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赤き狼は異世界を奔る  作者: 和そば
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道中

 捕らえた盗賊数人を歩かせながら、商人の馬車はゴトゴトと遠方に見える砦に向かって緩やかな速度で進みだす。


 その中には護衛の四人『竜の咆哮』のほかに、エスカ達の姿もあった。照り付ける強い日差しの中、徒歩での移動も大変だろうと気を利かせた商人は、盗賊の監視という名目でエスカ達も馬車に乗るように頼んだのである。

 商人の提案にこれ幸いと乗じたネリスに続き二人は馬車に乗り、少し狭くなってしまった馬車の 内部で6人は談笑していた。エスカは満腹になって眠くなったらしく、お昼寝中だ。


「なるほどな、エスカちゃんの腕を治す為にサントムの街まで来たってことか。でもネリスちゃんはともかく、レイリアさんやエスカちゃんは見た所アルバイン王国か聖ヴィリスの出じゃあないのか?腕の治療じゃなくて、再生ともなるとあっちのが腕利きは多いと思うんだが」


 大陸の南西側に属する国、ツキノハ国。国内東方の都、アマノツキを首都とするこの国は、隣接する2国ほど魔法学が発展していない。

 代わりに冒険者や戦士の質は 自信を持って他国を凌ぐと言え、大陸でもCランク以上の実力を持つものが最多の国だと言われている。

 気候は、湿度の少ない風の吹く乾燥帯から、北は温帯に 属する国であり、織物を初めとして交易も盛んである。


 そんな自国に愛着のあるロウだが、この国でレイリアやエスカのような髪の色はまず見ない。基本は黒から茶色、青色に近い色が多い。特にレイリアのような輝く金髪などは見たことが無く、そこから噂に聞くアルバインの貴族家ではないかとも思ってしまったのだが。


「いえ、私たちはさらに遠くの出でして。近隣諸国に頼れる伝手も無いですし、…サントムという街には腕を再生できるほどの魔術師はいないのですか?」


 さらに遠く、と聞いて何か訳ありなのだろうと納得したロウは、余計な詮索はせずに質問に答える。レイリアという美しい女性に少しでも嫌われたくないのは、男なら当然だ。


「そうですね……、再生を行えるほどの魔術師となると、Bランク以上です。かつ回復魔法に適正のある方はこの街には………いないでしょう」


 冒険者の知り合いや、教会の治療院の面々も思い浮かべたロウは、心当たりが無く申し訳なさそうに言う。

 サントムの街はツキノハ国の中でも、聖ヴィリスに近い北西に位置する辺境だ。真に実力のあるものは東方の首都に流れていってしまうか、国を出る。

 そういった理由で、この街にはあまり高位の魔術師も冒険者もいのが現状だった。


「うーん、師匠なら何とかならないかな?」


 レイリアの力となれず沈むロウに、ミセラが声を掛ける。


「リナさんか?あの人は確かに凄腕の魔術師だが、水以外の適正がないだろう」


 ロウは、ミセラの師のリナという人物を思い浮かべる。ギルドの昇格試験を受けていない人なのでBランクだったはずだが、その腕は間違いなくAランク級の魔術師だ。


 惜しむべきはその類まれな才能にして、水適正しかないことだろう。3つとまでは行かずとも、せめて2属性の適正を持っていればどれほど強大な魔術師とし て名を馳せたことか。リナの腕を目の当たりにした者は、知れば知るほどにその単適正性を嘆く。いつしか彼女についたあだ名は「シングル」であり、回復の適正も勿論ない。


「でも、師匠は色んなマジックアイテムも持ってるし、もしかしたら再生の効果を持ったものだって…」

「それは、あるかもしれないが、それほどのアイテムを簡単に譲ってくれるか?いくら弟子のお前の頼みだって、無茶があるだろ」

「んー、そうかも。でも、凄い人だから会うだけでも無駄にはならないと思うんだ。師匠も最近研究に詰まってるみたいだから、気分転換をさせて上げたいし…だめかなあ?」


 元々別世界、なんの当てもない旅なのだ、この世界の実力者に紹介して貰えるなら是非もない。

 レイリアがエスカの腕を直せばそれが一番早いが、レイリアは神性を使った手出しをするつもりもなく、エスカもそれを望んでいまい。それに今のエスカならば、実力者と聞いて見境なく戦いを挑んだりはしないはずだ…………多分。

 そうレイリアは考えて、ミセラの提案を快諾する。


「いいですよ、というより願ってもいない事です。エスカも喜ぶでしょうし、是非、お願いします」

「やった!じゃあ師匠にも伝えておいて……、あっ、サントムに数日は居るんですか?」

「そうですね。予定の無い旅なので、この子が飽きない程度にはいますよ」


 落ち着きのないエスカがどこかに定住する様子を想像できないレイリアは、寝ているエスカの赤髪を指で梳きながら告げる。その横顔は優しげで、女のミセラでも少し見惚れてしまうほどだ。


「レイリアさん、なんか、エスカのお母さんみたいですね」

「おい、ミセラ!」

「ふふっ、構いませんよ。こんなに手の掛かる娘も珍しいですけれど」


 ポロリと漏れたミセラの言葉を咎めるロウに、レイリアは気にしないでいいと微笑む。

 ロウとしては娘のいる歳と言っては気分を害すと思ったのだが、余裕のあるレイリアの雰囲気に驚く。


(まさかとは思うが、レイリアさんは………)


「あの、つかぬ事をお聞きしますが、レイリアさんは娘さんがいらっしゃるので?」

「……そうですね、我が子と言っても構わない子らはいますよ」

「そ、そうでしたか……」

「はい、ロウ玉砕ー!」

「うるさいぞミセラ!」


 レイリアが暗に子持ちだと知り、落ち込むロウの背中をミセラが叩く。からかう様なミセラの顔に安堵が浮かんでいるのに気づき、レイリアは微笑む。そのミセラの表情は、ロウは全く気付いていない。わいわいと、言い合いを続ける二人を横にレイリアはネリアの方に目を向ける。そこには号泣する二人がいた。


「ううっ、ネリスちゃんがそんなに苦労してたとはなぁ…そんな小さいのに、頑張ったなぁ」

「うむ、加えてその魔法能力、さぞ努力してきたのだろうな、あっぱれである!」

「い、いえ…私なんて村のエルフに比べたらまだまだで……それに武器の扱いは下手だし…」


 謙遜するネリスを遮るように、ダックはゆっくりと首を振る。


「それは、村の者達は森の加護を受けて長生きしているからだろう。君はまだ11歳ではないか、幼い身でよくぞそこまで到達したものだ」

「そうだぜ、ネリスちゃん。本当なら君くらいの女の子が武器なんか持たなくてもいいんだ、街で何かあったら言えよ!お兄さんが力になってやるから」

「は、はい、ダックさん、タイナーさん!なにかあったら頼りにさせて貰います」

「うむ」

「ああ、任せとけ」


 自分の過去をちゃっかり利用して二人を味方につけたネリスが、感動を露わにした笑顔で二人に頷く。その顔は見る者の庇護欲を刺激する、純真な笑顔だが、レイリアはそれを完全にでなくとも、計算してネリスがしていると見抜き、感心する。


(逞しく生きる子ですね、これならもし私達と別れても心配ないでしょう)


 そう考えていると、馬車の外、御者台に座っていた商人から声が掛かる。


「皆さん、着きましたよ。サントムの街です」


 あれほど遠くに見えた灰色の城壁が、圧倒的な質量を感じさせる距離で立ちはだかる。

 街を囲むようにそびえる城壁の、一部が大きく開いた門の前に、馬車は止まる。十数人ほどが列を作り、街に入る為の検査を待ちながら話し合っている。

 中から流れてくる香ばしい匂いと、離れていても聞こえてくる街の喧騒に、エスカはぴくりと動き目を覚ました。


「ふぁああ、やっと着いたか」


 大きな欠伸をひとつと伸びをして、エスカは固まった体をほぐす。

 ツキノハ国、辺境の街サントム。エスカは初めての街の観光に、胸を高鳴らせるのであった。



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