誓いと呪い
「自主練の時間、やっぱ今でも変わってねえんだな」
中央のメインステージとそれを取り囲むように五つのサブステージがあり、繋がれた通路により会場を縦横無尽に走り回れるようになっているドーム型の広大な空間。
一体この場所には何万人の観客が入るのだろう。
あまりに広すぎて暗闇ばかりが広がる空間はその全体像を正確には把握できない。
そんなメインステージの真ん中で、真っ暗な空間でスポットライトが一つその場所だけを眩く照らし出す。
そしてその光にも負けないギラギラとした瞳が俺に向けられている。
ラナナスは俺の言葉に肩をすくめた。
「せっかくニャーが稼いでやったポイントをこんな形で溶かすニャんて、なんてもったいないことをするニャ?」
「ちょっと急ぎの用があったもんでな。こうでもしねえとアポ取れねえだろ? ほんと分刻みでスケジュール入れてるのな、受付で聞いて驚いたぜ」
アポを取ろうと受付で確認したら数か月待ちと言われてしまった。
しかも分単位の時間でしか取れないという。
「それでわざわざそんな真似して何用ニャ? ニャーに仕返しにでも来たニャ?」
「んな真似するか。その逆だ」
ラナナスの楽し気な表情に向かって俺はしかめっ面で答えてやる。
あれからの三年間、ずっと研鑽を積んできたのだろう。
よく見れば見る程、あいどるとして一回りも二回りも成長したことが如実に感じられる。
歌に対して真摯でストイックで、その熱量で周りを引っ張っていく。
誰もがこいつの為なら頑張りたいと思わせるカリスマがある。
それがなきゃこんな規模でエスクラブプリュイというあいどるチームを回すなんて不可能だろう。
まったく……。
俺は深呼吸をする。
かつての仲間の成長を素直に喜ぶ自分と、先を行かれたという悔しさを覚える自分。
そんな自分が共存していることを自覚しつつ、俺は背筋を伸ばして姿勢を正しラナナスを真っすぐに見る。
そしてラナナスに向かって俺は深く頭を下げた。
「俺達のこと、それにみらベリのこと、守ってくれてありがとう」
そのままの姿勢で待つ。
ラナナスからの返事はない。
ゆっくりと頭を上げると、ラナナスは目をすがめて俺を見ていた。
「あんなひどい目に遭わされて感謝するなんてマゾニャ? 変態ニャ? ニャーはそんな趣味ないニャーよ?」
ラナナスは大げさな身振りで自分の身体を抱いてみせる。
俺はそんなラナナスの目を真っすぐに見ながら言った。
「三年前の事故について調べた」
「犯人がわかったニャーか?」
「いいや、犯人どころか、痕跡の一つも発見できなかったな」
俺はラナナスが小さく息を吸うのを見逃さない。
「お前はあの事故を自分のせいだと考えてるんじゃねえかと思ってさ」
「ニャーのせい?」
「……世界一のあいどるになるんだろ?」
その瞬間、ふっとラナナスの雰囲気が変わった。
「今更思い出したニャ?」
冷笑を浮かべたラナナスは突き放すような視線をこちらに向けてくる。
「そうだな、今更だ……」
俺は自分に呆れつつ嘆息した。
「お前と高めあうことが楽しくてさ。古代契約のもたらす呪いについて全く意識していなかった。これじゃあ俺も苺のことは言えねえよな。ただ楽しけりゃいいだなんてさ」
世界一のあいどるになる――そう誓われ、その誓いを俺は受け止めた。
それなのにその意味を深く考えず、その誓いがもたらす危険性についてなにも考えていなかった。
それどころか苺の失言症で不安定になった。
あの時の俺はチームを維持できる状態に無かったし、もしあのままだったらチームの人間関係が壊れて取り返しのつかない事態に陥っていたかもしれない。
「お前は世界一のあいどるになる、その願いがお前に力を与えてくれる。そしてその願いがもたらす呪いもまたお前はずっと背負い続けていた。本来なら俺も一緒に背負い、共に歩まなきゃいけなかったのに……」
「ふん、わざわざおミャーの力なんて借りなくともニャーは世界一のあいどるになるニャーよ」
ラナナスは鼻を鳴らすと自信に満ちた笑みを浮かべた。
それは心身を鍛え上げたことからくる揺るぎないものだとわかる。
それだけじゃない。
金や人脈をフルに使った交渉や駆け引き、その中にはきっとみらベリ時代の人脈だけでなく、元勇者パーティーやこの国の王族との繋がりだってあるはずだ。
その証拠に予選とはいえ大会を自分の本拠地で開催させている。
利用できるものはなんでも利用して、貪欲に自分の力へと変え続けた結果が今なんだ。
本当にラナナスは強えよな。
「そんな俺がこんな事言うのは図々しいにも程があるってわかっているんだけどさ……苺に力を貸してほしいんだ」
「手を貸す理由なんてないニャ?」
「世界一になりたいんだろ?」
俺は再びラナナスの目を見る。
「お前は苺を蹴落としたままで自分を"世界一のあいどる"と胸張って言えるのか? 本当はあいつを超えたいんじゃねえのか? だからあいつの封印を解いたんだろ?」
完全な状態を引き出した上で自分が上に立つ。
そうでなければ自分で自分を世界一のあいどると認められない。
「本当なら三年前の世界ツアーで自分を世界一のあいどると誇ってもよかった。それで契約は満了することだってできたはずだ。
だがそれを拒絶し、今なおあいどるの高みを目指そうとしているのはラナナス、お前自身だ」
するとラナナスはニヤリと笑みを浮かべる。
「確かにあんな形での決着は望んでないニャーね。まあ協力してあげてもいいニャーよ?」
そう言うとラナナスはスタジアムの入口へと視線を向ける。
その視線の先で、突然スポットライトが点灯した。
そこに立っていたのは苺とルエラだった。
「お前ら……」
「うふふ、朝早くから出かけてどこへ行くのかと思えばこんなところまで」
「お兄ちゃん……」
ルエラはいつも通りにこやかに、苺はそんな隣で困ったように目を泳がせている。
「それじゃあ時間もニャいことだし、さっさと始めるニャ」
言うや否やスタジアム内に音楽が流れ始める。
曲はみらくるベリーズのものだ。
まだラナナスがメンバーだった頃のもの。
さらにステージの両端にそれぞれ幻影魔術陣が展開される。
「――決闘か?」
俺はその二つの魔法陣を見やってラナナスに問う。
『決闘』は楽曲対決方式の一つだ。
それぞれに楽曲を披露し、その声援の量で勝敗を決めるのが『競演』。
対して同じ楽曲で同時にパフォーマンスを行い、より優れたパフォーマンスだった方が勝者となるのが『決闘』だ。
「楽曲の問題は楽曲で解決する。それが一番手っ取り早いニャ」
そう言いながらラナナスは幻影魔術陣の一つへと移動し振り返る。
ラナナスが魔力を注いだのか、魔法陣がより輝きを増した。
「受けて立ちましょう、イチゴさん」
対するルエラも幻影魔術陣へと移動しその中心に立つ。
だが苺はその場から動くことはなく立ち尽くしていた。
体が震えている。
まるで凶悪な魔物に睨みつけられたかのように怯えている。
ルエラはそんな苺の様子を一瞥すると、魔力を注ぎ魔法陣を活性化させる。
「おや、ニャーとサシで勝負する気かニャ?」
「ええ、よろしくお願いしますね」
ルエラはダンスに誘われたパートナーのように裾を摘まんで一礼する。
すると二つの幻影魔術陣が接続され、決闘が成立した。
それはちょうど楽曲のサビに入るところだった。
曲の盛り上がりと同時に二人が一気に魔力を放出する。
「「ステージ・オン!」」
二つの幻影魔術陣が強い輝きを放ち、それぞれの前に巨大な生物が現れた。
「ニャー相手に真っ向勝負とはなかなかいい度胸してるニャね」
「ふふっ、その奢りが命取りですよ? 真っ向勝負が貴方の独壇場だなんて誰が決めましたか?」
ラナナスの前には精悍な白獅子が今にも飛びかからんと身構えている。
対するルエラの前には巨大な赤黒いドラゴンが泰然と立っていた。




