、ようやくここまで辿り着けました」


 万感の思い――もしこの絵画にタイトルをつけるならそんな言葉がふさわしいだろうか。


 思いが全身から溢れだし、俺の胸を振るわせる。

 ルエラのみらくるベリーズに入りたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。


「毎晩夢の中に遊びに行った? ……まさか!」


 俺は自分の中の記憶が呼び起こされる。


「ルエラって……もしかしてあのルエラか!? 六年前、王宮のパーティーの時に庭園で貴族の子供連中に(いじ)められていた……」

「はい! 私の前に颯爽(さっそう)と現れ、身分差など露ほども意識せずに立ち向かってくれた……!」


 ルエラは俺に詰め寄ると、両手で俺の手を取り潤んだ瞳で見上げてくる。


 当時のルエラは確か十一歳だった。

 六年を経て子供から大人に成長しつつある彼女の整った顔に、俺の顔がとんでもなく熱くなっていくのを止められない。


「は、話はわかった。つまりルエラ、お前はみらくるベリーズに入りたいんだな?」


 俺は恥ずかしさを誤魔化すように体をのけぞらせながら確認する。


「はい。今日はそのためにやって来ました」


 そんな俺へと背伸びしてぐいっと迫ってくる。

 俺は大した体幹だなとか頭の隅で妙な感想を抱きつつ、みらくるベリーズのプロデューサーとしての矜持(きょうじ)と共にルエラを見つめ返す。


「そこまで言うのなら実力を見せてもらおうか。異世界あいどるオークションの予選も近い。即戦力じゃなきゃステージには上げられねえぞ」

「かしこまりました。お任せくださいませ」


 言うが早いか、ルエラはがばっとワンピースを脱ぎ捨てた。

 その勢いで頭に被っていたフラワー帽子がはらりと舞う。


 そのあまりの大胆な行動に俺は思わず両腕で顔を覆ってしまう。


 果たして腕の隙間から覗いてみると、そこには下着姿……ではなく、タンクトップに短パン姿の――犬耳の少女がいた。




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