6:自慢できるほどじゃないから……
俺は、倒した女をコロシアム内での奴隷とするためにいくつか書類を書かされた。
そして、勝利報酬を受け取ると、俺がこれから住む13房に案内されることになった。
それにしても……もらった勝利報酬を確認して俺は呟く。
「8万リウ……」
16万リウと聞いていたが……
俺の言葉にシツクネが答える。
「勝利報酬の半分は、家賃として私達がいただくことになっています」
「マジか……」
「マジです」
衝撃を受ける俺を他所に、家賃8万リウ――勝つたびに値上がりする魔法な家賃――のこれからの住処、死に神憑きの13房に通されたのは日を跨ぐ直前であった。
その房は、風呂無し、キッチン無しのワンルームアパートくらいの広さである。
入り口の扉にも覗き穴はついているが、ある程度のプライバシーは保護されていて、過ごすのにストレスはなさそうだ。
あるのはシングルベッドがひとつだけ。
まんまワンルームの安アパートだな、こりゃ。
いや、わがままなんて言ってられないか……
「せま」
脳味噌にはきちんと伝えていたのだが、唇の神経には間に合わなかった。
俺の言葉にシツクネが苦笑する。
「安心してください。ここは空間拡張術式が使えますから」
空間拡張魔動術式とは、空間を広くする魔法である。
術式には貴重な材料が必要なので高いし、使える場所も限定される。
というか、完全な居住用魔動術式で、金持ちが自宅を改造するのに使うものだ。
俺も、外見六畳のログハウスの中にゴルフ場13ホール分作るという遊びをしたことがある。
無駄に金と時間がかかった割にはゴルフのルールを知らないせいで楽しくなかったな。
最後は売り払ったし。
「あと、家具なんかも運び込んでいいですよ。
特にトイレ何か欲しくないですか?
女性もいることですし……
まあ、そう言うのが趣味ならいいんですが」
「そんな趣味はない」
――はずだよな、俺。
「トイレは……くれるのか?」
シツクネが俺の質問にニコリと笑った。
「サービスで8万にしときますよ」
俺の全財産は、一瞬でなくなった。
業者が俺の部屋にやってきてあっという間にトイレを付けてしまう。
寂しそうに鎮座する唯一の家具に腰掛けると、シツクネと業者は部屋を出て行った。
俺はそれを見送ってから、ぐぅっと身体を伸ばした。
地下のため窓はないが、この世界に来る前に住んでいた部屋に似ている様な気がして、少しだけ人心地がついた気がする。
と、女、マリー・トレーズが首元まである金髪を梳くように触りながら部屋に入ってきた。
不安なのか、耳は垂れて尻尾はくるくると巻いてしまっている。
俺が書類を書いている間に、身体についていた泥汚れ何かは適当に落としたらしく、こざっぱりとしている。
しかし、戦闘の疲れをいやすまでは至らなかったのか顔には疲労の色が浮かんでいた。
「疲れた?」
「当たり前よ……デス……」
不安を隠そうとはせず、それでも最低限の敬意を表すように目を伏せてそう言った。
耳もシュンとそれに倣う。
「あーえっとマリーさん。馴れない敬語はいらんよ?」
俺の言葉に少しムっとしたのか、もしくは侮られたことに対して恥じたのか。
わざとらしい余裕の笑みを浮かべる。
「馴れてないことはありませんわ。
私、これでも魔王陛下にも謁見したことが……」
そこまで言って、不思議そうに首をひねった。
「マリー……さん? なぜ”さん”付け? 私あなたの奴隷よ?」
「いや、初対面……だから?」
「聞かれても知らないわよ、デス」
絶対馴れてないよ、この子。
「まぁ、とりあえず座って。ベッド」
俺はそう言って寝台を指を差した。
一応綺麗に見える白のシーツの一人用寝台である。
マリーはそれを見て、ふうと長く息を吐いた。
そして、口を開いた。
「えっと、あの……」
「はい?」
「わかってるのよ。その、男が女を買うってことは……
むしろ、あなたでまだ良かったとも思ってるわ。
脂ぎったじじいよりは、ましだって」
マリーはそう言ってここまでずっと身に着けていたローブを脱ぐ。
現れたのは薄い絹地の真っ白なワンピースだった。
身体に密着するように仕立てられているのか、その女性らしいラインが露わになる。
俺はおもわずごくりと唾を飲んだ。
そんな俺を見て、マリーは顔のわりに大きな胸をぐぐっと抱き寄せて顔を赤くする。
「あんまり見ないで。自慢できるほどじゃないから……」
そういって、唇を噛みしめる。
首の後ろで結ばれた金色の髪と尻尾がふわふわと揺れた。
「あの、私……初めてだから……
3日……いや、2日でも1日でもいいから待ってくれないかな……
気持ちの準備が……」
伏し目がちに懇願する女を見て、俺は心根がムクムクと沸き立つのを感じる。
が、そこでマリーが何を勘違いしてるのか気が付いた。
「待ってくれ、マリーさん。勘違いされてる、俺」
慌てたせいかなんか奇妙な物言いになってしまった。
「別にあんたの身体をどうこうするつもりはない。
あんたを買った理由はその……殺しが嫌だっただけだ。
それに……あんた、俺を殺すの躊躇ったろ」
そう、あの時マリーは俺を殺せたはずである。
戸惑ってくれたおかげで俺は新しいアーツに気がつけた。
「あんたは悪い人じゃないと思ったんだ」
「へ? あなたそんな……感傷的な理由で1200万も払ったの!?」
「いやーははは」
俺は後頭部に手を当てて笑って見せた。
確かに下心がないとそんなことする奴はいないか。
「えっと、その……ありがとう……ございマス」
そんな俺を見てマリーは頭を下げた。
その頬はほんのりと赤い。
確かに高かった……が、まぁ、いいか。
「そういえば、魔王に会ったことあるって……」
魔王とは連合王国側の元首だ。
それと謁見したことがあるというのなら、マリー本人か、もしくはマリーの家の家格はかなり高い位置のはずである。
「これでもね……一応お姫様だったのよ」
マリーは寂しそうに笑った。
その顔が、その話題はお終いだと告げているように見えて、俺はそれ以上聞けなくなる。
その空気がいやで、俺は必死に会話の糸口を絞り出した。
「そういえば、マリーさんは魔術師だろ?
しかも5属性使いの魔術師なんてレア中のレアだ。
マリーさんが治癒術使ってくれれば、俺が保釈金稼ぐ期間が短くて済むな」
「あのさ、私のことはマリーでいいわよ、デス。
一応、私のご主人様なんだし……」
マリーはそういって、照れたように笑う。
「そうか、なら俺のことはえっと……イーサンでいい。
敬語もなしだし、絶対に敬称の”さん”はつけないでくれ。
マリー、俺と仲間を組もう」
俺はそう言って頭を下げた。
マリーは少し戸惑ったようにキョロキョロとした後に頷く。
俺のパーティ申請は許可されたようだ。
「うん、それはいいんだけど……」
マリーは、そう言いながら少し困ったように眉を顰めた。
俺は不思議に思いながらパーティメニューからマリーのステータスを確認する。
◆◆◆◆◆◆
マリー・トレーズ
獣耳族
筋力 :12
魔力 :17
持久力 :12
反応速度:14
――――
【木行術】 熟練度:2125
攻撃:502
《木囲》《木刃》
【火行術】 熟練度:4895
攻撃:895
《火槍》《火弾》
【土行術】 熟練度:5020
攻撃:930
《土弾》《土柱》《土喰》
【金行術】 熟練度:1555
攻撃:452
《金槍》
【水行術】 熟練度:2235
攻撃:511
《水槍》
◆◆◆◆◆◆
俺は、目を疑った。
魔術師の本分は高火力による殲滅なのは間違いない。
しかし、並んでいるスキルのほとんどが攻撃スキルなのだ。
唯一の防御スキル《木囲》も、反撃専門のピーキースキルで純粋に防御スキルとして使うPCはいなかった。
狂っているというしかない。
「なんで攻撃しかないのさ!」
「先手必勝」
何かっこつけてんだ、この娘。
「とりあえず、回復術どれでもいいから覚えて」
「いやだ、いやだ! 回復なんて覚えたくない!
攻撃魔法で見敵必殺ぃぃぃぃ!!」
俺は嫌がるマリーを押さえつけて、【土行術】の回復術《土癒》を覚えさせた。
「(私のスキル欄が)汚された……」
「失敬なこと言うな」
( )の中は俺の想像だが、名誉のために付け加えておく。
「もう寝よう。俺は疲れた」
俺はベッドから降りると、地面に腰を下ろした。
マリーはベッドの上でゴロゴロと転がって何かを考えているようなので、俺も自分のステータスを確認してみる。
◆◆◆◆◆◆
イーサン
群人族
筋力 :14
魔力 :12
持久力 :16
反応速度:16
◆◆◆◆◆◆
微妙に魔力が上がっている。
特に何かした記憶はないが、魔法による戦闘を経験したせいかもしれないな。
次は、アーツだ。
◆◆◆◆◆◆
【忍刀】 熟練度:2139
攻撃:462
精神:311
防御:532
速度:1027
〈連携〉《空蝉》《騙し打ち》
――――
獲得可能スキル(残ポイント:21)
《徒手》(14)素手による戦闘が忍刀のステータスを参照する。
《スリ》(7)任意とする対象の装備以外を盗むことが可能。
《音無強歩》(3)移動時の音がなくなる。
◆◆◆◆◆◆
どれもコロシアムでやっていくには必要なさそうだな。
スキルは条件をクリアすることで増えていくのだが、忍刀はどうやら戦闘系アーツの中でも隠密とかそういうのが得意なのかもしれない。
……コロシアムでどうオンミツれと?
今後のスキル取得について俺は頭を抱えてながら床に横になった。
そんな俺をベッドの上からマリーが覗き込む。
「あの……ベッドは……」
「マリーが使ってくれ」
「あの、やっぱり私がそっちに……」
「気にしなくていいよ。こういう所で寝るのは馴れてるから」
マリーは納得できないのか、少しだけ悩んでから顔を真っ赤にする。
コロコロと変わる表情を見ていると、さっき殺し合いをしていた相手だということを忘れてしまっていた事に気がついた。
助けて正解だよな。
「あのさ、私がこっち半分で寝るわ。
あなたはこっち半分使ってよ。それなら……どう?」
有無を言わさない、といった具合にマリーはベッドの半分にずれる。
いろいろと悩みながら俺はマリーの横に寝転がった。
と、あっちを向いていたマリーがゴロリとこっちを向く。
「さ……触らないでね……」
「おう……」
――この状況で寝られるだろうか。
俺の不安をよそに、マリーがすやすやと寝息を立て始めた。
尻尾が俺のお腹の辺りをくすぐる。
信頼されてるのか、なんなのか。
少しだけ、むなしい気持ちが襲ってきたが、それを上回る勢いで睡魔が襲ってきて俺の意識もいつの間にか飛んでいた。




