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陽だまりにて待つ!  作者:
第4章 点と線
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Past or Present?(5)




「いえ……。ない……です」  


 どうにも居たたまれない思いで消え入りそうな声を絞り出しながら、彩香は面を伏せた。    


 確かに――――沖田侑希の心情や苦しみなんて、まるで考えようともしていなかった。

 そんなこと、言われて初めて気付くなんて……。

 人として自分こそが最低ではないか、と強く思う。

 積み重ねてきた経験や記憶がある日突然欠けてしまうなんて、自分にはそれこそ想像することしかできないが、おそらくそうとうの衝撃を受けたはずで。


「ご、ごめんなさい……あたし。柚葉のことばっか考えてて、沖田くんの辛さとかは……その」


 渦巻く自己嫌悪と大反省にとうとう顔を上げていることもままならなくなって、強く目を瞑ってそのままさらにうつむいてしまった。


 ――が。 


「そうじゃなくて。()()()()。侑のこと、考えたことあるか?」


「……は?」


 ようやく、先ほどまでとはどこか違った空気の流れを感じて、思わずまともに見上げてしまった。

 冷静な、真剣そのものの早杉翔の表情を。


(あたしが?)


「だ、だから……さっきまでは柚葉のコトを思い出してくれないからムカつくって――」


 『今ようやく自覚しました、すみません』

 ――というのもやはり、今ここで付け加えたほうがいいだろうか? 

 ひょっとしたら申し訳なさが伝わっていないのかも、と思いながらさらに頭を垂れようとした瞬間。

 

 突如、翔が沸騰した。


「だあああああああぁっ! 高瀬のことはいい! とりあえず置いとけ。高瀬抜きで侑のこと! アイツ自身のことを、だ!」


「…………え?」


 ――非常に申し訳ないが。


 端正な顔をこれでもかというほど歪めて苛ついている(もったいない……)らしい目の前の相手が何を言いたいのか――――さっぱりわからない。      

 『何やらちょっと質問のピントがズレてやしないかい?』などと自分的には密かに思っているのだが。

 それとも、それほどまでに自分の理解力に激しく問題アリということなのだろうか?


(柚葉のこと抜きで『爽やか王子のことを考えたことがあるか?』と問われたらそりゃあ――)


「ない……ですけど」

「じゃ考えろ」


「はァ?」

「今すぐっ。なうっ!」


(な、何このデジャヴ……)


 恐ろしく目は真剣なままで、いったい何の話をしているのだろうこのヒトは。

 何を考えろと言うのだ。

 いよいよもってわからなくなり、彩香は内心で頭を抱えた。


「な、なんで……あたしが沖田くんのことを考えなきゃ、なんですか?」

「――」


 第一どこからそんな話が派生してしまったのだ?

 

(あ。もしかして『キス未遂事件』のことに何か関係が……? いや、でもあれは冗談だって本人も謝ってたし)


 ぱちくりと瞬きしながらどういうことかと見上げるも、今さら何かを言い渋っているのか単に勿体ぶっているのか、引き結ばれた唇は今度は微動だにしない。

 そればかりか深いシワが眉間に刻まれ、こめかみもわずかに引きつっている――ようにも見える。


 ちょっと怖い……。そして純粋にわからない。

 目の前のこの相手が何を示したいのか。つまるところ何を望んでいるのか。

 よって、わからないことはやはり訊くしかない。


「早杉さん?」

  

 眉をしかめて小首を傾げ、慎重に「全っ然わかりませんけど?」アピールを試みる。

 が――――やはり返ってくるのは沈黙ばかり。


 これはどういうコトだ? 何かの……表情を読む修行とか?

 しかも、なぜだろう。

 気のせいでないのだとしたら、翔の眉間の皺がますます深くなってくるような……。

 あまりの禍々しさ、謎の地響きさえ聞こえてきそうな不穏さに、知らず一歩だけ後ずさってしまっていた。(掴まれた腕のせいでそれ以上は無理だった。) 


「あ、あのう……ええと?」


 なんだ、この空気。

 彼はいったい何を怒っているのだろう。自分が何をしたというのか。


(いや……この相手になら積もり積もった心当たりは山ほどあるけど。けど沖田くんに? ……何? あたし何かした?) 


 無駄な足掻きでなおもじりじり離れようとする腕をしっかり確保したまま、ついに翔の表情がこの世の終わりでも見たかのような愕然としたモノに変わった。


「おま………………マジでか?」 


「え?」

「わざとやってんじゃねーよな? ソレ」

「そ……ソレとは何でしょう?」


 何とも居心地の悪い一瞬の空白。


「うっそだろ……? 本気でわかんねえ!?」

「だから何がですかっ」


 本気で顔をしかめて見下ろしてくる翔に、恐れ慄きながらも徐々にイライラがこみ上げてきた。


 察しが悪くて申し訳ないとは思うが、そう奥歯に物の挟まったような言い方ばかりしておいてわかれというのも、この人物にしてはずいぶん横暴ではないのか。

 あ、なんかマズい……。スイッチ入ってしまうかもしれない。

 そう思った時には、すでに遅かった。 


にっぶっ」


「――」


 吐き捨てるような翔のセリフ直後、脳内のどこかでカッチーンと聞き覚えのある音が鳴った。

 明らかにヤバいスイッチがオンになってしまったのを自覚する。

 突然ワケのわからない話をしてきたかと思えば妙な言い掛かりを並べ立て、あげくの果てに「鈍い」とな? 


(そりゃあ鈍いしおバカですけど? いろいろ突っ走ってしょっちゅう余計なことばっかりしてますけど? けどいきなりそれはナイんじゃないんっスか?!)


 じわじわと怒りが湧き上がり、据わった目がどんどん三角になってくる。

 好きなヒト相手だろうと怒りの感情と表現が正常に機能(?)する自分が何だか今は誇らしい。

 想いを寄せる女がすべて頬を赤らめてうつむいてしまうと思ったら大間違いなんだよっ、と言ってやりたい。


(はっ! い……いや、言ったら駄目じゃん! バレるじゃん!)


 激しく葛藤しながらも遠慮なく怒りを噴出させる一歩手前まで来ていたように思う。

 そんな様子を知ってか知らずか、翔が呆れたように眉根を寄せ宙を仰いだ。

 聞き捨てならない最大級のため息とともに。


「あーもー……いいよ。ったく……。部活行くべ」


 極めつけに舌打ちまで聞こえた(!)気がした。


(ちょっと待って! なんであたしが悪い、みたいになってんの!?)


 若干げんなりと面倒くさそうに踵を返す長身男を引き止めようと、精一杯力いっぱい地面についた両足にこれでもかと力を込めて踏ん張ってみる。

 と。

 掴んだままの腕のおかげで(放せばいいものを!)まともに歩み出せず、「ん?」と翔が振り返った。

  

 いっつまいたーん!


「――じゃあ、あたしも言わせていただきますけど。早杉さんこそ、いい加減こういうのやめてくれませんかね?」   

「あ? 『こういうの』って?」


()()、ですっ!」


 掴まれたままの二の腕を少しだけ浮かせて示した後、力いっぱい振り払うことに成功する。

 ――が、相手の反応はかなり意外なものだった。 


「え? あ……わり」


 あれ?と言わんばかりに目を瞠って、振り払われた手を素直にあっさり引っ込める翔。  

 何を驚いているのだろう?

 無意識に引っ掴んでいたとでもいうのだろうか? 

 ……何このヒト!? どんだけ!?

 どっちが鈍いって!?


「き――昨日言ったアレですよっ。『他人(ヒト)の気持ち考えろ』ってヤツです!」

「ん? ああ……だからそれって」


 こんな場面、他人に見られたら――というか彼女に見られたら――どうしよう?とか、なぜ思わないのだ。

 ついでに、『彼女』を悲しませない行動をとろうとか、大事にしてやろうとか、なぜ思い至らない? 

 無関心にも程があるだろう!


「早杉さんこそ、もっとちゃんと女の子の気持ちを考えるべきではっっ!?」

「え」


(『彼女』に牽制されて文句言われるのはこっちなんだよ! 理由はさっぱりわかんないけどっ)


「だいたいなんっで三年になってから部活なんて始めるんスか!」

「はああぁ?」


 なんでいきなりそんなトコに話が飛ぶ?とばかりに頭上では翔が目を見開いている。

 まあ、彼にしたら無理もないだろうが。

 だが自分は聞いてしまったのだ。「彼女」から。


「おとなしく勉強だけしてる時期じゃないんスか、普通!?」

「んだよ、何かマズかったかよ?」


「だ……だって瑶子さん、反対したでしょ?!」

「瑶子? あーそういや……した、ような? 受験に差し支えるからって。……っつか、なんで知ってんだ?」


「ほ……っ、他にも理由あるって思わなかったんですかっ? 反対の理由っ」


 『彼氏』が変わってしまうのでは?と不安だったのだと……悲しげに話していた瑶子を思い出す。

 あの時はよくわからなかったが、今ならなんとなく理解できる。

 自身の言動もまともに顧みれないようなこんな彼氏なら、なおさら心配になるだろう。


「他に――って、ええぇー……? 何だ?」

 

 しばらく宙を睨んで考え込んでいた翔が、とうとう何も思い浮かばなかったのか「わっかんねえ……」とボソリながら渋々といった体で視線を戻した。


「――つーか。だからってなんで俺が瑶子の言うこと聞かなきゃなんねーんだよ?」


「言うこと聞けなんて言ってないっ。た……ただ好きなら……っ、もっとよく話し合うとかっ! とにかくちゃんと気持ち考えてあげたっていいじゃんっ!――って話です!」


 好きなら――付き合ってるなら、ちゃんと気持ちを汲んでやれ! 心情を理解してやれ!

 大事にしてしてやれよ!

 想いが届かない者の分まで!  

 今までにないくらい真剣に、折れそうになる意志を叱咤しながら、ただ真っ直ぐに顔を見上げて決死の覚悟で吐き出した言葉だった。


 ――のだが……。

 


「…………あ? 誰が誰を好きだって?」



 一瞬唖然とした後に、眉をしかめて本気でわからないとばかりに寄せられてきた無駄に整った顔に。

 再び一気に怒りが振り切れた。

 ぱん!と響いた小気味良い音とともに、瞬時に右手のひらが熱を持つ。

 気付いたらまたしても、この相手をおもいきり引っ叩いてしまっていた。 


「何っなの!? 最っっっ低!! いつまでもすっとぼけてフラフラしてんじゃねーこのタラシっ! 変態! 女の敵っ! 浮気男! とっとと瑶子さんにフラれてしまえーーーーーーっっ!!」


 馬鹿みたいに叫びながら足はすでにクラブハウス正面に向けて走り出していた。







 容赦ない一発とともに何やらやたら聞き捨てならないことを一方的に叫び散らされ、しかも言い終わりを待たずにもの凄い勢いで走り去られ―――― 


いって……」


 ひとりその場に残された翔は、というと。   


「なるほど…………。を鵜呑みにしたわけね、おまえも」


 彩香の最後の言葉で腑に落ちつつ、久々にクリーンヒットした左頬をさすりながら――――   

 しばらくの間静かに苦笑するしかなかった。







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