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2:ようこそ、コロシアムへ

 『Valor or War』という小説がある。

 日本では『男は栄光、もしくは戦争と呼ばれた』というタイトルで翻訳されたのだが、その本は全世界で大ヒットした。

 そして、それを下敷きに、その小説の前日譚――といっても千年前の世界――として作られたゲームが、俺が大好きだったVRゲームのVoWだ。


 ドラクエっぽい世界を背景に、魔法がお上手な魔王を有する『魔法王国及び周辺国連合』と、魔術を利用した兵器を運用する『神聖帝国』の二大国家が戦争していて、その間で生き抜く、というものだ。

 プレイヤーは、魔法王国、もしくは神聖帝国陣営として戦争に参加、してもいいし、何の関係もなくただただダラダラと森の中で過ごしても良い。

 なんだったら建国まで可能という、恐ろしいほどの自由度が売りのゲームだ。

 NPCは超高性能の人工知能で動いていて、PCと区別できないくらいなのが、さらに熱中させた。

 王国の魔王も、帝国の皇帝もNPCで、それぞれがそれぞれのアルゴリズムで戦争を起こし、それに参加するのはとても楽しかった。


 そして、それで遊んでいた純粋日本人の俺は、強盗に殺されたはずなのだが、自分が作ったゲームのキャラクタ『イーサン』として世界に迷い込んだ、らしい。

 らしい、というのは確信がないからだ。

 そんなことはあるのだろうか。


 俺の思考を理解できないのか、鉄格子越しに鎧の男――おそらくは看守――が不思議そうに首をひねる。


「お前、さっきから何で尻をつねってるんだ?」


 夢かどうか確かめてるんじゃないか。

 なぜ、そんな簡単なことがわからないのか。

 理解に苦しみつつ、一つ思いついた。

 もし、この世界があの世界なら……


 俺は左手を――実際には動かしてないが意識で――動かす。

 と、俺の――嫌な意味で――予想通り数値が現れた。


◆◆◆◆◆◆

イーサン

筋力   14

魔力   11

持久力  16

反応速度 16

◆◆◆◆◆◆


 やっぱりだ。

 VoWの世界のステータスが表れたことに驚きつつ、プロフィール画面を開いた。


◆◆◆◆◆◆

殺害回数:0

死亡回数:1

窃盗回数:0

●来歴

イーサンは、領主殺害の件で捕まり死刑を申しつけられた。

◆◆◆◆◆◆


 つけられた。じゃねぇよ!

 なにそれ!

 生まれの時点で死亡確定じゃねえか!!

 しかも、俺殺人犯なの? ナニソレコワイ。


 殺害回数が0ではあるが、これはゲームの開始時からなので本当に俺が殺したのかは不明である。

 でも死亡回数が1って、あれがカウントされてんのか?

 まぁ、いい。目下の問題はそれじゃない。


「俺、やったの?」


「何をだ?」


「殺し」


「え? あー、うん。そうなんじゃなーい?」


 俺の問いかけに、看守は曖昧な返事をする。

 じゃなーい、じゃねえよ!

 濡れ衣だろ! 完全に濡れ衣だろ!


「おい! ふざけるな! ここから出せ!」


 怒りと恐怖に支配されそうな心をぎりぎりで押さえつけつつ叫んだ。

 死んだ瞬間、心臓の止まる痛みを思い出したのか、心臓が早鐘のように滅茶苦茶に胸の中で跳ね回る。

 理不尽への怒りが湧き上がる。


 ――あっちの世界では死ぬ必要のなかった強盗に殺され、せっかくこの世界で生きてるのにすぐに死んでたまるか!

 と、看守の後ろから小さな老人がひょっこりと顔を出した。


「安心したまえ。皇帝陛下の十女様にお子ができて恩赦が実施される」


「恩赦? 釈放か!?」


「いや、コロシアムの闘士になれば死刑が免除されることになったのだ。

 まぁ、お前の場合は闘士というか闘奴になるがの。

 なんにせよ、コロシアムで稼いでその金で自分を買い戻せるかもしれんぞ」


 無理だろうけどな。口にはしないが、その思考が透けて見えた。


「コロシアムか……」


 帝国が持っている娯楽施設だ。

 闘士同士、もしくは闘士と魔物が戦い、その勝敗で観客が賭けをするという、何とも野蛮な娯楽である。

 俺自身は――恐ろしいほどに賭け事が弱いので――遊んだことはないが、かなり人気の遊戯だった。


 PCが闘士になるには、闘士団に所属しなければならない――なかなかめんどくさいイベントがあったはずだ――と思っていたがこんな手段があったんだな。

 いや、この世界が完璧にVoWの世界に倣っているならば、だが。


「もしならなかったら?」


「刑が粛々と執行されるだけだ」


 粛々と冤罪で殺されてたまるか。

 いや、冤罪じゃなくても俺はやってない!

 というか、選択肢がないんじゃないか?

 俺の疑問を断ち切るかのように、鐘が一つ叩かれた。


「8時の鐘だな。答えはこの鐘が叩き終わるまでだ」


 と、もう一度鳴り響いた。

 叩かれるのは後6度。

 しかし、それを待つ気にはなれなかった。


「俺は何回勝てば自由になれる?」


 老人は、俺の答えに口の端を大きく引き上げた。


「その話は、ここを出てからにしよう」


 そういって、看守に顎で指図すると、看守は俺の牢の鍵を開けた。


「ようこそ、コロシアムへ」


 老人はそういうと、歩き出す。

 俺は一度だけ大きく息を吐き出すとそれについて歩き始めた。

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