異世界”あいどる”オークション
すると俺の視線に気づいたマスターが口を開いた。
「世界大会ねえ……世界も随分と平和になったものよねえ」
「そりゃあ魔王を討伐した元勇者パーティーの剣豪様がメイド服着たオネエになるくらいだからな」
服の上からでもわかる、未だに衰えを見せない筋骨。
今でも剣を振るえばその無双っぷりは他の追随を許さねえだろうな。
「確か来月から予選が始まるのでしたね」
と、厨房から片手にオムライスの皿、反対の手にケチャップを持った戦牛族の巨乳メイド少女が姿を現した。
「おっ、リメッタは今日シフトだったか」
「はい、シュカ兄さん。今日は私がオムライスを作ったのでぜひ召し上がってくださいね、ご主人様」
営業スマイルを浮かべて可愛らしくポーズを決めるリメッタに、俺はご主人様っぽく鷹揚に頷きつつ頭を撫でる。
「ではありがたくいただこう」
「んもう、シュカ兄さん。私は子供じゃないんですよ!」
「お前が「兄さん」なのか「ご主人様」なのか態度をはっきりさせないからこうなる」
抗議するリメッタは頬を赤くし、口をもにょもにょさせている。
怒るか照れるかはっきりしてほしいもんだ。
エメラルド色のサラサラの上品な長髪にはついつい手が伸びてしまう。
「んじゃあリメッタ、ケチャップよろしくな」
「かしこまりました、ご主人様。あ、愛情を込めてご奉仕させていただきますね」
そんなリメッタは頬を染めながらもこほんと一つ咳払いをすると、背筋を伸ばしてにこやかに微笑んだ。
綺麗な所作で俺に一礼してからケチャップを構える。
「美味しくなーれ♪ 美味しくなーれ♪ 萌え萌え~♪」
リメッタは絶妙な指使いでケチャップを動かしながら楽しそうに絵を描いていく。
オムライスの上にはデフォルメされた可愛らしい猫の絵が出来上がった。
「相変わらず絵を描くのが上手だな。あのポスターのイラストもお前が描いたんだろ?」
「そ、そんな事ないですよ! ただ絵を描くのが好きで、趣味で描いてるだけだから……」
「いやいや、よく衣装のデザインの相談にも乗ってくれてるし、ほんとリメッタはセンスあるって」
リメッタは顔を真っ赤にして慌てふためく。
こいつはこういういじらしいところが可愛いんだよな。
どこかに恥じらいを投げ捨ててきた変態妹と違って、謙虚でおしとやかだし。
「じゃあ次はハンバーグですね」
「うん。お願いね、リメちゃん!」
そんな内心に気づくことなく、苺とリメッタが一緒に指をくるくる回してノリノリでおまじないを始める。
「ずりずりずりずり、美味しくなーれ♪ ずりずりずりずり、美味しくなーれ♪ 萌え萌え~♪」
「ギャアアアアァァァァァァ!」
おろし金で摩り下ろされた赤マンドラコラが断末魔を上げると、瞬く間にハンバーグの上に赤黒く滴るおろしの山が出来上がった。
これはスプラッタじゃない……ただの赤い大根だ。
俺はそう自分に言い聞かせながら手元の料理に視線を戻す。
「いただきます」
「はい、召し上がれ♪」
俺はスプーンをオムライスに刺し入れた。
掬い上げるとお椀型のふわとろの膨らみがぷるんと揺れた。
啜り上げると芳醇な香りと濃厚な舌触りが口の中に広がる。
「シュカ兄さん。私の胸を盗み見ているのがバレバレですよ?」
不意に目が合ったリメッタがジト目で俺を見返してきた。
「そ、そうか? 気のせいじゃねえか?」
おかしいな、一瞬ちらっとしか目線を動かさなかったはずなのに。
武人でもないリメッタだが、戦牛族がなせる業か、なぜかこういう気配の察知が鋭い。
さすがは元勇者パーティーの剣豪の娘といったところか。
「美味しいなあ。さすがリメッタだなあ」
「まったく。そんなあからさまな褒められ方をしてもちっとも嬉しくありません。メローネ姉さんといい、私といい、そんなに大きな胸が好きなんですか?」
「愚問だな……」
俺は一度スプーンを置くとリメッタに向き直る。
「質が申し分ないならデカい方がいいに決まっている。大きいモノを存分に扱えてこそ漢が上がるってもんだろうが」
形? 小ささ? それっておいしいの?
質もよくてデカいのが一番だろうが。
最高のものをより存分に堪能し尽くす――これが漢の真理というものだぜ。
弱肉強食――力こそが正義なのだ!
「シュカ兄さん――!」
そんな俺の高説にリメッタは頬を膨らませて怒り出す。
「そんなドヤ顔で開き直らないでください! 第一私は乳牛じゃないんですから吸ってもぼ、母乳なんか出ませんよ!」
「お、おう……」
というかリアクションに困るから言ってる途中で照れないでほしい。
「けどオムライスが美味しいのは本当だからな。ほんと今日はラッキーだった」
「んもう、だからそんなタイミングで褒められても……!」
抗議を続けるリメッタだが、怒りのトーンは幾分か落ちている。
「ぷぷっ、チョロいね」
「チョロくありません!」
苺のニヤニヤ顔にリメッタが反応する。
「別に苺に遠慮しなくても、好きなら好きって言えばいいのに」
「だからそんなんじゃないって前から言ってるじゃないですか! 大体シュカ兄さんが私に、ゆ、誘惑されてもいいんですか!? お、奥さんなんだよね!?」
リメッタはぶんぶん手を振り慌てふためく。
照れが増しているせいで顔はリンゴのように真っ赤だ。
「お兄ちゃんはモテる男だからしょうがないよ。リメちゃんなら愛妾くらいは許してあげるよ?」
「あ、ああ、愛妾!?」
リメッタはこんな常識的な少女なのにやっぱり苺が俺の妻であることに何一つ疑問を覚えていない。
夫婦前提でのやりとりが成立してしまっている。
この謎契約はほんと何なんだろうな?
と、それは置いておいて……。
「こら苺! リメッタをそんな目で見るな! 第一俺は別にモテてねえからな。誰かさんが隣にいるせいで周りから敬遠されてるくらいだっての」
俺は普通なのに苺があんなだから俺まで変な目で見られるんだ。
これ以上は不毛な言い争うだな――そう思った俺は話題を逸らすことにした。
「ところでメローネはどうしてる? 宮廷騎士見習いになって随分と経つよな?」
「ええ、この前手紙がきましたよ。シュカ兄さん達にもよろしくと書いてありました」
リメッタは姉の話題に嬉しそうに顔を綻ばせた。
相変わらずのお姉ちゃん大好きっぷりだ
それからリメッタは壁の"あいどる"が歌うポスターを見やる。
「姉さんも力になれれば良かったと言っていましたよ。シュカ兄さん達の事を随分と気にかけていました」
「まったくアイツは……子供の頃からの夢を叶えたんだからいちいち気に病むなってんだ」
俺は思わず苦笑を浮かべる。
相変わらず責任感が強いというか、生真面目というか。
やっぱこの孤児院兼メイド喫茶のみんなのお姉さんをやっていたのが大きいんだろうな。
まあ不器用なせいでかなりの部分をリメッタに手伝ってもらってはいたが……。
「確か今は第二王女セレーサリサ付きだったか?」
「はい。近衛騎士になるべく日々鍛錬と修学に勤しんでいるそうです。剣技については申し分ないそうですが、作法や勉強の方で苦戦しているそうですよ」
「まあ脳筋だしなあ」
「あはは……」
リメッタは一言で片付ける俺に苦笑いを浮かべるだけで否定はしない。
メローネは父の手ほどきで物心ついた頃から剣を振るっていて、並み大抵の騎士よりも遥かに強い。
一方で妹のリメッタは剣術こそさっぱりだが、器用で愛らしい天使だ。
どうして姉妹でありがならこうも極端に違った成長を遂げてしまったのか?
共通しているのは戦牛族共通の爆乳ってところくらいだな。
「まあ確かにメローネが戦力になってくれれば心強いけどな。苺と同じ初期メンバーだった訳だし、そうすれば……」
「メロちゃんかあ……また一緒に歌いたいなあ」
苺はメローネのことを思い出してか、両手で頬杖をつきながらにこにこと体を揺すってリズムを取り始める。
と、苺が何かを閃いたようににぱっと笑顔になった。
「じゃあリメちゃんがメンバーになりなよ! リメちゃんだって"あいどる"なんだからさ!」
そう言って苺はリメッタの首元の緑色の宣誓錠を指さす。
「私のこれは誘拐対策に父さんと簡易契約しただけのものですから……それに私はこのお店が好きですし、たまにここでミニライブが出来ればそれで十分です」
リメッタだけじゃない。
この店の孤児メイド達全員が首に宣誓錠をつけている。
親の後ろ盾がない子供達は恰好の誘拐対象で、孤児院長であるマスターの保護が不可欠なのだ。
契約内容自体は少額の簡易契約ではあるものの、契約である以上他人によって上書きをされる心配はない。
それに連れ去られても宣誓錠の魔力ですぐに追跡が可能だ。
「そうかなあ……リメちゃんならいい線いくと思うんだけど」
「ありがとう、イチゴちゃん。でもやっぱり『みらくるベリーズ』は私には荷が重すぎますから」
苺に苦笑を返したリメッタはカウンター席とは反対の壁にあるミニステージを見やる。
それはここのメイド達がショータイムに使う手製の小さなステージだった。
なんだかんだ言ってリメッタも唄が好きなんだよな。
「わかった。んじゃ今度また何か曲作ってやるよ」
「ありがとうございます、シュカ兄さん。楽しみにしていますね。あっ、それとこれ、今週の"あいどる"関連雑誌です」
「いつもありがとな。読んだらまた返しに来るから」
そう言いながら俺は先週借りた雑誌を鞄から取り出し手渡す。




