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赤き狼は異世界を奔る  作者: 和そば
19/33

森へ

 昼食前の模擬戦が日課となって6日後。ついにエスカはリナに勝利を納めた。


 初の敗戦から3日はリナが召喚の魔法を使うまでもなく、動きと速度を完全に見切られたエスカはリナに触れる事すら出来なかった。低〜中階梯の魔法を大量展開し、時差をつけて放つ技術を持ってエスカの刃をまるで届かせない戦い様は、流石熟練の魔術師と言えるものだったが、その期間でエスカもリナの魔法の数と性質を把握し、さらに発動直前の魔力波動から感覚だけでどの魔法が来るかを予測できるようになってきていた。


 リナやネリスからすると呆れるほどの強感覚を使い(本当は感覚だけでなく、魔法を打つ際のリナの癖なども利用していたが)、魔法戦への対応力を高めたエスカは、4日目から再びリナに水天大蛇を使わせることに成功する。


 意思を持つ水の柔軟性と、巨大質量による攻撃力に攻めきれず、食事の時間という時間切れになるか、はたまたエスカの体力切れとなる日が続いたが、6日目。水天大蛇に意思を乗せる事自体を利用する発想を思いつく。

 

魔石である核にナイフを投じた時に大蛇が回避をした事から発想、ある程度リナとの距離を詰め、追って来る大蛇に遠心力を乗せた片手剣を投擲。エスカの予想どうり、慌てて大蛇は回避したが、大きく仰け反るその動作でリナへのカバーが出来なくなった。

 リナはさらにそれを予測していたのか、勝ち誇ったように「それならこれをどうするの?」と水球群を放ったが、エスカは斉射された水球を剣ではなく拳に纏わせた魔力で無効化。もともとは自分の爪や牙でしていた事だ、剣に纏わせるよりも簡単に行えることは分かっていた。ただ、リナの魔法がもし土球などなら、華奢な拳の強度は足りず怪我を負っていただろう。相手が水の魔法だから出来た策だった。


 水球だった多量の水に濡れながらも、追撃されるリナの魔法を抜けて接近、仕方なく杖で迎撃するリナ(エスカからすれば欠伸の出る速度だ)の足を掬い、尻餅をついたリナに勝利宣言をして終了した。

 念願の勝利だったが本人はリナを含めた皆の称賛に苦笑、「勝ったけど、まあ、また次やりゃあ負けるんじゃねーかな」と頭を掻いていた。


 成長していたのはエスカだけではない、昼食を終えて、疲労したリナとエスカが休んでいる間、馬車の護衛をしていたのはネリスだ。

 大したレベルではないとは言え、用意している料理や食材の匂いにつられてきた草原の魔物ゴブリン、ハウンド、コボルや、見た目屈強な護衛もいないので、好機とばかりに襲ってくる盗賊達を何度か撃退していた。


 詠唱句無しに並みの人間では回避が難しいな雷撃(ライトニング)を 連発、持ち前の豊富な魔力量で5人や10人相手なら疲れることもない。練習を重ね、一撃で痺れて動けなくなる雷撃を同時に8発も放つネリスは相手にとって脅威であった が、本人は本気を出したリナが最大21本の水槍をエスカに放射するのを目にしていたので「うーん」と不服そうな声を出し、得意げにはならず、また方法を模索する。

 そして創意工夫を 重ねて打てる本数を増やしていった。


 レイリアはそんな二人の成長を嬉しく思い、見守りながら料理に腕を振るう。

 ネリスの様々の魔法の実験台にされた盗賊は、生き残りが噂を広めたのか姿を現すことは無くなった頃。


 エスカ達は目的地である白亜の離宮の存在するアーレウス山脈と、その麓の大森林が見えるところまで来ていた。


「おおー、やっと見えて来たぜ。ここまで長かったなあ!」

「もうエスカ、あまり身を乗り出さないで下さい、危険ですよ」

「こんぐらいの速度なら落ちても余裕だって、ネリスも見ろよ、でっけー山だ」

「ふわああ、すっごく高いですね、頂上が雲で見えませんよ。て、もしかして、これ登るんですか?」

「ええそうよ、ってそんな嫌そうな顔をしないでネリスちゃん。目的の遺跡は3合目あたりだから大丈夫」

「ははっ、あたしは頂上まで行きたいけどなー、すげぇ気持ち良さそうだし」

「機会があれば上まで行くのも良いかもしれませんね、でもまずはちゃんと依頼を達成することですよ?」

「分かってるって」


 広葉樹と針葉樹の混じる深い森林に囲まれた、高くそびえるアーレウス山脈。別名、竜剣山脈と呼ばれるそこは、雲を突き抜けるほど高く、天を貫くほど鋭い山々の造山帯だ。数千キロ続く山脈には活火山も多く存在し、中央部では火竜のブレスをはるかに巨大化させたような噴火活動を定期的に行っている。エスカ達が目にしているのは火山活動のほとんど存在しない、山脈の終わりではあるが、それでもその壮大な自然の造形を目にし、3人は口々に感想を言い合う。


「こりゃ、上の方にはとんでもない魔物もいるかもな」

「麓の大森林だけでも十分怖いですよぉ、感じる魔力の密度が私のいた森とは段違いですし」

「へぇー、そりゃ期待できるな」

「魔物は期待したくないですぅ……でも、もう、…もし出てきても足手まといにはなりませんから」

「はは、もうビービー泣くなよ?」

「むー、泣きませんって!………多分」

「ネリスの成長は私が保障しますよ。そういえばリナさん、目的地は3合目という事ですが、この子達はどうするのです?」


 エスカとネリスがまだ見ぬ巨大な魔物に想像を膨らましている中、レイリアがここまで旅を共にしてきた馬を見て尋ねる。いくら優秀な馬でも登山には連れていけないだろう、しかし森林に放置するのは魔物にわざわざ餌を与えるようなもの。旅の仲間であり、帰りの足でもある二頭の馬の事を考えるのは当然だ。


「大丈夫よ、森に入って少しの所に、森人達の村があるから。そこで預かって貰いましょう」

「村…ですか。この森の中では、危険なのではありませんか?魔物も多そうですし、…もしかして、人族の村ではないのですか?」

「いいえ、人の村よ。そこはかなり強力な結界を貼ってあるから森の魔物程度なら寄り付けないようになっているの。でも万一のことあるし、危険な事が起きないとは限らないから、森の外に新たに村を作る様には言っているんだけど、聞いてくれなくて」


 見知った顔がいるのか、リナが思いふけるように視線を沈め、それからまた口を開く。

 

「魔力の豊富な森の動物や、そこでの植生は、例えば同じ薬草であっても効力や品質がまるで違う、というのは有名でしょう。一般に流通しているものよりはるかに上質な物を、手軽に手に入れられる。そんな利点があるからこそ、多少危険でも彼らはあそこを離れようとしないのよ」


 困ったものだわ、と苦々しく話すリナに、ネリスも同意する。


「気持ちは分かりますけど、やっぱり危ないですよね…昼は魔物が不活性だけど、絶対じゃないですし」

「おー、ネリスは実感籠ってるよな」

「エスカさんっ、茶化さないで下さい!」

「っても、魔物に喰われる危険はそいつら覚悟してんだろ?ならあたしらがとやかく言う筋合いはねーだろ」

「そりゃそうですけど……」


「まあ、そういうわけなのよ。お陰で遺跡までの中継地点にもなるから都合は良いんだけど」

「その村の方々をリナさんが信用できると言うのなら、異論はありません」

「だな。ま、その結界とやらを破れるくらい強力な奴がいたら戦いたいな」

「えー、私は嫌ですからね。死にかけるのはもうごめんですよぉ…」



 ネリスが森で一人魔物に追われた時の絶望感を思い出して苦渋し、それから一行は森に入る。

 背の高い広葉樹の葉が広がる頭上から、陽の光が筋となって差し込む。葉も光を透かすような薄さであり、森の中は想像よりも随分と明るく、幻想的だ。

 それでも日陰が多く、草原よりもひんやりとした空気と、木々の発散する癒される匂いの漂う森の内部には、わずかだが定期的な人の出入りがあるのだろう、踏みしめられた跡のある草の枯れた硬い地面が、村があると思われる方向に続いている。


「あっ…」


 枯れ枝などの巻き込みに注意し、ゆっくりとした速度で馬車が進んでいく途中、ネリスが少し大きめに声を上げる。


「どうした?」

「あ、いえ、綺麗な蝶がいたので」


 そう言われてエスカが、ネリスの見ていた方を凝視するも、すでにそれらしき姿は無い。

 自分も見たかったエスカは、少しだけそちらの方へと馬車を降りて駆けだそうとするも、レイリアに首の付け根を摘ままれて止まる。


「もうすぐ村のようですから、森の探索をするのもそれからにしましょう。それに、ここからは依頼主であるリナさんからあまり許可なく離れないように。何かあった時に守れないでしょう?」

「えー、リナはあたしよりも強いじゃん。大丈夫だろ」


 レイリアの言葉にエスカはそう反論する。幾度もの模擬戦の末、一勝したとはいえ今の自分よりも確実に強いと認め、そしてその強さを信頼しているからこそ出た言葉だ。

 だがその言葉はレイリアにとっては看過出来ないものであったらしく、エスカの首を掴む手に力が入る。


「エスカ、今のあなたは護衛の依頼を受けた冒険者です。役目を果たす責任を負っているのですよ。それなのにその言いぐさは何ですか?やはりあなたは――――」

「げっ、悪かった、悪かったって!ネリスー、助けてくれー!」


 レイリアの口調から長い説教をされると踏んで、彼女の拘束から抜け出しネリスを挟んで避難するエスカ。

 そんなエスカにレイリアはまだ何か言いたそうにジト目を向けていたが、馬車が止まり、続いたリナの声に、それ以上の追及を断念する。


 うへぇ、レイリア怒らせちっまった、アイツ怒るとこえーんだよ。

 というか実際、リナに護衛なんているか?リナが太刀打ちできないのが出て来た時点で、あたしやネリスがどうにか出来るとは思えねーんだよなぁ。

 勝ち目のある戦いなら格上でも歓迎だけど、自殺する趣味はねーぜ…。


「ついたわよ」


 森の中、切り開かれた天井から、遮るものの無い日差しが降り注ぐ。


 エスカの目先には2メートル高さの木柵に囲まれた小さな村があった。

 規模はしっかりとした木造の一階建ての家が十数軒に、小屋らしきものが数件と言ったところ。

 村のあちこちに積み上げられた丸太が放置されている。魔物を相手にするとなると、ひどく頼りなく思える柵だったが、近づいて行くとそれには複数の魔法が込められているのがエスカの感覚で捉えれた。ネリスも同じものを感じたようで、見た目には何の変哲もない柵をじっと観察している。


 なーんか、やばいな。これに斬り掛かると魔法が発動する感じか。あーそういや、どっかの砦落とした時もあったなー懐かしいぜ。無力化は…ちょっと規模がでか過ぎて無理っぽいか。


「結構強力だな、これ」

「ですね。あれ、でもこの魔力の波長ってもしかしてリナさんが?」

「あら、よく分かったわね。森の加護は無くとも流石はエルフという事かしら」

「えへへ、ちょっと柔らかくて滑らかな魔力が、そっくりだったので」

「へー、そんな事まで分かんのか。やっぱ魔法に関しちゃすげえんだな」


 エスカよりもさらに魔力に敏感なネリスが魔力に覚えを感じ、特に隠すことでもないと、リナは結界の作成者が自分だと明かす。

 尊敬の眼差しを向けられたリナが、気分良く柵に施した魔法について詳しい解説しようとした時、エスカ達を発見した村人に声を掛けられて遮られた。


「リナさん!」


 20代中頃ほどの男が出す思いのほか大きな声に、全員が反応する。男の顔には焦燥が浮かんでおり、何かあったと判断した4人は目を見合わせて頷き。即座に戦闘に移っても問題ないよう構える。


「はあ、はあ。リナさん、お久しぶりです。貴方が来てくれて良かった!」


 息も切れ切れに話す男に、リナはコップと空中から魔法で出した水を渡す。

 男は礼を言って、一気に飲み干し、冷たい水を飲んで少しは落ち着きを取り戻した男に、リナが尋ねる。


「ドアット、何かあったの?」

「ええ、私も詳しくは分からんのですが、結界が破られたかもしれないとか。事実もう村

の子供が3人も消えてしまって!と、とにかくまずは族長のところへ来てください」

「ええ、分かったわ。皆も良いかしら?」

「ああ、構わねーぜ」

「ええ」

「勿論です」


 口々に同意し、ドアットと呼ばれた男の後に続いて4人は村の中を進む。


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