オータムリーフ(三年前)
「ううっ……ナナちゃん、ぐすっ」
「どうしたんだよ、元気ねえな。そんなにあいつに怒られたのがショックだったのか? いつものことだろ?」
王都オータムリーフの大通り。
隣では俺と手を繋いだ苺がぽてぽてと歩いていた。
人気絶頂のあいどるである苺は、晴れの日にもかかわらず体格を隠す厚手のポンチョを羽織り、種族を誤魔化すための猫耳の装飾がついたフードを目深に被っている。
「むう、違うよお……」
否定する言葉には、だが元気が感じられない。
そんな苺をからかうわけにもいかず、俺は苺の言葉を待っていた。
「苺、ナナちゃんの事全然考えてないって……」
「あいつの事?」
苺は俯いていてフードの下の表情が読み取り辛い。
いつもなら俺とお使いに行くというだけでデートだとうきうきする癖に、今日は気分が晴れる気配がない。
「ナナちゃんの契約だよお……ぐすん」
「あいつの契約?」
「うん、『世界一のあいどるになる』って、お兄ちゃんと契約したって。それに苺も協力するって言ったくせにって」
「そういえば……あいつとの契約ってそんなだったな」
俺はラナナスと契約した時のことを思いだそうと腕を組む。
ラナナスと契約したのは親父や母さんにそそのかされてあいどるを始めてから半年くらいした頃だった。
まだ世間にあいどるというものの存在があまり知られていなかった頃、認知度を上げるため、とある小国のパーティーでライブをした。
するとラナナスはライブ後いきなり楽屋に乗り込んできて俺にとびかかって来た。
子供とは思えない膂力で俺を組み敷いて、その後苺と殴り合いの大喧嘩になった。
『――私もあいどるになりたい!』
二人の喧嘩で城の一部が倒壊して、いろんな人から怒られたもんだ。
「うーん、契約の時ってどんなだったか?」
その時の印象が強烈すぎて、すぐに契約した時のことが頭に浮かんでこない。
「そういや契約は母さんじゃなくて、俺自身があいつと契約したんだったな」
それは苺を除けば最初の、自分の意思で行った契約だった。
「苺はね、歌が好きで、踊るのが好きで、みんなと一緒にライブをしたいだけなのに。ナナちゃんにも一緒に楽しんで欲しいだけなのに……それじゃあ駄目なの? ナナちゃんが周りのことを全然考えてないって」
「まあ、そうだな」
「ふへっ!?」
俺の即答に苺が顔を上げる。
思わぬ裏切りに信じられないものを見るような目が俺に向けられる。
そんな苺を俺はうんざりした顔で睨めつけた。
「お前さ、いつも暇があったらライブの練習してるけど、俺が止める以外に自分からやめた事あったか?」
苺は少し考えてから首を横に振る。
「お前が練習をしたいときにいつでも練習できるよう、スタッフの人たちが四六時中準備してくれてたのには気づいているか? ……ってその顔、全然気づいてなかっただろ?」
苺は驚きに目を見開いている。
いや、いつもそう言って説教してたよな、俺?
「それにライブをする時は事前の告知やチケット販売、会場の確保と設営と警備……一つのライブにどれだけの人が動いているかちゃんと把握してるか?」
「うっ……苺、よくわからない」
さすがにスタッフとは顔合わせはしているし、メンバー以外とも和気藹々(わきあいあい)としているから分かってないなんてことはないだろうが、それでもしっかりと意識したことはないのだろう。
「ラナナスなら全部答えられるだろうなあ」
「えっ、全部!?」
苺がまた驚いた顔になる。
「あいつが頑張ってるのはなにも歌や楽曲作りだけじゃねえぞ。体型維持のトレーニングに食事管理、スタッフ関係者とのコミュニケーションと人脈づくり……あいつは目的のために毎日頑張ってる」
「ナナちゃんってそんなことまでしてたの!?」
俺は一つ溜息を吐いてから続ける。
「ラナナスだけじゃねえぞ。他のみんなもみらくるベリーズのためにどれだけ頑張っているか。んでもって周りの連中がお前の我儘にどれだけ振り回されてきたか……それが分かったならもっとみんなに感謝しろ」
「苺の我儘で……苺、みんなが大好きだけどみんなはそうじゃなかったのかな? 苺はライブやっちゃダメなの?」
フードの上からでも苺が涙ぐんでいるのがわかる。
それを見た俺ははあと大げさに息を漏らし、それまでのしかめっ面を緩める。
「んな事ねえ……」
俺は苺の頭の上にぽんと手を置いた。
少し言い過ぎたかと思った俺は続きを口にしようとして――。
「……馬車、片手で受け止められるね」
三年前の俺が次の言葉を投げかけることはなかった。
そこには三年後、俺のTシャツを着た今の苺の姿があった。
再現魔術のために母さんの部屋に入り、ダブルベッドに寝そべった時の恰好のままだ。
歩道に突っ込んできた馬車の車体――それを苺は突き出した右手を僅かに曲げるだけでなんなく受け止めていた。
いくら夢の中とはいえ、車体との衝突を受けるのは危険だ。
予めここで止めると皆で決めていた。
死んだと強く思いこむと、本当に死ぬことがある。
そんなリスクがあると母さんから聞いていたからだ。
「まあ当時のお前でも簡単に受け止められただろうし、仮にひかれても大した怪我にはならなかっただろうな」
そして夢魔術が始まる前のTシャツ姿になった俺もまたそんな苺に向かって返事をする。
「大丈夫ですか!?」
そこへ馬車からルエラが飛び出してくる。
ルエラも俺のシャツを着ていてすでに再現魔術を解除している状態だ。
俺達三人は自ら動いた事で、全員今の姿に戻っていた。
「どうだった?」
俺はまるで静止画のようになった周囲の景色を見渡してから、まずはルエラに話を振る。
「馬車の中で私は窓の外をぼんやりと眺めていました。修果の事を考えてずっとにまにましていましたよ」
「三年前からキャラがブレないのか……んで、なにか他に分かった事は?」
「眺めている窓からは特に怪しい動きをした者やこちらに干渉した者はいませんでした。本当に突然馬車が暴走したとしか……」
ルエラが申し訳なさそうに耳をぺたんと垂らしてくーんと鳴いた。
「いや、それが分かっただけで十分だ。お前が気に病む話じゃねえよ」
ルエラが見ていたのは一方向だし、それで全てが分かるとは思わない。
労うように頭を撫でてやるとルエラは尻尾を振り始める。
「苺の方は?」
「馬車が突っ込んできたからとりあえず受け止めたけど、特に周りで怪しい行動はなかったと思うよ? って、そんなに周り見ていたわけじゃないけど……」
そもそも苺はフードを被り、会話に集中していたからほとんど周囲に注意が向いていなかった。
「俺も同意見だな。むしろ何もなさすぎだ。原因がさっぱりわからねえな」
俺がたまたま苺の方に振り返っていたお蔭で馬車の突進に気づけたが、馬車を視界に入れて一番全体が見えていたはずの俺ですらなんの手掛かりも見つけられていない。
「何もなかったのですか?」
「ああ、まるで吸い込まれるようにいきなりこっちに向かって来たな。ぼんやりとだが見る限りでは御者も怪しい動きはしてねえし、むしろ突然の馬の暴走に驚いてるって感じだった。もちろん焦点が合ってた訳じゃないから正確さには欠けるがな」
そう言って今まさに苺との衝突によって御者台から放り出された御者の悲鳴に歪んだ顔が宙に浮かんでいる。
俺は一つ息を吐くと、にやりと笑いながら正面に手をかざした。
「だがこれも想定内だ」
俺はこの夢の主導権を握り、自らのものとする。
眠る前に自分に仕込んでいた夢魔術を発動させたのだ。
「それじゃあ最初に巻き戻して調査を始めるぞ」
さっきまでの光景が動画の逆再生のように巻き戻っていく。
母さんの夢映しを俺の夢空間で記録し、今はそれを再現している。
夢の始まりからここまでの状況が全て記録されている世界の完成だ。
「……この辺り、からだな」
馬車が何事もなく進んでいる状況で、俺は一時停止をする。




