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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女子高生、木刀片手に異世界無双 ダンジョンで拾った木刀が最強装備だったんだけど!

作者: 山外大河

 どうやら小学生の頃の私の夢はヒーローだったらしい。

 部屋を掃除していて偶然見付けた小学生の頃の作文には、その夢に対する熱い思いが所狭しと書き込まれていた。

 確か当時テレビでやっていたヒーローアニメに凄く嵌っちゃった結果がこれだ。

 木刀で悪者をぼっこぼこにしていく勧善懲悪物語。そんなのが女子の間で流行るかというとそうでもなく、かといって男の子の会話に混じる事もできなくて、一人で部屋で真似とかしてた記憶がある。


「……懐かしいなぁ」


 確か宿題で出たこの作文、流石に提出するのが恥ずかしくて全く違うのに書き換えて提出したんだ。誰にもそういう趣味だって言ってなかったし。そしてこのボツ原稿は捨てるのを忘れて埋もれていき、女子高生になった私にこうして発掘されたわけだ。今思ってもやっぱりこれは提出しなくてよかったと思うよ。

 まあ何はともあれ、こうして昔の作文を発掘して思いでに浸っていた訳だ。

 浸っていて、やがて現実を直視したわけだ。


「……夢、か」


 今でもそういうジャンルの漫画やアニメ。特撮は好きでよく見ているけど、流石にこの年になると現実と空想の世界の区別は付いているつもりで、かつての自分が抱いた漫画的な夢は適わない物で抱くべきではない夢だと理解しているつもりで。きっともっと現実的な何かを探さないといけないのは分かっていて。

 だけど私にはそれがなにもない。


「……何も思いつかないや」


 そういう無茶な夢を取っ払って高校生になった今、私には夢らしい夢は何もなかった。


 特別なりたい職業なんてのはなくて、憧れている有名人もいなくて。だけどそれでいてただ当たり前の様に進学して就職するのも何となく嫌で。


 本当に自分は面倒な奴だって思うよ。嫌いじゃないけど。


 そしてそんな事を考えていると最終的にこの考えに行きつく。


 例えば、生まれたのが昔抱いたそんな夢が現実的に叶う世界だったなら、私はそういう夢を追いかけていたのでは無いだろうか。

 ……多分そんな気がする。馬鹿らしい考えかもしれないけれど。


「……なるほど。生まれてくる世界を間違えちゃったか」


 割りと大真面目にそんな事を呟いた。

 人前じゃ恥ずかしくてこんな事は言えないけれど。

 ちなみにこれ部屋の外でお母さんが聞いてたらしいよ。恥ずかしくて悶えるね。



 まあなにはともあれ、現実的にこの世界がそういう世界だったとして、私、山本楓は素晴らしい程にそういう事には向いていないだろう。

 だってチビだし。力も無いし。頭もそんなに良くないし。体力だってなければ運動神経だってなくて、あとチビだし。


 うん、凄まじい位向いてないと思う。どちらかと言えばヒーローに救われる側のスペックだと思うよ私。


 だからまあ、生まれてきたのがこの世界で良かったんだとは思うんだ。


 そう思うから、例えば世界が変わる様な出来事が起きればそれはいい迷惑だ。


「ふぇ……ッ!?」


 この日は夏休み初日で、掃除を終えた私は今朝立てた予定通り本屋に漫画雑誌を買いに行ったんだ。

 事が起きたのはその帰り道。なんの前触れも無く唐突に。


 目の前にブラックホールと言うべきな何かが現れた。


「な、なにこれ?」


 やれた事は精々そんな言葉を呟く位で。

 私は呆気なくそれに吸い込まれたんだ。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 まるでこの世界ではない何処かに引き寄せられる様に。

 そして私の意識はブラックアウトしていった。





「……ん」


 私は石造りの床の上で目を覚ました。

 ……なんかひんやりしてて気持ちいいな。うん、割りといいよこれ。もうちょっと寝ててもいいんじゃないかな……ひやひやー。


 ……ってこんなことしてる場合じゃないよ。だから後10秒。後10秒で起きるよ…………………………よし。


「……で、一体何が……ここどこ?」


 周囲を見渡すとまるでRPGのダンジョンの一室のようで、なんかモンスターが「やぁ」って出てきそうな雰囲気。

 まあモンスターなんているわけがないとは思いつつも、さっきのブラックホールみたいな非現実を見せられればなんかいそうな気がする。

 そしてそれがいそうと思えば一つの考察が生まれてくる。


「まさか……最近流行りの異世界転成……いや、私多分死んでないし異世界召喚って奴なのかな?」


 冗談混じりに言ってみる。

 最近ライトノベル界隈でやたら流行っている異世界転成物だとか異世界召喚物だけど、現実に私の身に起こるとは……いや、多分夢だろうけど。ブラックホールからの流れもどう考えたって非現実すぎるし、夢じゃなきゃ色々とおかしいよ。

 ……でも、夢にしてはリアルだなぁ。


「……最近の夢はよくできてるなぁ」


 もう半分現実逃避だよ。

 だってほら、私がこんな状況に巻き込まれてもろくな事無いよ。多分食べられるよ? モンスターに。凄い力使って活躍して「いやいや、それほどでは」って風に謙遜してるイメージないもんね。


 だとすればやっぱり私の生まれる世界は間違っていなかったんだなーって思うよ。やっぱり私はヒーローの様なポジションより助けられるゲストの方が向いてるや。


「夢なら怖い思いする前に覚めてください!」


 そんな祈りを込めつつ周囲を見渡すと、なんか木刀が落ちてた。

 ……うん、なんか落ちてた。


「うわぁ」


 私は引きよせられる様に木刀を拾っていた。

 ……うん、木刀だ。趣味が趣味だからだろうけどなんかテンション上がるよね。実を言うと中学生の時の修学旅行で京都で木刀買いたかったけど、持ち物検査で没収される上に、回りから引かれそうだったこら買わなかったよ。


 だから実際にこうして持つのは初めて。


 うん、テンション鰻登りだよ。滝だって上れるよ。


「は! おりゃぁ!」


 昔見たアニメを真似るように木刀を振るってみる。ヤバい、なんかこれ凄く楽しい。


「わはは、この剣、見破られるものなら見破ってみろーッ」


 そう言いながら、正直木刀に振り回されている感があったけど楽しんで木刀振ってたんだよ。

 そんな時、この部屋の二つある内の一つの出入口がら物音が聞こえた。


「……ッ!」


 み、見られた? もしかして見られた? こんな恥ずかしい姿見られちゃった? いやだどんな顔すればいいかわかんない!

 そして私は、恐る恐るその方向に視線を向けたんだ。


 いたよ。


 オークっていえばいいのかな? ああいうのって。なんか一匹棍棒もってこっちを見てるよ。

 しかも一歩こっちに歩みを進めたよ? 当然私も後退り。


「……」


「……」


「……ッ!」


 そして一瞬の静寂の後、私は木刀を持ったまま全力でもうひとつの出入口から部屋を飛び出した。

 そしてヤバい。後ろから、追ってきてる。結構早い。というか今初めて知ったけど私も逃げ足結構速かった。新発見だけどそんなことどうでもいいよ!


「怖い、怖いって! 無理無理無理無理!」


 殺される!あれ絶対殺される奴だよ! もしくはなんかこうアダルトな……嫌だ考えたくない!


 そうやって半分火事場の馬鹿力みたいな脚力で必死に逃げてたわけだけど、それも限界がくるわけで。

 体力的にも、物理的にも。


「い、行き止まり!?」


 勢いで飛び込んだ部屋はどこにも通じておらず、ただっ広い部屋の中に私は追い詰められた形になる。


「やば……ッ」


 そしてまあ、当然の事ながら追いつかれたよ。目の前で凄い勢いで棍棒素振りしてるよ。

 音すっごい。絶対スタンド運べるよ。というか運ばれるよ私。


「……」


「……」


 まさに絶対絶命っていうのはこういう状況の事を言うんだと思う。考えたくないけど多分此処で死ぬんじゃないかな私。


 ……っていやいやいや、諦めるな!


「……覚悟を決めろ、私!」


 今この手には木刀がある。ちゃんと私は武器を持っているんだ。

 一対一。運が良ければ何となるかもしれない。

 いや、何とかするんだ!

 そう思って気合いを入れて構えるように、一度正面に木刀を振り下ろす。


 すっぽ抜けて飛んでったよー。








 ……死んだなー私。


「って、ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ! マジでヤバイって!」


 思わず尻餅を付いて後ずさり、そんな私に一歩一歩とオークは距離を詰めてくる。


「ちょ、止まって止まってマジ無理だって! 私とか食べても全然おいしくないから! そうだ! アレだよ! 神戸牛とかの方が絶対おいしいって! 私なんて精々スーパーで偶にやってるサイコロステーキ詰め放題500円位だって! まあそこそこおいしいけど神戸牛の方が絶対おいしいって! 食べた事ないけどぉッ!」


 食べられるかどうかとかも分からないし、なんか何言ってるのか自分でもわけわかんなくなってきたけど、とにかくどうしようもなく絶対絶命なのはよくわかるよ!


「だからちょっと待ってホントに! 何でもするから! 何でもするから助けておねが――」


 その時、オークが持って居た棍棒を地面に叩きつけた。

 それはもう、うるせえから黙れって言われているようで。


「ふえぇ……」


 そんな事をされれば出てくるのはそんな情けない言葉で。

 とにかく怖くて怖くて仕方がなくて。

 だから私は心の中で強く願った。

 誰か助けてって。

 そんな風に私はヒーローが現れるのを強く願ったんだ。


「ひ……ッ!」


 強く願いながら、目の前までやってきたオークが棍棒を振り上げ、私に向かって振り下ろそうとしているのを見てぎゅっと目を瞑る。

 だけどいつまでたっても棍棒が振り下ろされる事は無かった。

 代わりに聞こえてきたのは呻き声だ。


「……一体なにが……」


 目を開くと目の前にオークはもういなかった。

 代わりにいたのは同い年位に見える赤髪の男の人。

 その手に武器はなくて、だけど部屋の隅にオークが転がっているのを見れば、この人が蹴り飛ばしたんじゃないかなって憶測位は立てられる。


 その姿に……素直にかっこいいなぁって思った。


 確かに正直言って理想的なイケメンではあったんだけど、きっとそれは今は関係ない。この感情の出処はきっとそんな物ではない。

 今目の前にいる人は私にとっては紛れもなくヒーローそのものだった。

 ピンチの時に現れて、悪い奴をぶっ飛ばしてくれて。


「えーっと大丈夫? 怪我とかねえか?」


 こういう風に手を差し伸べるてくれる。そんなヒーローが目の前にいた。


 昔憧れたヒーローはテレビの中の存在で。現実と空想の違いは理解していて。だから自然と夢だとか憧れの対象からは消えていって。

 だけどそれが現実的な話になったなら。

 そんなヒーローが今こうして現実にいるのならば。


 だったら……憧れるよね。

 少し変な夢を見ちゃうよね。


 正直私にとっては何から何まで分からない事だらけの状況だったけど、この時この人に助けられた事が、私の人生のターニングポイントになったって事だけは、間違いなく分かるんだ。


「あ、うん。大丈夫……じゃなかった、大丈夫です」


「そっか。怪我がねえなら良かった」


 私は伸ばされた手を取り立ち上がらせてもらう。

 

「間一髪だったな」


「はい……えーっと、…ありがとうございます」


「礼はいいって。困った時はお互いさまだからよ」


 そう言って目の前のヒーローは爽やかな笑顔を浮かべる。

 素直にその笑顔を見て、改めてイケメンだなぁと思いました。

 憧れや夢云々の熱は今現実にこうして起きた出来事のおかげで鰻登りで、あの時感じたかっこいいという感情は間違いなく憧れから来たものなんだと思うけれど、その第一波の後には第二波が立て続けに来るわけで……なんかこう、かっこいい人にかっこよく助けられるのって、女の子的にはこう……ぐっとくるよね。

 そういう事もあって今現在私は二重にテンション上がっちゃってるわけですよ。直前までミンチになり掛けてたんだけどね。私、思った以上に切り替え早いや。


 そんな風に二重の意味でドキドキしちゃってる私に、目の前のヒーローは少し真剣な表情で言う。


「それにしてもどうしてこんな所にいんの? 見た所お前、こういう所に来る様な奴じゃねえだろ。んで迷い込むような所でもないし……」


 その言葉に、急に現実に引き戻された様な気分になった。


「そ、そうだ! 此処どこですか!? 私、気付いたらこんな所にいて、何も分からなくて……」


「気づいたら………そして此処がどこかも分からない……か」


 目の前のヒーローは口元に手を持っていき、何かを考える素振りをする。

 そして何かに思い当たったのか、こんな質問を投げかけてきた。


「もしかしてお前、此処に来る前に黒い何かに飲み込まれなかったか?」


 態々思いだそうとしなくても、その答えは浮かんでくる。


「はい! あの、なんかブラックホールみたいなのに飲み込まれて……」


「……やっぱりそうか」


 目の前のヒーローは嫌な予感が的中したと言いたそうな表情を浮かべる。

 浮かべた上で少し間を空けた後、とても言いにくそうに私にこう言った。


「信じてもらえねえかもしれないけれど、多分此処はお前のいた世界とは違う世界だよ。お前はその黒い何がに巻き込まれて次元を超えたんだ」


「モンスターみたいなのが居たって事はやっぱりそういう事ですよね……うわぁ、嫌な予想当たっちゃったなぁ」


 流石に目が覚めてこれだけ鮮明に意識が保たれ続けていたら、もうなんかこれ完全に夢じゃないなーとは思うわけで、その上でそんな事まで言われたらこれは現実だって思っちゃうし、もう現実逃避もできないや。


「……そっか。お前のの居た世界はああいうのがいないのか」


「え、あ、はい。そりゃ凶暴な動物はいますけど、あんなモンスターモンスターしてるのはいなかったです」


「だったら尚更早くここから出たほうがいいな。さっきのに襲われて分かったとは思うけど、ここは危険すぎる」


「もしかして他にも沢山うようよ居る感じですかね?」


「いる。そこら中にいる」


「という事はもしかしてダンジョンって奴ですか」


「そうだけど……よくわかったな。そういえばさっき嫌な予想が当たったって言ってたけど、そもそもよく何も知らない状態でこの状況予想できたなお前」


「ああ、私のいた世界で今そういう漫画とか小説流行ってるんです。異世界に転移したり転生したりして凄い力貰って好き放題したりダンジョン潜ったりする話が。だからこう……自分の置かれた状況に既視感がですね」


「なる程……じゃあお前にとっては流行りの漫画の様な状況に陥ってしまった訳だ」


「凄い力も何もないですけどね。私なんて完全にモブキャラですよ」


「こうして巻き込まれている時点でモブどころか割と主人公な気がすんだけど……まあいいか。何にしても、こうしてある程度状況を呑み込めているのは良い事だ。本当に何も知らないよりも、イメージだけでも持てていたほうが幾分もマシだ。人によってはこんなところに急に連れてこられて発狂だってするかもしれねえしよ」


 そしてまあとにかくと目の前のヒーローは言う。


「もう一度言うけどお前が自分の意思で此所に来たので無いのなら早く此処から出た方がいい。戦う力がないのにこんな所にいたら命がいくつあっても足りねえよ」


「まあ既に私一度死にかけてますしね……それであの、出るって言っても気が付いたら此処に居たわけでして、出口の場所とかさっぱりなんですが」


「当然案内はしてやるよ。流石に一人で脱出してくれなんて言えるような状況じゃないし、それに俺も丁度帰りだ」


「助かります」


「いいって。困った時はお互い様だ」


 そう言ってヒーローは笑みを浮かべる。うん、凄い爽やかだなぁこの人。心身共にすんごい爽やか爽やかしてる感があるよ。

 でもそんな爽やかヒーローさんに対して少し失礼な疑問があったので聞いてみることにした。


「そういえば帰り道だったんですよね?」


「そうだけど、それがどうかしたか?」


「ここ行き止まりじゃないですか。帰り道に此所に辿り着いたってことは、その……迷ってるんじゃないかなーって思いまして」


 帰り道ならば多分こんな所に来ないでまっすぐ出ていくんじゃないかな?


「迷ってなんかねえよ。此処が俺の帰り道だったんだ」


「えーっと此処行き止まりなんですけど……」


 本当に失礼なのは分かるけど、この日と絶対迷ってるよね。

 ……それで恥ずかしいから強がってると。うん、分かるよ。逆の立場だとちょっと恥ずかしいと思うよ。


「強がらなくても大丈夫ですよ。来た道があるなら帰り道もあります。頑張って探しましょう!」


「あの、言いたいことは色々とわかるんだけど、本当に迷ってねえからな? 強がりでもなんでもなく本当だから。だからその哀れむような目はやめてくれると助かるんだけど……まあいいや」


 諦めた様にヒーローは軽くため息をついて、腰巻いていたポーチから何かを取り出す。

 それは青く光る宝石の様な物が埋め込まれた機械だった。


「ダンジョンから脱出する為の魔術道具。魔力を貯めて広い空間で使うとダンジョンの外に出してくれる」


「へぇ……便利ですね」


「その反応を見る限り、お前のいた世界に魔術とかは普通にあった感じなのか?」


「いや、そんなファンタジーファンタジーしたものないですよ。だから魔力とか魔術道具とかそんなもん知らんがなって感じです」


「……その割りには反応軽いなオイ」


「まあ異世界に飛ばされてオークに教われてる時点で今更驚くのは……って感じですかね」


 もう私、大抵の事には驚かない自信があるよ。

 ……まあ私の許容範囲はともかく。


「でもとりあえずそれがあれば今すぐにでも出られる訳ですね。疑ってすみませんでした」


 でもまあとりあえずその事は安心だよ。

 いくらこの人が守ってくれるからといっても、ここが危険な場所な事には変わりないし、だったら早く脱出する事に越したことはないよ。

 そう思ったんだけど、ヒーローは首を振る。


「残念だけど今すぐにというわけにはいかねえんだよコレが」


「? なんでですか?」


「この魔術道具は魔力を貯めて広い空間で使うとダンジョンの外に出してくれる。だけどそれは即ちそうでなければ出してはくれねえ」


「というと?」


「二人で使うには魔力貯蔵量も部屋の広さも足りない。今これを使って飛べるのは一人が限度だ。んで一つしか無く使い捨てだから順番に脱出って訳にもいかない。魔力ためて広い部屋探さねえと」


 ……なるほど。


 つまりは仕事を終えて帰るぞーってこの部屋まで来たらお荷物が増えて帰れなくなっちゃったよ。やだーって展開だね。


「なんかこう……すみません」


 もうしわけない……ほんと、なんというかこう、もうしわけないよ……。

 しかもそれに加えて道迷ってますねドンマイ的な事まで言っちゃってるし……うわぁ、すごい申し訳ない。言葉がそれしか出てこない!


「いいよ別に気にしてねえし」


 それなのにヒーローは笑みを浮かべてそう言う。

 ……この人凄いなー、神は二物を与えずって言うけれど、面も心もイケメンで完全に二物貰っちゃってるよこの人。


 そしてヒーローはよし、と一区切り付けるようにそう言って私に言う。


「じゃあ行くか。いつまでも此処に留まっていても仕方ねえしよ」


「そうですね。道案内お願いします」


 そんなやり取りを交わして私たちはこのダンジョンから脱出する為に歩きだす事にした。

 だけどヒーローは一応という風にこちらに一つ聞いてくる。


「そういえばあの落ちてる木刀お前の?」


「あ、はい私の……って言っていいのかな? さっき拾いました」


「じゃあ一応護身用に持っておけ。それが役に立つ様な展開にならないように配慮はするけども」


「その辺はほんとお願いしますね」


 もう私じゃどうにもならないのは木刀が飛んで行った時点で確信しちゃったからね、うん。


 まあそんな風に私達は部屋を後にした。

 お願いですから無事に出られますようにって。そんな願いを込めて。



 とまあそんな願いはフラグだったのかな。

 数分後、私達は最悪な状況に陥る事になる。





「ところでお名前とか聞いてもいいですか?」


 部屋を出て、さっき必死に走ってきた道を歩きながら、隣を歩くヒーローさんにそんな事を問いかける。

 名前も知らないままじゃ話しにくいしね。


「名前……ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はルイン。お前は?」


「山本楓、16才です」


「へぇ、俺と同いど……同い年!?」


 なんか凄い驚かれてる。

 多分アレだね。絶対に失礼な事思われてるね。


「12,3才とかじゃなくて? えぇ……?」


「16才だよ!?」


 絶対勘違いされてそうだから年齢自己申告したけどやっぱりだよ! なんか今でも半信半疑っぽいよ!


「……本当かよ。うっそだー」


「本当ですよ! ……って違う! 本当だよ! あーもう! こんな所まで来て私また子供扱いだーッ!」


「ああ、やっぱり元の世界でもこんな扱い? まあ身長140切ってる奴が16才って言っても、初見じゃ絶対分かんねえよな」


「切ってないし! 142センチはあるもん! ばーかばーか! えーっと、ばーか!」


「いや、だとしても依然ちっちぇえけどな……あと語彙力幼ねぇ。っていうか急に当たり強くなったなオイ。キャラ変わってね? さっきまでの敬語敬語したしゃべり方どこ行った?」


「あ、いや、私の持論なんだけどね、同い年に敬語言ったり言われたりするのなんか嫌じゃない? 時と場合によるけど」


「まあ……一致あるか。いや、でも今の俺の立ち位置って時と場合による時じゃね?」


「……うむむ、確かに」


 確かに間違いなく命の恩人な訳で、これ完全にそんな感じだよね


「いや、まあいいんだけど別に。気にしてねえし」


「ならいいや」


 堅苦しい敬語からの脱却! できてたかは知らないけど!


「という訳でキミはルインさんじゃなくてルイン君。私はちっちゃくない。OK?」


「はいはいOK。おっきいおっきい」


「ふふん……って馬鹿にしてないかな!?」


「してるよ」


「してた!?」


「冗談だ」


「どっちだよ」


 わかんないよ。


「まあこんな不毛な話はもういいだろ。それしてこの先お前の身長が伸びる訳じゃねえし」


「いやこの先には伸びるよ! 160位までは伸ばすよ!?」


「いや、そりゃ無理だろ」


「あ、うん。まあ……確かに」


 うん、言ってて私も流石に高望みしすぎだとは思ったよ。

 まあ精々が155位だよね。

 ……まぁさかこのまま止まったりしないよね。なんか心配になってきた!


「で、まあマジでこの話は一旦止めよう。そんな話よりダンジョンを歩く時に最低限必要な常識だけは伝えとかねえと」


「ほうほう」


 でもそれもうちょっと早くにした方が良かったんじゃないかな? もう大分歩いてるよ?


「まあ基礎中の基礎なんだけどよ。偶に色が微妙に違う床があるんだ。それ踏むとカチって音がしてトラップが発動するからマジで気を付けろよ」


「無茶苦茶大事なはな――」


 カチッ。


「……こういうの?」


「そう、そうのオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


「わ、私の足元ォォォォォォォォォォッ!?」


 次の瞬間、足元から眩い光が放たれる。



 ……そして。



「あれ? なんとも……なくないよね」


「空間転移系のトラップか……くそ、厄介だな」


 痛い様な事は無かったけれど、気が付けば周りの景色は変わっていた。

 今まで私達は通路を歩いていたのに、気が付けば部屋の中。

 大体さっきルイン君に助けてもらった部屋と同じ位の広さかな。だけど部屋の様子を見る限りだと、あの部屋に戻ってきた訳ではなさそう。


「厄介って事は、もしかして結構ヤバイ状況なの?」


「ヤバイって確定したわけじゃねえけど、ほぼヤバイ状況だって思った方が良い」


「というと?」


「この扉の先に異様な位にモンスターがわんさかいるか、それとも馬鹿みたいに強い奴がいるか。まあどんな形にせよ99パーセントヤバイ状況だ」


「ご、ごめんルイン君。私がトラップ踏んだせいで……」


「いや、謝んなよ。事前に説明を怠った俺も悪い」


「……一理あるね」


「あっても言うなよ」


 そう言ってルイン君はため息を付く。


「それで、どうするの?」


「どうするって、進むしかねえだろ。ここじゃ結局一人しかダンジョンの外に出られねえ」


「あーまあ、そうなるよね」


 うむむ……まずます迷惑を掛けてるな、私。罠も踏んだし私が居るから脱出できないし。

 というか私が居なかったら、さっきの部屋でもうルイン君ダンジョンから脱出しているわけで……大変なご迷惑。


「……ほんとごめん」


「別に気にすんな。というかお前は自分だけでも脱出させろとか思わねえの?」


「へ?」


「あ、いや、俺は戦う力があってお前はない訳だろ? だったら優先的に脱出させろーとか思ったりしないのかなって思ってさ。実際さっさとこんな所から出たいのは間違いないだろうし」


「あ、なるほど」


「その手があったかみたいな反応やめてくれねえ?」


 掌に拳をポンと置く私にルイン君はツッコミを入れてくる。いや、でもね。マジでその手があったかって思ったんだから仕方ないじゃん。

 ……でも。


「まあでもそれはないでしょ。ないない。そんな事言いだしたら私結構やべー奴だよ」


 そう笑いながら私は言う。


「とりあえず脱出するなら二人一緒。いや、というかそもそも優先順位はルイン君のほうが上だよね」


 元々一人で脱出する予定だったし、私なんて突発的に助けなくちゃいけなくなったお荷物だし。

 ……って、ちょっと待って。


「……でもおいてかないでね。私一人だと死んじゃうから」


「不安になるならそもそも言うなよそんな事」


「う、うん」


 うう、危ない。思わずぽろっと言っちゃったけど、それじゃあもう、色々とダメだった。


「大丈夫、無事外まで連れてくから。一人で逃げたりしねえし」


「お願いね。多分なんのお礼もできないけど」


「まあ別に見返り求めて助けてるわけじゃねえし」


 と、そう言ったルイン君はゆっくりと歩きだし、部屋の扉に手をかける。


「……ま、もうこんな所に飛ばされた時点で無事外に生きて出られるか全くわからねえんだけどな」


「……そ、そだねー」


 この扉の先に地獄が広がってるかもしれないんだよね……もしかしたらもう詰んでる可能性もあるよ。

 ほんと、無事にここから出られるのかなぁ。


「まあもう覚悟決めるしかねえか。開けるぞ?」


「う、うん」


 私が頷いたのを見てルイン君は扉を開ける。

 そして。


「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 そして物凄い勢いで締めたぁ!


「ど、どうしたのルイン君!」


「ヤバいヤバい! これ冗談抜きでマジヤベぇ奴!」


 そう言ったルイン君は大急ぎで部屋の中心に魔術道具を叩き付ける。


「な、なに! 扉の先どうなってんの!? てかルイン君は一体何を――」


「脱出の準備だ!」


「だ、脱出の準備って、ここじゃ一人しか出られないんじゃ……ってまさかルイン君一人で!?」


「馬鹿か! 逃げんのお前だ!」


 ルイン君は必死な形相で脱出の準備を進めながら言う。


「向こうの様子、エグい位ヤバかった! 下手すりゃっていうか下手しなくても二人してあの世行きだぞクソ」


「……ッ」


 扉の向こうが一体どうなっていたのかは分からない。

 分からないけど、ルイン君の表情から。言葉から。本当に酷い状況なのは分かって。

 だから、私が一人でその魔術道具で脱出したらどうなるのかなんてのも、嫌でも分かってしまう。

 分かっていても、聞いてしまう。


「ルイン君は……ルイン君はどうするの!? これ一つしか無いんだよね!?」


「俺一人ならワンチャン入り口まで辿り着いて脱出できる可能性がある! そこに賭ける!」


 確かに、出口にまで辿り着ければ脱出できる。

 だけど可能性があるだけで。賭けなければならなくて。

 つまりは高確率で失敗するって訳で。


「だ、駄目だよそんなの!」


「だめでもやんだよ! もうそれしか手がねえんだ!」


 ルイン君がそう言った瞬間、魔術道具から発せられる光が強くなる。


「この光が赤くなれば準備完了だ。そしたら念じれば外に飛ばしてくれる。あと……これ。これ持ってけ!」


 言いながらルイン君がポーチから取り出したのは……名刺だった。


「外出たら此処に迎え。事情話せばどうにかしてくれる! あーまあ多分読めねえだろうけどそこは人に聞いてどうにかしてくれ!」


「え、ちょ、ちょっと待って! ちょっと待ってよ!」


「この扉破られたら終わりだ。ちょっと時間稼いでから頑張ってみる。生きて出られたらそんときはまた会おうぜ」


「ルイン君!」


 私の呼び掛けを完全に無視してルイン君は扉の外に出ていった。

 まるで死にに行くように。


「え……そんな」


 分かってるよ、止めたところでどうにもならない事。

 だけど。だけどこんなのはあんまりだって、そう思う。


 だってそうだ。

 私なんかを助けようと思ったりなんてしなければ、最初のあの部屋で脱出できた。こんな所に飛ばされたりなんてしなかった。

 こんな所で命懸けの戦いなんてしなくても良かったんだ。


「……ッ」


 息を飲む。震えが止まらない。

 私を助けてくれた人が私を助けて危ない目に遭う。

 いや、危ない目になんて言葉は濁せない。

 ……死んじゃう。

 ……私のせいでルイン君が死んじゃう。

 そんなのいいわけがない。どうにかしないといけないんだ。


 でも私に何ができる?

 私が何もできないからルイン君があんな事になってるんだよ。

 ……一体、私はどうすれば――


 と、全く考えが纏まらなくなっていた、その時だった。


 魔術道具から発せられていた光が赤くなった。

 時間だ。もうこれで念じれば外に出られる。


 ルイン君を此処に残して、私一人で脱出できる。

 私一人で脱出できてしまう。


 そして、何か変わったのは光だけでは無かった。


「……ッ!?」


 大きな音と共に……ルイン君の体がドアを突き破ってきた。

 そしてそのまま床を勢いよくバウンドして、壁に叩き付けるられる。


「る、ルイン君!」


 ものの十数秒で酷い有り様だった。

 思わず目を覆いたくなる。軽く吐き気だってした。

 それだけ血まみれで……そこに意識が残っているのが不思議で仕方がない位だった。


 そして。ルイン君が突き破ってきた扉の先に、それはいる。


 黒い……なんだろう。オーガっていうのかな、ああいうの。

 とにかく、そんな黒いオーガが。身長3メートルは軽く超えてる様な明らかにヤバそうな奴が、私達の方に向かって歩きだしていた。


「……んだよ。もう準備できてんじゃねえか」


「る、ルイン君! 大丈夫!?」


 声を絞り出したルイン君にそう問いかけると、ルイン君は言う。


「馬鹿野郎……なにぐずぐずしてんだ。さっさと逃げろよ」


「で、でも……」


「でもじゃねえ! 早くしろ馬鹿! 来るぞ!」


「……」


「おい! 聞いてんのか楓!」


「……ッ!」


 聞いてる。分かってるよ。早く逃げないといけない事位。

 私が此処に留まっていてもできる事なんてなにもない。私には逃げる以外の選択肢なんてきっと残されていなくって、そのたった一つの選択肢をちゃんと取る事が出来る様に、ルイン君が必死になって時間を稼いでくれたんだって事位。


 私がここでもたもたしていたら、ルイン君の頑張りは無駄になっちゃうんだ。


 自分一人なら今この瞬間にも脱出できているのに、それなのに必死になってくれているルイン君の頑張りを無駄にしちゃうんだ。


 ……そんな事は分かっている。


「お、おい楓」


「……ッ」


 分かっていても立ち上がっていた。

 分かっていても、木刀を握り絞めていた。

 分かっていても、木刀をルイン君を背に構えた。


「ちょっと待て、おい! 楓!」


「……ッ!」


 分かっていても……体がそういう風にしか動かなかった。


 自分でも正直何をやっているのか良く分からなかった。

 自分でも分かっている筈なんだ。私にできる事なんて何もないって事は。

 逃げる事が正解なんだって事は。


 ……それでもどこかで夢でも見ているのだろうか?

 誰かのピンチに颯爽と駆けつける様な、そんな状況じゃないけど……それでも誰かの為に剣を振るう様なヒーローに憧れたからだろうか?

 この世界で実際にそんなヒーローに助けられて、憧れなおしたからだろうか?


 違う。

 分かってる。


 私は誰かの為に身をていして戦う様なヒーローになんてなれないって事は。

 しょうもないモブみたいな事しかできないって事は。

 器じゃないって事は。

 そんな事は今まで16年生きてきて自覚している筈で。

 この世界で改めて自覚しなおした筈で。


 だからきっと、そんなんじゃない。


 じゃあ一体私は何をやっているのか。

 分かんない。訳わかんない。


 だけどそれでも一つだけ分かる事があるとすれば。


「く、来るなら……来い!」


 今にも死にそうな、自分を助けてくれた人を見捨てて逃げるなんてできなかった。

 そんな事は……そんな事だけは絶対にしたくなかった。

 

「ひ……ッ!」


 オーガが一歩前に進むだけで震えた声が出た、


 手足も震えていた。奥歯も鳴る。

 血の気だって引いているのが分かった。

 怖くて怖くて怖くて仕方がない。泣きそうになる。というかちょっと泣いてる。


 ……それでも。

 ……それでもッ!


 恐怖に打ち勝て。


「負けてたまるかあああああああああああッ!」


 無我夢中だった。必死だった。とにかく自分を鼓舞するように叫んで、正直自分でも何を言っているのかよく分かっていなかった。

 そして、そうやって訳が分からなくなっていたその時だった。


「まあ、主の様な奴ならいいか」


 突然背後から、女の人の声が聞こえた。

 そしてその直後だ。


「か、楓! 後ろ!」


「え、なに……ひゃっ!?」


 突然、誰かに抱きつかれたのが分かって。

 え、なに!? まさかルイン君!?

 そうやって混乱しながら首を動かし、抱きついてきた誰かに視線を向ける。


 そこには綺麗な女の人の顔が見えた。

 先程の声の主と言わんばかりの女の人が。


「え、なに!? え!?」


「説明は後じゃ。少し……主の体を借りるぞ」


「借りる!? え、ちょっと待って説明を――」


 次の瞬間だった。


「……ッ!?」


 体の中に何かが入り込んでくる感覚があった。

 そして……まるで金縛りにでもあっている様に体の自由が聞かなくなる。


『わ、え、え!?』


 あと喋ってる筈なのに声出てないよ! なにこれ!?


「……オイオイ!一体何が起きてんだ……?」


 背後からはルイン君の困惑した声が聞こえる。


『私も分かんないよ!』


 駄目だ声出てない!


「おい小僧。応急処置でもなんでもいい。動ける様にしておけ。儂はそう長くは戦えぬぞ」


 しゃ、喋ったああああああああああああああッ!

 私が漫画でしか聞かないような口調で喋ったああああああああああッ!


「楓……じゃねえな……なるほど、そういう事か」


 なんか納得してるけど分かったんなら説明プリーズ! どっちでも良いから説明ください!

 だけど声も出ずに混乱する私を置いてきぼりにして、事態は進んでいく。

 だってそうだ。そもそも時間が無かったんだ。


『うわああああああああああッ! 来てる来てるッ!?』


 オーガは私に目標を見定め、一気に走り出して来た。

 完全に殺しに来てるよ!


『うわわわわッ』


「狼狽えるな。今誰が主の体を操っていると思っている」


『いや誰だよ!』


 分かるわけないじゃん!


「……まあそれもそうか」


 そう言って納得したようにそう言った私の体は動き出す。

 あの大きなオーガを迎え撃つんじゃなくて、自分から倒しに行く様に。

 様にというか間違いなく、その為に。


 そしてその動きはまるで私ではないみたいで……私離れというか人間離れしていて。


『うわッ!』


「では軽く自己紹介しておくかの」


 オーガの棍棒を、ひらりとかわして飛び上がる。

 3メートル近い高さのオーガの眼前まで。

 そしてそのまま木刀で勢いよく薙ぎ払った。


「グオオオオオオオオオッ!?」


 そんな呻き声を上げて、オーガが床に倒れる。

 そして悠々として着々した私の体を操る誰かは、木刀を肩にかけて、多分私に向けて言う。


「我が名はミツキ。主が拾った木刀の付喪神とでも言っておこうか」


『……付喪神』


 ……付喪神っていうと……確か物に宿る神様、だよね。

 正直にわかには信じられない話だよ。

 でも私は異世界にいて。

 モンスターなんてのを本当に見て、魔術道具ってのも目にして。

 そしてミツキって言った女の人は私に入って操って、オーガを倒して見せた。

 しかもポンコツもいいとこの私の体を使ってだ。


 もう……自分がそういう神様って名乗る人がいても信じられる。

 そしてミツキさんは私の体を操って言う。


「まあ細かい話とかは後じゃの……まだうようよいるわい」


『……ッ!』


 ミツキさんが言うとおり、まだ扉の外の大部屋には、倒さないといけない様な相手がわんさかいた。


 黒いオーガ。黒いオーク。黒いゴブリンに黒いスライム。

 あと黒いペンギン。なんだあれかわいい。

 とにかく総勢10対程が、明らかにこっちをターゲットにして視線を向けてくる。いや、あのペンギンかわいいな。

 ……ってそんなこと言ってる場合じゃない。


 10体だ。

 ペンギンも含めヤバい奴が10体。


「流石に1対10では分が悪いかもしれんの。そう考えるとあの小僧はよくこの状況で5体近く倒したわい。伊達にこんな訳のわからん所に一人で来てないというわけじゃな」


 ルイン君を称賛するようにそう言ったミツキさんは、木刀を構えながら言う。

 確かに部屋の中には既に何体か黒いモンスターが倒れていた。ほぼ間違いなくルイン君が倒したのだろう。

 1対16っていう無茶苦茶にも程がある状況で。


「さて、楓と言ったか。ここでもう一度選択の時間じゃ」


 と、そこでミツキさんは私に問いかけてくる。


『選択……?』


「そ、選択じゃ」


 ミツキさんは言う。


「見ての通り1体10じゃ。分が悪い。主もこの状況を扉の外に出て初めて知ったのだと思うが……どうじゃ。後ろで展開されとる魔術道具とやらで外に脱出したほうがよいのではないか?」


「……」


 確かに、無茶苦茶分が悪そうなのは分かるよ。

 私を操ったミツキさんは強い。こんなポンコツな体でもあんな動きができてるとか、そもそもそれ以前に人間離れした動きしてるんですが、とかそんな事を考慮してもきっと分が悪い。

 でも。私にしてみれば一体でも十体でも、ヤバさが限界突破してるのは変わらなくて。

 そしてルイン君を死なせたくないのも変わらない!


「やだ。逃げたくない」


「そう言うと思っておったよ」


 そう言ったミツキさんは、私の体で構えを取る。

 例えるならば……居合いの構え。

 そして同時に黒いゴブリンが2体、超高速で接近してくる。


 だけどきっと涼しい顔で、ミツキさんは言った。


「だから儂は主の中におる」


 そして、次の瞬間だった。


月下焔桜流(げっかえんおうりゅう)、主式六の型……雷光閃月」


 ミツキさんは勢いよく地を蹴り、一瞬でゴブリン二体の間を通り抜けた。

 まるで瞬間移動したかの様な一瞬の出来事。

 だけど今の私には何故か見えていた。

 すれ違いざまに木刀でゴブリンを切り払ったのを。


『すごい……』


「じゃろう?」


 ドヤ顔でミツキさんはそう言う。

 実際本当にドヤれる程凄い……今のもさっきのも、明らかに人間の動きじゃ無かったよ? 私の体なのに。


「しっかりと見ておれ。ここからはもっと凄いぞ?」


 ミツキさんがそう言った次の瞬間だった。

 視界の先のペンギンの瞳が赤く光り……隣りに居たオークの姿が消えた。


『え、なに、え?』


「なるほど、多分あのかわいい奴が一番厄介じゃの」


 そう言ったミツキさんは軽く横に跳ぶ。

 次の瞬間には轟音。私の体があったその場所に、巨大な棍棒が振り下ろされていた。

 というか消えた筈のオークがそこに居た。

 そして次の瞬間には、オークと挟み撃ちするようにゴブリンがもう一体。


『え、なんで!?』


「空間転移じゃな。まあ馬鹿正直に正面から突っ込んでくるだけではないという事か」


 じゃが、とミツキさんは言う。


「結局どんな形であれ、儂の間合いに飛び込んできている事には変わらんよ」


 そしてミツキさんは、同時に襲い掛かってくるオークとゴブリンに対し木刀を構える。


「主式二の型……円月」


 瞬間的に木刀を振るいながら一回転する回転切り。

 それは見事にゴブリンとオークにクリーンヒットしてどちらも地に倒れ伏せさせる。

 だけどそうやって回転している間に私にも見えた……向こうにいるオーガの持つでっかい鉈がどす黒く輝いているのが。

 そしてミツキさんが攻撃を終えた次の瞬間に、オーガは鉈を振り下ろす。

 そこから発せられたのは……飛ぶ斬撃!?

 だけどミツキさんなら躱せ……ってちょっと待って。


 ミツキさんが躱したら、斬撃そのままルイン君の方に行くよね?

 マズイ、それはマズイよ!


『ミツキさん! 躱しちゃまず……あたったら死んじゃう! どうするの!?』


「どうって、相殺する他にないじゃろう」


 当たり前の事を言うようにそう言って、ミツキさんは木刀を降り上げ……そして振り下ろした!


「特式一の型……断空閃月」


 そして木刀からも斬撃が放たれる。

 白く綺麗な三日月の様な斬撃。

 勢いよく放たれたそれは、オーガが放った禍々しい斬撃と衝突し、轟音を響かせる。


 そして……オーガの斬撃を掻き消した。

 それだけじゃない。

 それだけでは止まらずに、その先にいたオーガにも直撃し弾き飛ばして勢いよく壁に叩き付ける。


 そんな光景は、まるでバトル漫画の主人公をみているみたいだった。


『凄い……これが付喪神の力』


「いや、正確には違うの。儂は主の体を操ってるだけにすぎん」


『え……?』


「今までのは全部楓。主から引きだした力じゃ」


『私の……力?』


「そ。主の力じゃ」


 ミツキさんはそう言うけど……いやいやいや、そんな筈ないよ。

 だって私だよ? 運動神経ゼロな私だよ? こんなの私の力な訳が――


「儂本体ならもっと強い」


『あ、そうですか……』


 あーなんドヤ顔でかそんな言われ方すると急に私の力みたいに思えてきたよ。

 はははは……は?


 ちょっと待って。


『え、これ本当に私の力なの?』


「だからそうじゃと言っておるだろう。今は型も何もなってないような馬鹿みたいな振り方で、挙句すっぽ抜けて獲物を放り投げる様な稀に見るポンコツの楓にも、それだけの潜在能力は眠っているという訳じゃ」


『そこまで言わないと駄目だった!? ねぇ!?』


 褒めてるのか貶してるのか分かんないよ!


「あーしかしこの低身長どうにかならんかの。儂はこれでも長身のないすばでぃーじゃからの。感覚が違って動きにくくて仕方がない」


『それ絶対今言う必要なかったよね!?』


「そうじゃな」


『言葉悪くてごめんだけど、分かってんなら言うなや!』


 相変わらずどこ行ってもこんな感じだよ!


「まぁまぁ、心配せずともいずれ身長位伸びる」


『だよね! ミツキさん分かってるぅ!』


「ポジティブな上に切り替え早いなこやつ……まあいい」


 そう言ったミツキさんは改めて木刀を構える。


「ではあと5体。ラストスパートと行こうか!」


 そしてミツキさんは勢いよく地を蹴る。

 少し距離のあったモンスターの群れとの距離を一瞬で詰め、オーガの懐に入りこむ。

 そして跳びあがり、オーガの顎目掛けて木刀を振り上げる。


「主式三の型、月昇牙」


 顎に木刀を叩き込まれたオーガの体が持ち上げられ、そのまま天井に叩き付けられる。

 後四体。

 オーガ一体とスライム二体とペンギン1匹。

 足元では二体のスライムが自身を中心に魔法陣を展開させている。

 なんとなく分かるよ。こっちに向けて魔法みたいなのを打ってこようとしてる事位。


 ……え、でもちょっと待って。私というかミツキさん、思いっきり跳びあがってるんだけど。

 地に足付いてないんだけど。何か飛んできても躱しようがないんだけどぉ!


『み、ミツキさんミツキさん! なんか来るよ!』


「あー分かっとる分かっとる。こんなもの空を蹴ればいいだけの事」


 そして有言実行。ミツキさんは空を蹴る。

 床を蹴った時程のスピードはないけど、それでも次の瞬間スライムが放ったビームを躱せる位の速度はあった。

 ……っというかスライムの攻撃エグイ! あんなの喰らったら塵になるじゃん! オーガの斬撃とか割としょーもなく見える程凄いよ!


「ほう、中々の威力。じゃが……二発目は打たせんぞ?」


 そして床に着地した瞬間ミツキさんは再び加速し、二体のスライムに対して一閃。


『これは……雷光閃月』


「ほう、覚えたか。ネーミングから動きまで全部カッコイイであろう?」


『あ、うん。良い感じで中二感あって良いと思うよ』


「なんだ、褒められておる気がせんの」


 言いながら、何も無かった空間に向けて突きを入れる。

 すると剣先から衝撃。

 いつのまにか姿を消していたペンギンがドリルみたいに回転しながらクチバシを剣先とぶつけ合っていた。

 ていうかペンギンの攻撃の仕方全然可愛くない! ビジュアルだけだコイツ!


「せい!」


 そしてミツキさんはペンギンを弾き、そして薙ぎ払った!

 そのままペンギンは地面をワンバウンドして壁に叩き付けられ動かなくなる。


『い、一応ビジュアルは可愛いのに容赦ない……』


「儂の方が可愛いからセーフ」


『どういう理論!?』


「そういう理論じゃ……で、後は可愛くない相手一人だけかの」


 その通りだった。

 気付けば10体いたモンスターはオーガ一人にまで減っていた。

 ……よし、いける。私何もしてないけど。


 コイツさえ倒せば一先ず敵は誰もいなくなる。

 それになんかこの部屋結構広いし、この部屋を使えばルイン君と二人で脱出できるんじゃないかな。

 ……そうなれば、私もルイン君も助かる。

 ……良かった。


『じゃあミツキさん! ラストお願い!』


「よし――」


 ミツキさんがそう言いながら、オーガの方に視線を向けようとした時だった。


「……」


 言葉も、動きも、そこで止まった。

 というか……私の前の黒髪ロングの長身ないすばでぃーの美人さんがいた。


 つまりは元に戻っていた。


「ええええええええええええええなんでえええええええええええええええええええ!?」


 このタイミングでなんで!? ほんとになんで!?


「……ッ! 前に跳べ、楓!」


「うわあああああああッ!?」


 ミツキさんに言われるがままに正面に向けて跳んだ。

 すると背後から轟音。さっきまで私が立っていた所に棍棒が振り下ろされていた。


「うわっ! うわわっ……ッ!」


 その光景と音に思わず尻餅を付いて後ずさった。

 床陥没してる陥没してる! あんなの喰らったら死ぬって死ぬ死ぬ!


「み、みみみ、ミツキさん!? なんで!? なんで私の外出てるの!?」


「あーうん。さっき小僧にも一言言ったがの、そう長く戦えんのだよ。この通り霊体なのでな……時間切れという奴じゃ」


「ええええええええええええええええええええ!?」


 じゃ、じゃあどうするの!?

 さっきからミツキさんは間違いなく、なんだか不思議な技法で私の力を引きだしていたみたいだし、祖のやり方私分かんないし。分かった所でいきなりあんなことできるとは思えないし、ああ、もうこれ詰んでない?


「うわあああああああああああああああああッ!」


「まあ落着け楓」


「落着け!? 落着ける訳ないじゃん! だってもうオーガが棍棒降り上げて……あ」


 降り上げた棍棒の先に、その人はいた。


「この勝負、儂らの勝ちじゃよ」


 血塗れのルイン君が、そこに居た。


「ルイン君!」


「っらああああああああああああッ!」


 今までのミツキさんの様に高く跳びあがったルイン君は、オーガの後ろから側頭部に蹴りを叩き込む。

 轟音が鳴り響く様な、強力な一撃。

 その一撃を喰らったオーガは、そのまま地面に叩き付けられ、何度もバウンドして壁に叩き付けられる。


「っしゃ、なんとか間に合ったか」


 言いながらルイン君は3メートル近い高さから降ってきて……着地失敗!

 ドサっと地面に叩き付けられる。


「おい、小僧。最後決めておいてカッコ悪いぞ」


「……この怪我考慮すれば充分頑張った方だろうが」


 そう言いながらルイン君はゆっくりと体を起こす。

 そんなルイン君に対してミツキさんは言った。


「ま、頑張った方ではあろうな」


 そう言ったミツキさんはルイン君に拳を向ける。


「おつかれ」


「……おう」


 ああ、これあれだ。よく漫画とかで見る戦いの後で拳をコツンってやる奴だ。

 まあ実際にはコツンもなにもルイン君ミツキさんに触れられてないんだけど。


「……締まらねえな」


「仕方ないだろう、儂は霊体なのじゃから」


 ごもっともだ。だったらなんでやろうと思ったのか意味わかんないけど。


「あーくそ。ほら楓。お前ならできんだろ」


 気を取り直す様にそう言ったルイン君は、私に向けて拳を向けてくる。

 一体何を求められているのかは分かるよ。分かるけど……。


「ルイン君。私そういうのする程何かやったわけじゃないよ? というか私冗談抜きで何もやってないよ?」


「……やってんだろ」


 ルイン君は一拍明けてから言う。


「まあ確かにそもそも本来俺一人で出られた筈だし、こんな戦いも起きる事は無かった。それで戦いもそこの多分木刀に憑いてた幽霊が戦ってたんだろ? それだけ考えりゃお前は何もやってねえどころか……寧ろって感じなのかもしれねえ」


「う……ッ」


 割とオブラート包まずにザクザク飛んで来る言葉に思わずそんな声が漏れる。

 だけど何も言い返せない。事実過ぎる。正論すぎる。

 だけど、ルイン君の言葉は終わらない。


「だけどお前があそこで俺の前に出たからこうなってんだろ」


「……ッ」


「あの選択が正しかったかどうかはともかく、結果的にお前が勇気出して前出た結果がコレだ。そうだろ

? 幽霊」


「ミツキじゃ」


「じゃあミツキ。そういう事だろ?」


 そしてルイン君はミツキさんに言う。


「お前が誰でも助ける様な奴だったら、俺が楓と会う前に助けてた。違うか?」


「……あ」


 確かにそうだ。

 今こうしてミツキさんは私を、私達を助けてくれた訳だけど、でもそれよりも前に私は命の危機に陥っていたんだ。

 ルイン君に助けられなかったら、殺されていたかもしれないんだ。

 だけどあの時、ミツキさんは出てこなかった。

 もしもずっと木刀の中で意識があったのだとしたら、あの状況で傍観を決め込んでいたんだ。


「まあ、小僧の言う通りじゃな。儂はそんなに軽々しく力を貸す様な女ではない」


 ミツキさんは言う。


「ああいう力はな、センスのいい人間なら一度儂が入って使っただけで感覚である程度習得してしまう。碌でもないかもしれない奴がじゃぞ? 故に見定める必要がある。最終的に自分の弟子として迎えてもいい様な程の器がある人間かどうかをの」


 そしてミツキさんは私に向けて言う。


「そして結果的に楓。お前にはあった。点数を付けるとすればざっと30点じゃ」


「え、なに? それ貶してるの? 絶対褒めてないよね? そしてこれ褒める流れだったよね?」


「これでも褒めておるつもりじゃ」


 そう言ってミツキさんは言う。


「運動神経はゼロ。どんくさそうだし、色々と雰囲気的にもポンコツそう。実際中に入って動いても分かったが、戦いには向いておらんな」


「う、うん。褒める気無いよね」


「じゃがこれだけ酷評してもまだ30点貰えているという点を考えてみい。評価点は一つじゃ。まあ、結果的にいい選択ではなかったかもしれんが、それでも誰かの為に命を張れる。それで30点……それもできない奴は強制的に0点じゃ」


 だから、とミツキさんは言う。


「小僧の言う通り、主は何もしていないわけではない。主も十分に功労者じゃよ」


「……そっか」


「だからそんな訳で、お疲れ」


「……うん」


 こうして私とルイン君は拳を合わせ、ひとまずこの戦いは私達の勝利で終わったんだ。


 だけどまだ根本的な問題は何も解決していない。


「小僧。次に何時敵が来るか分からん。さっさと脱出の準備をした方が良いのではないか?」


「……まあそうだな。俺も限界、アンタも多分時間切れとかだったんだろ。だったら早い所脱出した方がいいわな。これ以上の戦闘は無理がある」


「無傷なの私だけだしね」


「……実質戦力0じゃからな」


「……ああ」


「……そだねー」


 さっきミツキさんはセンスがいい人間ならある程度習得できるって言ってたけど、私間違いなくない人間だからなぁ。なんとなく分かるよ。絶対習得出来てない。


「それでルイン君。この部屋ならいける?」


「ああ、十分だ。ちょっと待ってろ」


 そしてルイン君はポーチから魔術道具を取りだす。


「あれ? 一個しかなかったんじゃないの?」


「これさっきスタンバってた奴。さっきのでけえのに跳びかかる前に回収してきた」


 そんで、とルイン君は言う。


「魔力も良い感じに溜まってる」


 そう言ってルイン君は床に魔術道具を叩きつけた。

 そしてさっきの魔法陣よりも遥かに大きい魔法陣が展開される。


「ようやく外に出られるね」


「ああ、そうだな」


「外に出たらどうするの?」


「とりあえずお前にさっき渡した名刺の場所に行く」


「あ、さっきの。ちなみにアレどういう場所なの?」


「簡単に言えば俺の職場だ。俺は今日非番で此処に来てんだよ」


「へ、へぇ……」


 凄い急に現実っぽい話になった。職場に非番って……ルインくん社会人だった。同い年だけど私よりもずっと大人だった。

 ……それにしても私みたいに異世界から来た人間を向かわせる先が職場って……一体なにやってる人なんだろ、ルイン君。


「ま、無事に出られるといいがの」


「え?」


 ミツキさんの言葉に反応して、ミツキさんの視界の先に目を向けると……いた。

 またしても魔物の群れが。


「うわああああああああ!?」


「くそ最悪だ! 早く準備終われやポンコツ!」


「え、ルイン君私の事呼んだ?」


「なんでお前それで反応する様になってんの!?」


 なんか反射的にだよ!


「マズイな、儂はもう力を使えんし小僧も満身創痍……よし、楓! 断空閃月じゃ! 月下焔桜流、特式一の型、断空閃月をぶちかませ!」


「え、あ、全然やり方分かんないけどとりあえずやってみる!」


 もうやけくそだ!


「うりゃあ!」


「誰が素振りしろって言った! 儂断空閃月って指示したよなぁ!?」


「逆にどうしていきなりできると思ったの!?」


 と、そうこうしている間にモンスターが全軍突撃してくる!?


「ヤバイヤバイ! マジヤバいって!」


「楓。これはもうここでさよならかもしれんの」


「そんな事言わないでよぉ!」


 そう言った次の瞬間、魔法陣の光が赤くなった。


「しゃあ! スタンばったぞ! いつでも行ける!」


「分かってるって! そんな事言ってる暇あったらさっさとやってよ!」


「辛辣ぅ!? じゃあ行くぞおおおおおおおおおッ!」


 そして私達を中心に、赤く眩い光が放たれる。



 ……そして。



 次の瞬間、日差しを感じられた。


「……外」


 日差しだけでも自分が外に出たんだって事は理解できたけど、実際目を開いて空を見る事が出来たら、心から自分がダンジョンから脱出で来たんだって事が理解できた。


「よし、なんとか無事に出られたな」


 そしてルイン君も隣りに居る。

 ……無事に二人で脱出できたんだ。


「……まああんまり無事って感じじゃ無さそうだけどね」


「まあ普通に重症だわ」


「ごめん」


「いやだからお前が謝るなって……まあとりあえず重症だけど一応は大丈夫だ。お前とミツキが戦ってる間に軽く応急処置はしたからな」


 確かに動ける様な状態じゃ無かったルイン君が動いて助けてくれたって事は、そういう事なんだよね。


「ちなみに何をどうやったのじゃ?」


「回復魔術。これでも結構得意分野でな。応急処置位だったら短時間でもやれる」


 だから、とルイン君は言う。


「とりあえずお前を職場の事務所に連れていく位ならできる。で、その後病院行ってくるわ」


「あれ? 回復魔術で完治まで持っていけないの?」


「魔術はそこまで万能じゃねえんだよ。だから医者その他、色んな産業が成り立ってる」


「へぇ……」


 なんか良く分かんないけど、とにかくお医者さんってすげえって思っておけばいいのかな。魔術よりも凄いって事は。


「まあとにかく行くぞ、着いてこいよ。案内する」


「う、うん」


 ルイン君が歩きだし、私も後に続く。


「儂はひとまず木刀の中に入っていようかの。何かあった時の為に少しでも力を回復させておかねばならん」


 そう言ってミツキさんは木刀の中に入っていく。

 ……そういえばミツキさん、こうして木刀ごと私が持ってきちゃったけど、これからも力を貸してくれるつもりなのかな?

 ……まあこれからって。私が戦ったりなんて展開はもうないと思うけど。


 ……ないと思うけど。

 ……思うけど。


 ……ってなんで素直に受け入れられないんだろう。

 ……なんでちょっと名残惜しさを感じてるんだろ。

 自分の事なのによく分からない。


 まあそれはそれとして。


「ルイン君。ルイン君」


「どした?」


「その職場って遠いの?」


「遠い。結構遠い」


「……まさか歩くの?」


 正直少し歩いただけでも分かるよ。足場が悪い。

 というかアレだよ。今の現在地、よくRPGで見る様なダンジョン前っていうのかな。岩とか木々がわんさかある感じの。少なくとも日本とはかけ離れた感じの奴。

 そんな空間な訳で、運動神経0な上に体力もない私にはキツい道のりだ。学校のマラソン大会位嫌だ。


「いや、歩かねえよ。てかこの怪我で長距離歩けとか拷問でしかねえ」


「じゃあアレかな……馬とか。もしくは馬車?」


 ファンタジーの定番だよね。というか分かるよ。歩かないって事はつまりそういう事だよね。


「いや、ちげえけど」


「え、違うの?」


 ……じゃあ一体なんなんだろう。


「まあ今に分かるって。駐車場すぐ先だし」


「ふーん……って駐車場?」


 凄い馴染みの深い言葉が聞こえた気がするよ!


「そ、駐車場。って何だよその反応。まさかお前の居た世界、駐車場ねえのか?」


「いやあるけど! でも異世界にあるってのがビックリなんだよ!」


 だって……駐車場だよ!? 車を止める場所と書いて駐車場……あ、いや、ちょっと待って。これじゃ駐車場にならない。車止場ってなんだよ知らないよそんな場所。

 でもまあとにかく……えぇ、なにこの世界車あるの? めちゃくちゃ文明しっかりしてるじゃん。ツッコみ所満載な低文明してたり、なんならマヨネーズ作っただけで称賛されるのが異世界じゃないの?


「さてコイツだ。コイツに乗って行く」


「……バイクだ」


 これ完全に私異世界に偏見持ってた。異世界にバイクあったよ。異世界すげー。


「っと、ほら、ヘルメット。ちゃんと被れよ。被ってねえと憲兵に見つかったら罰金と減点くらうから。俺今ゴールド免許なんだよ」


 うわー法整備までちゃんとされてるよ。

 ……ちょっと待って、ここ本当に異世界なの? なんかあまりにイメージと現実が剥離しすぎて訳わかんなくなってきたよ?


「ほら、後ろ乗れ後ろ」


「う、うん」


 そうやって困惑する私を後ろに乗せて、ルイン君はバイクのエンジンを掛ける。


「じゃあ行くぞ。安全運転心がけるけど落ちねえようにちゃんと捕まってろよ」


「う、うん」


 冷静に考えれば今この状況って、カッコいい男の子と二人乗りしてる様な、ちょっと良い感じの状況

な気がするんだけど、そんな事より色々とツッコみたい事が一杯でそれ所じゃ無かったよ。

 ……なんだこの世界。


 だけどまだそれは序の口だった。

 序の序だった。






「……どした? さっきから黙り込んでるけど」


「私の思ってた異世界と違う」


 暫くバイクで走ると、都市部に出た。

 いやーうん。本当に都市部感が凄いんだ。


 ダンジョン周辺はバイクの存在以外は概ね異世界だったよ。すっごく異世界異世界してたよ。


 だけど徐々に。なんかおかしくなっていった。

 都市部に入りこんだ今じゃもう完全におかしい。


 普通にビルとかありますやん。道もアスファルトだし。

 文字とかは読めないけど、これなんだろう……以前家族旅行で東京に来た時と同じような感覚がするよ!?


「お前一体どんな異世界想像してたんだよ」


「なんかこう……もっとファンタジーファンタジーした感じの奴! これじゃ私の世界と変わらないよ!?」


「なら良かったじゃねえか。元の世界に戻れるかどうかはまだ分かんねえんだし、それなら少しでも近い方が気もち楽だろ」


「楽だけど!」


「あ、そういや一本事務所に連絡入れといた方がいいな。ちょっとコンビニ寄るぞ」


「あ、うん」


 コンビニまであったよーぅ。

 って連絡って事はまさか。


「……っと面倒だな。運転しながらでも事故んねえよ別に」


 コンビニの駐車場にバイクを止めてルイン君が取りだしたのは……ああくそ、やっぱりスマホだよ!

 しかもチラっと画面見えたけど、なんか画質凄く無かった? 私のより凄く無かった!?


「じゃあちょっと連絡済ませるし待っててくれ。あとついでに飲み物買ってくる。楓はお茶? ジュース?」


「……ジュースで」


「了解。あーもしもし」


 そう言って電話しながらルイン君はコンビニに入っていく。

 そんな様子を見て、もう流石にこんな声が出ちゃうよ。


「えぇ……」


 マジでなんなのこの世界。


『楓は不満なのかの、この世界のあり方は』


 木刀から声が聞こえてくる。ミツキさんだ。


「いや、不満って訳じゃないよ。だけどね、異世界っていえばこうって先入観が強くてね……あまりにも変わらなくてびっくりしてる」


『変わっておるじゃろう』


「そうかな?」


『少なくとも楓の世界には、あんな化物はいなかったのだろう?』


「うん。でもそれだけだよ……ダンジョンなんてのもなかった。なんだかね、あの空間だけが異世界だったんじゃないかって思う位に、この世界私の世界と変わらない」


『まあ小僧の言う通り、元の世界と同じならば馴染みやすくて良いだろう。儂なんかほら、見る物全てが何これって感じじゃの。本当に別世界という感じじゃ』


 ……ん? という事は。


「……という事はミツキさんも別の世界から来たの?」


『まあそうなるの。楓の言葉を借りればブラックホールの様な物に飲み込まれてという訳じゃな』


「しかも話聞く感じだと、私の居た世界とも違う世界だよね」


『そういう事になるの。少なくともこんなゴチャゴチャした文化の発展などしとらんかったわ』


「へぇ……」


 なんだろう、なんかすっごい親近感沸いたよ。


「じゃあ私とミツキさんは異世界転移仲間だね」


『ま、なんでもいいがそういう事になるかの』


 いえーい仲間ができた。同じ境遇の誰かがいるってだけで色々と気が楽になるや。


「よし、じゃあ一緒に元の世界に戻る方法を探そうよ。私もいつまでもこの世界にいる訳にはいかないし。絶対皆心配するから」


『……』


「というかそもそもあのブラックホールってなんなのかな。ルイン君もブラックホールの事知ってそうだから、聞いたら分かるかな……ってどうしたの黙り込んで」


『……楓。主はあの現象について何も知らんのか?』


「ん? 知らないけど。もしかしてミツキさん何か知ってる?」


『……』


 ミツキさんは何か意味ありげに黙り込んだ後、静かに言う。


『……何も』


「……」


 なんだか凄く意味がありそうな気がして、思わず聞いてしまいそうになったけど、そんなタイミングでコンビニの扉が開いた。

 レジ袋を持ったルイン君が返ってきた。


「ほらよ、オレンジジュースでよかったか」


「あ、ありがと」


 ルイン君からオレンジジュースのペットボトルを受け取る。

 ……もう疲れたから突っ込まない。


 すんごいおいしい。


「あ、そうだ。とりあえず話だけ通したわ。職場の連中がとりあえずお前を連れてこいってよ」


「……で、結局ルイン君の職場って一体なんなの?」


 正直ルイン君には聞きたい事が山程あるんだけど、とりあえずそれを聞いてみる。


「そうだな……まあざっくり言えば何でも屋兼自警団みたいな? そんな感じ」


「……何でも屋」


「そ。頼まれれば悪い事以外なら何でもする様な、そういう仕事」


 あー、なんか漫画とかでよくある奴だ。

 でもまあそっちはいいとして、なんだろう自警団って。

 いや、意味は分かるけどさ。それでも分かんない事がある。


「じゃあ自警団ってのは? さっきの話だと憲兵さんは普通にいるんだよね?」


 憲兵って言ったら多分警察みたいなものだと思う。

 そんな人達がいるんだったら、なんで自警団なんてやってるんだろう。


「あーそれな」


 ルイン君は少し納得の質問とばかりにそう言ってから答える。


「まあこの都市、治安があまりよろしくねえんだよ」


「そうなの?」


「ああ。近くにダンジョンがあるからな」


「ダンジョン……」


 さっきまで私達がいた場所だ。


「それがどう治安と関係あるの?」


 イマイチ繋がりが見えてこない。

 そしてその説明をルイン君はしてくれた。

 それは治安の悪さの原因を飛び越えた、他の私の知りたかった事への回答も交えて。


「まずあのダンジョンからはな、異世界の物が発掘されるんだ」


「異世界の……物?」


「そ。武具書物日用品。あらゆるものがあのダンジョンには次元を超えて流れつく。俺達はそれを時空漂流物って読んでる。このバイクの原型となったものもそう。あのダンジョンから出てきた漂流物だ」


「……ッ」


「この世界も100年程前までは此処まで発展していなかったらしい。言ってしまえばお前が想像してたような世界が広がってたのかもしれねえ。だけど100年前、突然この世界にダンジョンが現れた」


「……その結果がこの世界」


「そ。この世界の人間は別世界から流れてきた次元漂流物を解析して利用した。やがて明らかに違う文明通しを組み合わせ、より高い科学力や技術力を得て発展した。それがこの世界だ。色々な世界の技術や文明が混じり混ざって今の社会が動いている。代わりに魔術は随分衰退したけどな」


「ちょっと待ってちょっと待って!」


 なんだか無茶苦茶な話を聞いているきがするんだけど……違う。無茶苦茶な話じゃない。

 他人事でもない。

 だってそうだ。


「もしかして……私やミツキさんも、次元漂流物って事?」


「……まあ、そうなるな。だからお前はダンジョンに現れた。極稀にいるんだよ、そういう人間も」


「……」


『なるほど、どうりで儂が現れた時、小僧の飲み込みが早かったわけじゃ』


 納得するようにミツキさんは言う。


『木刀にそういう力が宿っていてもおかしくはない。おそらく次元漂流物だから。つまりはそういう考えだったのじゃろうて』


 確かにルイン君は妙に飲み込みが早かった気がするけど、それはつまりそういう事なんだ。


「まあとにかく」


 そう言ってルイン君は、少し脱線した話を戻す。


「そうした富を生むダンジョンが近くにあるこの都市には、当然ダンジョンで発掘されて来た次元漂流物が多く集まる。そうした中には結構やべーのがあったり……もしくは発掘してきた凄い何かを手にした人間が、憲兵じゃどうにもできない程のヤバイ事をしでかす場合もある。だから治安が悪い」


「……そういう人達とルイン君達は戦ってるの?」


「ま、そうなるな。だから一部の人からは影のヒーローとか呼ばれてんだぜ俺達。すげえだろ」


 そう少し自慢げにルイン君は言う。

 ヒーロー……ヒーローか。

 ……ルイン君本当にヒーローだった。

 世の為人の為、悪い人を倒す様な。

 私が憧れていたようなヒーローが……本当に目の前にいた。


「して、小僧。そこに楓を連れていってどうしようというのじゃ?」


 突然ミツキさんが木刀から出てきた。


「あ、ミツキさん急に出てきてどうしたの?」


「なにやら大事な話の様だからの。儂も加わろうかと思ってな……どうやらこの世界、儂の様なのが普通に出ていても問題もなさそうだし」


 どうやら体力回復に加えて、ミツキさんは色々と気を使っていたらしい。確かに普通にミツキさんみたいな存在が外に出てたら皆驚きそうだけど、この世界ではそれがないんじゃないかな。

 だから堂々と出てこれた。


「楓を連れて行く理由……か。まあ簡単だよ。あの人達なら今行く当ても何もないお前の手助けをしてくれると思ってな。実際俺の時もそうだったし」


 ……あ、そうだ。本当だ。

 私元の世界に戻れなかったら……行く当て無いじゃん。

 無一文。帰る家もない! 木刀しか持ってない! 武装したホームレスじゃん!


 ……って、俺の時もそうだった?


「る、ルイン君。俺の時ってのは……」


「ああ、俺もお前とと同じだよ。此処とは違う世界から来た。もう二年前になるな」


「……ッ」


 ルインくんも私と同じで……あのブラックホールに巻き込まれてこの世界にやってきた。

 ……だからかな。私がこの世界に来た経緯を当てられたのは。


 自分も経験した事だから。


 もしかしたらルイン君があそこまで頑張って私を助けようとしてくれたのは、同じような境遇でどこか親近感の様な物が沸いていたからだったりするのだろうか?

 少し考えて……なんの根拠もない考えではあったけど、違うって思った。


 ルイン君はきっと、本当に私が憧れたようなヒーローみたいな人だったんだ。

 だからルイン君は私を助けた。きっとそういう事なんだって思うよ。


 だったら……つまりルイン君は。扱っている武器以外は、憧れそのものなんだ。


「俺も行く当てがない所をあの人達に助けてもらった。だからなお前もそこに行けば何かしらの答えは見つかる筈だ」


 言いながらルイン君はペットボトルをドリンクホルダーに入れてエンジンを掛け、そして言う


「まあ多分だけど戦う必要とかねえ安全な仕事の斡旋とかはしてくれると思うぜ。地味にそういう所のコネも強いからウチ」


 ルイン君の言った言葉は何気ない普通の言葉。

 多分そうなるだろうなっていう無難な言葉。

 だけどそれを聞いて思わずハッとした。

 一体何が引っ掛かったのか。こんなとても真っ当な言葉のどこで引っ掛かったのか、自分でも良く分からなかったんだ。

 だけどすぐに気付いた。

 

「ま、とにかく全部あの人らの所に行ってみてからだ。ほら乗れ、行くぞ……ってどうした? さっさと乗れよ」


 私はそんな真っ当な提案をどこかで受け入れたく無かったんだ。


「……ねぇ、ルイン君。一つ聞いていいかな」


 分かっているよ、器じゃないって事は。嫌って程分かった。

 私は世界にとってはモブキャラみたいな存在で、どちらかと言えばヒーローに助けられる様な存在で。

 住む世界が変わっても、そんな事実は変わんない。


 だけど。


 今目の前に憧れそのものがいて。

 そういう憧れの存在が活躍できるよう世界で。


 そして。


 これだけ器じゃないとかなんだとか、自分を否定しまくって、それでもまだ憧れている自分がいる。

 あれだけ怖い目を見てもまだ憧れている自分がいる。

 だから、少し背中を押してほしかった。


 私じゃ、この先今のルイン君がそうなるに至った様に選択肢を貰ったとしても。貰えたとしても。ひよってしまうかもしれないから。

 そもそも自分から言い出せないと、ルイン君が言った様な感じで終わってしまうかもしれないから。


 他になりたいものなんてなにもない私が、唯一やりたい事にも手を伸ばせないかもしれないから。


 だから。今踏み出さないと絶対に後悔するって思った。


「どした?」


 だから……少しだけ勇気を振り絞ってみた。


「ルイン君は……その人達の所に行って、最終的に今みたいな感じになったんだよね」


「あーまあそうだな。紆余曲折あったけど、まあそういう感じ。で、それがどうしたよ」


「その……たとえばだよ? たとえば……うん、たとえば」


「たとえばなんだよ……」


「えーっと、うん……その……」


 言え、言うんだ私!

 一歩踏み出せ!


「えーっと……あの……私でも……その……ルイン君がやってる様なヒーローって奴になれたり……するかな?」


 ……言った。

 今までずっと言わなかった事を。

 作文を書くだけ書いて丸めて捨てた様な、夢見たいな事を。

 私は今、大真面目に言った……言ったんだ。


 ……私なんかがそんな事言ったんだ。ルイン君、笑ってるかな?


「逆にお前がなれなかったら大体の人間がなれねえぞ?」


「……え?」


 なんか凄い斜め上の返答が帰ってきて、思わずそんな声が漏れ出した。


「いやいやいや、逆逆逆! 私がなれたらみんななれるって事だよね?」


「いや、んな事言ってねえだろ? マジだって。マジな話」


 ルイン君は一拍空けてから言う。


「まあミツキの言葉を借りりゃ、お前は30点だよ。致命的に色々と足りてねえ」


「む? 勝手に借りたな」


 ミツキさんがむっとした表情を浮かべるが、ルイン君は完全に無視して続ける。


「でもあの状況で、自分より誰かを優先して動こうとしただけで十分凄いんだよ。中々できる事じゃねえ。そんで、それができなきゃ務まんねえんだよ、俺達がやってるヒーローみたいな仕事って奴は」


「むむ? それやっぱり殆ど儂の受け売りではないか?」


 ミツキさんはムムっとした表情を浮かべるが、やっぱりルイン君は無視する。


「だからまあ、お前ならなれるよ。保証はできねえけど俺はそう思う」


 保証はできないけどそう思う……か。


「そっか……よし」


 決まった。

 私の中で色々とふわふわしていた部分が、そう言ってもらえただけで固まった。

 固まっちゃったら……なんかもう吹っ切れた。

 確かに向いて無いかもしれないけれど。器じゃないかもしれないけど。


 そう言ってもらえたなら、もう突き進むしかない。


「じゃあ私もヒーローになりたい。実は昔から憧れてたんだ、そういうの」


「じゃあそういう風に出来る様に、俺もうまく言ってやるよ」


 そう言ってルイン君も笑ってくれる。

 そして。そこまで勢いで踏み込んじゃったのなら、ミツキさんにも言っておかなければならない事がある。


「あ、そうだ……ミツキさんにも言っておかないと」


 私は改めてミツキさんに言う。


「ミツキさん! 私に戦い方を教えてください!」


 私はそう言ってミツキさんに頭を下げる。


「この先ミツキさんに頼ってばかりじゃ駄目だろうし、というか頼るにしても時間短すぎだし……だから、私を戦える様にしてください!」


「え? 言われなくてももう儂、主の師匠のつもりだったのじゃけれど」


「……へ?」


「そのつもりで主に着いてきとるのじゃが……やっと月下焔桜流の後継者が見つかったーって思っての」


 ……えーっと。


「あの、それって……私がヒーローになりたいですとか言いださなかったら、どうするつもりだったの? どう考えても剣術習う様な状況にならないよね?」


「ん? そんなの無理矢理にでも教えていた。良かったの、ちゃんと習う理由ができて」


「えぇ……」


 いや、まあ確かにこの世界治安悪いっていうし、覚えておいて損はないとは思うけど……まあいいか。


「まあ、あの……うん。よろしくね、ミツキさん」


「うむ。じゃが相当頑張らねばならんぞ。楓、主にはセンスが割と普通に欠落しておるからの。あの戦いの時の様に動けるようになるまでどれだけ掛かるか分からん」


「……うん、頑張るよ」


 ……なんか絶対冗談抜きでそう言われてるのが分かるから、こう……すっごく前途多難って感じだなぁ。


「ま、とにかく」


 ルイン君が言う。


「まずは俺の職場に行って今後の事を相談する。話はそっからだ。とにかく乗れ乗れ。俺は早くお前を事務所連れてって話纏めて、んでさっさと病院に行きたい」


「あ、うん。ごめん、そうだったね」


 言いながら私も後部座席に乗り、ミツキさんも木刀に戻る。


「じゃあ出発」


 そしてバイクは走りだす。


 向かう先はルイン君の職場。


 行く当てのない私をどうにかする為に。

 ルイン君の様なヒーローになる為に。

 私達はそこを目指す。


 木刀を片手に。



 これはポンコツな私がなんやかんや世界を救う物語。

 全ての世界を救う物語。


 ……あとはなんやかんや異世界をエンジョイする物語!

 とりあえずこれで一旦おしまいです。

 色々放り投げてる事があるのをみて察してくれるかも知れませんが、まだまだ序盤も序盤です。大きな物語の始まりです。

 個人的には続きが読みたいっていう様な反響が多くあったら続きを書きたいと思うので、感想など色々応援してくれると嬉しいです。


 では最後に……木刀で戦う女の子って、いいよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリー構成が練られていて、気合が入っているのは伝わります!!そして、木刀! 宮本武蔵は鉄のカタナよりも素早く振り抜け、甲冑を纏わない平時の剣術においては木刀が有効な武器と判断していた…
[良い点] 現世→異世界だけではなく、色んな世界から漂流してくるという仕組みがとてもわくわくします! 今後、楓がどんな風に強くなっていくのか気になる内容になっていました。 続編がありましたら是非読んで…
[良い点] 面白かったです!! ヒーローになりたい女の子、いいです!! 続編を希望します!!!!
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