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禁物の木箱

「いえ、お役に立てたなら嬉しい限りです」


 ルエラは気持ちよさそうに吐息を漏らしながら言った。


 俺は腰をぐいと押さえ、そのくびれのある細い体へとゆっくりと手を滑らせていく。


「ルエラがいたお蔭で今日は久しぶりに観客と一体となったライブが出来た。あの熱の籠ったみたいな空間の感覚は久しぶりだ」


 この調子ならもし大会に出場したとしてもきっと乗り越えられる。

 そんな予感がじんわりと俺の胸を熱くしている。


「お礼にさ、何か俺にしてほしい事があったら言ってくれ」

「して欲しい事、ですか?」


 ルエラは深くゆったりとした呼吸をした後、ゆっくりと首を横に振った。


「別に遠慮する必要はねえぞ?」

「いえ、遠慮なんてしていません。本当に私は今が幸せで、何一つ不満なんて抱いていないんですよ。こうして傍に居られる事が私の何よりの幸せですから」


 ルエラは心底満たされた顔で俺に笑いかける。


 普段見せる柔和(にゅうわ)さとは違う多幸感(たこうかん)を浮かべる瞳に、俺は思わずどきりとさせられた。


「こうして修果や苺さんやお母様、大勢の方々と触れ合うのがとても楽しいです」

「そうか……」

「けれどせっかくですので何か考えておきますね。うふふ、何をしてもらいましょうか?」


 考え込む俺を見たルエラはくすりと笑うと再びうつ伏せになった。


「そうしてくれ。あっ、エロネタ以外で頼むぞ」

「ふふっ、それはフリですか?」


 ルエラがくすくすと笑う。


「いやマジで勘弁な。ルエラまで苺みたいに迫ってきたら俺、女性不信になるぞ」


 俺は顔が熱くなったのを悟られないように平静な声を心掛ける。


「それは困りましたね。私としてはもっと私の魅力を楽しんで欲しいところなのですが」

十分満喫(まんきつ)させてもらってる。っていうか、もっとお前の魅力を引き出せるように俺も精進(しょうじん)しねえとな」

「うーん、そういう意味ではないのですが……」


 わかってはいるが、俺は(とぼ)けたフリで受け流す。


 ルエラの柔らかい肌と風呂上りのいい匂いに意識が行って、さっきから心臓の早鐘(はやがね)が止まらない。


 何考えているんだ、俺は――!


 俺、今手つきがいやらしくなってねえよな?

 意識してるのが背中に伝わって、こっちから誘ってるって勘違いされてねえよな?


 無心だ――無心でマッサージをするんだ!

 疲れを癒し、元気になってもらうために!


 決して俺の股間を元気にするんじゃねえ!


 俺は頭を振り、マッサージに集中した。


 プロデューサーとしてあいどるの体調管理を――決してこれに下心じゃない!


「……ルエラ?」


 そうしてルエラの反応に意識を集中する俺は、ふと手を止めた。


「すう……すう……」

「眠ってるのか?」


 顔を覗き込んでみると、ルエラはすやすやと静かに寝息を立てている。

 その寝顔に俺は思わず頬を緩ませていた。


 作り上げられた笑顔じゃない――歳相応のあどけない少女の寝顔がそこにあったからだ。


 それと同時に今まで意識していた自分自身が馬鹿らしくなってくる。


「今日はゆっくり休めよ」


 俺はルエラをお姫様抱っこでそっと抱え上げた。


 この軽い体のどこにあんなパワーとスタミナがあるのかと不思議に思えてくる。

 苺とたった二人でメインストリート中の観客達を湧かせたなんて信じられない。


 ルエラの部屋へ向かい、ベッドに横たえさせた。

 元々空き部屋だったこの部屋は、今はあいどる寮から運んできたベッドと机と椅子、棚があるだけのシンプルな内装だ。


 同じく寮に残されていた(あわ)い水色を基調にした花柄の布団やカーテンには女の子らしさが出ているのだが、物があまりにも少ないせいでいまいち雰囲気が出ていない。


 絵とかぬいぐるみとか花とか小物とか、とにかく装飾品が一つも見当たらない。


 自分で用意したものが何一つない。

 そのせいかどうもルエラの部屋という感じがしない。


「なんていうか……入居時からまったく変化がねえよな、この部屋は」


 机を見ても、棚を見ても、何一つ物が増えた形跡がない。

 ルエラがやって来た日そのまま、まるでここだけ時間が止まっているかのような印象だ。


 まあ普段は劇場の方で練習をしたり、リビングで苺と三人でボードゲームをして遊んだりしているからな。

 この部屋にはほとんど寝に戻るだけとはいえ、この状態はどうなんだろうかと思う。


 決して多くはないが小遣いだって渡してあるのに、それを使ったようにも思えない。


「んっ? こんなものあったか?」


 そんな殺風景な部屋だからこそ、俺はベッドの下にある木箱へと注意が向いた。

 随分と大きな、大型の楽器が入っていそうな巨大な木箱だ。


「まさかエロ本ってわけでもねえよな?」


 確か異世界二ホンの文化としてベッドの下にエロ本を置き、精力を高める魔術的儀式が存在すると親父の書いた論文で読んだ事はあるが、まあ今は関係ない話だな。


 随分と古い木箱のようだし、前からここにあったものかもしれない。


「……」


 俺はその木箱が妙に気になった。


 こんな木箱、あいどる寮にもこの部屋にもなかったはずだ。

 それどころか自宅や劇場のどこにだってない。

 

 もしかしたら母さんが管理している契約商の方にあるかもしれないが、そんなものがここに運ばれてくるはずもない。


 一応確認しておくべきか?

 いや、これがルエラの私物なら勝手に触るのはまずいか?


 だが……。

 

 俺は殺風景な部屋を見渡し、唯一ルエラのものかもしれないその木箱に視線が向く。

 

 そうだ、確認だけ。

 ルエラのものだったならすぐに閉じればいいだろ。


 これはプロデューサーとしての安全確認だ。


 そう自分に言い訳した俺は音を立てないようそっと木箱をベッドの下から引き出した。


「………………」


 蓋に手をかけたところでなぜか俺の手が止まり、心臓が開けるなと早鐘の警告を打ち鳴らしてきた。


 戦闘中でもないのになぜか俺の中の危機感知が反応している。

 特に魔術的な仕掛けもないごく普通の木箱のはずなのに、なぜかこの木箱からは言い知れないプレッシャーを感じる。


 危険物なのか?

 だとしたなら、むしろ早々に取り除かないとルエラの身が危ねえな。


 俺は一つ大きく呼吸をしてから、意を決して木箱の蓋に手をかける。

 果たして木箱の中には様々な物が詰まっていた。


「――っ!?」


 声が漏れそうになり、慌てて手で自分の口を塞ぐ。

 中身はどれも俺が見覚えのある物だった……ただし俺が小さい頃の話だが。


 着られなくなった子供用の古着や肌着、楽器の余った魔獣素材から作られた玩具。


 それ自体は見ていて懐かしさを覚える代物だった。


 人気あいどるを集めたトレーディングカードのデッキや、いつ失くしたかも覚えていなかった漫画本などが出てきて少し嬉しいくらいだ。


 だが入っていたのはそれだけじゃない。


 どこかで見覚えのある紙ストローや紙コップ、弁当の箱といった一見ゴミにしか思えない物まで……。


 これは見なかったことにするべきか?


 俺はそっと蓋を閉めようとして、木箱の隅に並んでいるノートの束に目が行く。


 俺は手の震えを押さえつけながらそのうちの一冊を手に取りパラパラとめくる。


「日記か? ――ひっ!?」


 思わず短い悲鳴を声を上げて、再び口を押さえた。


 ベッドの上のルエラはすうすうと寝息を立てていて目覚める様子はない。

 俺は紙をめくる音を立てないよう、細心の注意を払いながらページをめくる。


 

 △年〇月×日――。

 今日はダンスのレッスンで修果が先生に褒められていました。

 これはその時に使っていたバンテージの切れ端です。


 日記のページには写真が貼りつけられている。

 それは間違いなく俺があいどるもどきをやっていた頃の写真だった。


 ページの端に目をやれば、バンテージの切れ端が貼り付けられている。


 ◇年□月☆日――。

 今日の修果は卵入り肉野菜炒めを作っていました。


 いつも使っているレタースがないため、代わりにハッスルキャベツが使われています。

 他の材料は……。


 別の日には俺の作った料理がレシピも含めて書き込まれている。


 他にも数ページをざっと流し見して確信する。

 どうやらこれは俺の観察日記らしい。


 しかも貼り付けられている写真は全てが盗撮だった。


「同じもの……」


 不意にキッチンでルエラと料理していた時の言葉が思い出される。


 つまりルエラは毎日俺が作った料理と同じものを作って食べていた?

 あの俺の動きに合わせて料理を作れるスキルは、普段からずっと俺を観察していたからこそできた芸当なのか?


「これ、ストーカーってレベルじゃねえよな?」


 思い出されるのは舞台袖に潜んで俺の掃除の様子を見つめていたルエラの光が消えた瞳。

 薄ら笑いを浮かべたまま多幸感(たこうかん)に包まれている姿で……。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い――!

 

「――!!」


 不意にノートの隙間からはらりと滑り落ちた紙束の音で俺は我に返る。


 それはとても薄い見覚えのある一冊のエロ本だった。


 いつも苺と母さんが俺のベッドの下に妹モノと人妻モノばかりを入れてきてうんざりしている中、一冊だけこの本が置かれていたのだ。


「嘘、だろ……?」


 俺は手書きで丁寧に描かれている表紙を見てはっとし、ページを開く。


 犬耳の少女が、人間の青年と純愛の末に行為に及ぶ本。


 そのヒロインの名前は……。


「うーん……」


 びくっと体が跳ね、思わず土下座をする。


「すみません! これはほんの出来心だったんです! 決してルエラの心の深淵を覗こうだなんて思っていませんでした!」


 俺は床に額を(こす)りつけじっと動かないでいる。


「……うふふ」


 だがルエラはみじろぎしただけで目を覚ます気配はなかった。

 楽しい夢でも見ているのか、ルエラはとろんとした表情で静かに寝息を立てている。


 俺はほっと胸を撫で下ろすと、音を立てないように気をつけながらそっと箱を戻す。


 生きた心地がしねえよ。

 幸せそうに眠っている無垢な顔が今は狂気にしか思えねえ。


 なんで俺の行動をここまで知り尽くしている?

 ルエラは俺のストーカーだとして、なんで俺に対してそんな真似をする?


 問いただしたい気持ちはあるが木箱の中身を考えると聞くのが物凄く怖い。


 万が一重すぎる愛の告白をされてしまったなら、俺はもうどうしたらいいのか分からなくなってしまうだろう。


「うん。これは夢、って事で……それがお互いの幸せのためだよな」


 そもそも俺とルエラはプロデューサーとあいどるという関係だ。

 決して恋愛などしてはいけないのだ。


 よし、この部屋を出たら俺は全てを忘れよう。


 俺はそう自分に強く言い聞かせると、逃げるようにしてルエラの部屋を出たのだった。




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