31:頭おかしいのですか!?
いつの間にか、コトミとアリレボを中心に奇妙な輪が出来上がっていた。
ダンスでも踊るかのようにクルクルと回るコトミとアリレボ。
キョンシーはそれを取り巻く観衆だ。
俺の役割はたった一つ。
俺は襲いかかってきたキョンシーの腕を切り飛ばす。
そして、奪った槍をコトミに投げつけた。
それを目の端に捉えていたいたコトミが屈んで躱し、アリレボは槍で弾く。
その槍がキョンシーの頭に突き刺さった。
「はーはっはっはー!! 踊れ、踊れぇ!!」
「仲間ごと!! 忌々しい!!
そこの駄肉! そこのお方は頭おかしいのですか!?」
腹に目掛けて打ち込まれたコトミの刀を、槍で防ぎながらアリレボが叫ぶ。
「き、基本はいい人よ!」
なぜ、すんなりと言わないん?
まぁ、いいか。
俺は気を取り直してコトミのステータスを確認する。
そして、防御が2000を超えたのを認めた。
脳下垂体から溢れ出る快楽物質により、俺をこれこそが現実だということを思い知らされる。
俺はクルクルと宙を舞うキョンシーの生首を見ながら、急に、排気ガスの匂いが懐かしくなった。
風呂上がりのシャンプーの匂いが懐かしくなった。
ビジネスホテルに入った瞬間感じる、人工的に配合された良い匂いが懐かしくなった。
――帰りたいのか?
俺は、血と脂の混じるで、死の匂いで肺を満たす。
そして、それがあまりにも空虚な感情に思えた。
アリレボの言葉――頭がおかしい――を思い出す。
――こんな白昼夢みたいな世界を捨てられるのか?
――お前はあの世界がお気に入りか?
そうか、狂ってるのか。俺は狂ってしまったのか。
知性が、経験が、理性が。俺を作り上げた総てが、それを肯定する。
そうか? 狂ってしまったのか? 俺は狂ってるのか?
細胞が、性癖が、本能が。俺を作り上げる総てが、これを否定する。
その思考を脳が拒否するかのように視界をチカチカと瞬かせた。
そして、そのわずかな瞬間に俺はヒマリを見つけた。
部屋の端の方で身を丸くして隠れている。
それをマリーが何らかのスキルで見えにくくしているらしい。
――何しにきたんだっけ?
白々しい自問自答。
俺の役割をいつの間にか、コトミの育成だと勘違いしていた。
俺はヒマリの後ろにキョンシーが近寄っていることを確認する。
意思とは無関係に身体が勝手に反応した。
そちらへ移動しつつ重心を腰より前にずらして動き出す。
重心移動は前進をすぐにトップスピードに乗せた。
ヒマリまでの距離を踏破。
そのスピードごと、キョンシーの腹部へ足裏を叩き込む。
そして、そのまま身体を回転させると、たたらを踏みがら空きにになったキョンシーの側頭部にハイキックをきめる。
俺は吹っ飛ぶキョンシーを最後まで見ることはせず、ヒマリの首根っこを掴んでマリーの方へ移動した。
「任せっきりにして悪かったな」
「忘れてるのかと思ったわ」
「ははは」
俺は後頭部をかきながらヒマリを下ろす。
「えーまたですか!?」
「本気?」
ヒマリが涙目になる。
マリーもまた少しだけ鼻白んだが、すぐにキョンシー退治に戻った。
「いいわよ。あなたがやることを助けるのが、私の仕事でしょ?
ご主人様」
「悪いな」
そうだ。俺がやれなくったってマリーがいる。
ありがとう、そう言おうと思って気がついた。
俺は現状を楽しんでいる。
強敵をたった一人の少女に押し付け、この事態に相応しくない少女の保護を二の次にして、俺を信じている女共々大量の敵に磨り潰されようとしていた。
俺はそれを楽しんでる。
ダメなのか? 楽しんじゃ。
いいじゃあないか。楽しんでも。
本当はわかっていた。
この場で戦り合う必要などない。
コトミと俺たちの速度ならヒマリを連れていても十分に逃げ切れる。
俺はそれをわざと頭の片隅から追いやった。
狂ってる? それはただの誉め言葉だ。
いつからだ? いつから楽しくなったんだ?
今……いや、館に乗り込んだ時? 否、もっと前。
ゴブリンに囲まれた? 違う、マリーに殺されかけた……
じゃない、もっと前。いや、一番最初。
この世界に来たとき……むしろ、殺されたとき。
俺は、心底ワクワクしていた。
そうだ。
俺のは狂気しいなんて、そんな大層なもんじゃない。
それで、済んでるなら上等だ。
これに比べたら、それなんて正気の一形態に過ぎない。
視界が一気に開ける。
俺の糞みたいな行状に比べたら今の百倍清い光景。
アリレボすら愛おしい。
「コトミ! 〈回避〉を取得れ!!」
「今? このタイミングですか!?」
――否! このタイミングなのだ。
コトミのステータスに〈回避〉が追加。
それと同時にアリレボの突き。
今までと同様に、いや、同等以上の鋭い突き。
コトミの額に穂先が突きたつ。
そう見えた。
しかし、コトミは身体の芯を僅かにずらして前進していた。
そして、空間がずれるかのような斬撃。
アリレボの胸が弾けた。
赤がぶちまけられる。
耳障りな叫び声。
コトミはその喧騒の中、刀を振るい血を払うと何事もなかったかのように鞘に納めた。
そして、アリレボは背中から受け身を取ることもなく倒れた。




