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陽だまりにて待つ!  作者:
第4章 点と線
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想いの先へ(4)



   

「さっきはごめん」


 神妙な面持ちで後ろ手に玄関ドアを閉じるなり、浴びせられた第一声がこれだった。


 こちらは気持ちの整理がつかず、どういった表情で相対すればいいのかさえわからずにいたというのに。

 門柱傍の外灯に照らされて臆面もなくぺこんと頭を下げる目の前の幼馴染に、翔は目を見開かずにいられない。


「翔、殴っていいよ」


「え……」

「殴ってくれ、頼むから」


 ただでさえ固まりかけていたところに、沖田侑希はかなり気合の入った顔で一歩にじり寄った。


「え、いや……そん……」

「いくら何でも最低だった、俺。あんなこと言っちゃって――。本当に反省してる。だから、ほらガツンと!」


 言葉を返せないでいる翔に何を思ったのか、侑希は伏せ気味にした頭部をさらに突き出してくる。

 殴りやすいようにということだろうか。


「……」


 いつにも増して真剣そのものの侑希の声。

 完全に伏せられ、表情こそ見えないものの……。


 『心底反省してます』をこれほど見事に体現できる人物が他にいるだろうか。

 そう気付いた時には、微かな笑みがこぼれてしまっていた。

 頬が緩むと同時に肩の力も抜けていくのを感じる。

 知らぬ間にずいぶんと身構えてしまっていたらしい。


 言われてみれば先ほどまで取り巻いていた不穏な――変に刺々しかった空気もすっかり拭い去られ、目の前にはいつもどおりの穏やかで爽やかな幼馴染が佇んでいるだけである。

 

 思いのほか熱くなりやすいが、反省も真っ直ぐな彼らしい。

 微動だにせず頭を下げ続ける彼を見て、そう思ってしまった。

 とにかく開口一番に謝ろう!とでも強く決心して我が家を訪れたのだろうか。

 そう考えると、ここは多少なりとも彼の要望を汲んでやったほうがいいのかもしれない。


 気付かれないほど薄く一瞬だけ含み笑いをしてから、翔は色素の薄いふわりとした頭髪を軽くはたいてやった。


 ぺしっという微妙な音から数秒後。

 叩かれた頭部を押さえ、呆然と侑希が顔を上げる。


「……」

「ん? 殴れって言っといて、ホントに殴られるとは思わなかったってか?」


「あ、いや……平手でくるとは思わなかったから」


「だって、ゲンコで殴っておまえを馬鹿にしてみろ。俺が女どもに殺されるわ。つーか、俺だってまともに胸ぐら掴んだし……これでじゅうぶんおあいこだろ」

「いや、あんなことくらい何でも……! 俺のほうが本当に、とんでもなく――ゴメン!」


 先ほどよりさらに深々と頭を下げられてしまった。


「あんな言い方、聞かなかったことにしてくれとは言えない。許してもらえないかも――っていうか許してくれるはずがないくらい酷い言い方した、って……時間が経つほどどんどん後悔だらけになって――」


 何かに思い当たったのか、顔を上げた侑希がふっと自嘲めいた笑みを浮かべた。


「……馬鹿だよね。『後悔してない』なんて偉そうに言ってたくせにさ」

「侑……」


「でも! 許してもらえないかもしれないけど、瑶子先輩のことまで持ち出しちゃったのは……今は本当に心の底から反省してる。翔にとって大事な仲の良い親戚って知ってたのに、俺――!」

「わ、わかった……とりあえず落ち着け。な? もういいから」 


 それほど遅い時間ではないとはいえ、玄関先でこうも激しく爽やかに心の底から大反省されてはさすがに近所の目が気になる。

 未だどこの家のドアも窓も開けられてはいないが。  


「翔は優しいから、そうやっていつもテキトーに許してくれるけど!」

「テキトーって……」


 おまえ何言ってるか本当にわかってるか、とあらためて訊ねたい。

 こいつは今日だけでずいぶんと失言してはいないだろうか。


「けど……まあ、元はと言えばおまえにそういうこと言わせるくらい俺の態度にも問題あったってことなんだろ? 今いちピンと来てねえけど……」

「うん、それもある」


「……」


 ちょっとばかし下手に出ながらの言葉に対して即答か。

 思わずぱちくりと瞬きしてしまった。


「でもそれはそれ! だからってなあなあに終わらせていいことじゃない! その優しさに甘えてちゃ駄目なんだ俺! 自分が言った取り返しの付かない言葉については、最後までちゃんとしっかり謝らなきゃ気が済まないっ!」 

「だ、だから、もういいって……」


 というか、うるさい。

 某競技熱血指導者ばりに熱すぎる。 

 いくら爽やかでも熱血でもこの状況ではぶっちゃけ迷惑以外の何ものでもない。


 なぜか激しさを増す謝罪にゲンナリと半分頭を抱えた状態でチロチロ周りを気にかけて見せてはいるのだが、当の侑希は少しも意に介していない――というかまるでわかっていないようである。

 そろそろ真面目に耳を塞いでみようか。

 そうしたら気付くだろうか。


「それに何より、翔とこれっきりなんて俺死んでも嫌だから!」

「!?」


「これまでどおりずっとイイ関係でいたいから! ホントに俺あれで幻滅されて嫌われたらって思うと――!」

「わ、わかった。もういいから……」 

「よくない! あんな卑怯な言い方したまま翔と別れたくなかったっていうか!」  

「わかったから、やめろ! 悪気がねえならマジでやめろ、それっ」


 誤解されそうなことをヒトん家の前で大音量で叫ぶな、というのだ。


「……許してくれるのか?」


「だからもういい、つってんじゃん。ヒトの話を聞け……(憔悴)」

「……」


 安堵して力が抜けたのか、侑希がヘロヘロとその場にしゃがみ込んでしまった。


「よかったあ……。ホッとした……。これクリアしないと、ホント何も手につかなくて頭ぐしゃぐしゃで……」

「はあ? 大げさな」


 ポロリとこぼしてしまってから、はたと自分もヒトのこと言えなかったと思い直す。 

 自分とてさっきまでまるで課題に手を付けられずにいたくせに、何を偉そうに……。

 我ながらよく言えたものだ……と、そっぽを向いてついこっそり笑みをもらしてしまった。

 

「いやホント、大げさなんかじゃなく。ごめん……。俺ホント最近ダメダメだ。後でこんなにヘコんでまともに後悔するのに、どうもイライラに勝てないっていうか、気付いたらワケわかんないことしてるっていうか。考え無しに変に動いちゃってて――。後先考えず塚本先輩にも突っかかっていきそうになるし」


「そういや、そうだったな」

「ああああ……情けない」

「まあまあ」


 これだけ長く付き合っておきながら何だが、モノを考えていそうで結構熱くなるタイプなのだとあらためて思い知った。

 融通が利かないほど誠実で真っ直ぐ過ぎるからこそ、なのかもしれないが。


 まあ、今回の場合は例の寝不足からくる体調不良も大きく影響していたのだろうし、ある意味しょうがないことでもあったのだろう、と納得しておく。

 口に出してしまうとまた妙に自身に厳しい彼がひと暴れ(大謝罪大会)するのが目に見えている。……こっそり思考にも蓋をしておくことにする。


 とりあえず落ち着いたならさっさと帰って休め、と言いかけて――

 ふと、自身のどこかで何かが引っ掛かった。


「つーかおまえ、自分ん家に入る前にウチに来たのか?」


 ハテナマークを点滅させながら、しゃがみ込んだままの幼馴染を一瞥する。

 制服姿で陸部ショルダーバッグを肩に掛けたまま項垂れている侑希。  


 そんな鬱陶しい荷物くらい置いてくればいいのに……と思わなくもないが。

 まあ、いったん帰ってくつろいでしまうと出掛けるのが億劫になる、ということも理解はできる。

 ――が。


 数瞬前に感じた違和感はおそらく別のものだ。

 荷物が邪魔、などということではなく……。

 何だろうか。

 内心でさらに頭を傾げながら、そのまま何とは無しに侑希を眺め下ろしていると。


「ああ、まあ……うん。真っ先に謝りに来たかった、ってのもあったんだけど……」


 何やら急に爽やかオーラが引っ込んだだけではなく、少々バツの悪そうな素振りで侑希が立ち上がった。


「これから……その……ちょっと学校に戻らないと」

「なんで? 何か忘れ物か?」

「えと……う、ウン」


 目を泳がせながらうつむきがちにようやく首肯する幼馴染を見て。


 よせばいいのにちょっとした悪戯心が湧いてしまった。


「――何忘れたんだ?」

「……」

「言え。笑わねーから」


「か、鞄。中に家の鍵も入ってて……」


 学生が鞄忘れたあ?とここですでに心中ではプッと噴き出していたのだが。

 その直後、さらに追い打ちをかけられることになるとはさすがに思っていなかった。


「…………と、あと()()


 微妙な顔でクイクイと自らの足元を指す侑希。


(靴? といっても裸足なわけではないし、靴がどうしたと――――)


 彼の仕草に合わせて視線を落としたとたん、たちまち違和感に合点がいく。


「ぶっ……! お、おま――」


 遠慮なく、おもいきり噴き出してしまっていた。


「わ……笑わないって言ったじゃん!」

 

「ば、バカ……これが笑わずにいられっか。競技用スパイクのまま帰るとかならまだしも……ぶ、ぶははは……わ、わざわざう、()()に履き替えて帰ってくるって、ど、どんだけおまえテンパッて……!」   


 腹を抱えて笑い転げている最中も、自己嫌悪と大反省にまみれて「心ここにあらず」状態でぼんやりと帰り支度をしていたであろう彼の姿がありありと脳裏に浮かぶ。


 それだけ、あの時の自身の言動を激しく悔いていたということなのだろうが――

 この素敵な結果を見れば、申し訳ないが笑わずにはいられない。


「ハイハイ間抜けですヨっ。じゃあもう俺行くから!」

「ま……待て待て、侑」


 もういい好きなだけ笑ってろ、と言わんばかりにぐるりと方向転換した幼馴染の襟首をすかさず捕まえてやる。

 未だ容赦なく込み上げる笑いを堪らえながら、だが。


「何か御用でしょうかっ、?」

「悪かった。拗ねんなって。家入れねーなら傘持ってかねーか? もう降るぞ。やべーぞ。今なら超絶イケメンなボディガード付き」


「………………おまけ『()』要らない」


「よおっしゃ毎度あり! ちょい待ってろ。出掛けるっつってくる」


「(……いらないって言ったのに)……で? 何でボディガード?」

「女()け」



「…………逆だよね、それ」



 むしろ寄って来られるんじゃ……と降参の呆れ笑いとともに投げかけられた侑希の言葉は、すでにバタバタと玄関ドアの内側に駆け込んでいた背中には当然届かなかった。







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