表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/19

16 番外編 花の名前

緋榧は姫様を探し、赤い花が咲き乱れる庭を時折、姫様~と呼びをがら歩いていた。


椿の花の垣根を超えていってしまわれたのかもしれない。


もしそうなら、緋榧はその先へ探しにいくことができない。

大きな椿の木の茂る垣根の向こうは他の宮へ繋がる路。

緋榧はその路を通ることは許されていない。

半妖の緋榧に赦された場所は姫様の傍だけだった。


狗として緋色の傍に侍ること。


椿花殿の外で緋榧に許されているのは狗として存在することだけだ。


早く大きくなれればいいのに


緋榧の体は人のそれよりも成長が遅い。

それに、まだ妖魔の力が制御しきれていないのだ。人の体に近い器に妖魔の力が馴染むのにはもうしばらく掛かるのだという。


もう少し成長したら護衛になることもできる。

そう十之衛が言っていた。

それを聞いてから度々緋榧ははやく成長すればいいと思う。はやく大人の姿になりたいと。

緋榧は姫様を抱き上げて移動する大柄な護衛をみるたびに羨ましく思う。

姫様を軽々と抱き上げられるような、護れるような大きな体がほしい。


姫様に頼られるのは自分だけであってほしいのだ。


まだ知識も力も何もかも足りないけれど…

いつかは…

そんなことを考えながら姫様を探す。

理想は遠く今はまだ幼さの残る大人になれない体をうっそうと茂る植え込みの下へもぐりこませた。

ひょいとかがんで覗いてみる。

獣道のような路。


そこに、誰かが通った跡がある。


緋榧は人のそれよりも優れた妖魔の聴力を使っ獣路の先へと意識を向ける。

微かな話し声を捉えた。


「そなた、名はなんと申す?」


男性の声。

不思議としっとりとした、けれど重い覇気のある声。誰だろうか…こんなにも印象的な声は一度でも聞いたら忘れられない。

涼やかで明るい鈴を転がすよおとか聞こえた。


いた、姫様だ。


姫様の履く甲掘に仕込まれた鈴がチリンチリンと軽やかな音を立てているのだ。


「妾の名は姫じゃ」

「フフッ、姫は名ではないぞ?」

「なぜじゃ?皆、妾を姫様とよぶ」

「婢達はそなたの名はよべぬからじゃな。云うが最期、名の持つ強き力で喉が爛れてしまうからの、天神の真名の力は強大ぞ」


男の声に面白がる気配が滲む。


「ふむ、にぃ様は妾をワギモコと呼ぶのう」

「それも名ではないな。なるほど、二位の妻、吾妹子<わぎもこ>となる姫…そなた、ティエンマイか?」

「うむ、そう呼ぶものもおる。ふむ、妾の名はティエンマイじゃったか」

「いいや、それも違うものだ」


笑う男の声に姫様の声が拗ねを帯びる。


「そなたはなぜ妾の名を知るのじゃ?」

「我がお主の名付け親だからだな」


狗はその存在に思い至り膝をつき礼をとる。

姫様の名付け親は天帝でしかありえない。


そして、恐らく、相手は緋榧がここで話を聞いている事に気がついている。


くつくつと男の笑う声、けれど、急に空気がどしりと重みを増した。

男が結界を張ったのだ。

そして、引き寄せられるような奇妙な感覚に俯きながら辺りをうかがう。

男と姫様と緋榧を隔てていた生け垣がいつの間にか無くなっていた。

いや、生け垣どころかこの空間には何もない。


どうやら、空間ごと切り取られたようだ。

いとも容易くおこなわれたその術式の高度さ、天神族の頂点にたつ者の力の強さをまざまざと見せつけられ背筋がぞくりと粟立った。そして、その力の差と天帝の放っ力にあてられ額に汗が浮かんだ。


「そなたの名は白い花の名からとったものじゃ」

男のその言葉にどきりと胸が高鳴る。


「白い花?」

「そうだ、そなたがもう少し大きくなったら全てを教えてやろう、今はその無知がそなたを護る盾だ」


姫様の赤い椿に唯一咲く白い花、それは白い椿の花。

見事に美しく咲くその白い椿の名は…



「さあ、ティエンマイ、そなたの狗が迎えに来ておるぞ」


天帝の言葉に緋榧の思考は中断された。

「妾の狗を知っておるのかぇ?」

「知らぬものはおらん、ティエンマイの狗はお主に忠実なよい狗だと聞いた」

「うむ、我が狗はよい狗じゃ」

「そうかーーー」

天帝の声の纏う気がぶわりと変わった。

『狗よ、その身が塵となるまで姫を護れ』

そう言われた瞬間ビリビリと体に雷がおちたかのような衝撃が走った。



『天帝の前では身を起こすことも、返事をすることも許されていない』

姫様の側に侍ることとなった時に教えられたこと。

けれど、違うのだと緋榧は思った。

許されてはいないのではない、出来ないのだ。


力の差がありすぎて、息をするのもままならない。


容易いはずの行動…

身を起こすことも、答えることもできないのだ。


けれど


緋榧にむけられた、天帝の言葉には強い力が込められていた。

狗をより主人に縛り付けるための強い呪縛。

緋榧を、姫様の裏切らない狗として縛る呪縛。

欲しいと思った。


その力が、姫様を護るための力が欲しい。

ぶるぶると震える腕で体を持ち上げる。

ぽたぽたと汗が手の甲に落ちる。


不敬と罰されようとも


顔を上げれば目を合わせれば…


「はい、この身が朽ちましても」


見上げたその姿は逆光で見ることは出来なかった。

けれど、ひたと見つめられているその瞳の色だけは姫と同じ燃えるような金色。

緋榧の救いと同じ色。


「強い、よい狗じゃ」

「そうじゃ、妾の狗はよい狗なのじゃ」


自慢気な声と共に柔らかな姫の体が緋榧の背中にのしかかる。


途端に体の中に大きな力が流れ込んできた。

そして繋がれる。

先ほど知った主の真名と己の真名。

導かれ結ばれた完全なる主従契約。


なるほど、此の為に姫様の名を暗喩したのか

天帝は既にそこには居なかった。

狗は姫を背中にぶら下げたまま立ち上がる。

前よりも圧倒的に軽く感じる。

「馬になりますか?」

「うむ?それよりも横抱きにしてたもれ」

くふふと笑う姫様を腕に抱く。

以前より姫様が軽く感じた。

そして、意識の奥底で姫様と繋がっている感覚。


「お揃いじゃの」

「?」

「妾の目とそなたの目の色じゃ」


うでのなかで姫様が金色の瞳で緋榧をまじまじとみていた。


緋榧がその言葉を飲み込む前にぱちりと目をしばたかせると…おや、残念もう戻ってしもうた。



姫様はころころと笑った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ