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赤き狼は異世界を奔る  作者: 和そば
14/33

レイリアの懸念

 エスカ達が訪れたのは街の東区。今日通って来た城門のちょうど反対側に位置するあたりの宿だ。木造の2階建てで、一人一泊銀貨1枚という値段にしては、 出される料理も泊まる事になった部屋も良質なものだった。


 到着してから一階で木の実を炊き込んだ米と、少し固いが厚みのある肉といった食事をを取りながら 明日の予定を話し合い、食事を終えると部屋へ向かう。

 橙色の魔法灯が照らす部屋は、落ち着きのある雰囲気を演出しており、村から出て波乱続きだったネリスは、内心相当疲れていたのだろう羽毛布団が敷かれたベッドに横になると、数分とせずに寝息を立て始めた。そこまでやわな精神を持っていないエスカは、初めて横になる羽毛を使ったベッドに気持ち良さそうにゴロゴロと転がり、実は寝る必要すらないレイリアは、ネリスが完全に寝付いたのを確認してからエスカに声を掛ける。


「ねえエスカ、そのステータスカード、どう思います?」

「どう、思うか?」

「はい、あなたの率直な感想が聞きたくて」


 羽毛布団に顔を擦りすけて布と羽毛が顔を押し返す感触を楽しみながら、エスカは答える。


「感想って言ってもなー。凄えし、便利って感じか?あたし達の世界には無かったもんだろ、これ」


 そう言ってエスカは今日貰ったばかりの冒険者カードをぴらぴらと振る。そのカードを見た瞬間、レイリアの金の瞳が鋭くなる。超常の者が警戒するほどの事とは思えないエスカは、カードを不思議そうに見つめるが今日説明された以上の効果はないように思える。

 

 仮に結界や邪法、呪法の掛かった物ならばエスカの感性で捉えれないわけがないからだ。


 つっても、この体で捉えれるかどうかは…微妙な所だけど。なーんも感じねぇしなあ。


「凄すぎるんですよ、そのカードは。先ほど見せて頂いたエスカのステータスは、私が認知しているエスカの能力値とほぼズレがありませんでした。これほどの情報量を正確に捉え、しかも万人が使えるというのは危険すぎます。しかもそれを一人の人間が作り出したとなると……」

「となると?」

「その人間の在り方次第では、私達神が介入するかもしれません。…いえ、まだ介入を行っていないのが不可思議ですらあります」


 神の世界に対する介入。環境の連鎖的崩壊や、著しい文明の衰退、逆に崩壊に繋がる発展などを起こす原因を、世界の自清作用だけでは対処できない場合に起こる現象。かつてのエスカと並ぶほどの災厄。それがをこんなちっぽけなカードと同レベルだと暗に言われ、エスカは納得のいかない顔をする。


「そう不機嫌にならないで下さい、エスカ。これは強さや弱さという意味では無いのです。このカードが人間だけを種族として圧倒的に優位にしている事、そしてこれを作り出した人間の真意、そこが問題なのですから」

「人間を種族的優位に立たせるってのが、そのまんま真意じゃねえのか?」


 このステータスカードがあれば本能や勘の鈍い人間でも、自身の力量を正確に測る事ができる。力の及ばない強敵に挑まず、安全に狩れる相手だけと戦い力をつける。エスカとしては非常につまらないと感じるそのやり方は、種全体として無駄な損失を失くし、全体の能力が高まり繁栄につながる。

 それこそが作った者の目的ではないのかと思うのは、単純な思考をしているエスカでも辿り着ける答えだ。


「ええ。私もそう思いますが、これほどの物を作れるほど才能のある個人というのは、得てして他人の為、種の為などとは考えないものですから」

「ふーん」


 いつの時代でも果て無き頂点に立てる者、限界を軽々と超えた能力を持つ人間というのは異常なカリスマ性と、圧倒的な利己を持つことが多い。自分か、その近くの特定の者に強い思いを持ってはいても完全な他者を思いやることなどまずない。

 永劫とも呼べる時間の中で、数々の超越者を見て来たレイリアだからこそこのカードが人間への善意だけで作られたとはどうしても思えないのだ。


 真剣な表情で言うレイリアに対して、エスカはあまり興味なさそうに生返事をする。


 そもそも個人や才能がどうの言われてもあたし、人間の事自体全然分かってねーしなぁ。


「直接これを作った大魔術師とやらに会えれば良かったのですが、もはや生きてはいないでしょうし。まあ、アリゼルが会っているでしょうから、機会があれば彼女に聞いてみましょうか」

「アリゼル?」


 初めて聞く名前に、エスカが反応する。


「正式にはアリーゼ・ファンセゼル。この世界の神ですよ、気まぐれで面倒くさがりでしたが、押さえる所は押さえる有能な子です」

「へぇ」


 エスカの中の好奇心が頭を持ち上げ、唇の端が上がる。


「強いのか?」

「一応神としてはそれなりに、しかし戦闘を好む子では無かったので接触しても無暗に飛びかからないでくださいよ。…今のエスカ程度では一刹那ほども持ちませんし、そうなれば私も庇いきれません」

「わーってるよ、まだレイリアにもリベンジしてないし、変な所で死ぬ気はねえ」


 それでもエスカが出会った中では最強のレイリアと同格の存在。その存在にワクワクするなというのはエスカの性格としても無理な相談だった。

 そんなエスカに残念そうな表情をレイリアが向ける。


「エスカ…あなたは、まだ私を殺そうとしているのですか?」

「はあ?そりゃそうだろ、負けたままじゃいられねえ」


 そこまで言って、エスカは自分の中の微妙な感情に気づく。


 リベンジはしてえ、が、レイリアはもう敵じゃないしな。殺す必要は、ないか。


「まあ、殺すまではしないな、ネリスも悲しむだろうし。蹴り食らわして、負けを認めさせてやるだけだ」


 昼間にネリスから諭されたこと、それをエスカは忘れたわけではない。殺すことでさらに不利になる場合もあるから、無暗な殺しはやめて蹴飛ばす程度にしておくというのは、エスカにとっても納得できる新しい考え方だった。


「ふふっ、私はいま負けを認めても全く構いませんよ」

「それじゃ意味がねーんだ!、分かってるだろ」


 嬉しそうに告げるレイリアに、エスカは憤慨する。上辺だけの勝利なんて塵ほどの価値も無い。むしろ全力を尽くした戦闘の過程こそを楽しむエスカには当然の怒りだ。怒るエスカにレイリアは一つの案を出す。


「そうですね、なら一つ約束をしておきましょう」

「ああ、約束だ?」

「ええ、エスカがこの世界での旅を終え、私の納得する成長をしたなら、私は必ずあなたのリベンジを受けましょう」


 レイリアの申し出は、元の世界に帰れば神として手の届かない所に逃げられる心配もしていた、エスカにとっては渡りに船だ。


「はっ、そりゃいいぜ。いざとなって逃げんなよ?」

「はい、神の名に誓い、約束しましょう」

「ああ、約束だ………ふぁああ、じゃあ、あたしはそろそろ寝るわ」


 その辺りでエスカは睡魔に襲われたのか、一言いった後パタリと横になって目を閉じる。

 エスカは意識していなかったが、連戦を潜り抜けた体には相当疲労が溜まっていたようだった。


 レイリアが何故そんな約束をしたのか、何故嬉しそうにしていたのか、エスカには分からない。


 自分の本心すら分かってないエスカには当然だった。昼間にちょっかいを掛けてきたダイナスとは違い、レイリアは殺す必要が無いのではなく、エスカ自身が殺したくないと思っていることに、元の世界に帰れば関係のなくなるであろうネリスを引き合いにだしたことに、エスカは気づかない。


 それでも確かに精神的成長をしているエスカを横に、部屋用の小さな魔法灯を消してレイリアも目を閉じる。

 睡眠の必要はないが、この世界の人間として構成された体は、眠る真似事はできる。

 半月の光が薄明るく照らす中、三人は眠りにつくのだった。



 翌朝、冒険者ギルドで待ち合わせをしていた『竜の咆哮』に会い、盗賊を処理した際の報酬を貰う。朝早くのギルドは依頼を探し、受けに来た冒険者達で賑 わっており昨日とは比較にならない人の量だ。皆、生活の為に割のいい依頼を探しているのだろう、その目はボードに釘付けだったが、昨日酒場に居た連中はエスカ達の姿に気づくとそそくさと張り紙をとって出て行った。


「じゃ、師匠の所にいくよー!」


 レイリアが金を受け取ったのを確認し、ミセラは意気揚々とエスカの手を引いて案内を始める。


 ようやく朝の冷気が陽の暖かさで薄まっていく頃、エスカ達は一軒の建物の前に着いた。小さめの一軒家といった見た目で、特に変哲のある建物ではないが、 唯一他と違うのは煙突が一つ屋根から突き出ていることくらいか、煙突からは甘い香りのする煙がもうもうと噴き出している。


 匂いにつられて、エスカは扉を開けて中に入る。


 入った先の部屋には捩り歪んだ、それでも造形を凝らしたと一級品だと分かる黒い椅子が一つだけぽつんと置かれ、そこに深く座った薄い青髪の女がエスカを見ていた。


綺麗に切りそろえられた髪と胸の膨らみから女と判断したが、その顔は中性的で歳が読み取りにくく、20代後半のようにも見えるし、30代後半といわれてもそんなものかと思える。


 女の着るゆったりと余裕を持った布の服は所々に金糸に刺繍がされており、エスカの目にはそれがただの服では無く、魔力を含んだアイテムであることが分かる。

 女はゆっくりと立ち上がり、エスカに吐息が掛かるほどの距離まで近づくと、覗き込むようにエスカの顔を見つめる。


「ようこそ。ミセラから話は聞いているわ、エスカちゃん。あなた、人間じゃないんでしょう?」


 にっこりと笑い、指輪の嵌った細い指を差し出しながら、青髪の女は開口一番そう言った。



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