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1:ゲームの中にいる

 俺は目の前の男の顔を眺めながら、少し首を傾げる。


「これじゃ、アホ面すぎるな」


 独り言ちると、その鼻に触れる。

 そして、指を左に動かすと少し高くなった。


「お、なかなかこれはいいんじゃないか」


 今俺がやっているのは、Valor(バロー) or(オア) War(ウォー)、通称VoW(ばう)というVRゲームのキャラメイキングだ。

 キャラメイキングといえば、この手のゲームのクライマックスだと思っている(やから)がいるが、それは勘違いである。

 これは種だ。

 キャラをどのように活かすのか。その世界にどう馴染ませ、違和感なく芽吹かせるか。

 最大限に思考しながらキャラクリを行う。

 これこそが、キャラメイキングだ。

 あれ? それってクライマックスじゃん。


 キャラメイキングには、俺なりのコツがある。

 第一にイケメンに作りすぎない。

 何せ、PC(プレイヤーキャラ)の9割がイケメンだから、埋もれてしまう。

 第二にネタに走らない。

 ネタに走ると、自分が向かっていく場所がわからなくなる。

 故に狙うは上の中。


 一通り、作業を終えると俺はその全身を確認する。

 種族は、もっとも数が多い種族の群人族(ヒュム)にした。

 ヒュム族と言ってもようは人である。

 身長は、少し高めに。筋肉量は少し細めに。

 VoW(ばう)のキャラは3人目なので、それほど時間はかからなかったな。

 名前は何にしようか。


 クラウド……いや、今さらだろ。

 なら、キリt……いや、スバr……うーん、カズm……いやいや。

 危険なことはやめておくか。


 いやあえての、ルーデ……、もしくは、しばたつ(おにいs)……この二者択一はやばすぎる。

 モモンガは考えるまでもない。

 面倒臭くなってきたな。ユウタ辺りにするか?


 俺は悩んでから、ひねり出した名前の通りに文字カーソルを動かす。

 そして、ふと、左下に配置したデジタル時計に目を移した。


 現在午前7時47分。

 俺が出勤で使う電車の発車時刻は、午前7時17分なので、まぁ、このままいけば1時間ほど遅刻だな。

 俺はいつもの日課のように瞬間湯沸器に水を入れながら、我に返る。


 ――落ち着いてる場合じゃない!


 俺は昨日脱いだままのズボンに足を通して、ワイシャツからクリーニング屋のビニールをはぎ取る。

 そして、ボタンの所にクリーニング屋の札がついているのを見つけて諦めると昨日着たワイシャツを手に取り袖を通した。

 もし俺が萌えキャラなら「はわわわわ」と言ってる所だぜ。


 適当に歯を磨き、扉に手をかけようとした瞬間に内鍵が勝手に回った。

 なんで?

 そして、何か慎重な感じで扉が押し開かれる。

 俺は、恐怖から身体を動かすことも、声を出すこともできない。

 目の前に現れたのは二人組みの男だ。

 スーツを着てはいるのだが、どうにもその様子がおかしい。

 いや、人の家に勝手に入る奴は様子どころかなにもかもおかしい。

 俺のパニックをよそに、男の一人が俺の口をふさいで部屋に押し入った。


「sYおにMoん、きIcHいごsRAにdA?」


 俺の口を押さえた男が、後ろを振り返って何か言葉を発した。

 日本語じゃない。どこの言葉だ?


 俺の疑問をよそに、振り返られた男は腰から(てのひら)くらいの長さの物を取り出す。

 そして、それは銀光を牽いて俺の胸に飛び込んだ。

 音はなかった。あったのはぶつかる衝撃だけだ。

 胸に奇妙な熱があったので、見てみると胸にナイフが突き刺さっている。

 

 ――あれ?


 俺はそれを握って引き抜いた。

 ヌポっという感触、そして、そこから赤い物が吹き出す。

 抜いちゃダメな奴だわ、これ。

 体中に血が駆け巡り、熱を持ったかと思うと今度は一気に冷えていく。

 男達は急げとばかりに俺の部屋の中を漁りだした。

 強盗かよ、そう言ってくれれば別に反撃したりしないのに。

 俺の部屋なんかたいした物はないから、何でもやるのに。

 あーどうしよう。会社に連絡して、病院いかないとなー

 部長怒るかなーいや、病院とかじゃないわ。

 死んだな、これ。せっかく作ったキャラクタ使いたかったなー


◆◆◆


 目を開くと知らない天井。

 そういった場合のテンプレと言えば、真っ白いヤツだが今回は違った。

 苔むした石の天井から視線をそらすと、どこかかび臭いその部屋を確認する。

 明らかに俺が住んでいた文明とは違う部屋だ。

 どうにも古くさい。


 ベッドというには貧相な寝床に寝ているようなので、起き上がる。

 壁は土を塗り固めただけのものだ。

 そして、物騒なことに壁以外は鉄格子(てつごうし)だ。

 どうやら牢屋の中にいるらしい。


 あーでも、この安っぽいベッド、鉄格子……どこかで……うーん……

 首をひねっていると、格子(こうし)の向こう側に鎧を着た人がやってきた。

 暑くないのか、と思いつつ顔を確認すると40代くらいの男である。

 全身に鎧兜を身に着けているが、日本風の物ではなく漫画やゲームで見た西洋風のそれだ。


 その如何にもゲーム風ヨーロッパ感な風体に俺は眩暈(めまい)がした。

 ここはどこだ?

 俺の混乱など気付いてもいない男は、格子越しに俺を確認して


「おい、イーサン。やっと起きたか」


 イーサン?

 俺の名は……いや、どこかでその名前聞いたことが……

 俺がVoWで作ったキャラクタの名前じゃん。

 そこで気が付く。

 胸を刺されたこと。血が大量に流れ出したこと。心臓が止まると痛いこと。

 そして、死んだこと。


 どうやら、死んだ俺はVoW、すなわちゲームの中にいるようだ。

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