5:殺し合い
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【忍刀】を取得しました。
【短刀】は【忍刀】に統合されます
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【忍刀】 熟練度:1212
攻撃:401
精神:297
防御:482
速度:913
《空蝉》攻撃を一度だけ完全回避する。
《騙し打ち》敵の意識の外から攻撃する。
〈連携〉【忍刀】のスキルを準備時間を無視して連続して使用できる。ただし同じスキルは連携使用不可。
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ステータスを確認するのと同時に、女は、大きく息を吐いて吠えた。
そして、それと同時に眼前に炎の渦が立ち上がる。
それが、圧縮されて馬上槍のような細い円錐形状になった。
【火行術】の《火槍》だ。
準備時間も再使用時間も長い【火行術】だが、その分威力が高いものが多い。
今の俺なら消えてなくなること請け合いだ。
俺は、その場から飛び退こうとして失敗した。
足元の泥濘に足を取られる。
やばい、倒れそうになりながら俺は女を見た。
ちょうど女の元から炎槍が射出される。
ロケットの如く加速したそれは確実に俺のどてっぱらに突き刺さる軌道だ。
俺は反射的に《空蝉》を使用した。
瞬間、俺の身体が同じ場所に2つある感覚がする。
音が2倍に聞こえ、香りも2倍感じる。
そして、時間の流れも引き延ばされ2倍になったように見えた。
一体目の俺が、泥濘から脱出をするのと同時に、もう一体の俺はその炎槍を受け止める。
俺の身体が燃え上がる感覚。ナイフで刺された瞬間に感じた死の匂い。
それと同時に、俺はその死地から脱した。
完全に直撃のタイミングだった。
いや、実際に直撃した。少なくとも俺はそう感じた。
しかし、俺は無傷で立っている。
《空蝉》は回避スキルのようだが、少し違うように感じた。
そして、回避スキルとしてはレベルが異常すぎだ。
その分、再使用時間が長い。
再使用が可能になるまで5分のカウントダウンが始まっている。
「うそ……」
女の顔が驚愕にゆがんでいる。
見開かれた目は、恐怖の色が浮かんでいるようにも見えた。
俺も似たようなもんだ。
しかし、それを分かち合う余裕などない。
俺は身体を前に倒す。そして、それと同時に地面を蹴って走り出した。
泥濘んだ地面が粘着いた足音を立てるのと同時にトップスピードに乗る。
俺の身体を女の胸元に潜り込ませると、そのまま肩口からぶつかった。
「くう」
女の身体がくの字に折れ苦鳴を漏らす。
俺はそのままナイフを握り込んだ拳を脇腹に叩きつけた。
しかし、それを足元から伸びた木の蔓が阻む。
編み込まれた籐のようにしなり、俺の拳の一撃を完全に殺した、木の壁は《木囲》である。
そして、この《木囲》はただの防御壁ではない。
俺は慌てて後ろに跳ねた。
と、殴った部分の木が膨れ、そして弾けた。
この魔法は、鉄片を撒き散らす仕掛け爆弾のごとく、衝撃と同時に木の表皮を撒き散らす罠魔法である。
場合によっては、睡眠や毒などを仕込む事もあるのでかなり厄介だ。
このように、【木行術】は搦め手が得意分野だ。
底意地の悪い奴がよく使う。
俺は空中で破片を切り払った。
半分ほど身体に食い込んでいるようだが、動けないほどではない。
走り出そうと着地を決めると、それと同時にその地面の色が変わる。
そして、そこから赤銅色の拗くれた角のような金属が伸びた。
【金行術】の《金槍》だ。
このゲームでは、似たような術がいくつかある。
例えば各術に、《槍》の名を持った術が存在するのだ。
しかし、属性によってその性能が変わる。《炎槍》は高速度高火力。《水槍》は追尾能力といった具合だ。
そして、《金槍》の場合は、使用される金属によって特徴が変わるという厄介な性質がある。
赤銅色、つまり銅の《金槍》はその数が特徴だ。
俺のいた場所に数十本の金槍が付きあがってくる。
しかし、そこで再使用時間の過ぎた《空蝉》を使用した。
避けた俺は、【忍刀】の特殊能力〈連携〉で、《空蝉》から即座に《騙し討ち》を発動。
金槍の範囲から抜けた俺は、そのまま女の後ろに身体を滑り込ませる。
「動くなよ、頼むから」
俺は、その背にナイフの切っ先を突きつけた。
殺しは……したくない……。
と、女の身体が傾いた。
そして、そのまま前に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
両手を地面について、肩で息をしている。
耳も尻尾もだらんと垂れてしまっていた。
このゲームに魔力切れはない。
しかし、精神切れがある。
魔法を連続で、しかも、全5属性を間断なく使い続けていたのだから仕方ない。
普通、2属性も覚えれば十分と言われていて、趣味でもなきゃ5属性を扱おうなんて廃人でも少数である。
――暇人か?
などと思っていると女は顔を歪ませて俺を見上げた。
怒りか恐れか悲しみか、いや、憎しみだろうか。
その表情の意図を読んでいると、コロシアム内の声がやっと俺の耳に届いた。
運営による判定勝ちが決まったらしい。
そして、コロシアム内の至る所から怒りと怨嗟の声が上がった。
どうやら、俺に賭けていたのはただの一人もいなかったようだ。
いや、俺がいたか。
しかし、その怒りは勝敗の結果だけではないように感じる。
賭け事に負けたからではない、肚の奥に溜まったヘドロのような感情を感じた。
「えらい嫌われてるな。何かしたんか?」
俺は女を見下ろしながらそう呟いた。
女は俺の問いに答えなかった。俺を見上げて、歯を食いしばる。
そして、苦々しい表情を浮かべて口を開いた。
「殺して……」
殺し合いをしていたのだ。間違いなく俺達は。
それをなぜ今更、改めて願うのか。
俺の疑問に、現れたシツクネが答える。
「彼女は、王国側についた国の姫なんですよ。
帝国と戦って負けて、裁判を受けて死刑になったんです。
闘士として戦い、勝ってるうちは助命されていたんですが……
負けちゃいましたね」
「死刑になるのか?」
いや、なら何故殺してくれと……?
「表向きにはそうなるでしょうね。
ただ、あの美しさですからね。
簡単に死ねますかね。もしくは死んだ方がましって目に合うんじゃないですか?」
シツクネは興味なさげに呟いた。
俺は興味あるぞ。どんな目に合うんだ?
などと思ったが、その女の目を見て気分が悪くなった。
恐ろしいほどにくすんだ瞳、震える唇。
コロシアム中に満たされる、嗜虐欲。
どれもこれも、下劣。
「それじゃ、とりあえず、100万は返してもらうんであなたの取り分は1200万です。
あとで、房まで持って行かせますよ」
1200万か……足りるかな。
「なぁ、勝利者は相手を『買える』んだよな?
この女は……いくらだ?」
「え? ちょっと……買う気ですか? めちゃくちゃ高いですよ。
この女の保釈金は12億ですから、その1%で1200万……
ちょうど買えちゃいますね」
女の方は、俺を見て眉根をひそめる。
シツクネの方は、にぃっと口を引き上げた。
そして、どこかへと合図を送る。
それと同時に、掲示板に俺が女を買ったことが表示された。
「あ、今更ですけど、本当に良かったんですか?」
辺りは静まり返っていた。恐らく予想外の出来事なのだろう。
少ししてから、俺に対する罵詈雑言と快哉の声が飛んだ。
死ねとかその辺の試合前に聞かれた声の中に、ひんむけ、や、犯せ、という言葉が混じっている。
ここで、まな板ショーでもやれってことだろうか。
まあ、ここまでの美人だ。期待するなって方が無理か。
屑共奴。
「行こう」
俺は手を差し出した。
女は少しばかり戸惑ったように視線を泳がせてから、自力で立ち上がる。
俺はその行き場のなくなった右手で首の後ろを揉みながら口を開いた。
「えっと……よろしく」
女は怪訝そうに眉をひそめながら、目だけで俺にあいさつをした。




