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ハッピー・スウィート・ポップコーン

 オータムリーフは”あいどる”の聖地として、国内外から多くの観光客が集まる街だ。


 劇場やグッズ販売店、あいどるカフェのような観光客向けの店から、楽器や機材や衣装、あいどる養成学校のような業界人御用達(ごようたし)の施設まで――あいどるに関わるものならなんでもござれ、まさにあいどるとファンのための街と言って過言じゃない。


 今日もメインストリートではあいどる達が歌に踊りに芸にと、自分達の得意なやり方で観客達を楽しませている。

 そんなメインストリートの一画(いっかく)で、俺達もまたパフォーマンスをするべく準備を進めていた。


「よし、機材のステージへの接続終わったぞ。こっちはいつでも始められる。そっちは着替え終わったか?」


 機材から顔を上げた俺は、更衣室とも呼べない小さな箱に簡易カーテンが着けられただけのスペースでがさごそ着替えをしている二人に声を掛ける。


「うん、いつでも行けるよ」

「私も準備が整いました」


 そう言いながら苺とルエラが姿を現した。


 桃色を基調とした苺と、黄色を基調としたルエラのミニスカート・ハイニーソックスの衣装には、春を運んでくる妖精のように花の立体的な刺繍(ししゅう)がふんだんにあしらわれている。

 

 そんな二人の登場に通りがかりの観光客達が一斉に苺達へと注目した。

 

 そりゃそうだろうなと俺は内心で思う。


 なんたって今の二人の衣装は全盛期のみらくるベリーズのものだからだ。

 あいどる好きでこの街に観光で訪れる者なら誰もが知っている姿、反応しない方がおかしい。


「あれ、みらベリだよな?」

「なに? カバーのパフォーマンス? 結構可愛い子じゃん」


 懐かしさからか、はたまたファン心理を掻き立てられたからか、まばらだが観光客が足を止める。

 と、その反応に苺とルエラはすかさず動いた。


「こんにちはー! お兄さんたち――苺だよお!」

「初めまして、お嬢様方。――ルエラと申します!」

「「二人合わせて、みらくるベリーズでーす!!」」


 集まった観客に手を振りながら、苺とルエラがトークを始める。


「おっ、その服はリーベステール姫国のものかな? 遠いところからようこそ!」

「家族で観光ですか? わーっ、手を振ってくれてありがとうございます!」


 苺が遠国の観光客に注目すれば、ルエラは家族連れの子供に向かって手を振り返す。

 代わる代わるのリズムカルなトークで次々と観客達の注目を集めていく。


 そうだ、その火種をしっかりと燃え上がらせていけよ。

 そしてこれから始まるパフォーマンスで大いに会場を沸かせてやるんだ。


 俺は内心でほくそ笑みつつ、二人が初期位置に移動したのを確認してから機材にセットした固有楽曲の魔術式を発動させた。


 イントロが流れ出すとさらに多くの観客がどよめいた。


 衣装だけじゃない、このメロディを聞けばあいどる好きなら誰もが反応せざるを得ない。

 王国で……いや世界中で一度はこのメロディを耳にしているはずだからだ。


 それだけ当時のあいどるというものの登場は鮮烈だった。


 だがもちろんこのやり方にはリスクもある。

 みらくるベリーズはあいどるの先駆(さきが)けとなった、三年前には世界ツアーまでやってのけた超人気のあいどるユニットだった。


 けれども百人以上いたメンバーのほとんどが昇天<契約満了>し、遺憾(いかん)ながら解散したとさえ勘違いされている現状がある。


 そんなところに本家ユニットを名乗る二人組だ。


 当時を知るファンやあいどる好きからすればお前ら何様だって話になる。

 現に観客の中には見定めるような挑戦的な視線も少なからず混じっている。


「それでは聞いてください。夢から繋がる二人の世界」


 だから――教えてやれ。

 新生みらくるベリーズの新たなパフォーマンスを。

 そこのお前ら、その目と耳かっぽじってよく見ておけよ!


「夢の~中の~」

「キミの~声が~」


 ――その瞬間、観客達が息を飲んだ。

 勝負は一瞬だった。

 二人の最初の動きにそわりと観客達が震えた。


「「私の世界を彩っていくの~♪」」


 というか俺までぞくりとさせられた。

 

 何度も劇場のステージで二人の練習を見ていた俺が、入念な準備を一緒に進めて歌と踊りの全てを知り尽くしていたはずの俺が、だ。


 そんな中、幻影魔術陣(ミラージュ)が起動して一面に絵本の中のような街並みが広がる。



 夢から繋がる二人の世界――。

 

 片想いの少女が夢の中で相手の少年に会いに行く。

 恋する少女のふわふわ雲に、高鳴る少女のドキドキエンジン。

 

 豹の店員がいる服屋でパジャマからデート服に着替え、羊の店員がいる美容院でヘアメイクをばっちり決める。

 ダチョウの先生に可愛い仕草をレッスンされ、獅子の執事の用意した馬車で彼の待つお城へと向かう。


 出会った二人は両想いだと気がつき、デートを繰り広げる。



 わくわくとキラキラに満ちた二人の少女達が観客達と呼応する。

 色とりどりに華やぐ夢の世界がメインストリートを包み込んでいく。


 そのストリート離れした質の高いパフォーマンスに一瞬唖然(いっしゅんあぜん)とした観客達だったが、すぐに手拍子を始め体でリズムを刻み始める。


 パン、パン、パン、パンーー!

 手拍子と歓声が高鳴り、場の空気が熱を帯び始める。

 

 通りを歩く観光客達が次々と足を止め、苺とルエラに注目する。

 二人の描く夢の世界に観客達が()きこまれていく――。


「うおおおおお――っ!!」

「凄え! なんだ、この娘達は!?」

「まさかストリートにこんなレベルのあいどるがいたなんて!」


 曲の終わりと同時に一際大きな歓声がメインストリートに響き渡った。

 一曲を歌い終わったときにはすでに周囲を埋め尽くす程に人だかりが出来ている。


「こんにちは! みらくるベリーズだよ! リーダーの苺です!」

「新メンバーのルエラです! 今日は皆さんよろしくお願いします!」


 深呼吸もそこそこに、熱気に溢れかえったスペースで元気よくトークを始める二人。


「えっ、まさか本物!?」

「いや、解散したって聞いたぞ? これってカバーじゃないのか?」

「いいえ。劇場は今でもあるし、ライブもやっていたはずよ?」

「あれラブホじゃなかったのかよ。みらベリって現役なのか?」


 観客達が口々に語り合っている。

 ってか今ラブホって言ったヤツ誰だ!?


 劇場がちょっとお城風の人をワクワクさせるような建物だからか!?

 そういや時々ライブにカップルで見に来るヤツらが客席の後ろの方でもぞもぞやってたのってそういう理由だったのかよ!?


「でもイチゴって、兄の嫁名乗ってる痛い子だよな?」

「ああ、夢魔の癖にぺたんこの残念な子だった」

「ああ、あの歳で既婚者とかいうがっかりな子だな」


 おい、そこの連中! ――ちょっとシバいてやるから裏通りに行こうか。


「えへへ、よく知ってるね。お兄ちゃんは苺の大切な旦那様なんだよ、きゃっ!? あっ、でも今ぺたんこって言ったそこの人、苺がお仕置きするから覚悟だよ! ぶうぶう言って謝れ!」

「ぶひいいいいい――っ!」


 苺は盛大に照れた後、面白がって観客とコントまで始めた。

 ……はあ、ここまでブレないと怒る気も失せる――ってか、後で反省会確定だな。


「けど隣のあの子は見たことないな」

「新メンバーって言ってたな。かわいいじゃないか」

「犬耳とは、牙犬族でござるか? ナタニアちゃんとはまた違うタイプでござる。清楚さと気品が兼ね備わっていて拙者好みでござるな」


 観客達はルエラにも注目し始める。

 反応は上々だな。


「うふふ、ありがとう御座います。今日はライブ楽しんでいってくださいね」


 スカートの裾を摘まんで優雅(ゆうが)に挨拶を返すルエラ。

 

 トークをしながらもさりげなく目線や手を振ったりして観客達を自分に惹きつけている。


 大衆の前で演説とかさせたらとても上手いんじゃないだろうか?

 しかもこれは訓練された仕草で、それが(にじ)み出ているって感じだな。


 さすが元貴族令嬢ってところか。

 歌や踊りだけじゃなく、こういった人心掌握(じんしんしょうあく)まで出来るとか、最早万能過ぎて怖さまであるぜ。


「という訳で今日はみんなよろしくね!」

「それじゃあ次の曲を聞いてください。今度は最近作った私達の曲ですよ」


 二人の合図に俺は次の曲の魔術式を発動させた。

 新たな楽曲が流れ始め、観客達が苺とルエラに瞠目(かつもく)する。


「「おおおおおおお――っ!!」」


 それから一時間後、大通りはさらなる大歓声に包まれていた。


 ここ一年で作った新しい曲と全盛期の曲とを織り交ぜながらのパフォーマンス。

 大通りを埋め尽くす人だかりは他のパフォーマンス会場よりもずば抜けた数の観客を集めている。


 その通りを塞ぐあまりの人の集まり具合に見回りの騎士達が交通整理を行い、観客が立ち止まらないよう誘導を始めている。


 と、その騎士集団の中に見慣れた姿を見つけた。


 エメラルドグリーンの艶やかな髪を頭の後ろで束ね、背中に自分の身長程もある大剣を背負った戦牛族の少女。

 目鼻立ちのいい整った顔立ちの中で強く輝く目力のある瞳が騎士としての誇りを(うかが)わせる。


 そしてなにより(りん)(たたず)む姿勢によってより強調されるIカップの魔乳――。


 間違いない、メローネだ!


『お兄ちゃん、次の曲!』

『ああ、悪い!』


 あいつもちゃんと騎士見習いやってんだなあ。

 そんな事を考えていたせいで苺達のサインを見落としていたらしい。


 苺の念話に俺は急いで魔術式をセットする――今はライブに集中だ。


 楽曲が始まり再び観客達の手拍子が会場を沸かせる。


 俺は苺とルエラのパフォーマンスを見ながら自然と口角が吊り上がるのを感じる。


 あいつら、周りを見ながら振り付け変えてやがる。


 苺とルエラは周りの反応に合わせて踊りの動きを変えている。

 さらにはノリのいい観客と歌い踊りながらハイタッチまで交わしている。


 それを見て不意に帰って来た――そんな感覚が俺の中で広がった。


 周囲と同調して観客達をさらに盛り上げていく。


 ここ半年程、みらくるベリーズを再開した苺はアーティストのようにいつも一人で自分の世界を作り上げていたが、今は仲間と、観客と一体となってこの時間を楽しんでいる。


「そうか――俺がやりたかったのは……」


 そして気づく。

 俺達が撮影しようとしていた映像に足りないものを――。


「うわあ、ルエラちゃん。凄い人の数だね! 熱気が凄いことになってるよ!」

「そうですね、苺さん。カフェのテラスからも手を振っている人が見えます」


 噂を聞きつけたのか、どんどん人だかりが大きくなる。

 人だかりは溢れかえり、そして視線は上からも降り注いだ。


「狙い通りだな」


 俺は周囲を見上げながら自分の計画の成功を確信する。

 実はここはメインストリートの一等地からは少し腫れた場所にある。

 馬車駅からそれなりに歩く場所で、オータムリーフでも割と端にあたり、駅前に比べると人通りは少なめな場所なのだ。


 だがストリートライブは道端で行うもの。

 どんなに広い道であっても所詮(しょせん)は道、人が増えれば後ろからはパフォーマンスが見られないし、一定数からは極端に集客効率が落ちる。

 なので実はこの場所でも駅前と集客率は大して変わらなかったりする。


 ならばなぜという話だが、この場所の強みとしてここにはカフェや飲食店のテラス席が集まっていて、そこからもパフォーマンスが見ることが出来るようになっているのだ。


 子供の頃からこの街で暮らしている地元民だからこそ知る穴場スポット。

 それを店側も分かっているから、ワンドリンクを条件にテラスからの立ち見を許していたりする。


「んじゃ回収頼むぜ、シルフィード」


 俺はこの日のために異世界二ホンのドローンという小型飛行機械を参考に作った、風魔法の魔術式で制御する箱を用意していた。


 夢の中で試行錯誤しながら開発し、何度も失敗を繰り返してようやく完成させた代物だ。


 俺はそれをテラス席へと飛ばし、観客の前まで移動させる。

 狙い通り箱の中に次々と銅貨や銀貨が投げ込まれていく。


 ステージの周りの箱にも次々とお金が投げ込まれている。

 これは成功だな。


「それじゃあ次が最後の曲だよ!」


 時計を見るとすでに二時間近くが経っていた。

 時間の経過をこんなに早く感じるとはな。


『苺! ルエラ!』


 そこで俺が二人に念話を送り、楽曲を変更するハンドサインを掲げる。


『曲を変更だ! 新曲行くぞ!』


 突然の俺のリクエストに一瞬二人は目を(しば)たかせたがすぐに頷き返してくれた。


『一発撮りだ、抜かるなよ?』

『なるほど、そういう事ですか』

『えへへ。誰に向かってモノを言ってるのかなあ?』


 突然の無茶振りにも苺とルエラは自信たっぷりに手を振って応えてくれる。

 悩みの解決ができたとわかったからか、俺の目を見た二人は嬉しそうにはにかんでくれた。


「みんな! 今から苺達と一緒にやって欲しい事があるんだけど!」

「皆さんもライブに参加しませんか?」


 苺とルエラは交代で着替えつつ、観客達に簡単な振り付けをレクチャーする。

 その間に俺は急ぎ撮影機材を用意し、楽曲用の魔術式をセットした。


 時間的に演奏できるのは一回――練習なし、やり直しなしの一発勝負だ。

 ぶっつけ本番に観客まで巻き込むなんて常軌(じょうき)いっしていると冷静な部分の自分が難しい顔をしている。


 だがな――。

 今の苺達ならやれる、成功する未来しか見えねえよ。

 

 俺は確信しながら苺達に開始のサインを送った。


「それじゃあ始めるよ! みんな準備はいいかな!?」

「「おおおおおお――っ!!」」


 このライブを通じて一体となった観客達が歓声で応えると、苺とルエラは背中合わせに立ってポーズをとる。

 ストリートに広がる一瞬の静寂が、苺達の……いやこのライブ会場の世界を塗り替える。


 「ミルキーポップ」と「キャラメルポップ」――コック帽と全身を綿で装飾したふんわりとしたエプロンドレス姿の二人。


 もしお菓子の家に厨房があったなら、そこで料理人をしていそうなもこもこの衣装を着た苺とルエラが今まさに調理を始めようとしている。


 魔術式が発動し、アップテンポの軽快な音楽が溢れ出す。

 そんな中で苺とルエラが曲のタイトルを披露した。


「「ハッピー・スウィート・ポップコーン!」」


 それと共に景色はパティシエの厨房となった。


 フライパンの上のポップコーンが熱されて跳ね始める。

 やがてポップコーンは二人の妖精へと姿を変えた。

 驚く料理人の口に出来たてのポップコーンを放り込む妖精達。

 ポップコーンを頬張った料理人の笑顔が弾けると、ぼふっと姿を変え、新たなポップコーンの精が誕生した。


 オータムリーフの街へと繰り出す二人の妖精は次々と道行く人の口へとポップコーンを放り込んでいく。

 皆が幸せな笑顔となり、ぽんとふわふわのポップコーンの姿になる。


 時に甘く、時に可愛く、時に小悪魔に、笑顔と一緒に振り撒かれていくポップコーン。

 姿を変えたポップコーン達とのダンスは弾けるように元気いっぱいに。

 まるで街全体が大きなフライパンのように、楽しさに溢れて弾けていく。



 伸ばされた手から手へとロープアクションのように飛び回った二人は一周して戻ってくると、より一層元気よくダンスを披露する。


 最後は大きくジャンプしてからの決めポーズ。

 その背後では幻影魔術でポップコーンの姿となった観客達も同じポーズをとっていた。


 街は今日一番の大歓声に包まれた。


「みんな、ありがとう!」

「最高に楽しかったです!」


 ストリートやカフェテラスから惜しみない拍手と大歓声が沸き上がる。

 苺とルエラは抱き合いながら観客達の歓声に大手を振って返礼する。


「苺、ルエラ――撤収だ! なんとしても延長料金は阻止しろ!」

「あいあいさー!」

「明日、ベリーズ劇場でライブやります! ぜひ見に来てくださいねー!」


 (あわ)ただしい去り際にもルエラは宣伝をちゃっかりと忘れない。


 俺達は衣裳を着替える暇もなく機材を回収すると、脱兎(だっと)の如く撤退する。


 こうしてライブは最高の盛り上がりのままに終わりを迎えたのだった。




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