13:いや、これでいい
「殺せぇぇぇぇっぇぇぇえええええ」
闘技場に入った際にかけられる声は相も変わらず前衛的だ。
俺達は、指示のあった通りに闘技場の中央へ歩を進める。
ゴブリンたちはどこにいるんだ……と、周囲を警戒してはいるが、観客の歓声のせいでどうにも感覚が掴みにくい。
中央に立ったところで、マリーが俺の肘を突いた。
「オッズを見て……」
◇◇◇◇◇◇
人 間 ×2.3
ゴブリン ×1.7
◇◇◇◇◇◇
「人間の方が高いのか……」
つまり人間の方が勝つ確率が低いと予想されたのだ。
「言われた通りに、20万2千リウ人間の方に掛けたけど……大丈夫よね?」
そういって、マリーは少し不安そうに俺を見る。
俺は安心させるように力強くうなづいてみせた。
ちなみに俺はマリーの身請け代とトイレ費用で一銭も持ってないので賭けることすらできなかったのである。
なんか、パチンコ屋に行くのに金をせびる男みたいでヤダな。
俺らの会話が終わるころ、大男が準備ができたとばかりに雄たけびを上げた。
耳朶を打つ奇声に顔をひそめると、それを待っていたのか、闘技場の壁にある5つの鉄格子がうなりをあげて持ち上がった。
そこから、それぞれ6体ずつ、計30体の影が出てくる。
人間の子供程度の身長に、緑の肌をした魔物、ゴブリンだ。
その天狗のようなデカい鼻と、下あごから上向きに生えた2本の牙が特徴的である。
それぞれが、一様にゴブリンの代名詞ともいえる棍棒をもって俺達の方へ歩を進めてきていた。
「うう……気味悪いわね……」
ゴブリンには知性が一応あり、設定では群人族や長耳族などの人間と意思疎通が図れることになっている。
ところが、このVoW世界で人間と言ったときにゴブリンは入らない。
VoW世界では群人族と交配が可能な種族――長耳族、獣耳族、さらに魚鱗族や大鼻族もそうだ――を人間ということにしている。
ゴブリンは交配は不可能なので人間ではない……のだが、なぜかゴブリンは人間を文字通り襲うので、特に女性陣から嫌われているのだ。
街の依頼書でも、そういった事件を匂わす文面と共にゴブリン退治の依頼が出るので嫌でも意識させられる。
薄い本用設定じゃないか? と思わなくもないが、そう言ったお約束を無視するように男も襲われるので注意が必要だったりする。
「安心しろ。と言いたいけど……この数のゴブリンは気を付けろよ……」
ゴブリンは弱い。
一対一なら、例え激弱アーツの【短刀】でも十分に戦える。
しかし、ゴブリンは知性があるのだ。
群れることができ、そして、集団戦闘を行えるのである。
俺がマリーを自分の背に隠すように立つのと同時に開始の合図が打たれた。
しかし、ゴブリンたちは、一気呵成に攻めてくるのではなく、じわじわとその網を狭めるようにこちらを包囲し始めた。
数で劣るこちらは完全に取り囲まれる。
「ゴブリンごときにビビるんじゃねぇぞ!!」
戦斧をかかげ大男が怒鳴った。
そして走り出すと、そのまま眼前の一団に食らいついた。
竜巻の如き一撃は、ゴブリンの一団を枯葉のように吹き飛ばす。
プギャーと奇妙な叫び声と共にゴブリンの囲いに隙ができた。
「へへへ、てめぇらこっちに――」
大男の声はそこで途切れる。
直後、ゴブリンが大男に向かって一斉に飛びかかったのだ。
大男は、顔面にしがみついたゴブリンを力任せに引きはがそうと、首根っこを掴んだ。
しかし、ゴブリンの腕は万力のごとき力でしがみついて離れない。
そして、その頭部に別のゴブリンの棍棒が叩き込まれた。
どれだけの熟練度があったのかは不明だが、見えない攻撃を防ぐだけの技能はなかったらしい。
ザクロのように頭部が弾けた。
男の顔の頬にあった大傷より上がなくなって前のめりに倒れ込む。
しかも、その一撃は掴んでいたゴブリンの頭部も破壊したため、流れ出る人間の赤い血とゴブリンの緑色の血液、そして互いの薄茶色い脳漿が混じり合い、地面に奇妙な色をした文様が描かれた。
ウニ軍艦が急に食べたくなる。
「仲間ごと!?」
ゴブリンは、マザーゴブリンという唯一繁殖能力を持つ個体を中心とした巣を作る真社会性生物である。
繁殖能力のないゴブリン達は、子育てや巣の防衛などの役割をそれぞれが持っていて、その中でも兵隊ゴブリンは仲間のために平気で死ぬ。
というよりも、個としての死の概念がないので「仲間のために」とかそんな高尚な意識もなく平気で命を投げ捨てるし、平気で仲間ごと敵を殺す。
文字通り特攻攻撃を仕掛けてくる。
ゴブリンが厄介な理由だ。
「まぁ、おちつけ。俺から離れるなよ」
ゴブリンの戦術は一匹目が足止めし、残りで敵を仕留める。
この一手だ。
ゆえに、30対5の戦闘は圧倒的にゴブリン有利である。
VoWでも初心者はよくゴブリンに嬲り殺された。
俺の方にも一匹目が飛び込んでくる。
初心者の頃は俺もよく殺されたものだ。
しかし、それは昔。ナイフ一本でゴブの巣コロリをやったのは一度じゃない。
俺は最初の一匹目の鼻っ柱にナイフを握ったままの拳を叩き込んだ。
ゴブリンはそのまま空中で後方回転を決め、緑色の血の線を引きながら吹き飛ぶ。
その後ろで俺を狙っていたゴブリンは、それを予想していなかったのか飛び込むのを躊躇した。
「マリー!! 水弓術だ!」
俺の突然の言葉にマリーはそれでも合わせた。
俺のわずか数センチ右を抜けた矢がゴブリンの右肩に突き刺さり傷を与えると消失する。
「ごめんなさい! 決められなかった!」
マリーは苦々しそうに二の矢を継ぐ。
「いや、これでいい。今のタイミングで矢を打ち続けろ。
クリティカルだとか急所だとか考えなくて良いから中てることだけ考えろ。
それと魔法はなしだからな」
俺は、マリーのそばでまた構える。
「どういうこと?」
「こいつら、これしかしてこないんだよ。せっかくだからマリーの【弓】の熟練度を溜める」
【弓】の熟練度は、射数と命中数、与ダメなどで計算されるのだが、特に熟練度が低いうちは連続で命中させることで熟練度上昇率が高くなる。
水弓術はそういった意味でベターな選択だ。
これを、生かさず殺さずで何度もやっていけば、あっという間に一人前の弓術士の出来上がりというわけである。
「はぁ!? あなななた! これ、本当の戦闘中なのよ? 何考えてる――」
「文句なら後で聞くよ。次来るぞ!」
俺はそういって、飛び込んできたゴブリンの顎に拳を叩き込んだ。




