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夢魔の秘術

「はい。ここには事故の当事者が三人います。それならば当時の真相を確かめられるのではないでしょうか?」

「それは『再現魔術』を使うって話か?」


 俺の確認にルエラは俺の目を見ながら頷き返す。


「ええと、あれ? それってどんな魔術だったっけ?」

「おい、少しは母さんの仕事に関心持ってやれよ。母さんが泣くぞ」

「ううっ、ごめん。名前くらいは知ってるんだけどさあ」


 てへへと苺が苦笑いを浮かべて謝る。


 まあ当時の苺が知ったら(おび)えるんじゃないかって母さんが伏せていたのも原因だろうから、これ以上は叱らないでおいてやろう。

 

 そんな苺にルエラが説明をする。


「夢魔のクイーン種だけが扱える夢魔術の秘術。事象に深く関わる当事者三人の夢を同調させ、当時の状況を寸分違(すんぶんたが)わず再現するものです」

「ふーん……」

「つまり三人の夢を合体させると、凄え再現が出来るんだ」

「なるほど、わかったよ」


 首を(ひね)る苺に補足を加えて理解させる。

 

 母さんはこの魔術を用いて様々な事件の真相を解決した事があり、今でも国の捜査依頼に協力していたりする。


「つまり声を失った瞬間の出来事と向き合い、それを克服する……いわゆるショック療法をしたいってことだな?」

「はい、その通りです」


 俺の確認にルエラが首肯する。


 確かにそれはあの事故から三年、一度も試みなかった――いや、試みることができなかったやり方だ。

 

 そもそも再現魔術の条件を満たしていなかったというのもあるが、仮に条件を満たしていたとして、俺自身がその決断に至れたかどうか……。


「ちょっと待って! そんな真似したら今度こそイチゴちゃんが壊れちゃうかもしれないわ。母さん、そんな真似したくないわよ!」


 だがルエラの提案に母さんは首を振って拒否をした。


「けれどここを乗り越えなければ活路は見出せないと思いますよ」


 ルエラは口調こそ柔らかいものの、言葉には意志の強さが感じ取れる。

 

 普段はただ忠犬のように俺に付き従うばかりのルエラが、今はむしろ人の上に立つ王族のような高貴さすら感じさせる姿勢を見せている。


「私は最初に言いました。このみらくるベリーズを復活させるためにやって来たと。それには苺さんの完全復活は必須です」


 確かにルエラは初めてやって来た時、このみらくるベリーズを復活させると言っていた。

 あれからルエラの猟奇的(りょうき)な行動ばかりが目立ってたからすっかり忘れていたが。


「修果、貴方もラナナスさんとのライブを見ていたのですから気づいていますよね?」

「……」

「今のままでは私たちはエスクラブプリュイに勝つことはできません」


 しばらくの間、俺とルエラは無言で見つめあう。

 ルエラの透き通るような翠色の瞳がまっすぐに向けられる。


「私はみらくるベリーズの歌に救われこれまで生きてきました。今でも私は当時の輝きを鮮明に思い出すことができます。そんな私だからこそ、記憶を取り戻す前の苺さんには足りないものがあった」


 ルエラは一つ息を吸うとはっきりと言う。


「あの苺さんは三年前の苺さんに遠く及びませんでした」

「なっ……」


 その言葉に俺だけでなく苺も呆気にとられる。


「確かに身体能力が向上し、技術力だけでいえば三年前よりも成長しているでしょう。ですが心が三年前のままでは今の苺さんの魅力を存分に引き出すことはできないんです」


 ルエラは今度は苺へと向き直る。


「貴方が積み上げた二年――それはこれまでのようなただ楽しく歌い踊っていた時間と同じでしたか? 心は苦しみに苛まれ続け、肉体は限界まで鍛え上げられた。それこそ半年以上もリハビリが必要になるくらい徹底的に作り替えてきたものではなかったですか?」

「それは……」


 苺は目を伏せて口ごもる。


「今の貴方は昔と違うんです。その有り余る身体能力を使えば確かに昔の自分の再現はできるでしょう。けれどそれはただ苺さんが昔の自分を力技で演じていただけ。今の苺さんの歌と踊りではありませんよね?」

「今の苺の歌と、踊り?」


 苺が弱弱しくルエラに問い返す。

 そんな苺にルエラは熱く語った。


「そうです。貴方は今の自分として自分にできる最高のパフォーマンスをしなきゃいけない。過去を演じるのではなく、今の苺さんとなって自分を開放しないといけないんです」

「そのために、まずは過去を乗り越えなきゃいけねえってことか?」


 俺の確認にルエラが頷き返した。


「はい。昔、私は苺さんたちみらくるベリーズに救われました。今度は私が苺さんを救いたいと思っています」

「そうか……」


 ルエラの真摯な瞳――そこまで言われちゃ、腹を(くく)るしかねえな。


「……わかった。俺も協力する。あの時と向き合おう」

「シュー君まで! イチゴちゃんは……!!」

「大丈夫だ母さん。今の苺ならきっと乗り越えられる」


 俺はそう言って見つめると、苺は驚きに目を丸くした。


「ええと……歌が歌えないのはほんとだよ? 今日は何度も歌おうとしたけど全然歌えなかったもん……」

「そうよ! イチゴちゃんは歌えなくなったのよ! 心の傷が残っているのにそれを抉るような真似なんて……!」


 がっくりとうな垂れる苺を見て涙目になる母さん。


 俺はそんな母さんへと笑い返すと、苺の頭を再びぽんぽんと叩く。


「普段は色ボケをかましてくれてるがな、苺だってもう十八だぞ? 今まではただ歌い踊る事しか考えていなかったこいつでも裏方やマネジメントに少しずつ興味を示すようになってる。自分の出した結果にこだわり自分の価値について見つめ、こいつなりの野心だって抱くようになった。二年間の修行旗艦だけじゃねえ。この一年だってこいつは成長し続けているんだ」

「だからって、イチゴちゃんはまだ……!」


 母さんの悲鳴に近い声の抗議に、俺は頷いてやる。


「そうだな。俺だって無為に苺を危険に(さら)すような真似は兄として、家族としてしたくないって気持ちは同じだ」


 俺は知っている。

 苺が声を失った三年前から二年間、母さんがどれだけ心を砕いてくれていたのかを。

 

 元勇者パーティーのヒーラーとして、世界中のあらゆる人脈に声をかけつつ、自らも苺の回復のために色々と資料を探してくれていた。


 時に疲れた顔を見せる母さんを見て、俺も自分の非力さと共に胸を痛めた。


 けれども――。


「こいつはちゃんと成長してる。それを信じなくてどうするんだよ」

「お兄ちゃん……」


 苺はぽかんとした顔で俺を見つめていたが、やがて唇を引き結ぶと、母さんへと向き直って真剣な目で見返した。


「うん。苺もあの事故の真相を確かめたいかな。ちゃんとあの時の気持ちを思い出して……乗り越えたい」

「私たちもついています。苺さんは私たちが守ります。ですから……」


 そこにルエラの真摯な声と表情が重なる。


 母さんはルエラ、俺、そして苺と順番に視線を移してから一つ息を吐いた。


「……そうね。イチゴちゃんが望んでいるなら」

「ありがとう、ママ」


 苺がにこりと笑う。

 それはいつものにへらとしたものではなく、愛しい家族を見る力強い笑みだった。




「それじゃあ再現魔術を始めましょう」


 話し合いを終えた俺達は母さんの部屋に向かった。


 普段なら母さんの仕事部屋がある契約商宿舎を利用するのだが、今は夜遅くすでに防犯用の魔術を展開しているので、いちいち解除するのが面倒だったからだ。


 よってこの家で一番大きなベッドのある母さんの部屋に俺達は集まった。


 夫婦用に購入されたダブルベッドに並ぶようにして俺達は寝そべる。


「えへへ、初夜だね、お兄ちゃん」

「うふふ、今夜は寝かせませんよ」

「いいから二人共眠れ。でないと夢魔術が使えねえだろうが」


 なにが楽しいのか俺の耳元へと左右から苺とルエラが弾んだ声で(ささや)きかけてくる。


 その耳にかかる息のくすぐったさに俺は思わずしかめ面を作っていた。


「お母さんの匂い、いいでしょ?」

「いいから始めろ。でないとこいつらに何されるかわかったもんじゃねえ」


 小さい頃、こうやって家族四人で寝たことをぼんやりと覚えてはいるものの、今はそんな感傷もない、というか身の危険しか感じない。


「最後にもう一度確認するけれど、この術式は三者の共通の記憶を合わせる事で夢の世界に過去を投影(とうえい)する『夢映(ゆめうつ)し』という秘術よ。

 これから貴方達を眠らせた後に、秘術を使って当時の状況を再現するわ。三人共決して事象の流れには逆らわず、成り行きに身を任せていてね」

「抵抗した時点で再現が崩れるのでしたね」

「ええ。特に夢魔術に抵抗力の強いシュー君とイチゴちゃんは気をつけて」

「うん、分かってるよ。視線も動かしちゃ駄目なんだよね」


 あくまでも自分達が見聞きした記憶を再現する。

 だから当時自分達が五感で感じていたもの以外を感じようとすればそれが差異(さい)となって夢映しは失敗してしまう。


「今ならあの事故を体験した俺と苺、ルエラの三人が(そろ)ってる。とりあえずこの事故の真相を突き止めるぞ」


 俺達は頷き合う。


 苺の当時の想いを追体験する――それが一番の目的だ。

 だがもしかしたら夢映しによってこの事故を引き起こした犯人が分かるかもしれない。

 そうなれば事の真相も明らかになるかもしれない。


 それが苺の回復に結び付くかどうかはわからないが、ひとまず明確な目的と結果を示すことで苺の不安を少しでも解消できればと思う。


「お兄ちゃんの方も準備はいい?」

「ああ、もう俺の方の夢魔術も仕込んである。いつでも始められるぞ」


 そのために俺自身も母さんとは別の夢魔術を自分へと仕込んでいた。

 それを見て母さんは枕元で香を焚き始めた。


 小さなガラスの器の中で炎がゆらゆらと揺れ始め、やわらかい蜜の香りが部屋を包む。

 カウンセリングの夢セラピーで使う蜜月蜂の香りで、嗅いだ者を緩やかに眠りへと誘う香だ。


 その香りを嗅いでいると徐々に瞼が重くなって頭がぼんやりとしてくる。


 俺達はその感覚に逆らわず、揃って(まぶた)を閉じたのだった。




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