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赤き狼は異世界を奔る  作者: 和そば
17/33

模擬戦2

「エスカさーん、模擬戦ですからね!怪我させちゃダメですからね!」


 模擬戦をするにあたり、馬車を止めて距離をとったエスカに、ネリスがレイリアの横、御者台に座り忠告する。


「分かってるって!黙ってみてろよ」


 観戦者の二人に答えてから、エスカはリナへと意識を集中させる。その一挙一動すら見逃さない為に。ネリスの声が意識から外れ、リナとエスカの周りだけをより鮮明に感じ始める。


「ふふ、安心していいわよ。エスカちゃんが私に怪我をさせるなんて事、まずありえないと思うから」

「はっ、そりゃ楽しめそうだ」

「そう?自信があるなら、ほら、いつでもどうぞ」


 リナが挑発し、小枝よりも細い短杖をふりふりと振ってエスカを煽るが、その誘いにすぐには乗らない。魔法という隠し札の多い魔術師の誘いに乗るのが、愚かだという事は嫌というほど学んできているからだ。


 さーて、どう攻めっかな。まずは魔法を使わせてみねーと。


 10メートルほどの距離を開けた状態で、リナとエスカは向かい合う。

 エスカの戦闘勘が、向かいあった瞬間にリナが強敵だと告げていた。身構えは隙が多く、戦士などに通づる雰囲気こそないが、高位魔術師特有の手札が見えない、攻めにくさが圧力となって滲み出ている。


 周囲の見晴らしは良く、足首ほどにも届かない雑草がぬるい風に揺れている程度で障害物などはない。魔術師であるリナは当然遠距離戦が主体である以上、地形、という意味では圧倒的に優勢なのはエスカだ。


 にもかかわらず、リナの口元に微笑が浮かんでいるのは格上だと自負するが故か、魔法の詠唱句を始めるでもなく、エスカが動くのを静かに待っている。


 余裕、って感じだな。いいねえ。なら、まずはその笑みをはぎ取ってやる。


 渇いた唇を舌で湿らせ、エスカは心地よい戦いの高揚感に笑う。


 判断は一瞬。

 エスカ剣を鞘から抜き、踵に力を込めて地を蹴る。


 全開で加速する。


水槍乱舞(フリット・ウォータージャベリン)


 風を切り、弾丸のように飛び出したエスカは瞬く間に接近。

 予想外の速度に反応が僅かに遅れたリナが魔法を放つ頃には、両者の距離は3メートルにまで縮まっていた。


 うおおっ、展開がはええな!


 速度重視で発射された12条の水の槍が、荒れ狂う奔流となってエスカに向かう。高速と言っていいその一つ一つを、エスカの真紅の瞳は残らず捉えきる。

 反応は十分間に合い、回避は可能。

 落雷の速さで身を沈め、軸をずらして半数は回避するが、残りが時間差で迫る。


 大きく横に飛べば避けれるが、距離を詰められなけば不利になるだけだ。

 詠唱抜きでこの展開量に威力となると、時間を与えるわけにはいかない。

 外れた水槍が地面を僅かにえぐる程度なのを見て、エスカは無茶を通す覚悟を決める。


 よし、前の世界では出来たし、あのくらいならいけんだろ!


 剣を強く握りしめて、このままだと障害になるだろう水の槍数本に狙いを定める。


「うるあああああ!」


 一閃。

 バシャン、という音と共に水槍が弾け、慣性を伴った、ただの水となって地面に落ちる。


「よっし、斬れる」

「……嘘っ、でしょ!?」


 魔法を斬る、だけでなく無効化する。

 非常識なエスカの行動に、リナが驚愕の叫びを上げる。


 魔法の無効化。それは別世界で強力な魔術師に対面する際、エスカが身に着けた技術であり、本来は自分の魔力を爪に通し、通した魔力分だけ相手の魔法を無効化するエスカすら原理の分からない反則技。赤狼であった頃のエスカのオリジナル技を、剣を爪に見立てて再現したわけだ。


 ただし肉体と違い、武器や防具に魔力を通すのは、肉体に魔力を通すより難易度がかなり高く、特定の魔法付加(エンチャント)には短くとも数日はかかるが、今回はエスカの武器が元々、魔法付加(エンチャント)済みだったという事が幸いした。


 魔力を通しやすくなっていた武器、前世での経験、エスカのセンス、その三つによって魔法の無効化をもう一次元上の技に高めることに成功する。


 残りの水槍を叩き落とし、エスカはリナに肉薄する。


 あとは首筋に剣を突き付けて終わらせる。そう思っていたエスカは、そこで驚きの消えたリナの口元に、未だ笑みが消えていないのを視界に納める。


水天大蛇召喚(サモン・アルマティキュラ)


 リナの空色の髪が風になびき、その隙間に見えたイヤリングが光る。

 髪の色よりも濃い、サファイア色の滴を模ったそれは、暴力的とも言える魔力を放出して魔法陣を形創る。


 通常の魔法展開よりはるかに速い、マジックアイテムによる魔法の発動。

 ぎりぎりで反応したエスカは放たれた魔法を斬ろうとして、突如出現した巨大な質量に押し流される様にして吹き飛ばされる。


 痛ってえ。くっそ、確かに当てたんだけどなー。


 まだ森での怪我が痛む肺を庇う様に転がって受け身を取り、エスカは斬った感触のあった剣を握りしめて顔を上げる。


 確かに無効化をしたはずなのに自分が吹っ飛ばされた理由、目の前の魔法を見てそれを察する。 

 そこには全長10メートルを超えるほど大きさの、水魔法で創りだされた大蛇がリナを守るようにとぐろを巻いていた。


 注意深く見れば僅かに蛇の頭が欠けているのが、エスカが無効化に成功した部分だろう。これが本物の生物であるならばそれでも致命傷だったかもしれないが、リナの魔力によって生み出されただろう大蛇は何の痛痒も無さそうに動いている。


「ふう、流石にこれは無効化しきれないようね?驚かせて貰ったけれど、どうかしら。ここで負けを認める気はない?」

「冗談だろ、さらさらねーよ」

「そう。なら、もう少しだけ遊びましょうか」


 リナが言い終わると同時に、大蛇が蛇の伸縮性を活かした突進でエスカに向かう。

 巨大な質量だけあって速度はそれほどでもないが、それでも速度の乗った一撃はまともに受ければ一発で衝撃に動けなくなる威力だ。


 おいおい、水で出来てるのにそのばねは反則じゃねーか!?

 ちょっとずつ刻んで削り取るか?いやー、魔力量の差を考えると無効化はちょっと無理だな。て、なると、こういうゴーレムじみたのは大体核があるはずなんだが……。


 質量と加速によってとんでもない威力になった大蛇の突進を見切り、側転回避。すれ違いざまに観察すると大蛇の下顎あたりに、先ほどリナがイヤリングにしていた青い宝石を捉える。

 魔力の放出量からみて、それが核となって大蛇を制御しているのは間違い無さそうだ。


 みっーけた、んじゃあれを斬るか、無視してリナに近づくかってとこか。


 んー、あれ斬るのはちょっとつらいな。狼ん時ならまだしも、この体じゃ飛べないし、高さが足りない。無視だぜ!


 回避で崩れた体勢からそのまま前転、前への速度を殺さずそのまま走りだす。

 大蛇が追いつく時間は与えなければいい。

 疾走し、リナへの距離を詰めるが。


水球連射(ブラスト・ウォーターボール)

「まだそんな魔力があんのかよ!」


 あれほどの魔法を放てば常人なら魔力が枯渇し気絶してもおかしくはないのだが、マジックアイテムの魔力に自らの魔力を消費していなかったのか、リナがさらに魔法を放つ。


 7つの人の頭ほどの水球が同時に空を滑り、エスカがそれを迎撃。

 連射された水球を無効化しながら、エスカは歯噛みする。

 無効化はまだ問題無いが、足が止まったのはまずい。

 距離はまだ5メートル以上、エスカの間合いには遠すぎる。


「ほら、足が止まったわよ」

「そうだなっ!」


 言って、エスカは足元の小石をリナに蹴飛ばす。顔付近を狙って飛ばしたが、リナは難なく払い落す。一瞬エスカから注意は逸れたが、それだけだ。

 まだリナはエスカが何をしようとも対応できる距離にいる。

 そう、エスカが何をしても。


「なんのつも――――――」

「もう間に合わないだろ?」


 小石を蹴ったその動作で足の止まったエスカに、後ろから十分に加速した大蛇が地を削りながら襲いかかる。

 リナと直線状にいるエスカに。もう、エスカとの距離は人1人分もない。


「へぇ」


 気づいたリナは眉間に皺をよせ、表情を険しくする。

 大蛇を解除すれば慣性だけの水はエスカに多少のダメージを負わすだろうが、その水がそのままエスカの加速度となってリナへの距離を詰め、そのままエスカに突進すれば、もう止められない大蛇の質量にリナごと巻き込まれる。そうなれば身体能力は高くないだろう魔術師のリナの方がダウンする可能性が高い。


 そう考えたエスカの策。

 どちらにしろ、来るべき衝撃に身を備えるエスカだったが。


 ぐるん、と急激に方向を変えた大蛇はエスカとリナの間に割り込み、ガリガリと草を根ごと掘り返し、地面を削り勢いを落としながらエスカを中心にとぐろを巻いた。


「はあ!?」


 完全に予想外の動きに今度はエスカが声を上げる。


 こんだけでかい魔法を、あの直前で複雑な操作ができるわけ…あ、まさか?


「おいこれ、自己判断可能な…生命をもってんのか?」


 意思を持つ魔法生命の想像。単純な術者の操作でなく、自己判断のできる魔法生命は、ある種究極ともいえる魔法の到達点だ。エスカですら10人と知らず、それを実践使用できるレベルとなると前の世界でも2人しか知らなかった。


 でも、あいつと比べると、放つ魔法も威力が低かったしなあ。


 エスカの脳裏に浮かぶのは、道化師の恰好をしていた異端の異形種。ただの魔法一つで、国一つを焦土と化したその異形種と比較すれば、リナはそこまでのレベルに達しているとは思えなかった。


 案の定、リナはエスカの疑問に苦笑して答える。


「ふふふ、魔法生命なんて空想だけよ。伝説にはそんな魔法もあったらしいけれど、これはそんなに大したものじゃないわ。ほんの少し、私の魂を魔法に乗せる術式を陣で編んでいただけ」

「魂ねえ……それも十分凄すぎだろ、あたしには想像もつかねーぜ」

「ありがとう、けれど、本当にまだ大したものでは無いのよ。せいぜい私の意識を少し分離させるのが精一杯ね。これじゃあまだ………」

「ん?」


 何かを言い淀んだリナにエスカが首を傾げるが、何でもないと振り払ってリナが問う。


「さて、こんな状況だけど、どう?まだ続けるかしら」


 エスカは片手剣で自分を囲む大蛇を斬りつけるが、ほんの鱗数枚分が水となって散るだけだ。

 

 脱出、なんてしてたら魔法の餌食だろうなぁ。


「無理だな、こりゃあたしの負けだ。ああああ、くっそ!悔しーなあ!」


 ばたりと、そのまま草の上に倒れ込むエスカ。かなりの運動の疲労が、ようやく足に来て、立っているのも面倒だとばかりに大の字で転がる。


 この世界での初敗北。


 少し弱まった午後の太陽の日差しが、エスカに降り注いでいた。



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