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異世界アイドルの王者

「シュカ兄さん、お疲れ様です。苺ちゃんにルエラさんもおかえりなさい」

「おうリメッタ、ブースの手伝いありがとな。こっちは人手が足りなかったからほんと助かるわ」


 開会式が終わって浜辺エリアへと戻ってきた俺達は、ブースで売り子をしているリメッタに声をかける。


 みらくるベリーズのブースではリメッタを始め、リリークレイドルのあいどるメイド達が元気に接客をしている。


 皆みらベリのあいどる衣装をまとっていて、まるでうちのメンバーみたいだ。

 この日のために、楽屋からそれぞれのサイズに合う衣装を発掘した甲斐があった。

 

 もし本当にここにいる全員でパフォーマンスをやったならどうなるだろうか?

 かつての光景が頭を()ぎって楽しい気分になってくる。


「どういたしまして。テントの中の整理は終わっているのですぐに使えますよ」


 リメッタは背後の黄色いテントを示す。


 予選参加あいどるのブースは一般参加のあいどるブースに比べてかなり広めに場所がとられている。


 一般参加者用のブースにはグッズ販売のための長机と椅子があるだけだが、予選参加者用のブースにはそれに加えて衣装チェンジや簡易ミーティングができる大型テント、そして隣接するブースと時間交代で使用できるパフォーマンス用のミニステージがある。


 ミニステージにはリメッタ達の手作りであろうリボンがふんだんにあしらわれた可愛らしい装飾が施されていた。


「何から何までほんと助かる。今度何かお礼をさせてくれ」

「はい。では今度何かをお願いしますね」


 頭を撫でてやるとリメッタははにかみながら喜んでくれる。

 いちいち反応がいじらしい。


 メローネとの繋がりで小さい頃からちょくちょく面倒を見ていたが、ほんといい子に育ってくれて兄さんは嬉しいぞ。


「それじゃあ苺とルエラは衣装に着替えてミニライブの準備だ」

「お兄ちゃん、何に着替えればいい? 裸エプロン?」

「それで問題が無いならそうしろ」

「うん!」

「うん、じゃねえよ。ここは浜辺のステージだし、水着風の衣装でいくぞ」

「トロピカルフェアリーですか?」

「ああ、それでいこう」


 衣装名の確認を取るルエラに俺は頷き返す。


 他のブースではすでに参加あいどる達自らが売り子をしたりパフォーマンスを始めている。

 

 ここで出遅れる訳にはいかねえな。


「苺、ルエラ。そろそろこっちの時間だがいけるか?」

「うん、苺は大丈夫だよ」

「私も準備が整いました。いつでも歌えます」


 テントの中へと呼びかけると、着替えとメイクを終えた二人が中から出てくる。


 パレオの水着のような衣服に、草花の装飾が(ほどこ)されている。

 白と赤の大きな花飾りがそれぞれ苺とルエラの頭に飾られていて、それが南国テイストの華やかさをより強調していた。


「それじゃあウォームアップも兼ねてとりあえず一曲歌ってこい」

「任せてよ! 観客の注目を一身に集めて見せるからね!」

「ふふっ、新しいステージ楽しみですね」


 俺の指示に苺とルエラは足取り軽くステージへと向かう。

 そこに余計な気負いも緊張もないようでなによりだ。


 事あいどるの話になるとほんと二人は頼もしい。

 そう思いながら俺はステージ機材に楽曲をセットした。


 ミニステージ周辺の地面に薄桃色の魔法陣が浮かび上がる。

 観客の声援や応援に反応し、音符が出る仕組みの感応系魔術だ。

 

 これにより収集された音符の数がポイントとなり、この予選会場での様々な特典と交換ができる。

 グッズ製作やポスターの無料提供、ステージ衣装の洗浄サービス、各種会場でのステージ使用権などだ。 


 中にはメインスタジアムの独占使用権なんてものまであるが、当然それ相応のポイントが必要で、そんなもの予選期間中に貯まるものじゃない。


「さて、どれくらいの集客が見込めるか」


 俺は売り子たちのグッズ販売の様子を見る。

 

 常に人はいるようだがまばらだ。

 他のユニットブースと同じかやや少ないくらいだろう。

 

 ルエラが加入してひと月と少し、その短期間で他のユニットと渡り合えているのは大健闘かもしれないが、少し物足りないものがある。


 みらくるベリーズは世界に名が轟くほどの知名度こそあるが、今は活動休止や解散と勘違いされている節がある。


 実際今もたった二人のユニットで、個々のレベルはともかくユニットとしての力はまだまだ取り戻せていない。


 それでもたとえ過去の栄光だろうと他のあいどるにはないアドバンテージがあるのだから、しっかりとそれを活用させてもらおう。


 オース・イン・ザ・ガール――みらくるベリーズの代表曲。


 俺は苺とルエラが初めて一緒に歌ったあの曲を選ぶ。

 イントロを聞いた二人が背中合わせに立ち、楽曲と共に踊り出す。


「「おおおお――っ!!」」


 あいどる好きなら一度は耳にしたであろうメロディとダンス。


 溢れんばかりの輝きと、どこまでも伸びやかな元気さ。

 始まりの想いを胸に、少女達は手を取り合い困難に立ち向かっていく祈りの曲。

 いつしか二人の周りの大勢の観客達が未来へと駈け出す少女の背中を後押しする。


 ワールドツアーから三年――童女から少女へと成長した苺が、奇跡のような新星のルエラが、かつてのパフォーマンスを遥かに上回るクオリティで歌い踊る。


 その実力はあいどる激戦区の王都において、それでも抜きんでたものがあった。


 なにもトップをひた走っているのはラナナスだけじゃない。

 集客という点では大きく出遅れたみらくるベリーズだが、この三年たとえ声を失おうと苺はずっと自分の出来る限りを尽くしてきたんだ。


 それを証明するかのように一曲歌い終わる頃には周囲に熱気溢れる人だかりが出来ていた。


 溢れんばかりに浮かび上がった音符がステージに集まってくる。

 その流れはまるで音ゲーのようだ。


「グッズ販売はこちらに並んでくださーい!」


 すかさずリメッタ達が看板を手にお客の列を整理し始める。


 この分なら心配は要らねえな。

 グッズと衣装作りに家の生活費全額をつぎ込んだ甲斐(かい)があったってもんだ。


「あのさ、お兄ちゃん……」


 無意識に遠い目になっていた俺に、戻って来た苺がジト目で俺を見上げてくる。


 だから俺は苺の前に手を出して言わんとする言葉を(せい)する。


「皆まで言うな。もうここに問題はない。そう、問題は初めから何も無かったんだ」

「いや大問題がさっきまであったよね!? まさかまた生活費を全額つぎ込んだ!?」

「お肉、食べられますよね?」


 キメ顔で遠い目をする俺に、苺が口角泡(こうかくあわ)を飛ばしながら全力でツッコんでくる。


 ルエラは牙から涎を垂らし、潤んだ瞳で俺を見上げてきた。


「仕方ねえだろ? 元手がなかったんだからな。それにもう十分に場を沸かせたんだからこれでいいだろ。それよりも次のパフォーマンス頼んでいいか?」


 それからも時間一杯まで苺とルエラはパフォーマンスをし、その後はグッズ販売の売り子をしながらブースを盛り上げた。


 噂が広まったからか、いつしか俺達のブースには大勢の人が集まり、長蛇の列ができ始めていた。

 二人は列に並ぶ観客を飽きさせないよう、今日何度目かのパフォーマンスをミニステージで披露(ひろう)する。


「さすがだニャー、やはり大盛況(だいせいきょう)ニャーね」


 パチパチパチ――。


 それは観客の喝采(かっさい)とは質の異なる、真っ直ぐに耳へと飛び込んでくる音だった。

 視線の先には頭の上でヤシの木のように髪を束ねた少女が立っている。


 俺はその少女へと振り返り睨みつける。


「ラナナスか、久しぶりじゃねえか」


 ラナナス・カリナレオン――。


 綺麗な弧を描く丸い耳と鞭のようなしなやかな細身の尻尾を持つ獅子族の亜人。

 まるで空の星々を凝縮(ぎょうしゅく)させたような爛々(らんらん)と輝く大きな血赤色の瞳が印象的な美少女だ。


 開会式で宣誓した時とは違い今はステージ衣裳を着ていない。


 古代契約による真鍮(しんちゅう)色の宣誓錠こそ重厚な存在感を放っているが、それもタンクトップにチノ短パンという露出の多い彼女の日に焼けた健康的な小麦色の肌によって浮き立つことはない。


 彼女本来の快活さが存分に発揮されていた。


「久しぶりニャー、ええと……誰?」


 ラナナスはきょとんとした顔で俺に向かって小首を(かし)げてみせる。


「修果だ。元メンバーの名前を忘れるんじゃねえよ」


 俺は頭の中でブチッと音がするのを感じながら引きつった笑みを浮かべる。


「ああ、そんなのも居たようニャ居なかったようニャ?」

「苺も含めて初期メンバー四人のうちの一人だろうが。とぼけるのも大概にしやがれ」


 俺が半眼になりながら言うと、ラナナスは嫌そうな顔で応じてくる。


「ええーっ、だってニャーの知ってるシュカは女の子だったはずニャ?」

「今も昔も男だっつーの」

「苺も久しぶりニャーね」

「久しぶりだね、ナナ! 相変わらずメンバー内でにゃんにゃんやってるの? 盛り真っ盛り中?」

「おいこら! 俺を無視すんじゃねえ!」


 ラナナスは俺から視線を外すと楽し気に苺と話し始める。


「まあねー。そういうイチゴはお兄ちゃんの性奴隷?」 

「うん! とっても愛されてるよ! ――ぶっ!?」

「誰が愛してるって?」


 俺はでれえっとしなを作る苺の脳天にチョップを入れる。

 まったくこの二人は、相も変わらずだな。敵同士だってわかってるのか?


「それで、こっちが噂の新メンバーかニャ?」

「ルエラ・ファリトリアと申します。以後お見知りおきを」

「これはご丁寧に。ラナナス・カリナレオンだニャ。これは清楚で美しい女の子ニャ。思わずかじりつきたくなるニャ」

「ご生憎、もう私をかじる相手は決まっておりますので。お互い優勝目指して頑張りましょう」


 ルエラが健闘の言葉を投げかけ手を差し出すと、ラナナスが心底不思議そうに首を傾げる。


「優勝?」

「はい、優勝です。私はそのためにみらくるベリーズに加入したのですから」


 そう言いながらルエラは笑みを深める。


 と、ラナナスはああ、とさぞ今気がついたと言わんばかりにぽんと手を叩いて大げさに反応した。


「それは心強い味方ニャーね。こっちもうかうかしてられないニャ」

「ご謙遜(けんそん)を。勝つイメージしかないのでは?」


 ルエラはラナナスの視線を真っ直ぐに受け止めている。


「喰えないヤツだニャー」

「それはこちらの台詞ですよ」

「あははは」

「うふふふっ」


 なんだろう。お互いにこやかに笑っているのに背後でどす黒いオーラが立ち上り牽制(けんせい)し合っている幻が見えるのだが。


 昔、親父を取り合っていた元勇者パーティーの女達のような気配がする。


 そうして立ち話をしていたからだろう。

 周囲の観客達が苺達に注目を向けてざわめき始める。


「まさかエスクラヴフリュイのラナナスちゃん!?」

「ニャー。そうニャーよ。どうもニャー」


 そんな観客達に耳敏(みみさと)く気づいたラナナスはころっと笑いながら手を振る。


「じゃあこのみらくるベリーズって、エスクラヴフリュイが復活させたのか?」

「あの子見た事あるぞ。確かイチゴちゃんだったはず!」

「へえ。どおりで歌と踊りが上手いと思った」

「復活じゃないですよ。ずっと……」

「そうニャーよー! 今後ともよろしくニャ!」


 ラナナスが俺の前に飛び出し言葉を遮りながら大手を振る。


「営業妨害だ! とっとと帰れ!」


 するとラナナスは俺へと振り返り、にいっといやらしく口の端を上げる。


「ほんとにニャーをこのまま返していいのかニャ? せっかく元メンバーが遊びにやってきたのに。シュカはこのチャンスをみすみす逃すようなヤツじゃなかったはずニャ?」

「この、抜け抜けと……!」

「それとも……」


 ラナナスは見透かした目で挑戦的に俺を見た後、耳元で囁いてくる。


「また私が全部持ってってもいいの?」

「――このっ!!」


 俺は思わず拳に力を込めて、けれどもぐっと堪える。

 公衆の面前であいどるを殴ろうものなら、問答無用で参加資格剥奪(はくだつ)だ。


 苺が声を失った後、ラナナスはわずかに残ったみらくるベリーズのあいどるを引き連れて独立をした。

 

 それだけならまだいい。

 その際にみらくるベリーズで抱えていたスタッフやパトロンの商会、人脈などをごっそりすべてラナナスが持ち去りやがったんだ。

 

 王都内に噂を流し、自分たちこそが新たなみらくるベリーズであると宣言。

 あっという間にあいどる業界のトップへと昇り詰めた。

 

 確かにあの頃は苺が声を失い、表情まで失って俺自身も動揺して音楽活動どころじゃなかった。

 そのせいで周囲に少なくない迷惑をかけたし、周りが見えていなかった自分に非がなかったわけじゃないのもわかってる。


 それでも――ラナナスのやった事は許していい理由にはならねえよな。

 こっちが弱っていることをいいことにやりたい放題しやがったんだから。


「調子に乗りやがって……」


 だがこいつの言っていることは今、至極最もだ。

 そんなこいつだからこそ、今は利用価値がある。


「ではここはひとつ、ライブとイこうニャ!」

「おい、待て! 俺はまだ……!」


 そうやって俺が歯を食いしばって気持ちを抑え込もうとしている間に、ラナナスは俺達のブースに向かって歩き出していた。


「テント借りるニャーよ。あっ、心配せずともステージ使用料はポイント払いニャ」


 ラナナスはひらひらと紙片を俺に投げ渡してくる。


「なっ、この短時間でいつの間に!?」


 それはこの砂浜エリアに設置されている大ステージの一つの予約票だった。


 俺達がポイントを貯めようと思ったら何日かかるか。

 いや、もしかしたら大会期間中に貯められないかもしれない。


 俺が呆気にとられている間にラナナスは俺達のブースのテントに入ってしまう。




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