風呂上がりのマッサージ
「ふう、やっぱ風呂上がりは妖精牛の特濃ミルクに限るな」
その日の夜、俺は風呂上りにキッチンの冷蔵庫からキンキンに冷えたビン牛乳を取り出し、腰に手を当てて一気に飲み干した。
濃厚さがもたらす暴力的な喉越しは風呂上がりの火照った体に最高に気持ちいい。
特に今日みたいな日に飲むのはな。
今日のステージを思い返すだけで顔が勝手ににやけちまう。
「へへっ、まさか生活費一年分のチップ入ってるとか、盛況にも程があるだろ」
まあ他にもなんか金貨が混じってたわけだが……それは今後の活動のために有効活用させていただこう。
苺とルエラのパフォーマンスには自然と観客を味方につける不思議な力があった。
個々の技術の高さがありながら、それを感じさせない親しみやすさと吸引力がある。
その絶妙なバランスは計算なんかでは決して作り上げられない。
まさに出会うべくして出会った二人の奇跡のステージだった。
それにあいつらにはまだまだ可能性が眠っている。
それをもっと引き出してやらねえとな。
苺とルエラが繋がれるのはきっと観客だけじゃない。
あの二人にさらにメンバーが加わっていけば新たな世界が見えてくるはずだ。
「ううっ、まだお腹が……げぷっ」
「私に張り合って無理して食べるからですよ。種族が違うのですから食べる量が違うのは当然じゃないですか」
「舐め犬には負け……おえええっ」
「こら、吐くなよ? マット洗うの結構大変なんだからな」
そんな最強コンビの苺とルエラはと言えば、今はリビングに敷かれたマットの上でくんずほぐれつストレッチをしているのだが、苺はお腹を圧迫される度に青い顔をしていた。
ライブの後、俺達はリリークレイドルで打ち上げをした。
厨房を借りて俺やリメッタが料理を作り、マスターの作った特製ジュースを飲んでボードゲームで遊んで大いに楽しんだ。
そんな中で苺とルエラが大食い対決を始めたのだが……。
女の子二人の対決だからと甘く見ていた。
ルエラがもう食べるわ食べるわ。
マナーの良い上品な食べ方をしているはずなのに、食事の進む速度は凄まじかった。
飲んでいるんじゃないかと思う勢いで、持ち込まれた皿をぺろりと平らげていったのだ。
きっとあの胃袋は異空間に繋がっているに違いない。
普段からルエラの食事は多めに作っていたが、これはもっと量を増やさないといけないかもしれないと本気で考えさせられた。
「風呂、次はどっちが入る?」
「では私から入りますね。苺さんは少し休んだ方がいいと思いますので」
ルエラはそう言ってリビングから出て行く。
「ううっ……お腹の中身が、出ぞう」
「やめろ! リビングがゲロ臭いとかほんと最悪だからな!」
苺は目も虚ろにぐったりとソファに身を沈み込ませる。
そんな隣でくつろいでいると、苺が何かを企む顔になってずずいと体を密着させてきた。
「ねえ、お兄ちゃん。抱っこして」
「はいはい、風呂上がったらな。今は俺に引っ付くな。汗臭いから」
「えへへえ、女の子の汗の匂いだよ」
俺は苺の顔をぐいと押さえて突き放す。
「もうお兄ちゃん、今は二人きりなんだから照れなくてもいいんだよ?」
「いや、全然照れてねえから。いいからルエラが上がってくるまで大人しくしてろ。風呂上がったらマッサージしてやるから」
かくいう俺も沢山の食事と妖精牛乳の影響で腹がやばい、軽く胸焼けまである。
大金が入って俺もちょっと気が大きくなってたな。
「うっぷ……お兄ちゃん、今お腹は卑怯だがら」
指で腹を突くと苺が青い顔をして口元を押さえる。
しかしすぐに元気になると、また苺は俺に引っ付こうとぐにぐに顔や体を押し付けてくる。
結局ルエラが上がってくるまで俺と苺は取っ組み合いを続ける羽目になった。
「ただいま上がりました」
「早かったなルエラ。もういいのか? 女の子の手入れってもっと時間がかかるもんだろ?」
俺はみらベリのメンバーだった皆がスキンケアとかマッサージとか色々と手入れをしていたのを知っているだけに、不思議に思ってたずねていた。
「そうだよ。もっとゆっくりしててよかったのに。今は苺とお兄ちゃんのラブラブダイムなんだからね!」
苺も唇を尖らせて不満げに言う。
「いえ、体は綺麗になりましたし、十分に温まりましたから」
「別に種族的に風呂嫌いってわけじゃねえんだよな?」
「はい。むしろお風呂は好きですよ」
にこりと微笑むルエラの髪はしっとりとしていて、肌も風呂上がりでみずみずしい。
ほんのりと赤く血色も良くなっていて、きちんと風呂には入っていたのが分かる。
というか風呂から上がってそれだけといった感じか。
素材でも十分とはいえ磨けばもっと輝くような気がする。
とはいえ俺もそういう女の子の手入れについて特に詳しい訳じゃないし、以前はメンバー同士で活発に情報交換していたみたいだからな。
苺もいまいちそっち方面の知識は疎いみたいだし、今度リメッタにでも相談してみるか?
「んじゃ苺、風呂に入って来い」
「お兄ちゃんも一緒に入ろ。また汗掻いただろうし、背中流してあげるよ?」
「それが狙いだったか……。だが断る、このあとルエラのマッサージがあるからな」
「むう! 今日はお兄ちゃんが苺の髪洗ってよ! 今日苺頑張ったし!」
苺はねだるようにぴょんぴょんと飛び上がった。
「また今度な。いい子にしてたら体も洗ってやるから」
「わーい! その時は苺が体を使ってお兄ちゃんを洗ってあげるね!」
「あっ、あのお風呂にあったエアマットって……」
ルエラが何かをぼそりと呟いたが、苺が騒ぐのでよく聞き取れなかった。
「わかったわかった。いいからとっとと入って来い。手足を揉むのも忘れるなよ?」
「ぶーっ! 今度絶対だからね!」
俺がしっしと追い払うと、苺が頬を膨らませながら風呂場へと向かった。
やはり歌が絡んだケアとなると苺は素直に言う事を聞いてくれるな。
プロ意識があるのは結構なことだ。
「んじゃルエラ、始めるぞ」
「よろしくお願いしますね」
マットの上に大きなタオルを広げ、そこにルエラをうつ伏せで寝かせる。
俺はルエラの背中に跨るとまずは首回りをぐいと押した。
「ほええええええええっ!」
ルエラが慌てて口元を押さえた。
ぴくぴく動く耳の内側が真っ赤に染まっている。
「喉のケアだ、我慢するな。ま、まあたまに変な声が出るのは仕方ねえって……ぷっ!」
「あっ、今笑いましたね?」
「笑って……ねえ!」
一息で言い切ろうとしてつい笑いが漏れてしまった。
腹筋がぴくぴくと動いて体が丸まる……笑いが堪えられなかった。
このマッサージ、何かしらの声が出るのは分かっていたが、まさかあんな……婆ちゃんみたいな声出たし!
「やっぱり笑ってるじゃないですか! 体の震えが伝ってます!」
「ははっ、笑って悪かった。だから自然体で呼吸をしてろって」
「ほんとですか?」
ルエラが疑いの眼差しでこちらへと振り返る。
「ほんともう笑わねえから。ちょっと不意打ち喰らっただけだし」
「……分かりました。本当に笑わないでくださいね?」
珍しく頬を膨らませて拗ねるルエラを宥めつつ、マッサージを再開する。
そんな姿が年相応の女の子に見えた。
「ほええええええええっ!」
ぷっ――!
俺は必死に笑いを堪える。
二度目だから何とか笑いは堪える事が出来た。
だが耐えているのが掌を通じて伝わったらしい。
「笑ってない」
「顔がにやけてます」
再び振り返ったルエラが頬を膨らませ――。
「うふふふっ」
「にひひっ!」
二人して顔を見合わせて笑い合った。
「もうここからは変な声は出ねえから。それとちょっと喉が楽になったろ?」
「言われてみれば……」
ルエラがはっとして自分の喉をさする。
「苺はさ、よく湯船で鼻歌を歌いながら喉のケアをしてるから、今度一緒に風呂に入って喉ケア用の歌を教えて貰えよ」
「分かりました。今度一緒に入りますね」
それにルエラも裸の付き合いをすれば苺ともっと仲良くなれるだろうしな。
二人にはこれからもいいコンビでいて欲しいし、メンバーが増えた時の主軸にもなって欲しいと思っている。
手足から体に向けて揉みほぐしていき、入念にマッサージをする。
横たわる沈黙がどこか心地いい。
そんな中、自然と浮かんでくる言葉をルエラに投げかけた。
「今日はありがとな。ルエラがいてくれてほんとよかった」




