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4:【忍刀】を取得しますか?

「結局肉食べなかったんですね」


 シツクネは、コロシアムに通される俺の横にぴたりと付いて口を開いた。


「こんな状況で食えるほど俺の胃は丈夫じゃないんですよ」


「そうですか。もったいない。でも、食べなくて正解かもしれませんね。

 あなたにステーキをおごったルーピさん、さっき死にました。

 腹を切られたらその内容物が噴き出して、噴水オブザデッドになってましたから」


 そういってシツクネは、眉をひそめて笑った。


「中堅どころがそんな簡単に死ぬのか……」


「相手が悪かったんですよ。

 ルーピさんも喜んで死んだんじゃないですか?」


 次は確実に楽しそうに笑った。何が面白いんだ。


「で、ホントにナイフでいいんですか?」


 俺は武器保管用の指輪に目を落とした。

 VoWではアイテム保管用の便利なインベントリはないのだが、武器だけは出し入れが可能なインベントリがある。

 俺はそこに短刀を一本収納していた。

 ちなみに、【短刀】のステータスはこんな感じである。


◆◆◆◆◆◆

【短刀】 熟練度:912

 攻撃:190

 精神:67

 防御:182

 速度:393

スキルなし

◆◆◆◆◆◆


 同じ熟練度で《剣》やその他のアーツであれば、もっと数値が高い。

 さすがは弱さに一目置かれた《短刀》だ。


 俺が知っている限り、暗殺者のRP(ロールプレイ)で2700を超えた奴を見たことがあるが、このステータスとそれほど変わってないので、この辺りが上限なのだろう。

 その上、そこまで育ててもスキルが一つもない。

 生きて帰れたら、別のアーツに変えよう。


 特に今から魔法を主に戦う相手に対して精神が低いのが痛い。

 しかし、もうどうしようもない。

 俺は、傷だらけになった指を握って開いた。

 死なれては困るのか、簡単な傷の処置だけはしてくれたおかげで痛みはあるものの血は止まっている。

 しかし、それ以上は金が要るそうだ。


「ところでイーサン、オッズ(あれ)を見てどう思います?」


 シツクネが指差した先には、今から行われる試合のオッズが出ていた。


□□□□□□

 イーサン・ザ・リーパー ×130

 マリー・トレーズ ×1.2

□□□□□□


「すごく大きいです。つか、リーパーってのは?」


「実はあなたの入る13房は『死に神(リーパー)憑き』と言われてましてね。

 入った人間は2週間と持たずに死ぬんです。

 というか、初戦で死ぬ人がほとんど。

 だから、いつの間にか、13房の闘士の初戦の倍率(オッズ)は130倍で固定になったんですよ。

 そして、その13房の闘士は、死に神憑き、即ち『リーパー』と呼ばれるのが習わしです」


 さっき、ルーピに13房といった時に笑いが起きた理由はこれだったのか。

 早死にの13房……笑えない。

 しかし、チャンスでもある。


「シツクネさんよ、勝利金の前借はできるか?

 もしくは100万ほど貸して欲しい」


「嫌ですよ。そういう人が出るから勝利金の前借りもありません」


 さすがに100万の130倍などという夢は見られないか。


「なら10万だ。それだけでいい。勝ったら10倍にして返す」


 シツクネは、笑顔を全く崩さなかった。

 しかし、持っていたカバンに手を突っ込むと紙を一枚取り出して何かを書き込んでいく。


「今の言葉、二言はありませんね?」


 目の前に突き出されたのは、契約書だった。

 俺が10万借りて勝利時に100万返すことが記載されている。

 この用意周到ぶりは、よくある話なのだろうか。

 これだけの倍率の13房なら多い気はする。実際に俺もやってるし。


 シツクネからしても9回に1回勝ってくれれば大儲けだからな。

 だから、ずっとくっついていたのか。

 抜け目のないな、やっぱりどこか信用できる気がしない。


「二言はないよ」


 俺は、その紙に触れる。

 すると、右下あたりがぼぉっと光り、『イーサン』と浮き上がった。

 どうやら契約は成立したらしい。


「そうだ、一点言い忘れてました。

 試合に勝つとお金がもらえることは伝えましたよね。

 それと、同時に相手の解放費の一部を支払うことで、対戦相手を奴隷として所有できます。

 と言っても、コロシアム内に限りますが」


「いや、俺は奴隷なんかいらないから」


「いえいえ、あなたが買う、というよりあなたが買われることもあるということです。

 私の知る限り、その……

 あなた、男色家が好まれるような顔形をしていますので、ご注意だけしておこうかと思いましてね」


 その情報は俺の顔をしわくちゃにする。

 俺は、それが意味するところをできるだけ意識しないように口を開いた。


「勝敗ってのはどうやって決まるんだ?」


「一方の死亡。敗北宣言(ギブアップ)。運営側の判定。

 この3つですね。

 今回は……あなたが死なない限り運営側の判定で決まると思いますよ」


「そ、そうか。殺されるのだけは回避したいな……」


◆◆◆


 狭い通路を抜ける。やけに明るくて目を細めた。

 恐ろしく広いグラウンドのようになっていた。

 野球場くらいあるのではないだろうか。

 そして、その周りを、やはり野球場のように観客席が覆っていた。


「おおおおおおお!!! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」


 聞こえてくる歓声を要約するとこうなる。

 良くもまぁ、見ず知らずの人間にそんなこと言えるものだ。

 親の顔を見てみたいもんだぜ。


 と、正面のもう一つの入り口に人影が見えた。

 深緑色のローブを着込んでいて、腰に携えているのは魔術師でごさいと言わんばかりの拗くれた杖である。

 ある程度距離が近づきそれが女であると理解した。


 そして、フードを取った女の顔を見て、俺は今から殺し合いをするのだということも忘れて見惚(みほ)れてしまう。


 金糸にわずかに紅を仕込んだ絹のような質感の髪の毛が、

 今まで一切の紫外線を無視してきたかのような肌が、

 白磁の上に血でも落としたような瞳が、

 わずかにピンクがかった唇が、

 すとんとまっすぐに落ちた鼻梁と、ぷっくりとした鼻孔が。

 どれもが、この世のものと思えないほどに美しかった。


 そして、そこで頭についている三角の獣耳が付いていることに気がついた。

 狐のようなその耳から察するに、俺の選んだ群人族(ヒュム)ではなく獣耳族(コボルト)らしい。

 (ほお)けている俺に恐ろしいほどに冷え切った声がかけられた。


「見るな。殺すわよ」


 どこのことだ? 顔のことか? 耳のことか?

 俺の無駄な逡巡の隙に、女の足がわずかに動いた。

 次の瞬間、開始の合図がなされる。


 魔法系アーツ単体のみで戦う者――魔術師は一対一(タイマン)に弱い。

 VoWの世界では当たり前の話だ。

 魔法系アーツは物理系アーツよりも威力が高い分、準備時間やスキルの再使用までの時間が長い。

 だからこそ俺は、先手を打つつもりだったのだが、女はそれを見計らっていたのだ。


 出遅れた。

 俺の思考は焦りを生む。

 そして、その焦りが無為の一歩を進めさせた。

 その無能の眼前に石飛礫(いしつぶて)が飛んでくる。


 【土行術】の《土弾》だ。

 術とは魔法系アーツのことで、木火土金水の五つの属性に分かれている。

 どの属性にも、得手不得手があるものの攻撃・補助・回復が存在するので、基本的に好みで使い分けるのがほとんどだ。

 ただし、その中でも土属性の【土行術】はバランスがいいので、初心者向けのアーツと言われている。

 特に、《土弾》は威力のわりに準備時間が短い。

 先手を打つにはうってつけの術である。


 などと、感心している場合ではない。

 俺は、ヘッドスリップの要領で避けた。

 そのわずか数ミリの所を(つぶて)が通り過ぎていく。


 ――やるじゃないの。次は俺の番だ!


 などというターン制ではない。

 それを読んでいたのか、女は次の手段に出ていた。

 女の周囲に水泡が浮かび上がっている。

 それが、1つ、2つ、3つ……全てを数え終わる前に、槍形状に姿を変える。


 【水行術】の《水槍》だ。

 その特徴は、追尾能力である。


 俺は、一本目の水槍を持っていたナイフで切り払った。

 そして、次いで飛んできた槍を横っ飛びで避ける。

 しかし、その後ろをついてきていた水槍が鞭のようにしなって俺を追ってきた。

 右こめかみに狙いを定めたそれを屈んで避けつつ、4本目が頭上から迫ってくるのを確認すると、バック転の要領で避ける。

 俺のいた場所の地面に槍が突き刺さり、それが弾けて水浸しになった。


 女はチッと舌打ちをして、距離を開ける。

 どうやら、手練れだと感じてくれたようだ。

 しかし、実際のところは、俺が術の特徴を知っていたこと、そして、【短刀】のステータスが速度重視だったおかげである。

 それを悟られるのはやばい。

 俺は女を追いすがろうと前傾に姿勢を構える。

 その時、女の目の奥が光り、耳がパタパタと動いた。

 まさか、罠――俺の足元が盛り上がる。


 大きくバランスを崩した俺は、それでも身体を回転させてその脅威から逃れようと藻掻(もが)く。

 その脇腹に衝撃が走った。

 反射的に送った視線が見たのは、巨大な土柱だった。

 それが、脇腹にぶち刺さっていた。


「ぎっ」


 視界に星が瞬く。

 食いしばった口から奇妙な音が漏れた。

 地面から伸びた《土柱》が俺の身体を吹き飛ばしたのである。


 俺の身体は宙を待って、数十メートルほど空中遊泳をしたあとで、重力に捕らえられて、地面に叩きつけられた。

 肺の中の空気が押し出される。

 ゲーム、そう感じていたがまぎれもなく現実だ。

 恐怖が目の前をちかちかとさせる。

 それを、意識もしないで逃げ出そうと本能が身体を動かした。

 ゴキブリのように這いつくばって逃げ出そうとする。

 その背に衝撃が走る。

 《土弾》が叩き付けられたのだ。

 俺は衝撃で吹き飛びひっくり返った。


「や、やめて……」


 俺は声を絞り出そうとして失敗する。

 上ずった、小鳥のさえずりのような、ガマガエルの呻き声のような情けない声。

 女はそんな俺を見て止まる。

 それが何を意味するのか類推する余裕などなかった。

 俺は、現実だという認識をしながら、現実逃避のようにあることに気がつく。

 おかしい。【短刀】のスキル取得可能が増えている。


◆◆◆◆◆◆

【短刀】 熟練度:1212

 攻撃:201

 精神:97

 防御:222

 速度:413

スキルなし


New取得可能

アーツ【忍刀】 《短刀》の上級アーツ

 取得条件:【短刀】による死亡回数1以上。取得アーツが【短刀】のみの状態で熟練度が1000を超える。

◆◆◆◆◆◆


 【忍刀】、聞いたことのないスキルだ。

 取得条件が厳しすぎるから、見たことがなくて当然かもしれない。

 というか、アーツが【短刀】のみ状態になることがありえないから、取得が不可能だ。

 しかし、そんなことを思考することは無為である。


◇◇◇◇◇◇

アーツ【忍刀】を取得しますか?

[YES] [NO]

◇◇◇◇◇◇


 脳髄ではなく脊髄が[YES]を選択した。


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