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陽だまりにて待つ!  作者:
第4章 点と線
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想いの先へ(3)





 こうして長い長いため息を吐くしかできない自分に心底呆れる。

 堂々巡りばかりして情けないこんな自分の、どんな本心を訊きたくてあの幼馴染は……。  


 ――『言っていいんだよ。言うべきだよ。俺も西野が好きだって!』


(どうして……。何が侑希あいつにそう思わせた?)


 ……まあ事実や原因がどうこう以前に、彼を押しのけてでも前に出て行く場面など自分には訪れるはずがないのだが。

 よほどのことがない限り、この先も。


 言えるわけがないのだ。

 たとえ仮に、何かしら胸の内に思うところがあったのだとしても。侑希あいつにだけは。 

 

 彼の言うとおり、確かに自分はこれでもかというほど気を遣っている。

 やめろと言われても、彼の過去を失くしたのはこの自分だ。

 まるで気にかけないでいられるはずがない。

 消えない罪を背負っている以上、このまま延々と償い続けていかなくてはならないという気すらしている。


 失わせてしまった過去の代償として何をしてやれるだろうか? 他にはどんなことをしたら少しでも贖罪になるだろうか、と。

 そういう事実がある限り、たとえどんな本心があろうと言えるわけがないではないか。 


「――――って……え?」


 初めて、自分自身の意識の根底に触れたような――触れてしまったような気がした。

 

(……()()()()()()()()()()()?)


 では、もし何も余計な「事実」や「障害」、「罪悪感」というものが一切()()()()()()()()――――? 


 少なくとも、信頼する幼馴染に打ち明けていたような「本心」があった……?

 この自分の中に?


(や……いや。落ち着け。早まるな……)

 

 ぐるぐると巡る思考と妙な焦りを無理にでも纏めようと、無意識に両手のひらは額を押さえに向かっていた。


 ――『いや……そうじゃなく、俺は……』


 俺は……?

 何と言おうとしていた?


 ――『好きになったんなら、仕方ないじゃん? こうなったらもう……ごまかさないで変に気を遣ったりしないで、真正面からちゃんと言ってほしい』


(俺が――彩香を?)


 まさか、という思いでガバリと頭を起こし、完全に目を見開いてしまっていた。


 見る度いつも落ち着きなくて、めいっぱい駆けずり回っては喧しくガンガン吠え立ててくる女。

 よく転んでケガして、気付けば厄介事に首を突っ込んで行っていて。

 拗ねてたそばから笑って、かと思えば突然何かワケわからんことで泣いて……。


 よくよく考えると面倒くさいことこの上ない相手ではないか。

 理由を聞こうとしても一丁前にごまかしやがるし、すぐに逃げようとする。(彩香のクセに知恵の回るフリしやがって)

 考えれば考える程、呆れると同時になぜか笑いが込み上げてくる。


(ホントに何なんだ、アイツ……)


 鈍感なクセに他人のことにはやたら前向きだったりするし。

 そしてまた気付けば無茶なケガして。怒って泣いて、アイス与えると笑って……。 

 何を言いたいのか真っ赤な顔でボソボソ吃っていたかと思えば、いきなり張り手が来る。


 知らず、小さく噴き出してしまっていた。

 らえようとしても、くつくつと笑う声がどんどん喉の奥からもれてくる。


 何にしても、あの小柄な体のどこにそんなパワーが詰まっているのかといつも驚かされた。


 ……驚いたといえば、屋上でのあの一件もだが――。


 あの時、明らかにいつもとは様子が違っていた。

 泣きそうな怒ったような表情と震える声で、「冗談」という言葉(?)に過剰に反応していたように思える。


 直後「違う」と、自分や侑希に対して声を荒げたのではないと言っていたのを信じるとすれば、彩香あいつも、それこそ()()()何かあったのかもしれない。

 本人は必死に隠そうとしていたし、あれ以上突くと本当に泣き出しそうな気がして、結局は何も訊けずじまいだったが。


 あの元気の塊があんな様子を見せるような何かが、昔――?


 いったい、何があったというのか。

 


 ――『何か……あったの?』



 ふいに、先ほどクラブハウス前で顔を合わせた時の様子が蘇ってきた。


 ――『……早杉さん?』


 心配そうに不安そうに見上げてきた瞳。  

 それはそうだろう。

 喧嘩中とはいえ大親友の泣き顔を見た直後だ。


 何か言ってやるべきだっただろうか……。

 でも、何と?

 侑希の目の前で、何が言えた?


(俺が彩香のことを好きだと思い込んでいた侑の前で、何て……?)


 侑希あいつの疑いを、肯定も否定もできなかった自分に。


 そうだ……。

 はっきりと否定も――しなかったのだ、自分は。


(俺……は?)



 背後のベッド上で忘れ去られていたスマホが小さく震えた。

 見ると、新着メッセージが明々と点灯している。


【外。ちょっと出て来れる?】


 窓辺に歩み寄って少しだけカーテンを開けると、薄闇の路上に見慣れた人物の影。

 家の前に立ってじっと真っ直ぐにこちらを見上げているメッセージの送り主――沖田侑希の姿があった。







 ◇ ◇ ◇







(……どこに行ったんだろう……)

 

 会社帰りや学校帰りで行き交う人波の中で立ち止まり、彩香は息を切らせながらも注意深く周囲に目を凝らした。 


 休日によく二人で繰り出すといえばこの街。

 ショッピングやら何やらで真っ先に思い浮かぶのが、学校からさらに二駅先のこの界隈だと思ったのだが――。 


 迫る夕闇に、街の風景もだいぶ見えづらくなってきた。

 スマホの履歴画面にまだ変化はない。

 同時に時刻を確認して、彩香は再度、今度は少しだけゆっくりと周りを見渡した。

 高校生にとってはそれほど遅い時間ではない。いつもなら。

 何でもないときなら。


 でも――


(柚葉……どこ?)


 はっきりとした不安の形を掴めないまま、再び彩香は走り出していた。   

 どこかに消えていってしまいそうなくらい、か細く見えた親友の後ろ姿を求めて。







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