雨と早めの別れ
中三の秋。
季節の変わり目には、よく雨が降る。
「雨……降ってきちゃったね」
君は残念そうに言う。
慣れ親しんだアスファルトに黒いしみが出来始めた。
今は小さい粒だけど、すぐに大きくなって僕らを濡らす。
近くの家の軒先で君は僕の隣に立っている。
昔は駄菓子屋の入り口で活気があったこの場所の、面影はすっかり消えている。
「早く止めばいいのにな」
絞り出したように僕は言う。
しばらく前から僕らの会話は寂しい。
「傘、差さないの?」
君は紺色の学校指定の傘を両手で握っている。
差そうという気配は見られない。
「……うん」
顔を俯かせて傘の先端を見つめる。
たまに足先で傘の先端を突く。
僕は折りたたみの傘をカバンの中に持っている。
でも出そうとは思わなかった。
君が傘を差さない理由と僕が傘を出さない理由は同じだ。
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「雨は嫌い?」
「何も思わないけど。嫌いなの?」
「私?うーん……応援したくなるかなぁ」
「応援?意味わからんわ」
「いいよ?わかんなくても」
「何だそれ」
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ふと思い出した。
いつだったかなんて忘れてしまったけれど。
「応援したくなる?」
君の動きが止まる。
「雨のこと?」
顔は俯いたまま。
「前に言ってたから」
「覚えてたんだ」
顔があがる。
「ねぇ、どうして雨が降るんだろうね」
君は物静かだったから、常に何かを考えつづけているんだろう。
哲学的なことも感傷的なことも。
君は長い長い独白に似た空想を語り始めた。
「雨が降るとき、空は、何か変えようとしてるんだよ。いつも晴れ晴れした顔ではいられないんだよ。空だってそうなんだから、弱い人間たちに悩みがあって当然だよね……。
私は雨は好き。努力を惜しまない空の証だもの。
でも、雨を見ると、努力出来ない自分に気づかされる。変われない自分がいることを受け入れなきゃいけないみたい。
雨は必ず上がって晴れるけれど、私の悩みに終わりは無いと思うの。空みたいになれない私に、何が出来るんだろう。変われない私に何が出来るんだろう……そんな風に考えちゃうね」
このまま静かに二人だけで雨をながめながら、時間なんて忘れられたら、君の抱えている悩みも、僕の感じている不安も、どこか広い海へ流れてくれるのではないか……そう思った。
ずっと一緒にいた僕ら。
記憶に無い頃からずっと一緒だった。
ずっと一緒でも、僕らは、行動も考え方も憧れる人も夢も少しずつ違った。
それでも、それを楽しんでいた。
夢は自分のため。
僕らは自分のために別れを決意した。
大きな不安を抱えて。