表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽だまりにて待つ!  作者:
第4章 点と線
77/174

Past or Present?(1)




 こう見えて綺麗なものを愛でること自体は嫌いではなかった。

 説得力に欠ける、と傍からは思われるだろうが。


 綺麗なモノ。綺麗な景色。綺麗なカップル。

 そして、カップルではないにしろ綺麗な組み合わせ。

 自分とはまったく違う決して手が届かない世界……だからこそなのか、あきらめとほんの少し悲しい気持ちがあるだけで――。


 だが、なぜだろう? 


 彩香は小首を傾げながら、膨れたスポーツバッグをよいしょと担ぎなおす。


 十数メートル先――以前すったもんだがあった体育館横で向い合って佇む二人。

 すでに陸部ジャージ姿で大量のファイルを抱えている柚葉と、自分同様これから部活に向かうと思われる未だ制服姿の早杉翔。

 個々を見ると素晴らしく綺麗で見目良いはずのそのツーショットが視界に飛び込んできた瞬間、なぜか真っ先に思い浮かんだのは「違和感」だった。


 その理由に「はて?」とさらにアヒル頭を傾げ、一瞬だけどうしたモンかなと考える。 

 雰囲気を壊すようで若干気が引けたものの、そちらの方向に歩を進め(だってそうしなければ部活に出られない……)ていくと、ようやくその理由に合点がいった。

 組み合わせも確かに一風変わった感じがあったが、それ以前に柚葉が――例によって般若モード一歩手前の形相で翔を睨んでいた……のである。


(早杉さん相手にまた何か自分のことで怒ってくれている、とか? いや、さすがに冷戦この状況でそれはナイか)


 そろりと近付く気配に気付いて、翔と柚葉がほぼ同時にこちらを振り向いた。

 

「あ……」


 目が合った瞬間、わずかに驚いたような困ったような声を発したのは柚葉。

 若干あわてた素振りを見せたかと思うと、呆とするこちらの視線を振り切るようにしてクラブハウス方面へと急ぎ歩き去ってしまった。


(え……な、何? マズいとこに登場しちゃった……?)


 やっぱり空気読んで遠回りして行くんだったかー……と、とたんに居たたまれない思いと申し訳なさが込み上げてくる。


「す、すいません……今のってひょっとして」 


「ああ……もう少しで訊けたんだけどよ」

「――」


 柚葉の背中を目で追いながらため息を吐いているイケメン長身に、自分でも驚くほど片眉が吊り上がったのを自覚する。


「――それは申し訳ありませんでしたね。どうもお邪魔しましたっ」


「あ? ま……っ待て待てそういう意味じゃねえ」

「気になるなら今からでも追っかけたらいかがっスか? すぐ追い付けると思いますからっ(巻き舌)」


「ってこらこらこら、そういうおまえはどこ行くんだよ? 今来た方向じゃねーのか、そっち?」

「は……っ」


 やはり首根っこを掴まれて、そ……そうだイカン、部活行くんだった、と間抜けにも我に返る。


「……意外に拗ねるよな、おまえ」

「べ、別に……っ」


 そういう早杉さんこそ塚本先輩との秘密話に拗ねたじゃないっスか!……という心の声はもちろん内緒だ。 


「って、今日も一時間早くないですか? また早抜けしてきたとか?」

「あー、まあ……。ちょっと高瀬に訊いときてーコトあってな」


 もしかしたら意外に上手くサボり慣れているのだろうか?

 それでいて優秀とかどういうことだっ……と別な意味でも憮然としかけるが、今重要なのはそこではない。 

    

「もしかして、昨日の『アズ』って子の話ですか? だったらホントに、ほら、今すぐ追っかけたほうが」

「あー……や。今日はもういい。やっぱ何か高瀬あいつ恐え……」


 確かに般若な柚葉は恐い。

 誰よりも自分が一番よくそれを知っている。…………が。

 要領よく早退してくるほどその女の子のことを一生懸命探している――のではないのだろうか? そうでもないのか? どっちだ? 


「まあ、あの名前のこともだけど……。ちょい、昔のことを確かめようと」


(確かめる?)


 ぐにゃりと眉を寄せて反芻しつつ、わずかに首根っこの手が緩んだ隙にこの釣り合わない相手からパパッと離れることに成功する。

 気分的にも周囲の――特に瑶子の――視線的にも、無駄としか言えないこれ以上の接近接触は避けたい。


「昔の、って何ですか? きれいサッパリ忘れてるらしい沖田くんに関係あること?」


「え……」

「そーだ! 早杉さん何か聞いてません? 沖田くんから!」


 ここでついでに(というか、やっと)昨日の続きに言及できる!と思ったら、ボリュームもテンションも――さらに言うなら度忘れ沖田へのイラッと感も――急上昇していた。 

 昨日は結局瑶子の視線を気にするあまり、「また後でな」と言ってくれた翔の言葉をスルーして、練習が終わるなり速攻で帰ってしまったのである。


「九年も前のことだからって本っっ当に柚葉のこと忘れちゃってんのかなあ? 自分だけ! 柚葉なんてそのころから沖田くん一筋っぽいのに」


「――」


「ホントに一途でしょ? 酷い話だと思いません? だからあの爽やか王子にはちょーっと……いや実はかなりムカっ腹なんですけどね、あたしマジで!」


 ――――と。


 鼻息荒く言い切って、ようやく微妙な空気の流れに気付く。  

 しばらく声を発していないと思ったら、いつの間にかまたしてもすぐ間近に立ち、すっかり目を見開いて翔が見下ろしてきていた。

 昨日もなかっただろうか、こんなシチュ?


「……って、え? ……早杉さん?」


 大……丈夫、ですか?と眼前にヒラヒラさせかけた手が、突然ガシッと掴まれた。


「えっ!?」


 驚いて声を上げる彩香に頓着せず、ハッと我に返って辺りを見回し始めたかと思うと、翔はそのまま猛スピードで踵を返して先へと進み出した。 

    

「ちょ……何――は、早杉さん?!」


 手首を掴まれたままワケもわからず引きずられる形になり、コンパスの差と手のひらの熱さに狼狽えながら――彩香は焦った声を上げるしかなかった。







 ◇ ◇ ◇ 







(変な人……)


 ――『訊きたいことがある』 


 そう切り出したきり何やら言い辛そうに口元を結んで黙り込んでいた先輩――早杉翔の姿を思い出して、柚葉は内心で毒づいた。


 何だったのだろう、あれは。

 この組み合わせで話なんて何も……。


「あ」


 ふと浮かんだ可能性に、視界の一部が明るく開けたような感覚がよぎる。 


(もしかして前回のあの話の続き? 彩香の身に起こったことが何だったのか……まだ知りたがっている、とか?)


 思いのほか――いや思ったとおり彩香のことを気にかけてくれている?

 だとするとやはり、自分がこれまで散々あきらめるなと言ってきたのは正しかったのでは?と思えてならない。


 ……が、まだ駄目だ。

 本当のところは何もわからない。

 ぬか喜びはしたくないし、彩香にもさせたくない。

 結局あの人物の口から何も語られないうちに彩香が通りかかって――。


「……」


 大丈夫だっただろうか? 

 一緒にいたせいで何か変なふうに思われたり――誤解されたり、とかしなかっただろうか。

 何かというとすぐあきらめて、そんな必要もないのに身を引いてしまうような性格だ。

 あのシーンが元でさらにあきらめようとする気持ちに拍車がかかってしまったら、どうしてくれるのだろう。

 どうしてくれようか? 少なくともただ睨むだけじゃとうてい物足りない。

 まったく……ロクなことしない、あの男。多少見た目がいいのは認めるが。


 知らず、大きなため息がもれてしまっていた。


 瑶子と付き合ってるなら付き合ってるで他の人間に妙なちょっかい出すべきではないし、付き合っていないのなら……もっとはっきりきっぱり突き放せというのだ。

 美術室で他の女生徒をフっていたあの時のように。 


 しかも冗談でつい「バカ」だ「ブス」だなどと今まで散々彩香に言ってきたのだという。

 よりによって彩香に。


 …………許せない。

 何サマだあの男。

 うっかり良い人だと思って「応援する」などと言ってしまった過去の自分にも、今さらながらイラついてしょうがない。

 彩香があそこまで想いを寄せているのでなければ、あんなワケのわからない男とっととあきらめろ、と言い含めてやるものを。


(本っっっ当に頭に来る!)


 いつの間にか到着していたミーティングルームのドアを、イライラに任せて思いきり開け放ってしまっていた。

   

「――」


 部屋の中には、バタン!という盛大な音に驚いて肩を震わせた沖田侑希の姿。   


「ゆ、沖……あ、ご……っ、ごめんなさいっ!」


 叫ぶように謝りつつ、気付いたら回れ右してあっという間にドアを閉じてしまっていた。


(きゃーーー! あたしったらつい乱暴に……。イライラの表情まで見られた? ど、どどどどうしよう……は、恥ずかしいっ)



 後ろ手に閉めたドアに寄り掛かったまま深く激しく反省していると、かちゃりとノブの回る音。


「どうした高瀬? 俺が着替えでもしてるように見えた? 凄いあわてぶりだったな」


 中からひょっこり現れたのは、常と変わらず爽やかにクスクスと笑う顔だった。


「いいよ入って。仕事できないだろ」

「あ……」


 優しい。そしてまぶしすぎる。

 恥ずかしさのあまりすっかり逃げ腰だったものの、わざわざ腕の中のファイルを半分引き受けてまで招き入れてくれる気遣いを見せられては入室しないわけにはいかない。

 というかそうか……ファイル整理のためにここを訪れたのだった、と今さらながら気付き、彼の後に続いておずおずと踏み入った。 







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ