17 御礼小話 「蟻と緋榧」
かなり微妙な内容にも関わらずお気に入り登録してくださった方々に感謝を込めて!!の御礼小話です。
今後もお気に入り登録、ブックマーク、評価等のキリの良いところで御礼小話をさせていただきます。
さて、この小話の時系列はひぃ様8歳、緋榧16歳(ほどの見た目)となっております。
背がぐんと伸びた緋榧、でも中身はまだお子さまです。
こちらはR-18部分の無いものとなっております。
「ひぃ様、外は暑うございます、中にお入りください」
暑い夏の日、庭の片隅にしゃがみこみ地面を見つめ続ける姫様に、緋榧は日傘を差し出しながら何度目かになる声をかけた。
緋榧の体は妖魔の力が強い。
そのため外気温に体温が影響されることはほぼない。
けれど姫様は違う。そのためまだ幼い姫様の頬は暑さに色づき、額にういた汗に髪がはりついている。
緋榧はその様子をハラハラしながら先ほどから見ていた。
そんな姫様の視線の先には小さな小さな虫。
しかも大量にいる。
列を作り地面の小さな穴に入って、また出てと忙しなく動いている様子は…みていて楽しいものだとは緋榧は到底思えなかった。
返事のない姫様の背をみつめながら、緋榧はこの極小の砂粒のような虫達をどのように駆逐しようかと考える。
こんな塵のような虫が姫様の意識を緋榧から奪うなど…ましてや姫様の体調を崩す原因となるのならば…この庭から一掃してやる。
そう思いながらその駆逐方法を考えていると、姫様は丸めていた背筋を伸ばして立ち上がった。
「うむ、なかなかよい蟻じゃ。有意義な時間を過ごしたの」
と満足気に笑って立ち上がった。その拍子に姫様の履く甲堀にしこまれた鈴がちりりとなった。
「じゃが、すこし疲れたのぅ、緋榧運んでたもれ」
「はい、ひぃ様」
妖魔の血は想いの力で成長する。
拾われた頃は姫様とさほど変わらなかった身長は最近ぐんぐんとど伸び始めている。
姫様を護れる強い狗になるために。
抱き上げた姫様の体は着物越しでもいつもより熱く、汗のにじむ肌と上気した頬に何故だか緋榧は、どきりとした。
石段を登った際にわずかに体勢が斜ぎ、姫様の額にひたりと唇がふれた。
緋榧はこみあげるものをぐっとこらえる。
(ひぃ様のにおい…甘い…におい…)
こそりとあつい吐息をはき、ずくんとうずく下腹部の熱をぐっとこらえる。
そんな緋榧の腕の中で姫様は
「しっておるかぇ?蟻は砂糖が好きなのじゃぞ?撒いた砂糖をせっせと運ぶ働き者のよい虫じゃ」
無邪気に話す瞳はキラキラとかがやいている。
次に撒くのは菓子にするかの…と呟く姫様に緋榧はこっそりと虫の殲滅を心に誓う。
庭から戻ると汗をかいた姫様は十之衛に湯殿へと連れて行かれた。
二人を見送り緋榧は庭へ出た。
蟻を駆逐するためだ。
緋榧は姫様と手鞠で遊ぶ方が好きだ。
虫ならば蝶をおいかけるのでもいい、今なら蝉もいる。
けれど、蟻はダメだ。
蟻は姫様が緋榧を見なくなる。
蟻を熱心に見る姫様は緋榧をみてくれない。
だから蟻は根こそぎ巣ごと殺してしまおう。
はて、駆逐する方法は何がいいだろう?
炎で地中の巣ごと焼いてしまおうか。
いや、それでは姫様の椿の根が痛むかもしれない。
うむぅ…と悩みながら庭にある蟻の巣の場所を一つづつ確認していく。
なんだこの巣穴の量は、多すぎる。
もう水を撒いてしまおう。
地面に水が染み込んだらそれを氷にしてしまえばいいだろう。
そう思って緋榧は妖術で水を喚んだ。
…かや…に…
地面を見ながら移動していたせいか姫様の声が聞こえる気がして顔をあげると、そこは丁度姫様の湯殿のある場所だった。
耳に意識を集めると、声の主はやはり姫様。
どうやら姫様と十之衛が着替えながら話をしているようだった。
「まあ、だから蟻を見ていらしたのですか?」
「うむ、あやつらは緋榧に似ておるのじゃ、こう、色の黒くてつやつやしているところじゃとか、わらわの与える甘いものを喜ぶところ、それに、角のあるところも。なによりよく働くところも似ておるのぅ」
「姫様はほんに狗がお好きで…」
「緋榧はわらわの狗じゃからの」
「まあ、ふふふ。さあ、こちらの袖をお通しになって…」
緋榧は話を聴いてぽかんと口を情けなく開いたまま、暫し硬直した。
先ほどまで緋榧の憎い宿敵のようだった蟻に急に親近感が芽生えた。
姫様は蟻に緋榧を重ねて見ていてくれていたのだ。
その、真実に緋榧は目頭が僅に熱くなったのを堪えた。
そして、はっと慌てて妖術で蟻を駆逐するために集めた水を散らした。
けれど、散らしきれなかった水が庭に水が雨のように庭に降り注いだ。
眩しい夏の光を浴びて水滴が姫様の簪につけられた輝石のように輝く。
緋榧は嫉妬から危うく駆除するところだった蟻を危機一髪で救うことができた。
「おぉ、見事な虹じゃ、打ち水かえ?」
背後で声がした。
湯殿から出てきた姫様が欄干ごしに緋榧に声をかけた。
いえない、蟻を駆逐しようかとしていたところだとは。
「はい、ひぃ様。僅かでも涼しくなればと」
緋榧は本心を隠しそう答えた。
打ち水の、お陰でサアッと涼しい風が吹いた。
「うむ、よい風じゃ、妾の狗はよく気のつくよくできた狗じゃ」
にっこりと笑う幼き主人の微笑みを受けるのが緋榧は少しだけ、苦しかった。
十之衛は湯殿の近くに狗がいたことには姫様の前では触れずにいた。
けれど、姫様の目が緋榧から離れた瞬間、
(よもや覗き見などしていませんよね?)
にっこりと笑って、唇だけで語られたその言葉と表情に緋榧はぶるぶると震え上がり強く首を横にふった。
(そんな恐ろしいことはいたしません。)
覗き見はしなかったけれど、聞き耳はたてました。
とは、口が裂けても言えないと思う緋榧だった。
子どもといえば蟻。
小さい子どもって、絶対だんごむしか蟻いじってますよね。
公園の誰かの落とした飴に群がる蟻、にむらがる子どもみたいな。
ひぃ様はとっても子どもらしい子どもです。




