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魔女の秘薬

「つまり歌えなくなった……って事でいいんだな?」


 あれからのらりくらりと追求をかわそうとする苺を問い正した結果、そういう結論が出た。


 俺がドアに陣取って苺を凝視したせいで湯船から出られず、のぼせてふらふらになる寸前まで追い詰めた結果、ようやく苺は白状した。


 今は俺とルエラ、母さん、そして苺がリビングに集まりテーブルを囲んでいる。


 だが今日は苺が俺の隣に、母さんとルエラが向かいに座っていた。


 誰も一言も発しない夜のリビングはしんと静まり返り、時計の秒針の音だけがやたらと耳に入って来る。


「……うん」


 しばらくの沈黙の後、ようやく苺がこくりと首だけを動かして頷いた。


「ですが声は出ていますよね? 状態異常ではないと思いますが……」

「そういうのじゃないよ」


 ルエラにそう答えてから苺は口を開くが、空気が抜ける音だけで歌声は出てこない。

 やがて体を震わせ始めたのを見て、俺は苺の肩に手を置いて止めた。


 『沈黙』の状態異常であればそもそも声を発する事が出来ないし、一定時間が経過すれば解消される。

 

 影響は丸一日出てるし、今の苺からは不審な魔力の流れは感じないし、何かの状態異常に掛かっている様子はない。


 それは三年前にも散々調べ尽くしている――。


 それからもルエラはいくつか苺に質問を投げかけ、苺がそれを否定するというやりとりが続いた。

 

 俺と母さんはそのやりとりを見守り言葉を発しない。

 とはいえいつまでも現実から目を背けているわけにもいかない。


 俺には心当たりがある。

 母さんだって原因には気づいているだろう。


 そこを確認しなければ先へは進めない、踏み込まなければいけない。


 俺はいつの間にか(かわ)いていた口内で(つば)を飲み込んでから、覚悟を決めて苺に質問した。


「……記憶はどうだ?」

「――!」


 苺が息を飲んだのが分かった――答えはそれだけで十分だった。


「それじゃあイチゴちゃんは記憶が戻ったのね?」


 母さんが確認するように質問を重ねる。

 それは母親としてか、それともセラピストとしてか、正確な問いを苺に投げかける。


「うん、あの馬車での事故とか、その後の事とか……全部思い出したよ」


 その問いかけに苺も言葉を探すようにして答えた。


「理由は言えるな?」


 これは苺自身が言わなければいけない言葉だ。

 万が一の誤解の可能性がある限り、俺から聞くわけにはいかない。


 ――そして苺は迷いなく俺に答えを返す。


「『魔女の秘薬』、だよね?」

「ああ、俺が三年前に……お前に飲ませた薬だ」


 苺からその単語が出た――なら完全に確定だ。


 胸のつかえがとれたような、けれどそれは決して心地の良いものではなく、胸の中に押さえつけていたどろどろとした何かが溢れ出し、せり上がるような吐き気を(ともな)う感覚だった。


「魔女の秘薬、ですか? それはどういったものなのでしょうか?」


 ルエラが質問してくる。


「記憶を封印する秘薬だ。元勇者パーティーの一人、錬金術師リルル・メリーカームさんに教わって俺が薬を調合した。その薬で苺の三年前の事故から薬を飲ませた日までの二年分の記憶を封印したんだ。お前も俺のストーキングをしていたなら状況は大体把握しているだろ?」

「ええと、ストーキングとは?」


 ルエラがぎくりと笑顔を強張らせるが、俺がじっと見つめると観念したように嘆息した。


「確かに馬車の事故から723日間、苺さんが一度も言葉を発したところは見ていないです。ですが今から384日前を(さかい)突如(とつじょ)として苺さんが喋り出し、さらに歌い踊り出すようになったのを確認しています。不自然だとは思っていましたが……」


 さらりと具体的な数字が出てきたのは驚きだが今はツッコまないでおこう。


「その間も色々と治療をしていたのは知ってるだろ?」


 事故からの二年間、俺や母さんは様々な治療を試みた。


 世界各地に散らばった元勇者パーティーのメンバーを訪ね、治療薬や治癒魔術、マッサージや温泉や経絡秘孔術、心身強化のための修行、他にも怪しげな儀式にだって手を出した。


 もちろん母さんの夢魔術を使ったカウンセリングもだ。


 その甲斐あって苺は徐々(じょじょ)に元気を取り戻していったが、結局声だけは戻る事はなかった。


 その過程で俺達は様々な戦闘技術や魔術、錬金術や工作技術などを習得した。

 まあ苺は錬金術とか生産系の方はからっきしだったが。


 けどそれだって苺の声を取り戻させるには至らなかった。


「封印が解けたのはなぜですか?」

「魔女の秘薬は飲ませた事実を伝えると、その封印が解ける仕組みなんだ」


 とはいえ俺や母さんがうっかり喋ったとは思えない。


 そもそもこの一年間、それを話題にした事は一度もなかった。

 

 他に魔女の秘薬について知っている人物といえば……。


 そして俺は昨日苺と共に歌い踊ったラナナスの姿を思い浮かべる。


「ラナナスだな。そもそもリルルさんを探し出したのだって……」

「ナナちゃんを責めないであげて!」


 俺の発言を遮るように苺ががばっと立ち上がる。

 その姿を見て、俺は一つ溜息を吐いてから言った。


「んな真似しねえよ。俺をみくびるな」


 俺はそんな苺に笑いかけながら頭を撫でる。

 俺の目を見た苺は安心したように椅子に座り直した。


 恐らくあの浜辺でのステージ、ライブの直後に伝えたのだろう。

 まったくアイツは……会えばほんとろくでもねえ事しかしねえな。


「勝手に封印を解いたラナナスに思うところはあるけどな。この件に関してはこれで貸し借りナシだ。そもそも俺がラナナスの提案に乗ってやったことだからな」


 俺はポンポンと苺の頭を叩く。


「にしても喋れるくらいには回復したんだな、よかった。あと少しじゃねえか」

「うん……ありがとう」


 苺は俺に撫でられたまま居心地悪そうに視線を逸らす。


「ですが苺さんが歌えないとなると六日後の予選はどうしましょうか? 棄権(きけん)しますか?」

「予選は棄権しない。当日までになんとかするしかねえな」


 ルエラの提案に俺は即座に首を振る。

 苺のためにも棄権なんて選択肢は初めから存在していない。


 それにこのままずるずると状況を引き()ばしたって問題が解決するようには思えない。


「ではまた魔女の秘薬を使いますか?」

「いや、それは無理だな。秘薬は指定した期日から今日までの記憶を全て封印するものなんだ。今飲ませたら三年前の苺がこの場に現れる事になる。それじゃあライブが成り立たねえよ」


 秘薬を使った後の一年、成長した自分自身の身体能力をコントロールするのにも苺は相当苦労させられていた。

 

 二年間の治療の間にこぞって勇者パーティーに鍛えられた苺は体も魔力も桁違いに成長していたからだ。


 半年のリハビリを経てようやくあいどる活動を再開できたくらいなのに、三年前の苺じゃ満足にパフォーマンスをするのは不可能だ。


「それ以前に今から秘薬を作る時間も材料ねえよ。作るのにひと月はかかる上に素材も保存が効かねえからストックもないしな」

「では踊りだけで参加というのはどうでしょう?」

「あまりに不自然だな。せめて四人以上のグループだったら口パクでもなんとかなるかもしれねえが……」


 一瞬頭にリリークレイドルの戦牛族巨乳姉妹の顔が過ぎるが俺はそれをかき消す。


 あいつらにはあいつらの道があるし、困っているからって理由だけで誘うなんて真似はできない。


 リメッタならもしかしたら協力してくれるかもしれないが、メローネは絶対に怒る。


 というかそもそも今の苺がステージで踊れるかどうかも疑わしい。


 ちょっと歌おうとしてあれだけ震えあがるくらいだ。

 踊りだけとはいっても楽曲を耳にすればそれだけでパニックに(おちい)りかねない。


 リビングに重い沈黙が流れる。

 思いつく手立てが見つからない――そういった空気だった。


「『真相』を――確かめませんか?」

「真相?」


 そんな重たい空気を破ったのはルエラの一言だった。





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