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二人と別れ目的の書庫につく前にふと、先ほどの話が気になった。


マオはいつここに来たのか。


手掛かりがあるかもしれないと塔の召喚目録のある部屋に行くことにする。

この塔で召喚されたものは人も妖魔も有機物も無機物も必ず載る膨大な量の目録があるのだ。


目録はロラン=レティエンヌが命じて、ここではないどこかから、人をモノを妖魔を召喚し続けさせた証。

ロラン=レティエンヌ繁栄を支えた富の証。


そして彼の罪の証。


ここに現れたモノは、どこかに在ったもの。

知らないどこかから奪ったモノ。


それは盗みと、どう違うのか。


違わないとマオは思う。


ここでいう対価とは魔法陣を起動させる対価。

運賃のようなものだ。


なら、そのモノの対価は?

何処で誰が支払ったのか?


誰も支払っていないのだ。

元手がなくとも手に入るそれらは、あの男を潤した。


目録は、醜悪なほどに肥えて膨らんだあの男の罪の証。


そして、それに荷担したマオの罪の証でもある。


異人の魔法使いとして誰よりもこの塔に長くいるマオの罪。



ギ…と目録庫の扉をあける。



と、そこにはあの妖魔がいた。


『緋榧』


胸の中心に文字が浮かび上がる。


なるほど、確かに契約した相手の真名が見える能力とは奇妙な能力だ。


けれど、見えても読めなければ意味が無いなとも思う。


妖魔は入り口に立ったまま、入ろうとしないマオにちらりと視線を向けた。


「服を…ありがとう」


マオはそうごく小さな声でそう礼を言った。

妖魔の返事はない。


「ここで何を?」


また、関係ないと言われるのだろう、と思いながら声をかける。

すると、意外なことに返事が返ってきた。


「人を探している」


マオはこの妖魔の目的は人を探すことだったのか、と納得する。

魔力消費が激しかったのはそのせいかと。

広範囲の探索魔法は魔力をとても使うのだ。


「ここの目録は、最近召還されたものの資料の棚だ…えっと…」


棚の説明をしようとして、妖魔の呼び名を知らないことに気づく。

呼び名は真名の一部を使ったものが多い。

けれどマオは妖魔の真名の読み方がわからない。


「…何と呼べば?」


マオが聞くと妖魔はピクリと片眉を上げ、しばし思案した後「ヒイロ」と答えた。

名を交わしたことの喜びは隠し、マオは冷静な振りをする。

なつかない動物が僅かに歩み寄ったそんな気さえした。


「ヒイロ、その人はいつ頃召喚されたんだ?」



聞きながらマオは胃がきゅうっと冷たくなるのを感じた。


もしかしたらマオが召喚したその中に、ヒイロの探す人物がいたかもしれない。

ドクドクと嫌な予感がする。


「12年前だ」


ほぅと安堵する。

マオがまだいなかった頃だ。


けれど、すぐに12年というその事実に苦しくなる。

マオは無言で12年前の資料を取りだし手渡した。


この頃はまだ召還数も少なく、目録も一年間でも一冊だけで収まっている。

受け取った目録を真剣に読むヒイロをぼんやりと見つめた。


エルヴィロスの言を信じるのなら、マオはこの塔で最年長だ。


マオと同時期に召喚された者は既に誰もいない。


ヒイロの大切な人が12年前に召喚されたのならば、その人は…今、この塔には居ない。


召喚された異人の魔法使いは討伐に行くこともあるが、基本的にさまざまな契約に縛られている。

だから異人の魔法使いはこの塔から永く離れることはない。


異人の魔法使いがこの塔から解放される方法はただひとつ。


死のみ。


けれど、そのことをマオはヒイロに言えなかった。

言えない代わりに問いかける。


「ヒイロの…大切な人?」


マオの問い掛けにヒイロは答えなかった。

ただ、華のような赤紫の目を細めてなにも言わず読み終わった目録を棚に戻した。


「………ずっと側にいるものだと思っていた」



遠くを見透すかのように窓の外を見た。

光の当たった妖魔の瞳はまるで召喚の日に指先にふれた花のように深い赤色だった。



そう言えば緋色は赤い色だったような気がする。

そうヒイロに聞こうと口を開いた。


けれど、


ヒイロは音もなくゆらりと光と影の狭間へ姿を消していった。



『ずっと側にいる』


ヒイロの低い滑らかな声。

けれど、まだ硬さの残る声。


それは、マオとヒイロの距離の現れ。


ヒイロが探し人と話すとき、この声はもっと柔らかく響くのだろう。


それを、なぜか羨ましいと感じた。


自分も昔、誰かをそんな風に呼んだ気がしたから。

誰かから、そう呼ばれていたような気がするから。




マオは七年前の召喚目録を取り出してパラリとめくった。


あと何年かここにいたら…誰かが探しに来てくれるのだろうか?

マオを大切と思っていた誰かが…



そう夢見るくらいはいいだろうか。



たとえ、その時に自分がもうここには居なかったとしても。


誰かがヒイロのようにマオのいた痕跡を辿ってくれることを…






夢見ることくらいは許されるだろうか。









狗は赤い椿の咲く庭で、遊びの途中にいなくなった主を探していた。



椿の間を縫うように歩いていると、その先で探していた姫様をみつけた。

姫様は寝室へ続く渡り廊下をぽつんと立って見つめていた。


『ひぃ様、こんな所にいらっしゃったのですね』


狗が声をかけると

『ここは、ナナが消えたところじゃ』

と返事が返ってきた。

『ナナ?』

『うむ、妾の7番目の側使じゃ。妾の側使は皆長く続かんのじゃ。なぜか皆、居なくなっての…ナナは朝餉を此処に落としてそのまま居のうなってしもうたのじゃ』


狗はいつもより小さく見える姫様の肩をみつめる。

この方の抱える悲しみを僅でも減らしたいと思った。

思ったら、口からぽろりと言葉がついてでてしまった。


『狗はお側におります』


狗のその言葉に、姫様はきょとりとした顔をして首をかしげた。



『何を言うておるのじゃ?』



その言葉に胸にずんと重いものがのし掛かる。


たかが気まぐれで拾われた狗ごときが、姫の傍にいたとして…


それがいったい何の慰めになるだろうか。


狗は驕っていた自分が恥ずかしくなる。


優しくされ過ぎて、いままで触れたことのない温かさにふれて、いい気になっていたのだ。


勘違いも甚だしい。


真っ青になって顔を伏せる狗の頭に姫の声が降る。


『そなたは側使ではなく狗じゃぞ?狗は主人の足元で常に侍り、伏しているものじゃ。側使のように居なくなるわけがなかろう』


狗はがばりと顔をあげた。


そこには至極当然のことをなぜ言わせるのか、と言わんばかりの不思議そうな姫様の顔。

狗は頬を赤くして、はいっ!と勢いよく答えた。


そうだ。自分は狗だ。

狗は姫様のお側を離れることはない。

姫様以外の指示に従うこともない。



姫様だけの狗だから。

狗だから、様の傍にずっと、居ることを許されている。


狗は姫様だけの狗だから。



『ひぃ様、狗はいつもひぃ様のお側におります』


そう言うと姫様は



『あたりまえじゃ』



と花のように笑った。



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