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7:朝になっちまった

 夢を見ていた。暗闇の中をずっとずっと落ちていく夢。

 夢だと分かっていた。でも、体は動かない。ただ落ちるだけ。

 そして、底に到着することもなく目が覚めた。


 いつものベッドに寝ていて、枕元には画面の割れたスマホが1台。

 空いた缶ビールを蹴倒しながらスーツを着込んで電車に乗る。

 VoWの世界なんて所詮、一晩の夢。


 そんな淡い期待を打ち砕くように、隣にはマリーがこちらを向いてすやすやと寝ていた。

 息のかかる距離。目蓋(まぶた)の血管が透けて見える。

 頭部についた獣耳が否応にもこの世界が自分の知っている現実世界ではないことを思い出させた。


 マリーは俺と殺し合いをしたことを覚えていないのだろうか。

 今俺がその気になれば、絞め殺すことなど簡単だろう。

 いや、それなら逆もそうだ。俺はマリーに殺されても仕方ない。

 しかし、その想像はどちらも現実感がなかった。

 殺すことも殺されることも。


 綺麗にカールした睫毛(まつげ)が僅かに動くのを見ていると、部屋の外がだんだんと騒がしくなってきた。

 地下ゆえに音が響くのだろう。


 ――朝か。


 俺はいまだぐっすりと寝ているマリーを起こさないようにベッドを抜け出した。


 ――外に出ていいのだろうか。


 俺の不安をよそに扉に手をかけると、ノブはすんなりと回る。

 そして、扉は何の抵抗もなく開いた。

 首だけ出して辺りをキョロキョロとすると、剣を腰に差した男と目が合った。

 帝国軍の兵士だ。やばい、と思ったが兵士は手を振りながら俺の方にやってきた。

 そして、俺の肩を叩く。


「おまえ、インポ? それともゲイ?」


 人間が唯一持ちえた知性という最強の武器を、一欠片(ひとかけら)でも活用しているとは思えない言葉に俺は目頭を揉み込む。


「俺の前にこの辺警備してた奴が、いつお前らがおっ(ぱじ)めるか楽しみにしてたのに、朝になっちまったって嘆いてたんだよ」


 そう言って、扉の中を覗き込む。そこにはすやすやと眠るマリー。


「あれ? いつの間にヤったの?」


 俺は身体を滑らせ外に出ると、音もなく扉を閉めた。

 この会話をマリーに聞かせたくなかったからである。

 そして、この会話を続けたくなかった俺は、(バカ)の問いには答えずに質問を返した。


「俺は部屋の外に出てもいいのか?」


「聞く前に出るなよ。まぁ、大丈夫だぜ。

 お前は……あ、女の方も犯罪者だけど、今はあくまでも、コロシアムの闘士だからな。

 コロシアム内にいる分には自由だ」


「そうか。あと部屋に物を置いてもいいのか?家具とか……」


 俺はそれ以上言葉は継がずに男の剣に視線を落とした。


「テーブルなりイスなりは大丈夫だが――」


 男は剣に視線を落としてから、親指と人差し指をこすりながらニヤリと笑った。


「こっちは駄目だろ」


 駄目――つまり、賄賂を寄越せばあるいは、ということだろう。

 地獄の沙汰も……は、ゲームの世界でも一緒らしい。


「そうか。ありがとよ。金は一銭もねぇけどな」


「ホントにあの女に有り金使ったんだな。

 シツクネ様から借りた金で大博打を当てたんだろ?

 もったいねぇなぁ。

 どうせお前も2週間もたねぇんだから、あの金で豪遊すれば良かったのに。

 いや、だからあれを買ったのか。確かにいい使い途かもな」


 よくわからないが、男は一人納得するように頷いた。


「そうだ。良いこと思いついたぞ。金ないんだろ?」


「ああ。なんだ? いい稼ぎでもあるのか?」


「あの女を貸す(・・)んだよ。(なし)は俺がつけてやる。

 あれだけの上玉だ。2、3時間ありゃ、2,3日遊ぶのに十分稼げるぜ!

 そうだな、俺には稼ぎの3割……いや、1割とあの女を1時間貸してくれればいいぜ」


 バカそうな顔をしてなかなかにいい提案だ。

 まったくその気が起きないという1点を除いては、だが。


「俺はウォガシだ。よろしく頼むぜ、兄弟」


 そう言ってウォガシは俺に手を差し出した。

 握手を求めてるようだが、俺はその手をチラリとだけ見る。


「なんだよ? 他の男にやられるのは嫌だ、とかか?」


 俺はハァとわざとらしく溜息をつくと、まだ何かを言う男を無視して食堂へ向かうことにした。


 食堂は映画館の3スクリーンくらいある。

 かなりの広さで、そこにテーブルやら椅子が雑多にまとめられていた。

 中心のでかい時計が7時を示している。


 俺は食堂の端の方のイスに適当に腰掛ける。

 食堂には、10数人の闘士らしき男たちがいて、スープとおにぎりサイズのパンをかじっている。

 それにしても地下のはずなのだが、空気によどんだ感じがないのはどこかで換気でもしているからなのだろうか。

 それに天井の明かりは何を動力にしてるんだ?


 などと益体もないことを考えていると、メイド服を着込んだショートヘアの女の子がやってきた。

 褐色の肌と茶色の髪をしたその少女は、俺を見てニコッと笑う。

 そしてその横についていた長く尖った耳が揺れた。


 15、6歳くらいだろうか。

 真っ白い肌にほんのりと青みがかった瞳が美しい。

 どうやら長耳族(エルフ)の少女らしい。

 エルフは魔王側についているので、恐らく捕まって奴隷に落とされたうちの1人だろう。


「おはようございますっ。何か食べますか?」


 ――俺は虚を突かれた思いをした。金のない俺でも、食堂で座ってたら何か食わなければならないのか。

 いや、それは当たり前だから。

 あまりにもまぶしい笑顔に訳の分からないことを考えていた。

 と、その瞬間、脳内に電流が走る。

 そうだ、ここで闘士は最低限の飯が食える!


「何か飲み物と食べ物を……闘士は無料(ただ)の奴で……」


 金はないので選択肢はないのだ。

 なんとか浮かべた笑みだが、情けなさすぎるせいでどうにもぎこちなかった気がする。

 しかし、そんなことなど気にしていないように、女の子はもう一度笑って奥に引っ込んでいった。

 そして、すぐに戻ってくる。手にはスープとパンが一つ。

 そこで、昨日から何も食ってないことを思い出して、腹がぐぅっとうなった。

 マリーには悪いけど先に飯でも……

 ぼおっと少女を眺めていると、その少女の身体が傾いた。

 反射的に体勢を立て直そうとしてテーブルに手をついたが、そのテーブルもまたガタが来ていたのか、一緒にひっくり返ってしまう。

 そして、宙を舞ったスープが少女の身体に降り注いだ。


「きゃあ!」


 少女が叫ぶのと同時に、その傍らにいた一つの集団がどっと沸いた。

 そして、リーダー格の男が一歩進み出る。


死神(リーパー)憑きに色目を使うからこんな目に合うんだ。

 半端人(なりそこない)め」


 男達は、そう言ってまたゲラゲラと笑った。

 そして、こちらを向いてその捻くれた人間性と同様の笑みを浮かべる。


「なぁ、お前そうとう稼いだんだろ?

 どうせ後2、3日で死んで使い切れないんだからよ。

 俺達に寄付してくれねえか?」


 俺は男達を無視してエルフの少女に近寄った。

 少女の腕はどこかにぶつかったのか、赤く腫れている。


「あんた達、俺に絡むためにこの子に手を出したのか?」


 俺の言葉に顔の右半分をトライバル柄の刺青をした男がフンと鼻で笑った。


「失礼なこと言うなよ。これは躾だよ。

 誰彼構わず欲情するエロフには必要だろ?」


 俺の握った拳をその少女が握る。

 そして、俺の目を見て首を振った。


「私は大丈夫ですから」


 笑ったその顔は、諦観の笑みが浮かんでいる。

 こんなことは日常茶飯事なのだろう。

 ゲームをしているときにはまったく気にならなかったな。

 俺はそんな自分に腹が立った。


「わかった。これが有り金全部だ」


 俺はポケットに右手を突っ込んだ。

 男達の意識がそちらに集中したのを確認して左手で落ちていた皿を投げつける。

 俺の行動が理解できなかったのか、急に皿が来たので驚いたのか。

 男達が上げた怒号を右から左へ全力で聞き流すと、即座にステータス画面を開く。


◇◇◇◇◇◇

《徒手》を取得しますか?

[YES] [NO]

◇◇◇◇◇◇


 今からあいつらをとっちめる。

 俺は、いらないと断じたスキルを躊躇なく取得した。

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