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首輪が燃えるように熱い。


「ゲホッ」


只でさえままならなかった呼吸がさらに浅くなる。

マオは首輪に触れる。

指先にふれるいつもと同じ首輪の感触、けれど喉に触れている場所だけが異常に熱い。


そんなマオをニタニタと笑って見下した男は

「お前の妖魔が焼けるのを喉をかきむしりなならみるがいい」


そういって掌に青白い焔を宿した。

その、白く燃える焔をくしゃりと握りつぶす。

すると、消えた青白い焔と同じ焔がヒイロの足元から立ち上がる。


拘束されたままのヒイロは、なすすべなく焔に包まれていく。


「やめっ…ゲホッ…イロッ!!」



「グハハハッ!!憐れなものだ!!」


ロランが握った手をひらくと そこには華美に装飾されたナイフが現れた。


がしゃんと目前に放られたナイフが耳障りな音を立てた。


「さあ、ナイフをとれ、妖魔の次はお前だよ愚かなマオ」


ささやくように、諭すように話すロランの声。


ざらざらとした神経を逆撫でするような嫌な声だ。


「そのナイフでお前の腹をさけ、息がとまるその時まで、腹を裂きつづけるんだ」


にたりと笑ったロランの口元の黄色い犬歯がやけに獣じみていると、こんな時なのにマオは他人事のように思った。



ああ、目の前にいるのは獲物に突き刺す牙のない弱い獣だ。



そうか。



畜生だったのはこの男だったのか。



「さあ、やれ、マオ。いやティエンマオ」


その名前にカチリとマオの何かはまった。

空虚だった胸の中に鮮やかによみがえる濃緑、赤い、白い、椿の花




ーーティエンマイさま、今日も見事な椿ですこと。

ーーティエンマイさま、いたずらはそこまでに…

ーーこれは妾の狗…

ーー姫様、そんな汚い狗など…

ーー狗はひぃさまのお側に…


「さあ、やれ、ティエンマオ!!」


「…が…う…」



マオは低く唸るような声で呟いた。


ごろごろと奇妙な音を立ててる肺はわずかな空気しか送れない。

燃えるように熱い喉から出た声は小さく、嗄れて酷く聞き取りづらい。


けれど何者にも屈しない強さがあった。


「妾の名はティエンマイじゃ、畜生のお前ごときが気安く呼べる名では無いわ!」


ギリッとその視線だけで人をひれ伏せさせような力のある眼差しでぶつけるように叫んだ。


瞬間、ブツリと何かが切れた音がした。


ごぼっと口から大量の血が溢れた。

バシャリ、と床に溢れた血の中にマオはどさりと倒れた。


やはり、マオとロラン=レティエンヌの契約は完全には結ばれていなかったのだろう。


男に逆らって胴体と首が離れなかったのはマオがはじめてではないだろうか。

ごぼごぼと血の泡を吐きながら、そんな事を暢気に考えた。




パリッ…ピシッ…



薄氷にヒビが入るような不穏な音がした。

煌々と光を放っていたシャンデリアがチカチカと明滅する。


マオが瀕死となり、魔力の供給元を失った塔の至るところに不具合が生じはじめたのだろう。

その間もピシピシと音は広がっていく。


結界に亀裂が入ったのだろう。



うわんうわんと奇妙な耳なりが聞こえる。



ガシャァァン!!



結界が割れる音がした。



その音と同時にマオの目の前でロラン=レティエンヌの巨体が壁に向かって吹き飛んだ。


そして、マオの前に黒い影が落ちた。


「こんな所にいらしたのですね」


マオの喉にヒヤリとした冷たい手が触れる。

その手から暖かな気が流れ込んでくる。


「迎えが遅くなり申し訳ありませんでした」


至らなさを嘆く妖魔の姿は、逆光で見えない。


ワァワァと大勢の怒号と地響きのような足音が聞こえる。


視界の端でぶよぶよと暴れる大きな肉塊の上に乗った鎧を着た人物が、その幾重にも肉が重なる首に首輪を嵌めていた。

罪人の魔力を封じるその首輪は魔法の発動だけでなく、妖魔や契約を交わした魔法使いに命令することもできなくなるものだ。


「レティエンヌ候、貴殿は妖魔を用いての王族殺害、国王暗殺未遂、政権の転覆を目論んだ一味と通じていた国家反逆罪の疑いがかけられている。ご同行願おうか」


わめき散らす声が遠ざかっていく。

いや、遠ざかっているのはマオの意識の方かもしれない。

眼をあけているのにもうすっかり目の前が暗い。


「マオッ!!」

「ティエンマイ様!!」


ナノとエルヴィロスの声が側で聞こえる。

回復魔法を使っているのだろう、鈴の音のような清らかな音とともに少しだけ息が楽になった。


おずおずとマオの手を握る手がある。ああ、自分はこの手を知っている。


あの頃よりも大きくなった手。


飼っていた狗の手だ。


そうだ、なぜ忘れていたんだろうか、マオの大切な飼い狗の名前。

拾ったあの日につけたのに。


緋榧ひかや


声は出なかった、

けれど動いた唇を読んだのだろう「はい、ここに」と返事があった。


「お…そい」


そうだ、迎えに来るのが遅いのだ。


かくれんぼもおにごっこも、とうに終わっていたというのに。



くしゃりと目の前で美麗な顔が歪む。


いや、違う。



迷子になったのは狗の方だ。

マオはずっとここにいたのだから。


「おかえり」



そう言った瞬間、いたいくらいに手をぎゅっと握られた。




それを最後にマオの意識は暗闇にのまれた。




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