ライブ帰り
「「おかえりなさいませ、ご主人様! お嬢様!」」
メイド喫茶「リリークレイドル」――。
ドアベルの鈴の音に反応したメイド服姿の少女達が、笑顔で俺達を迎え入れてくれる。
「おう、遊びに来たぜ」
「えへへ、みんな元気してる?」
それに俺は軽く手を上げて応えながら、隣の苺と並んでいつものカウンター席に座る。
「あらー、いらっしゃいシュカちゃん、イチゴちゃん。ライブお疲れさま」
「むう……お疲れ」
「あらら、イチゴちゃんはご機嫌斜めねえ。ライブで何かあったのかしら?」
カウンターの向こうでは頬に手を添えるメイド服姿の……おっさん。
戦士系職業特有の筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)としたいかつい男がオネエ口調で俺達に話しかけてきた。
「いつもの事だから気にしなくていいぞ、マスター」
俺は軽く流しながら隣の童顔の少女の頭を乱暴に撫でる。
桜色ブロンドのふんわりとした髪の感触が手に馴染んで心地いい。
「まったく納得いかないよ、苺頑張ったのに……」
「そうだな、今日のパフォーマンスは特によく出来ていたぞ」
「だよね? だよね? なのにさあ……」
苺は唇を尖らせながらも素直に頭を撫でられ続けている。
くりっと大きく見開かれた瞳、ぷにぷにとした触り心地がよさそうな頬は十八歳になっても相変わらずで、ロリを絵に描いたような顔が目の前にある。
「ハーピー卵のハッピーオムライス。あとは本日のおすすめフルーツカクテルを頼む」
「苺はドリルキノコのハンバーグ。トッピングは赤マンドラゴラおろしましましでー」
「はーい、ましましね。ドリンクは?」
「お兄ちゃんのと同じのにするよ」
「じゃあ同じ種類のジュースを作るわね。今日のお勧めはキウマイとバナミルのミックスよ」
マスターは料理の注文を厨房に伝えると、自らは緑と黄色の果実を手早くカットし、シェイカーの中で潰してからストレーナーとトップを被せて振り始める。
仕上げに残った果実をグラスの淵に差してシェイカーの中身をグラスへと注ぐと、俺のグラスにはコルカ酒を混ぜた。
夜はバー営業もやっているだけあって、仕草の一つ一つが様になっている。
これでタキシードでも着ていれば本当に様になるのだが、目の前にいるのはメイド服姿のおっさん戦士で、白と黄色を基調にした店内の内装は可愛らしさ全開だ。
「はあい、お待たせ♪」
俺はマスターが差し出したグラスを手に取り軽く傾ける。
溶け合ったキマウイの酸味とバナミルの甘味が香りとともに口の中に広がる。
爽やかな後味がたまらない逸品だ。
そうやってカクテルを堪能している俺にマスターが聞いてくる。
「それで今日のライブはどうだったのかしら?」
「出演者二十組中、十七位だな」
「むう……」
「あらあ、それは残念だったわね」
俺の報告を聞いてマスターが残念そうに苦笑する。
「パフォーマンスはよかった。実際会場は盛り上がったしな」
俺は今日のライブハウスでの苺のステージを思い出す。
歌と踊りも完璧だったし、しっかり周りを見ながら動けていた。
あの瞬間、観客の心を掴んでいたのは間違いない。
「とはいえ各ユニットのファンの組織票の牙城は崩せなかったな」
そう言って俺は肩をすくめた。
「どのユニットも歌や踊りのレベルが年々上がってきてる。最近はデビューしたての新人ですら侮れねえくらいにな。パフォーマンスの実力だけじゃパンチがな」
「そうねえ。王都は養成所が乱立しているし、そこの卒業生の活躍にも目覚しいものがあるものね。それにライブ以外でも色々と活動をするユニットが増えて、イメージ戦略での固定客の囲い込み合戦も激化しているわねえ」
「そこなんだよなあ。ライブ前から結果が決まってるっていう。俺達もなにかイメージ戦略を打ち立てねえと、このままじゃジリ貧なんだ」
「苺だって負けてないもん!」
するとぼやく俺の隣で苺が膨らみのない胸を反らした。
「いや、そこが大いに問題なんだろ」
俺は怪訝な目で苺を見る。
確かに苺は単純なパフォーマンスで言えば今でも他の出演者の追随を許さないほどの実力を持っている。
幼少の頃から培った技術は苺の血肉同然だ。
それは一人のプロデューサーとして贔屓目なく言える事実だ。
だが、そんな強みすらもこいつは――。
「ええーっ、問題なんて――」
「お前のキャラが致命的に問題なんだろうが!」
「えっ? 苺のキャラのどこがいけないの? っていうか別にキャラ作りなんかしてないし」
「だから余計に性質が悪いんだよ!」
にぱっと笑う苺の顔を見て、俺は反射的にイラっとする。
「だって苺はお兄ちゃんのお嫁さんだよ? それのどこがいけないの?」
そう言いつつ苺は自分の首筋に手を添えた。
自然と俺の視線もそこに向かう。
そこには赤い光沢のある首輪が嵌められている。
契約の首輪――「宣誓錠」だ。
契約術式によって契約を結ぶことにより、現実世界に顕現される魔法物質。
物理的な破壊は不可能であり、契約の対価を支払い終えるまで決して外れる事がない。
「お兄ちゃん、そろそろ子作りしてよ。苺とエッチしよう!」
「誰がするか! 実の妹を抱くとかどんなシスコンだ! そもそもお前は『あいどる』の自覚があるのか? そういう発言が一番にNGだろうが!」
「合法ロりだよ? エッチな妹だよ? 男の子なら誰もが憧れる美味しい妹幼妻だよ?」
「はあ……俺は実の妹に欲情なんかしねえの。というかそもそも俺の好みは年上だし」
そう、こんなだから苺はあいどるとして人気とは無縁の存在に成り下がっている。
地下あいどるも真っ青なこんなキャラを好むのは一部の変態紳士だけだ。
そしてそんな紳士が現れようものなら、俺が徹底的に粛清する。
「せめてユニットが組めればコイツのマイナス面もカバー出来るんだがなあ……」
俺は黒髪の中に一房だけ生えている桃色の髪をいじりながらぼやいた。
どんなに個で優れていても、所詮は個に過ぎない。
チームワークから生まれる躍動感や一体感は個の力では決して引き出せないもんだ。
ステージから生まれる熱が広がり、波のように寄せては返すあの力強さ――光と歓声と振動に包まれて、どこまでも盛り上がる夢心地のような時間。
そう――かつて王国中……いや、世界中の人々を魅了したあの瞬間のように……!
「ってか、そもそもなんで俺とお前の間で契約が成立したんだろうな? しかも古代契約で」
「愛ゆえに、だよ」
「五歳と三歳の実の兄妹の間で婚姻がか? それこそあり得ねえ現象だろうが」
当然というように答える苺に俺はきっぱりと否定を入れる。
恋の何たるかも知らない幼い実の兄妹が婚姻契約を成立させた?
親父は人間、母さんは夢魔――俺達は紛うことなき同じ父と母から生まれた兄妹で、過去に複雑な家庭事情などもない健全な家族だ。
強いて言うなら親父は二ホンと呼ばれる異世界から召喚された勇者であって、母さんはその勇者パーティーのヒーラーとして共に魔王を打倒した仲間というくらいだ。
だからなんだって話だ。
詰まるところ言葉にするなら「お兄ちゃんのお嫁さん」だ。
大きくなったらお父さんと結婚する――それと同レベルの子供の願望が古代の御業とされる「奇跡」によって本当に実現するとか。
法も倫理も血縁すらも無視して、実際に俺と苺は実の兄妹でありながら夫婦という謎の関係が出来上がり、今も俺達はこの謎契約に縛られている。
役所やギルドの手続きで魔術を起動すればステータス画面に婚姻関係ははっきりと表示されている。
そして成人もしていない、血縁関係の兄妹のはずなのに、それに対して受付の人間、手続きに関わる人間は全てそれを当たり前と認識し、そこに何の疑問も抱かない。
明らかな法律違反のはずなのに、誰もそれに違和感すら感じないのだ。
この世界はどう考えたって狂っている。
物心ついたらすでに所帯持ちとか、いろんな段階をすっ飛ばされた挙句に最初から可能性を潰されてるとか……。
「ああもう! 好きな女の子が出来ても恋愛も出来なきゃ結婚も出来ねえんだぞ!? 付き合えば不倫扱いで、将来を誓い合っても籍を入れる事すら出来ねえとか、理不尽にも程があるだろうが!」
「えへへ。朝のベッドに台所、トイレにお風呂に四六時中エッチ三昧の結婚生活だよ」
「どこぞのエロ漫画の世界だよ。あとせめてトイレは別々にさせろ」
「えっ、それ以外はいいの?」
苺がキラキラと瞳を輝かせる。
「よくねえよ! ってこら、ひっつこうとするな!」
だからさっさと契約を満了させてやる!
苺に対価を支払わせて契約を満了させ、絶対自由になってやるからな!
俺は絡みついてくる苺を腕を伸ばして突っぱねながら決意を新たにする。
「痛だだだっ! アイアンクロ―は駄目だって! 痛だだいっ! 本気禁止!」
それでも食い下がろうとする苺の顔を掴むと、苺はじたばたと暴れ出した。
「むう! こうなったらお兄ちゃん、苺だって本気になるんだからね!」
「おいよせ! こんなところで――!」
俺が制止する間もなく、苺は全身に自分の魔力を漲らせる。
すると苺の頭から一対の山羊のような角が、短パンの隙間から先端がスペード型をした尻尾が、背中からはシャツを貫いてコウモリの翼が生えてきた。
体も丸みが増して大人の体つきになる。
「えへへ、どう? イチゴサキュバスちゃんだよお」
「……ロリだな。コスプレか?」
「違うよ! サキュバスだよ! 夢魔だよ! わるーいお姉さんだよ!」
「誤差の範囲だ。それじゃあロリサキュバスだ」
確かによく観察すれば胸もお尻もそれなりに女性らしい膨らみを増しているように見えるが、決して豊かとは言えない。
俺は苺に憐憫の視線を送る。
そうか、それが苺の未来の可能性なんだな。
「そこでしみじみとしないでよ!」
俺の涙を拭う仕草に苺が頬を膨らませる。
そんな苺に俺は出来の悪い生徒に教え諭すように口を開いた。
「そもそもだ。夢魔っていうのは品行方正、戦争や日々の生活で精神的に傷ついている者に寄り添い、夢を通して治療する癒しの種族だ。教会の修道女のような清楚さをもって世界中で聖女として崇められている存在なんだぞ」
頭の中で錫杖を手にした白いローブ姿の優し気な大人の女性が浮かんでくる。
うん、夢魔はやっぱ清楚で包容力がねえとな。
「そんなの今は昔だよお」
「今世界中で頑張ってる夢魔達に謝れ。献身的に人々の心を治療する人達を冒涜した事を心の底から反省しろ」
「夢魔はえっひなおんなのほだほー」
両手でぐにぐにと苺の顔を挟み込むが、まったく反省する様子を見せない。
確かに夢魔は治療の一環としてエッチな夢を見せる事もあるそうだが、決して誘惑のために夢魔術を使ったりはしねえんだ。
「だってパパは夢魔はそういうものだって! 男の精を絞って成長するって!」
「ほんとあのアホ親父は……! それ、普通に犯罪だからな!」
「大丈夫。苺はお兄ちゃんしか狙わないから」
「俺も狙うな! ってか俺の夢に入ってきたら速攻で叩き出すからな。俺だって夢魔だ。いくら魔力がほとんどなくて夢魔の姿になれないとしても、自分の夢のコントロールくらいは出来るんだぞ!」
「あっ、お兄ちゃんって夢魔術上手だよね? よく寝ている間に曲作ってるじゃん」
「そんなの誰でも出来るだろ。起きてる時が忙しいんだからしょうがねえだろうが」
「ええ? 苺はそんな真似できないよー。せいぜい無意識に働きかけて夢の方向性を変えるくらいでさ。お兄ちゃんみたいに現実と同じように夢を描くなんて真似、他の夢魔族の人でも無理だと思うなあ。それだけ夢魔術が使えるならさあ……」
「夢魔術は心の魔術だ。悪用は許さん」
機先を制して苺の額にデコピンする。
苺はあだっと悲鳴を上げて涙目で額を押さえた。
まったく親父の奴め――数々の功績を世界に遺した勇者として世界中から称えられている癖に、どうしてここだけピンポイントに暴走してくれやがった。
一体夢魔族にどんな幻想を抱いていた? なんでそこまで執着する?
それともそんなに家族が嫌いだったのか?
いや、毎日ドン引きする程のラブラブっぷりだったから、それで頭のネジが飛んだんだな、うん。
どうせこっそり二人で夢魔術の火遊びをしてそれに溺れたとかだろう。
俺は夢魔術を決して悪用なんてしねえ!
正しい夢魔術をしっかりと後世に伝えていくんだ!
そんな俺の目に不意に壁紙のポスターが目に入った。
第一回異世界あいどるオークション世界大会王都予選――。
マイクを持ったあいどるのイラストがでかでかと描かれたものが目立つところに貼られている。




