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14 番外編 十之衛



しとしとと、花の咲かない庭に雨が降る。


十之衛とのえは雨の庭に傘も開かずに立ち尽くす影に声をかけた


「久しいわね、こちらへいらっしゃい」


音もなく近寄る姿は影の狗そのもの。


「怪我はない?髪はとかしている?姫様にいつ会ってもいいよう、身なりはきちんとなさい」


いつの間にかトノエの身長を越した狗の濡れた頭を手拭いで拭いていく。


「姫様の狗として恥ずかしくない姿でいなさい」


こくりと頷くとあの頃より大きくなった角がこつりと手に当たった。

ふわりと風がうごいた後、狗の濡れていた服がきれいに乾く。


十之衛はその角の横の、髪を一房、姫様がよくしていたように小さなみつ編みにしてやる。


「さあ、お茶を入れるわ。飲みながらあなたの話をきかせてちょうだい」


12年繰り返されてきた会話。

主を探しさ迷う狗は時折この庭にもどり、そして花の咲かない庭で立ちすくんでいる。


泥の中に落ちた小さな輝石を手探りで探すかのような捜索。


姫様、どこにいるのです?

姫様のお気に入りの狗は姫様を探していますよ。


だから


だから早くお戻りになって。


この庭にまた花を咲かせてくださいまし。







十之衛のいる椿花殿に花が咲かなくなったのは12年前。


天神てんじんくらい 二位にいの君が断罪された日からだ。



天神一族の位持ちの神殿には誠に不思議な庭がある。

主を持たない神殿には玉砂利と岩だけの庭園が存在する。


何も生えない簡素な庭。


位を持つに値する御子が産まれたその日、庭にはその子の名の元となる植物が一夜にして生え花を咲かせる。


そして、その主が倒れれば再び一夜にして只の玉砂利が水紋を描くだけの色の無い庭に戻る。


天帝の庭はあららぎの木

今は亡き二位の君の庭は躑躅だった。


現在の一位の君は紫陽花、二位の君は山吹、三位の君は桐花、四位の君は杏、五位の姫は牡丹。


そして、生える木の多さ、花の多さが神通力の強さを表す。


十之衛の主の庭は椿花。

しかし唯一、位をもたぬ神殿の主である。

そして誰よりも見事な庭を持つ方だった。



十之衛の主の母君は三位の姫だった。

それは見事な藤の花を咲かす力の強いお方だった。


そして、三位の姫は現在の天帝の妹だ。

そして、断罪された二位の君の異母妹でもあつた。


三位の姫の夫は今はなき、五位いついの君だった。

おくりな霞雪かすみゆき、五位の君の庭の木は真白に咲く雪柳だった。


霞雪の君と三位の姫はその庭で愛を育んだ。


三位の姫は人と争うことを嫌う性格ゆえ、霞雪の君との結婚を期に天神位の退位を希望した。

しかし、当時在位出来るほどの神通力所持者が少なかっため、三位の姫は退位は先送りされた。


次期天帝を巡る一位の君と二位の君の争いは、能力の面では一位の君が一歩先を行っていたが、一位の君は玉座に興味は示さなかった。

そして、後ろ盾では二位の君が優位だったのだ。


当時の宮中は権力闘争で荒れていた。

己の益を求めるもの、保身に走るもの、善をとくもの、仇を打とうとするもの、それらの思惑が激しく入り乱れ、荒れに荒れていた。



天神族は親子、兄妹間の婚姻を禁じていた。

血が濃くなれば力も強くなる。しかし濃すぎる血は諸刃の剣。一度神通力が荒れればとりかえしのつかないことになる。


当時、天神の位をもつもののなかに姫は三位の姫以外の姫が居なかった。

三位の姫はどちらとも血の繋がりがある。


故にどちらの妻になることもできない。


一位の君も二位の君も力の強い妻を手にしたものが優位に立てる、そんな状況だった。



そんな中、己が権力闘争の駒とされることのないよう三位の姫は当時、一位の君だった現天帝と亡き二位の君のとの間に約定を結んだ。


『三位の藤姫が産んだ子が娘だった場合、二位の妻にする』と。


三位の夫は五位とはいえ神通力をほとんど持たなかった。

しかし五位の家は多くの天帝を排出した名家。


産まれてくる御子が強い神通力を持つ可能性は高かった。

しかし、母君が神通力を持たなかった三位の姫が強い神通力を持つ娘を産む確率は五分五分。


二位の君にとっては賭だった。


高い神通力をもつ姫を妻にすることができれば、一位の君をおしのけ二位の君が天帝の退位後に、天帝位を手にする可能性は非常に高くなる。


しかし、産まれた姫の神通力が低ければ?



そんな中、事件は起こった。

五位を殺し、三位の姫を強姦したものがいたのだ。

衛士がかけつけたとき、雪柳の木はまるで吹雪のように散って消えたという。


折しも事件は一位の君が視察に回っている時には起きたがために、犯人は二位の君が天帝位につくのを良しとしない一位陣営の仕業と噂がたった。

視察に廻っていた一位の君の無実を証明するものばかりが都合がよすぎるほどに揃っていた。


憶測が飛び交い荒れる宮中、そんな只中、三位の姫の懐妊が判明した。


心神喪失状態でありながら三位の姫は愛する五位との御子が産まれることをよすがに日々を過ごした


産まれた御子達は強い神通力を持って産まれた。

色の無い玉砂利の庭があった神殿に紫陽花と椿花が狂い咲いた。


三位の姫が産んだのは双子だった。

先に産まれたのは三位の君の色を濃く受け継いだ男の子。


そしてもう一人は見事な天神色を表した美しい黄金色の女の子。



産まれたばかりの双子の有り得ぬ神通力の高さと、天神色といわれる近親間にのみ発現する外見的特徴が仇となり、五位の君を殺し三位の姫を強姦した者が誰なのかが判明した。


天神色は同じ親を持つ者同士から産まれた子が、高い神通力を持った時に稀に顕れる色。


三位の姫の兄弟は二人。

同じ父母を持つ兄の一位の君。

異母兄となる二位の君。


一位の君の無実は誰もが認めた。


天は二位の君の悪業を赦さなかった。


しかし時、既に遅く、己が慈しんだ腹の子が、愛する夫のものではないと、我が子をひと目見たその瞬間に解った三位の姫は完全に心を病んだ。



真実を語るべき三位の姫が虚ろの住人となったことで、二位の君の罪を断ずることはできなかった。

罪を問えないほどに二位の君の後ろ楯はそれだけ大きかった。


しかも、三位の姫が力を制御できなくなったため、一度結ばれた約定を解くこともできず、約定通り三位の姫の娘は二位の君の妻となった。


二位の君は悪名と共に天帝位の目前にまで登り詰めた。


しかし、ここで二位の君の誤算がまたひとつ。


産まれた双子の兄、紫陽花殿の君はとても聡明に育った。

それぞれの陣営がお互いに牽制をしあったがために、様々な干渉を退ける能力のある識者達が教育にあたった紫陽花殿の君は、幼いながらも能力に傲ることのない、優れた天帝の後継として相応しい人格者として一目置かれる存在となった。


そして何より、紫陽花殿の君の持つ神通力の高さは二位の君はもちろん、一位君の地位すら脅かした。


天神族は良くも悪くも能力を史上とする一族。


後ろ楯や妻の能力よりも、誰よりも優れた力をもつものが天帝位に就くべきではないかという論議が始まったのだ。


近親勾配の証拠となる色を有する妹姫は天帝位につくことはできない。


しかし、兄君の紫陽花殿の君には天神色はない。


ならば、紫陽花殿の君は五位の君の忘れ形見ではないのか?


その場合、次期天帝に一番相応しいのは三位の姫の産んだ双子の兄君の紫陽花殿の君ではないのか。


元より権力闘争や天帝位に興味の薄かった一位の君はここぞとばかりにまだ十に満たない紫陽花殿の君へ元服を待たずに譲位を申し出た。

そして、当時の天帝は紫陽花殿君の元服と共に地位の入れ替えを行うと表明。


二位の君はその罪を問われることはなかったが天神の位三位へと落ちることが決まった。


それは、事実上二位の君の失脚を意味した。


それに伴い近い将来。三位の姫は天神の位を返上し藤花殿の姫となることが決まった。

すべては丸く収まった。



しかし、約定は残る。




天帝の座をもとめるが故に父の命と母の温もりを奪った男。

しかもその男は権力闘争から失脚した実の父。

その妻となることが産まれながらに決まってしまっていた憐れな姫。

哀れな狂った三位の姫の産んだ双子の妹姫。


それが、十之衛の主。


凄まじい神通力を持ちながら、天神位のない天神人。



天神の位、一位の君と二位の君の妹姫の娘。

二位の君の妹背の君。

三位の姫の産んだ双子の妹姫。

誰よりも天帝にふさわしい力を持ちながらただの妹姫でしかない。



天妹ティエンマイ様の呼び名の由来はそういう意味だ。



産まれながらに不幸を背負った天妹様の付き人は頻繁に替わった。


不遇の天妹様の側では昇進は望めないと辞めるもの、己の所属する陣営に都合のよい情報だけを与えようとしたものは各方面からの制裁をうけ消される。

時には何の落ち度がなくと毒を盛られ、様々な不審な死をとげ、一人消え、二人消え、十之衛は丁度10人目の側女だった。


共に働いた七之衛ななのえはある日、姫様ための朝餉を運ぶ途中で突如姿を消した。


消えた者は戻ってくることはない。


けれど、時折天妹様は消えた者達を探すように辺りをさ迷うことがあった。



ただ、それも、狗が来て随分と改善された。


天妹様の拾ってきた狗は禁呪の墨として使われていた半妖が逃げたしたものだった。


妖魔と人をむりやり契らせ、子を産ませ、その半妖の血を激しい痛みを与えて取る。その血で書かれた呪は、妖魔と人のどちらも縛ることの出来る非常に便利なものだ。


けれど人に半魔を産ませるた場合、その母体が必ず死ぬこと、種となった妖魔も子の成長と共に己の力を奪われること。

そして、ごく幼い子から痛みを与えたうえで、血を奪うことが非情だと、倫理にかけると禁呪にされている。


天妹様が狗を拾った狗はそんな半妖だった。


警備府が狗の血から呪をたどった結果、違法行為に手を染め、罪なきものに罪を捏造し、多くの命を殺めていたことを白日のもとにさらされ退陣へと追いやられたのは、皮肉なことに二位の君の陣営だった。



二位の君の失脚はまるで双子が親の仇を打つかのようだった。



そんなある日、お忍びで訪れた紫陽花殿から帰る途中、天妹様が姿を消した。


必死の捜索にもがかわらず、天妹様は見付からなかった。


捜索も、佳境となったとき、天妹様の兄君が二位の君の前で神通力を暴走させた。


切っ掛けは二位の君の暴言だっという。


「お前の妹を狗にしてやった」

二位の君は狂ったように笑いながらそう言ったという。


二位の君は紫陽花殿の君の暴走した神通力の余波を受けて錯乱、奇妙な笑い声を上げて今までの罪を白状し、その場で天帝の手によって生きたまま灰にされたという。


しかし、全てが片付いても天妹様は忽然と姿を消し、以来戻ることはなかった。



後に天帝は事態の収集のため、罪人のほとんどを更迭、勅命をもって人事を一新した後に天帝を退位した。

そして、天神の位一位のあららぎの君が天帝となり、天神の位一位は紫陽花殿の君となった。



天妹様が消えてから兄君の庭の紫陽花は青空のように美しい青から椿花のような真紅へと色を変えた。



明るく朗らかだった紫陽花殿の君はその明るさを喪った。



狗は唯一の主を探して日々さ迷い歩き、ふらりと姿を表しては消える。




あの日から椿花殿の主は不在のまま、花が咲くことがない。


しかし、花の散った椿の木は枯れることはなかった。

それは、天妹様が生きている何よりの証拠。




それだけが、十之衛にとって唯一の救いだった。




十之衛は信じている。

いつか狗が主人と共にこの庭へ戻ることを。



ただ、信じてここで待っている。



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