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9/31

9:30分で足りる?

「これからどうする?」


 俺の言葉にマリーは少し首を傾げた。


「あなたは何がしたいの?」


 マリーもさすがにあの変な敬語はやめたらしい。

 そうしてくれると助かるので突っ込むのはやめておこう。


「俺は……」


 マリーの言葉に言葉が詰まる。

 俺は、視線を定める位置に困って天井を見上げた。


「まずは、このコロシアムから出たい。殺し合いなんてまっぴらごめんだ」


 俺の言葉に、近くを通っていた給仕の女がピクリと反応した。

 いや、あいつらのこと殺してないもん。

 ぶん殴っただけだもん。


「あとは……俺の殺しの容疑は晴らしたいかな……」


 これは、俺の意地とか矜持(プライド)とは関係ない。

 殺しの汚名を着たままじゃめんどくさいと思っただけだ。

 まぁこっちはホントに殺してましたって可能性がないわけじゃないが、それならそれできちんと知っておきたい。

 俺の言葉に、マリーは少し困ったように苦笑した。


「今日の話よ」


「あ~今日か」


 そこでちょうどマリーの料理が到着する。

 マリーがスープをすするのを見ていて俺は疑問を提示した。


「マリーはいつも何してるんだ?」


「そこらへんで買い物するか……

 魔術書を買いに商店(かい)に行くか、風呂に入りに行くか……」


「商店……()?」


「そうよ、私たちが今いるここが地下2階(最下層)の、コロシアム所有の闘士が住む住居階。

 食堂のまわりには結構大きな――そうね、街があるの。

 といってもスラム街って言った方がわかりやすい感じだけど。

 で、一つ上に外部の闘士の待合所みたいなところがあって、その上が地上でありコロシアムがあるの。

 さらにその上にあるのが商店階」


 地上何階まであるのだろうかとふと気になるが、それを遮るようにマリーは話を続ける。


「住居区に比べて商店階は、お土産屋やら戦闘用品の専門店が多いわ。

 それに、蚤の市(フリーマーケット)とか骨董市みたいな店もあって意外と掘り出し物があるのよ」


 マリーが奇妙な笑顔を浮かべる。

 これは、重度なオタクが古本屋でマニアックな書籍の初版を見つけた時の顔だ。

 俺はその話を広げないように言葉を選ぶ。


「はぁ、結構めんどくさい構造になってるんだな」


「そうね。地上部から下は移動の制限があるの。

 移動できるのは関係者か、関係者からの――まぁ許可がいるわ。

 脱走や暴動なんかの問題が起きないように、それぞれの階層の行き来できる場所にはかなり厳重な警備があるの」


 許可――というのは賄賂の事だろう。

 俺は、先ほど寄付してもらった財布を確認する。

 4万2319リウ。たぶん、賄賂の足しにもならないな。


「あとは、風呂か……今、風呂入りたい? 後がいい?」


 俺は、何の気なしに聞いてみた。

 マリーは少し驚いたように目を見開く。


「え? 入れてくれるの?」


「え? 入りたくないの?」


「いや、入りたいけど……私、奴隷なのよ?

 私の事をその……抱くつもりもないみたいだし……」


 入りたいなら黙ってればいいのに、いちいちそうやって俺が損する可能性を示唆するマリー。

 なんとも損な性格だな。でもいい人だ。


「なんで笑ってるのよ」


 どうやら、顔に出てしまったらしい。

 俺は、手のひらをフリフリとして返事にならない返事をする。


「なんでもいいよ。

 それより俺は風呂に入ってゆっくりくつろぎたい。

 それに一人分も二人分もそんなにかわらないだろ」


 マリーがちょうど紅茶を飲み干したので立ち上がった。


「よし、風呂に行こう! 連れてってくれ」


――


 自分の部屋、食堂、そしてコロシアムしか行き来してなかった――その上それらは直通――俺だが、ここにきてやっとこの住居区をゆっくりと見ることができた。

 マリーも行っていたようにスラム(・・・)というのがしっくりとくる場所である。


 道沿いにゲットーよろしく、掘っ立て小屋のような家が建っている。

 屋根の上に勝手に板を通して、その下をさらに家にしているようで、さながら長屋のようだ。


 そして、その道すがらには明らかに恥し嬉しい(素晴らしい)商売をしている淫靡な服装を身に着けた女たちが、俺を――マリーを確認した上で――誘惑してくるし、至る所でケンカが起きている。

 また、こじんまりした飲み屋みたいな店の扉の横には吐瀉物がこびりついていた。

 その他の店の方に目を向けると、ファンタジーらしく薬屋でポーションを売っている。

 売っている……のだが、その下には『精力増強』だとか、『催淫抜群』だとかいかがわしい文言が踊っていた。


「何か、歌舞伎町みてぇ……」


 歌舞伎町から和風を引いてファンタジー世界を煮付けたような街並みに妙な既視感を覚える。

 電気はない世界観なのだがご丁寧にも、ネオン管らしき照明器具まで使われていた。


「かぶきちょー?」


 俺の言葉にマリーが首を傾げた。


「あー俺の知ってる街の名前」


 ああ、とマリーは得心したように頷いたが本当にわかったのだろうか。


「ここの人達はこの街を『吐泥(ヘドロ)街』って呼んでる」


「ヘドロ街ねぇ」


 俺はふっと上を見上げた。

 そこにあるのは青い空ではなく赤茶けた土肌の天井である。

 高さはかなりあるようで、4、5階のビルならば十分に立てられる位の高さだ。

 太陽など拝める様な環境ではない。

 地下の掃き溜めってことだろうか。

 言い得て妙というやつだ。

 地下にしては明るいのは、魔動術式でも使っているのだろう。


「昼か夜か……わかったもんじゃねぇな」


 と、そこでちょうど鐘の音が響いた。


「今のは10時の音よ。1時間置きに鐘が鳴るわ」


 鐘の音で動けって中世かよ。とも思ったが、ゲームのモデルがその時代なのだから文句をつけるのも変な話だ。


「ところで、群人族(ヒュム)以外が多いな」


 俺は別の疑問――どうにもヒマリと同様にヒュム族以外が多いということを口にした。

 帝国は、群人族(ヒュム)至上主義を標榜しており、ヒュム以外の種族は差別を受けている。

 特に獣耳族(コボルト)長耳族(エルフ)などは帝国と対する王国側についているせいでひどいものだ。

 帝国側についている大鼻族(オーク)や、魚鱗族(マーフォーク)すらも差別対象なので救いようがない。

 まぁ王国側は超血統主義なので、基本どちらかに属することになるPCからすれば王国も帝国も五十歩百歩だ。

 一時期、王国側に生まれて帝国側に寝返り美少年エルフを奴隷にする、といったRP(ロールプレイ)が流行ったのは、そういった開発者の歪んだ性癖の発露の結果なのだと思う。

 名誉のために言っておくが、俺は木こりプレイ――森に住み魔物と戯れ(経験値を稼ぎ)ながらダンジョンを攻略するもの――ばかりしていたので奴隷は持ったことがない。


 とりあえず、多くの非ヒュム族は殺されるか、追い出されるので非常に少ないはずなのだが、どうにもここには多い。


「非市民化市民ってやつよ。ここの闘士以外の人たちは、犯罪やら帝国の政策の一環で存在しないことになっているの。

 奴隷以下の立場よ……」


 そんな設定あったっけ……俺は眉根にしわを寄せて考えるが記憶にはない。

 何にせよ、明らかに闘士じゃなさそうな女子供がいる理由は理解した。

 この治安の悪さにも合点がいくというものである。


 そしてちょうどそこで件の風呂屋に辿り着いた。

 ピンク色のけばけばしい色彩で”床風呂(とこぶろ)屋”と書かれている。

 周りには男の煩悩をくすぐる文言が踊っていた。


「そらそうか……」


「そらそうよ……」


 俺の嘆息に交じった納得の声にマリーは賛同する。

 当たり前と言えば、当たり前だが普通の風呂屋ではない様だ。

 男が入るとなぜか女の人がいてそこで恋愛関係になり一晩の過ちを犯すタイプに風呂屋である。


「ここは私が使ってるお風呂屋さんよ。女の人はいらないからってお風呂だけいつも借りてるわ」


「ただただ普通の”風呂”ってのは?」


「一度行ったんだけど……汚くて……なのにここと値段がほとんど変わらないのよ……」


 思い出すのもぞっとするのか、マリーは自分を抱きかかえて身震いさせた。

 と、中からピンクの法被(はっぴ)を着た禿頭のおじさんが現れる。


「あれ? マリーさん。

 負けて奴隷になったって聞いたから、てっきりズベズベのズルズルのデロデロのドロドロになってると思ってたけど、思ったよりきれいだね」


「店主、これが私のご主人様、イーサン様だ」


 俺は慌てて頭を下げる。


「おや、いい男でよかったじゃないか。で、こんな店にどうしたんだい?

 あぁ、ご主人の小遣い稼ぎかな?

 確かにマリーちゃんならいい稼ぎになるだろうよ。そうだな……」


 どうやら店長らしい男が脳内でそろばんをはじき始めた。

 恐らく、マリーを1日働かせたときの俺への報酬なのだろう。


「待ってくれ。俺は別にそっちのつもりで来たんじゃなくて、風呂を借りに来たんだ」


「あぁ、お風呂。えっと、マリーちゃんはいつも通り30分の場貸しで二千リウでいいかな。

 旦那の方は、1万リウを初めてということで8千リウでいいよ。

 今は空いてるから、一番人気で巨乳のミルカちゃんを――」


「――いや、俺も風呂だけで……いい。もう一部屋貸してくれ」


 俺は、今にも流れ出しそうな血涙を目がしらに必死でためながら宣言する。

 そして、ポケットから紙片を4枚取り出した。

 と、不思議そうに禿頭のピンク店主が首を傾げる。

 そして、マリーもまた慌てたように俺の手から紙を2枚引ったくった。


「ひと……一部屋でいい!! もったいないから一緒に入るわよ!!」


 そう言ってマリーは俺の手を引っつかむとズカズカと歩き出した。

 俺の背後にピンク店主が「30分で足りる?」と、応援の言葉がかけられた。

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