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赤き狼は異世界を奔る  作者: 和そば
12/33

人の世界で生きるには

「ウインドボール!」


 十分な威力を持ってエスカの手から離れたナイフはしかし、男の眉間を貫くことなく空中で軌道を横にずらされ、耳を浅く切りつけるだけに留まった。


「ネリス?」


 エスカは自分の邪魔をしたのがネリスだと分かり、訝しげにそちらに目を向ける。


「なんで、邪魔した?」


 いつもより少し低いエスカの声が、静まりかえったギルドに響く。

 敵には容赦しない、邪魔者は排除するという、今までエスカが敵対者にだけ向けて来た、刺すように鋭い眼光。それが今はネリスに向けられる。

 初めて自分に向けられるエスカの敵意。予想以上の圧迫感を伴うそれに、ネリスは声の震えを止められなかったが、それでも毅然として言う。


「だ、ダメですよエスカさん。……そ、その人を殺すのは、絶対ダメです!」


 震えながらも男を庇う言葉をさらに絞りだすネリスに、エスカはゆっくりと近づく。


 ただ歩いて近づくだけの動作であったが、竜の咆哮の面々も、ダイナスが殺されそうになって慌てて止めようと走ってきた男達も、レイリア以外はその威圧感に誰も体を動かせない。

 ただの少女が発するにはあまりにも重い圧力。

 それは、今まで安全圏のみで狩りをしてきた低ランク冒険者の動きを止めるには十分すぎるものだった。

 その様子は蛇に睨まれた蛙、脱することの出来ない命の危機に、頭では理解していても体を動かすことは出来ない。冷たい汗が一様に皆の額を流れ落ちる。


 唯一動くことの出来るレイリアは、あえて止めない事を選択する。それがエスカの為だと信じて。


「なんでだ?」


 エスカが聞く。

 返答を間違えば死ぬ、ネリスはそう悟った。実際はエスカとしては、ネリスに不快感と疑問からの敵意を少し抱いた程度だったが、極炎の底を生き抜いてきたエスカの放つ敵意は常人よりはるかに濃く、鋭い。ネリスがそう思ってしまうのも無理は無かった。


「……エスカさんの、エスカさんの為です」


 浅くなった呼吸と、早鐘を打つ心音を整え、ネリスはエスカの目をしっかりと見て言う。

 その目から、ネリスの言葉が嘘や誤魔化しの類ではないと確信したエスカは黙って続きを待つ。


「エスカさん、この人は確かにエスカさんに不快感を与えました。けど、エスカさんの命を狙ったり、傷つけようとしたわけじゃないですよね?」

「ああ、けどこいついきなり…酒臭え口を近づけて来やがった」

「はぁ、エスカさんは、もっと自分の見た目を自覚して下さい…。エスカさんの姿を見れば、酔って欲情した男が声を掛けてくることなんて、これからも何度もありますよ」

「これからも?」

「はい、エスカさんは可愛いですから、絶対あります!」


 確信をもってそう宣言するネリス。


 それはちょっと面倒だな、とエスカは思う。強者ならともかく、格下相手に無駄な体力を使うのは楽しくも何ともないからだ。

 勿論、相手から手を出して来れば迎え撃ちはするが、その戦闘は楽しめるものにはならない。


「その度に、こうやって殺すんですか?、1日10回以上あるかもしれませんよ、その度に大騒ぎになって、敵がいっぱい出来て、観光なんて全然出来なくなりますよ?それで良いんですか」


 …1日10回………敵が出来て、観光できない……か…。


 エスカは心の中で復唱して考える。あっちから寄ってきた雑魚を始末するなんてわけもないが、それが群れとなると話は別だ。群れは仲間がやられると、群れが大勢で仕返しにくる。それは、場合によっては群れが全滅するまで終わらない。そうなれば確かに観光などと言っている暇はないだろう。

 エスカちらりと、ロウの方を見る。


 ロウや、この雑魚が同じ群れだってのか…?不思議な生き物だな、人族ってのは。


 自分に無償で串焼きを奢ってくれる気のいい人族もいれば、突然敵意を向けて掴み掛かって来る人族もいる。

 あまりにも違う、人という個性に、エスカは戸惑い、妥協する。


 ただ破壊と殺し合いを繰り返すのは、前の繰り返しか。別に反省なんてしちゃいないが、レイリアの意には一応沿うって決めたし…ならコイツを殺すのはやめとくべきだよなぁ…。

 それに……なんかネリスも怒るみたいだし…。


「………はぁ、分かったよ。じゃあどうすりゃあいいんだ」

「エスカさん!」


 ため息を一つ吐いて、張りつめた雰囲気を霧散させたエスカを、ネリスが嬉しそうに呼ぶ。

 ポフンッ、と自分の腰に抱き着くネリスに、エスカは苦笑する。先ほどまでこの自分に説教をしていた少女が、あまりにも無防備だったからだ。


「おいネリス、あたしはどうすればいいかを聞いてんだけど?」


 流石に、微弱でも害を与えようと近づいてきたものに対して抵抗しないのは無理だ。甜められたままでいられる程に、大人しく生きてはいけない。そう思い尋ねるエスカに、ネリスは笑顔で告げる。


「あー、さっきので大体正解です。死なない程度に蹴飛ばしとけばいいんですよ」

「それでいいのか?」

「あっちから手を出して来たんです、そのくらいなら誰も文句は言いません」


 ああ、なるほどな。殺さなきゃいいわけか。


「そうか。分かった、覚えとく」

「な、ぐえっ!?」


 這いずって距離を取ろうとしていたダイナスをさらに蹴飛ばし、エスカは満足そうに頷くと、再びカウンターの方へ戻っていった。


「………エスカちゃんは、何かとんでもないなぁ」

「まさに苛烈、って感じよね。何あの殺気、魔物よりきつかったよ」

「生死の狭間だけを生き抜いてきたのだろうな、あの歳で良く生きて来れたと思うほどに」

「それよりあのエスカちゃんに啖呵切れるネリスちゃんだぜ…………俺も叱られたい」


 竜の咆哮の各々が、それぞれの評価を呟く。タイナーだけはネリスの勇姿を見て、少しおかしい方向に目覚めてしまったのだが、他のメンバーはそれを聞いていないことにして話を続けることにしたのだった。



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