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苺、逃走中!

「苺がいない?」


 朝食後、俺はステージ上で準備運動をしているルエラに思わず聞き返していた。


「はい、先程ランニングに出かけて行きました。随分慌てていたようですが、何かあったのでしょうか?」


 苺は俺に叱られるようななにかをやらかしたのだろうか?


「そういえば昨夜は苺さん、修果のベッドに潜りこんでいましたよ」

「なに……!?」


 あいつめ、とうとう罠を突破したのか!


「何か妙な真似をしなかったか?」

「いえ、しばらくの間顔を見つめていましたが、そのまま眠ってしまいました。修果が起きる前には抜け出していきましたよ」


 早急に部屋の防衛強化をしなければ。


 苺といいルエラといい、どうしてあれだけのトラップを易々(やすやす)と(くぐ)り抜けてくるんだ?

 魔術防壁だって何重にも張っているはずなのに、それをあっさりと突破してきやがる。


「なるほど、見ていたんだな、ルエラは」


 俺はにっこりとルエラに笑いかける。

 ルエラはぴくっと体を反応させた後、俺からつつっと目を逸らす。


「どうしてルエラはそんな事を知っているんだ?」

「だ、大丈夫です。リアルタイムではなく録画ですから睡眠不足にはなっていませんよ。この後編集を加えた上で何度か見直す予定ですが……」

「ほほう……録画したのか? カメラはどこだ?」

「い、いえ、ですから……」


 ルエラがだらだらと冷や汗を流しながら後ずさる。


「没収だな」

「ひいっ! それだけは……! あれは最新鋭の高性能暗視スフィアカメラなんです!」


 だが俺は情け容赦(ようしゃ)なくルエラの録画データの消去を決定すると、ルエラは耳と尻尾をだらんと下げて落ち込んでしまった。


 だが俺はその瞳が僅かにぎらついているのを見逃さない。


 どうせ抜かりないこいつの事だ。

 すでにバックアップは用意し、どこかに隠し持っているのだろう。


 こうなったらこいつを縄で吊るし上げて目の前で骨付き肉でもかじりながら尋問するか?


 この食欲お化けには効果覿面(こうかてきめん)の拷問だからな。

 そんな悪巧みを考えつつも、俺は今日の練習を始めるべく頭を切り替える。


「んじゃ苺が戻ってくるまでの間基礎練習でもするか。俺が苺のポジションやるから合わせてみろ」

「かしこまりました」


 俺の指示にルエラは素早く隣に並ぶ。

 そうして俺達は苺が戻ってくるまでの間、基礎練習に励むのだった。




 だが苺が戻って来たのは結局昼食時だった。


「苺、どこまで走り込みに行ってたんだ? 予選が近いんだからあんまり外をほっつき歩くなよな。振付けとかやんなきゃいけねえ練習は色々あるんだぞ」

「いやあ、ごめんごめん。今日は思いっきり走りたい気分だったから。それに最近は街でも声かけられるし、サインとか写真とか色々大変だったんだよねえ」


 苺がにへえと笑いながら謝ってくる。


 そういえばファーストライブ以降随分と口コミが広まっている気がする。

 劇場の動員数も着実に増えてるし、あの千人規模の大ホールですら埋まり始めている。


「んじゃ、午後からはみっちり練習だからな」

「あうっ、走り過ぎて筋肉痛みたい……」

「発声練習なら問題ねえだろ?」

「ちょっと熱っぽいんだよねえ、ゴホッ、ゴホッ」


 苺がわざとらしい咳をする。


「仮病か? 別に昨日の夜ベッドに潜り込んでたことは夜の説教にしてやるからとりあえず練習しろ」

「そこは見逃すって言うところじゃないの!? ってか夜の説教ってちょっと卑猥だね、ムフフ……」

「なんだ、余裕そうじゃねえか。俺の貞操に関わる話だしな。みっちり説教してやる」

「いやん、お兄ちゃんのエッ……痛たたたたっ!!」


 俺はくねくねと体をくねらせる苺の頬をつねる。


 もし実の妹に童貞奪われるとかいう事態になってみろ。

 母さんは……なんだかんだで喜びそうだな。

 

 だったらルエラは……微笑んで受け入れそう、ってか自分も愛妾としてとか訳のわからない理屈でむしろ直接的に迫ってくる危険性があるな。


「と、とにかく午後から練習だからな。逃げたら飯抜くから覚悟しとけ」


 そうしっかりと釘を刺したのだが……結局苺は午後も練習には現れなかった。




「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」


 メイド喫茶リリークレイドルでは今日も孤児院のメイド少年少女達がお客を出迎えている。


「おう、遊びにきたぜ」

「皆さま、ごきげんよう」


 俺もそんなメイド達に挨拶を返しつつ、ルエラといつものカウンター席に向かう。

 今日も活き活きと働く少年少女達、その中に一人見知った顔がいた。


「苺、そんなところで何してる?」


 苺はメイド服姿でしれっと他のメイド達に混じって接客をしていた。


 苺はあからさまに視線を逸らしつつも、気づかないふりをして仕事を続けている。

 俺から逃げる時、ちょくちょくここに来ているので今回もと思ったらやはり俺の予想は的中していた。


「マスターもなんで受け入れた? 今が俺達にとってどれだけ大事な時期かわかっているよな?」

「ごめんなさいねえ。ほらブースで売り子をしていたからか、こっちのお客さんも増えちゃって。正直手伝いに来てくれて助かっていたのよ」


 言われてみれば今日は席のほとんどが埋まっていて盛況のようだ。


 忙しい時にひやかしもなんなので、俺達は夕食を注文する。

 ルエラやマスターと雑談しながら料理を待っていると、不意にマスターがぽんと手を叩く。


「そうだ、せっかくだからルエラちゃんもメイド服着てみない?」

「いいのですか? ぜひご奉仕させてください」


 先程から店のメイド達を目で追いそわそわしていたルエラは尻尾を振り始めた。


 やはりルエラは種族本能的に奉仕が好きらしい。

 メイドという奉仕の象徴に少なからず心惹()かれている様子だった。


「「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」」


 それからルエラは苺と一緒になって接客を始めていた。


 俺はバータイムが始まるまでと条件をつけて許可を出す。

 だがみらくるベリーズの二人が接客していると噂になってか、店はさらに混雑してしまった。


 これじゃあ今日はバータイムはなしだな。


「……はあ、俺も手伝った方がいいか?」


 俺が窓の外を見て肩をすくめながら言うと、マスターも困り顔で応じる。


「助かるわあ……まさか行列までできるとは思っていなかったもの。もちろんバイト代は弾ませてもらうわよ」

「悪いな……厨房に入ればいいか?」


 そう言いつつ、席を立った俺は厨房へと向かう。


 みらくるベリーズもなかなかに息を吹き返したもんだ。

 そう内心で喜びつつ、店のエプロンを身に着けようとして……。

 

 俺はその時気がついていなかったのだ――。

 厨房の奥で、キラリと目を光らせた一人のメイド少女の存在を。


「ってか、なんで俺までメイド服なんだよ!」

「似合っていますよ、シュカ兄さん。お化粧もバッチリです! どこからどう見ても可愛いメイドさんですよ」

「ふざけるな、俺は男だぞ!」

「ふふっ、俺ッ娘のメイドさんも可愛いですよ」


 隣のリメッタが鼻息多く嬉しそうに俺を見て拍手する。

 リメッタが厨房に入った俺を捕まえて、更衣室へと無理矢理連行、着替えさせたのである。


 そうして俺は厨房だけでなく、接客まで手伝わされる羽目に。

 そしてなぜか注目が俺に集まっていた。


 確かに俺は男の中では細身な方だし、リメッタの協力のお陰で周囲に不快にならない程度にはメイドに扮装できているとは思っていたが……お客たちのこの反応はいかに?


 登場時に苺やルエラまでもが目を見開き動きを止めて俺を凝視していた。

 喫茶内の時間が一瞬止まった気がする。

 

 やっぱり男のメイドには無理があったか?

 が――。


「なにあの娘、凄くかわいい!」

「見たことない子だな。新人か?」

「……結婚したい、今すぐ結婚したい!」


 なんか周囲の目が血走ってて凄くやばい。


「シュカに……シュカさん、せっかくだからここでライブしていったらどうですか?」

「えっ? ライブ?」


 俺は変声魔術で女声になった声でリメッタに聞きなおしてしまう。

 俺は鏡で自分の姿を確認する。


 確かに今の俺はメイド少女だ。

 そして五年前までステージ経験だってあるし、いまだって苺やルエラの練習に付き合って動いたりしていた。

 

 やろうと思えば出来ないことはない、か……。


「そうですね。気分を変えて練習って意味でもいいかもしれませんね」


 私は――んじゃなくて俺はリメッタの提案に乗ってみることにする。

 人前でとなると少し緊張するが、この店の規模だったらなんとかなるだろう。


 するとルエラも嬉しそうに尻尾を振り始めた。

 

「では私と一緒に歌いませんか?」

「ルエラ……さん。ええ、お願いしてもいいかしら?」


 にこりと笑い返すと、なぜかルエラが口元をによによさせてなにかを堪えているように見えるが、まあいいだろう。


 だが――。


「うーん、予選楽曲以外を歌うのは今の時期はやめておいた方がいいと思うんだよねえ」


 珍しく苺が難色を示した。

 歌と聞けば三度の飯よりも食いつく苺がだ。


「そうなのですか? もしかして調子が悪いのですか?」


 普段はこっちから止めてやらないといつまでも歌い続ける苺が今日一日歌から離れているのだから、さすがに心配にもなってくる。


 顔を覗き込むように尋ねると、苺が目を泳がせる。


「あっ、注文取りに行かないと!」

「おい、苺……ちゃん!」


 呼び止めようと苺の肩に手を伸ばすが、手が届く前に俺の手首が掴まれる。


「マスター?」

「今は少しそっとしておいてあげなさい。それよりもライブで歌う曲は決めているのかしら?」


 俺が抗議の視線を向けると、マスターが穏やかな笑みで俺を見つめながらゆっくりと首を振った。


「……わかりました。曲の方は、そうですね……」


 とりあえず今はバイト中で忙しいし、ひとまず口出ししない事にする。


 帰ったらちゃんと話を聞かねえとな。

 予選前だし、不安要素はしっかりと潰しておかねえと。

 そう思い直して俺は接客へと戻っていったのだった。




 結局今日一日ろくに練習ができなかった。


「今日はいい息抜きになったと思います。明日からは大丈夫なのではないですか?」


 ルエラはリビングでストレッチをしながら俺に言った。


 目が合い、ルエラの瞳がこちらに向けられる。

 だがルエラはこちらを見ているようで見ていないのが分かった。


 普段の俺だったら絶対気づけない、ルエラが嘘を()くときの癖を見抜いてしまった。


 まさかこんな形でルエラの癖を知ることになるとは。

 俺は内心でため息を吐く。


 やはりルエラも違和感を感じているんだな。

 いや、もしかしたら確信しているのかもしれない。


 それは苺の傍でいつも歌い踊り続けていたルエラだからこそ。


 ……確かめきゃいけない。


 俺はおもむろに立ち上がるとリビングを出る。


 向かったのは風呂場だった。

 灯りは灯っているが、中からはほとんど音がしない。


 俺は足音を立てないようにそっと扉に近づき、声掛けもノックもせずにドアを一気に開け放った。


「ひゃっ!? ……お、お兄ちゃん!?」


 湯舟の苺はさすがに年相応の反応で、咄嗟(とっさ)に体を抱き驚きに目を見張る。


「ななっ、なにかな……? えへへ、一緒に入りたくなった? いやん、お兄ちゃんのエッチ」


 そして動揺しているせいか、くねくねとした動作がぎこちない。


「なあ、苺……」


 俺はそんな苺の反応に構わず口を開く。

 ああ、苺は自分自身でも気づいちまってるな――そう確信出来てしまった。


 風呂場からはいつも聞こえてくるものが今夜は聞こえて来ない。

 苺は湯船に浸かると必ず歌を歌い出すのに。


 いや、湯船だけじゃない。

 散歩をしているときも、リビングのソファで寝そべっている時だって、いつでもこいつは歌っていた。


 それなのに今日は朝からまったく歌を歌っていなかった。


 信じたくなかった。

 できれば気づきたくなんてなかった。


 けれど今日一日、まったく苺の歌を耳にしていなければ否が応でも気づかされちまう。


 覚悟を決めろ――。

 俺は早鐘を打つ心臓を気合で押さえつけながら意を決して苺に聞いた。


「苺――歌はどうした?」




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