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覇道の王

作者: ぱのにゃん

──軍議の席だ。

 逃げ遅れた難民を発見したらしい。女子供を含めて千人はいるそうだ。

「う~ん。まあ、放っておくか」

 俺は小指で耳をほじりながら言ってみた。もちろんあくびの演技つきだ。そして、逆に居並ぶ将軍連中を眺める。うんうん。やはり効果はてきめんだった。


 怒ったように顔を真っ赤にする者。素直だねぇ~。まあ五十点。

 顔を(そむ)け馬鹿にするような仕草をする者。おいおい、仮にも俺はお前たちの王子(じょうし)だよ、二十点。

 目を白黒させ口をポカンと開ける者。使えねぇなぁ。こいつはマイナス三十点。入れ替えだな。俺は馬鹿が嫌いなんでね。

 ちなみに馬鹿の定義って知ってるかい?

『状況判断できない奴のことを言うんだぜ』、これは俺が言い出したんじゃなくて、前の世界の有名な落語家が言ってたんだけどな。


 そして、腕を組みじっと黙っている者がいる。暴走将軍と異名を取るバルザックじゃないか。嬉しいねぇ。ただの脳筋野郎かと思ったら違うのか。やはり試してみるものだねぇ。

 おや、目が合った。ギョロリとひん剥いたような目玉だ。おいおい。もしかして、ヤツの方も俺を品定めしているのか? ふふん。いいねえ。実に良い。もの凄い威圧感だ。やはり、人を殺したことのある男の目は違うねえ。

「…………」

「…………」

 重臣が居並ぶ天幕。俺とバルザック。互いの視線がバチバチ交差する。

 まあ、貫禄で言うと、現役バリバリの営業本部長と入社四五年目、ようやく卵の殻が取れた若手社員といったところか。

 でもなあ。今の俺は王族。色々思うところもあるが、一度は死んだ身だ。だから、ここはオマケの人生。肚だってとっくに括っている。

 ヒリつくような緊張感が心地良い。お手並み拝見なのかは知らぬが、周りの重臣どもは、息を潜め様子見を決め込んでやがる。

 

 と、突然、ヤツの目尻が下がり口元がほころんだ。おいおい、反則じゃないか。この親父、いい顔するぜ、たいした人垂らしだよ。

 まあ、俺の口元も緩んでいるだろうから人のことは言えねぇかな。

 

 俺は後頭部を軽く手刀で叩きながら。

「やっこさん達、腹減ってんだろうなぁ」

 と他人事のような調子で話を振る。

「殿下。されば、帝国特製のオートミールでもふるまってやりますか?」

 と、暴走将軍は髭を撫でつけながら合わせてくる。うんうん。合格だ。奴はわかっている。

「そうだな、任せる。まあ、派手にやってくれ」

「御意。それがしにお任せあれ」

 バルザックは大きく頷くと胸を叩いた。

 

 さぁ~て、これで手配も済んだことだし……。

 残りのボケナス共を一瞥すると『どういうこと?』という表情を浮かべているが、説明してやる義務はない。

「ということで、これにて終了~。はい、解散、解散~」

 ヒラヒラと手を振りながら、自分の天幕に引き上げるために腰を上げた。

 後ろから困ったように。

「「「で、殿下ぁぁああ~!」」」と、呼び止めようとする声が聞こえるが断じて知ったこっちゃないのだ。


$


──街が落ちるそうだ。


 俺は暢気に草を食む牛を眺めながら、先ほど受けた報告を思い返していた。それにしても早い。いや、正確には降伏してきたんだけれども、軍勢で街を囲んでからまだ三日。バルザックが避難民たちに飯を食わせてやってから数えても五日しか経っていない。我ながら出来すぎのような気がしないわけでもない。


 人生はなんとなくじゃダメなのだ。明確な目標を持ち、そこへ向かって行動すれば道は拓ける。さんざん、前世の会社で叩き込まれたものだが、いざ、こうしてみると、この知識こそがある意味チートなのかも知れないなぁ。


 ああ、空が青い。トンビがピーヒョロと輪を描き、釣られて牛がモウ~っと鳴きやがった。実に平和だ。


 と、背後に人影がふたつ立った。

「殿下!」

 野太い声、バルザックだ。

「使者を連れてまいり申した」

 やって来た降伏の使者は予想通り女騎士、イザベルだ。

 ふむ。俺は内心を悟られぬよう込み上げてくる笑みを(こら)える。

 彼女の性格からして、本人自らが来ることはわかっていた。やはり、こいつは原作と同じ真っ直ぐな気性らしい。

 イザベルは、この街の総督代行の姉である。両親の後を継いで間もない気弱な弟の補佐をしている。武に優れ、情に脆く、そして見目麗しいイザベルは、民衆から絶大な人気を集めている。まあ、この街の実質的な指揮官と言って差し支えないであろう。


 う~ん。それにしても、それにしてもだ。実物は想像以上に美しい。

 黄金色に輝く豊かな髪は丁寧に結い上げている。ため息が漏れるほど端正な顔立ちだ。湖水のような碧く澄んだ瞳。キリリと引き締まった口元は意思の強さが滲み出ている。あまりに気高く、高貴で、美しい。まるで、ヴァルハラより舞い降りた戦乙女もかくやといった風情である。 

 イザベルは(ひざまず)くと。

「殿下。このたびは、逃げ遅れた避難民たちに食事を与え、そのまま街へ入れていただき感謝いたします」

 と深々と頭を下げる。正直、うなじが色ぽっくて目の遣り場に困る。いやいや、ここはそんなことを気にしている場合ではない。今から、こいつを口説いて仲間にするんだからな。

 俺は、軽く右手を挙げると。

「まあ、そんなに畏まるな。民草は帝国の(いしずえ)だ。民衆なくしていかに国を成り立たせる」

 と、笑顔を向けてみる。

 が、しかし……。

「ははっ!! 御意」

 と、間髪入れぬ返事。

 おいおい、イザベルちゃん。固いよ、固い。固すぎるよぉ。もうちょっと肩の力を抜こうよ。なまじ美人なだけに、真剣な表情が余計に凄みを感じるしね。

 うんうん。このピリピリするような緊迫感……、いや、これは明らかに殺意も混じってるかな。隙あらばという感じか。

 もちろんイザベルは降伏の使者だから佩刀はしていない。しかし油断ならない。『馬鹿力』の加護持ちだからな。まったく今にも飛びかかれる距離を取ってきやがる。こいつの膂力にかかれば、俺の首など簡単にへし折るだろう。

うんうん。それにしても原作は酷かった。

 避難民を見つけた俺は、老若男女を問わずなぶり殺しにしたあと、街を囲むようにその死体を十字架に吊したのだ。

 そして、怒りに燃えて門から出てきたイザベルら守備兵を返り討ちにする。

 イザベルも奮闘するが、弟を捕らわれて投降。そのまま裸にひん剥かれたまま手足を拘束されて晒されて、あげく俺に女にされてしまう内容だった。というか俺、ゲス野郎すぎだろ!

 それに、原作通りだとその後イザベルは脱出して、以後、復讐に燃えて俺の命を付け狙うようになる。それではおちおち夜も眠れない。イザベルは実に手強いのだ。だからそのルートはなし。


「まあ、お前たちの事情もわかってはいる。浮き世の義理だろ。許すよ」

 実は、イザベルたちは単独で帝国に逆らったのではない。イザベルの背後には、まだ黒幕がいるのだ。

 イザベルの武力は使える。だから、この際、すべての責任はその黒幕。寄親のコルベールのせいにしてしまう。

「はあ……」

 拍子抜けといったところか。まあ、俺を含め、王族の評判は悪いからなあ。俺の父親は『首切り王フィリップス』とか呼ばれているしな。そして、そのあとを継いだ俺は『残虐王』と呼ばれることになる。

 俺は、今思いついたとばかりに。 

「ああ、あと、それから、食料も出そう」

 そう言い。バルザックを一瞥すると。

「手配しろ」

「御意」短くバルザック。

 そのやり取りに。

「…………」

 イザベルは目を白黒させている。

 ろくに食料備蓄もなかった籠城戦。そこへ味方とはいえ、飢えた民衆千人余りがほぼ着の身着のままで街へ入って来たのだ。かなり切迫していたはずだ。

 最悪、差し違える覚悟で来たのに、まさかの特赦。そして援助。


よし、勝負だ!

 俺はさりげなく、そう、実にさりげなくイザベルに背を向けると、牛を眺めるふりをする。

 二秒たち、三秒たった。

 静かだ。モシャモシャと牛が咀嚼している音だけが聞こえる。

 背後のイザベルは、俺が急に背を向けたのだから、話は終わりと辞すべきなのか、それとも待っているべきなのかわからず、困っている様子が手に取るように想像できる。もちろん、バルザックもその辺は役者だから、わざと何も言わずに芝居につき合っているだろう。

 うんうん。頃合いかな。

「……見てみろ!」 

「はっ!? ……(すき)? でございますか?」

「そうだ。重量有輪犂だ。歯の部分を鉄で作ってある。人じゃなく牛が牽くんだ。こいつは凄いぞ」

 実はこれ、俺がポケットマネーで作らせた、決戦兵器だ。

「はあ……」

 戸惑っているな。思考が追いつかないか。まあ、こいつは基本脳筋だからな。でも、気性は真っ直ぐだし、一度味方にしてしまえば頼もしいはずだ。

 今も、降伏の使者である自分になぜ農機具など見せるのかと、ない頭を絞って一生懸命考えているところだろう。

 でも、俺はまだ振り向かない。無防備に背中は晒したままだ。何としてでもイザベルを落とし、俺の仕事を手伝わせなければならない。使える人材は喉から手が出るほど欲しいのだ。


「深く耕すことで地力が上がる。収穫量も増える。するとどうなる? 民が飢えないですむ、笑って暮らせるのだ」

「!?」

 場を支配していたピリピリと刺すような空気が変わった。うんうん。十分かな。

 俺はゆっくりと振り返る。

「なあ、イザベルよ。一緒にそんな世界を作ってみないか?」

 精一杯のイケメン顔をキメてみせる。

「…………」

 イザベル、その青い瞳が揺らいでいる。うーん。まだ、迷うか。まあ、我が一族は悪名高いからな。ならば、もう一押し。

「だから、予の隣に立たないか? と問うている」

 びっくりしたようにイザベルの目が見開くと。

「と、と、隣でございましゅすか!?」 

 かっ、噛んだか。

 なんだこのギャップ。先ほどまで凜々しかった女騎士が顔を恥ずかしそうに真っ赤にしてしまっている。まあ、武士の情け。気がつかなかったことにしておこう。

 俺はたたみかけることにした。

「予は、お前(の力)が必要なのだ!」

 言葉に力を込めてイザベルの瞳をのぞき込んだ。この辺は前世の営業経験が役に立っている。

「………………」 

 黙り込んでしまうイザベル。なんだか、わなわな震え、耳まで赤くなってきてるぞ。そんなに噛んだのが恥ずかしかったかよ。というか、なぜ、この場面でクネクネと地面に指で落書きなんて始めるのよ? 

 と、イザベル。ガバッと顔をあげると。

「で、殿下……!」

 食い入るように見つめてきた。

 大丈夫か? 目が潤んでいるぞ。な、泣くのか? 感動したのか?

 俺は少したじろぎながらも。

「な、なんだ? なんでも言ってみろ」

 まあ、俺は話のわかる上司だからな。うなずきながら続きを促す。

「あっ、あっ、あのう。あのう。ふ、ふ、ふ、ふつつか者ですが、どうかよろしくお願いしましゅ!」

「ん? ふつつか者???」

 俺は頭を捻る。なんだか違和感が半端ない。

 

 あれ? これって、イザベルが仲間になるってことでいいんだよね? そうだよね?


 飛んでるカラスがカァーと鳴いた。

 釣られて牛もモゥ~っと鳴く。

 その向こうの花畑では蝶々がヒラヒラ舞っている。


 ふとバルザックと目があうと、どいうことか。あの親父、横を向き肩を震わせている。

 おいおい、これでイザベルが仲間になるんだよね? そうだよね?


 えっ~。コホン。俺は軽く咳払いをすると、改めてイザベルに向き直り。 

「よし! では、まず街へ案内せい。生産は戦争より忙しいぞ」

「は、はいっ!」

 俺はマントを翻し街に向かって歩み始める。慌てて立ち上がるイザベルは、なんだか、カチンコチンと動きがぎこちない。そしてバルザック親父も口元をによによさせている。


 …………まあ、いいか。


 ああ、見える一本の道が。『残虐王』なんて、真っ平だ。俺は俺の覇道を行く。

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