夢の苺と草原とお風呂
どこまでも広がる緑の草原で二つの竜巻がぶつかり合った。
衝撃波が地面を奔り、土が巻き上げられて視界が土埃で埋め尽くされる。
その中心で夢魔の姿となった俺と苺が両手で組みついていた。
普段は黒髪に一房だけ銀桃色の髪が生えている俺だが、今は髪のすべてが銀桃色に染まっている。
角に翼、尻尾を生やした俺は体躯も一回り以上大きくなり、筋肉質の肉体は漲る程の魔力に満たされている。
夢の世界だからこそ俺は自由に魔力を生み出せる夢魔としてこの場に存在している。
並みの人間族レベルの身体能力しか持たない現実世界の俺とは段違いの力と速度の世界で、同じく夢魔に変身した苺の圧倒的な力に立ち向かっていた。
「……」
苺は腕を大きく振りかぶり、拳をまっすぐにぶつけてくる。
それを受け流して力を逃がしつつ、カウンター狙いで反撃する。
俺はイメージで爆弾を作り出すと苺の眼前で起爆する。
だが苺はその耐久力任せにひるむ事なく突っ込んでくる。
むしろ逃がすまいと俺の指にしっかりと自分の指を絡め、力比べに持ち込んできた。
俺は地面を蹴って飛び上がり、再び爆弾を作り出した。
至近距離での爆発の衝撃に抗わず、そのまま空へと舞い上がる。
俺を追って苺も翼を広げて追いかけてきた。
膂力で分が勝る苺は俺をねじ伏せにかかり、俺は速度と技術で応戦する。
そんな攻防が続いている。
お互いに翼で飛び回り空中戦を繰り広げる。
不規則な軌道でマウント合戦をしながら拳に足に尻尾を交えた格闘戦をする。
上下左右、平衡感覚すら狂いそうな絶え間ない攻防に目が回りそうになりながらも、苺の動きをしっかりと見極めてカウンターを入れた。
「……」
僅かに苦悶した顔の苺の動きが鈍る。
その隙に距離を開き、空間を埋め尽くす程の無数の魔力弾を放った。
だが苺は魔力弾の雨の中を突っ切って、衝撃波を撒き散らしながら突進してくる。
夢魔パワー全開の苺は、滅茶苦茶に空気を蹴り砕いて乱雑な軌道を強引に生み出しながら俺の眼前まで迫ると、縦回転の蹴りと尻尾鞭の二連撃を仕掛けてくる。
俺はその攻撃をギリギリのところで見極めてから最小限の動きでいなす。
「相変わらず強引だな、お前は!」
そして渾身のカウンターの拳を苺の腹めがけて放つ。
苺の勢いすらも利用した突き抜けるような完璧な手応え――だが苺はその場に踏みとどまった。
体を折りながらもダメージに耐えるとがっしりと俺の両肩を掴んでそのまま全速力で地面に向かって突進を始める。
「うあああああああああああああ――っ!!」
急加速の落下に体を入れ替える事すらできず、体当たりの勢いで地面へと叩きつけられる。
視界が真っ白になり一瞬意識が飛んだ。
砂の味を噛みしめながら見上げれば、随分と視界の空が狭い。
俺はクレーターの真ん中に半ば体が埋まっていた。
「……」
苺は俺を組み敷き、腰にまたがり無表情で俺を見下ろしてくる。
いや、少し口元が緩んでいるか。
勝ち誇ってるな、こりゃあ。
「まいった、俺の負けだ」
俺は諸手を上げて降参した。
そのままキスしようとしてくる苺をぐいと押し返し、立ち上がると変身を解く。
苺は唇を尖らせ不満げだったが、やがて夢魔の変身を解いて人間の姿になった。
互いに汗だくになったので風呂場をイメージして作り出す。
作ったのは家の風呂場だ。
そこで苺を椅子に座らせ髪を洗ってやる。
声を失い、歌を失って三年――その間に伸びた腰の後ろまである髪を丁寧に洗っていく。
苺が心地よさそうに俺の手に身を任せているのがわかる。
泡をシャワーをかけて流してやった。
湯船に入ると、苺がすっと入ってきて抱っこをせがむように俺の上に座る。
俺は周囲の壁を取り払い、バスタブだけを残した。
周囲は草原、空を青空から夜の星空に変える。
「……」
苺はご満悦なのか、俺に寄り添って頬ずりをしてくる。
そんな苺の腰に手を回して抱きしめながら俺は苺に聞いてみた。
「ルエラとのファーストライブ、どうだった?」
この夢の中の苺は現実の俺と感覚を共有している。
その日一日俺が見たもの、聞いたものをすべて記憶しているのだ。
「……」
苺は俺の質問に僅かに嬉しそうに口元を緩めた。
他の者なら気づきもしない程の極小の動き。
感情の機微に乏しい苺だが、もう一年もの付き合いともなればその微妙な表情の変化にだってある程度気づけるようになるもんだ。
――俺の身勝手で切り離してしまった苺の一部。
その苺はこうして今俺の中にいる。
目的のために行った副作用の産物、罪の顕在化……。
いや違う、ここにいるのも正真正銘の苺だ。
苺の中から消えた二年分の記憶を持った、もう一人の苺。
いずれは本人の中に戻さなければいけない存在なんだ。
けど戻すなら声が戻ってからだよな。
ほんのわずかだ。
ほんのわずかだが、最近になってようやくこの苺にも変化が表れ始めた。
微かだが笑ってくれた。
そんなのは今までになかった。
ルエラが現れて、みらくるベリーズがあいどるユニットとして活動を再開して、ようやくいい流れが生まれ始めた。
このままこの苺が快方に向かったならば、きっと一つに戻せるはずだ。
だからこそこの異世界あいどるオークションを勝ち抜いて、必ず苺を取り戻すんだ!
「……」
不意に苺が湯船から出ると、枝を拾ってなにやら地面に絵を描き始めた。
「苺? 何描いてるんだ?」
体をタオルで拭ってやりながら、服をイメージで纏わせてやる。
様子を見守っていると、やがて地面に二着の衣服が出来上がった。
「これって……ステージ衣装か? しかもルエラの分まで?」
「……」
苺は無表情のままこくりと頷く。
「確かにこれは予選の曲にぴったりだな。ありがとな、大切に使わせてもらうぜ!」
俺は苺の頭を撫でながら言った。
頭の中で苺が描いてくれた衣装をイメージする。
徐々に世界の輪郭が朧げになる。
どうやら目覚めの時間が近いらしい。
「せっかく苺が考えてくれた衣装だ。絶対に持ち帰らねえとな」
この衣装は何が何でも現実に持ち帰る。
この夢空間の魔力を使えば物質化の魔術だって使えるはずだ。
かなり難しいが、今ならやれるという自信が漲ってくる。
「……って」
相変わらず言葉を発しないが、確かに口元が動いたのがわかった。
空気が漏れて僅かに音が生まれる。
「苺……今、言葉を?」
俺は思わず苺を見た。
確かな変化に俺の口元も自然と緩んでいく。
こんなに嬉しいことはない。何もかもが順調だ。
同時に自分の罪から解放されると思ってしまった己の弱さに胸がずきりと痛む。
そんな苺はよく分からないといった様子で小首を傾げるだけだが。
俺は魔力を夢空間に満たし、密度を上げていく。
今回はプレートに楽曲を刻むような平面的なものじゃない。
立体である以上、しっかりと魔力を使って魔術を構築しなければいけない。
苺が苦しまないギリギリまで魔力を空間に溜め込んでから、現実世界に向けて意識の穴を作り出す。
現実へと噴出していく魔力、その流れに意識を乗せる。
衣装のイメージを掻き抱きながら起床を目指す。
いよいよ世界が溶けていく。
俺は最後に無表情で見送る苺の顔を見ながら、現実世界へと意識を浮かび上がらせたのだった。




