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陽だまりにて待つ!  作者:
第3章 なんでこうなるかな?
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馬鹿だなあ、とは思うけれど(3)




「ちょ……」 


 大げさではなく背中に冷たい汗が流れた。


「ちょちょちょ――は、早杉さん……何かヤバいですって」


 いくら何とも思ってなくても、たとえ単なるネコ扱いだろうと。 

 一般的に「彼氏」が他の女に触っているこういう状況はマズイというのに。 


()()さんに変な誤解される前に、は……放して!)


 こちらのパニックにはまるで気付かず土日がどうだああだと塚本と話し込んでいる翔の腕を、「気付け!」とばかりに肩越しにぺしぺし叩いてやる。(どう見ても猫)   

 

「ああ? 何だ急に暴れだして」

「と、とりあえず手! 放したほうが……。ヤバいですって。ヘンな誤解され――」


 目は美しいヒトに当てたまま、冷や汗だらだらで必死に拘束から逃れようとしていると。 

 次の瞬間、瑶子がふいと踵を返してどこかへ歩き去ってしまった。


「って……ああああああああああ!」

「おわ」


 絶対、誤解された。 


 遠目とはいえ辛そうな……泣きそうな感じに見えたのもおそらく見間違いなどではなく。 

 あれは……あれはマズイ。

 おそらく――いや絶対、まともに敵認定された。

 いや、そんなことよりも……傷付けてしまったかもしれなくて……。


「もう……」


 どうして早杉(このヒト)はこうも鈍いのか。

 自分がどれだけ「彼女」に……女の子に想われてるか、本当にわかっていないのだろうか。 

 そんなにどうでもいいことなのか。


「もぉ……! もおーっ!!」 

「な……何だ?」


 イライラとやるせなさが募って、思わず意味もない雄叫びを繰り返してしまっていた。

 傍から見ると本当にワケがわからず馬鹿みたいだろう。


「どうしてこうデリカシーってもんが無いんですかっ!? もうちょっとヒトの気持ちを考えてよ!」

「……え?」


「何も考えてないんだとしてもっ! 自分の行動ひとつで誰かが……誰かが、すごく傷付いたり悲しんだりするんだって……もっとちゃんと……自覚してくださいっ!」


 「彼女」の気持ちを。

 そして自分の気持ちを。…………ってこれは無理か。

 知るわけないし言うつもりもないからそれはいいが……! 


「お……落ち着け。何だかわからんが、と……とりあえず泣くな。な?」

「な、泣いてないっ!」


 とりあえず力いっぱい否定してみたものの、目は潤みすっかり涙声になっていたことに今さらながら気付いた。 


「早杉……。俺の恩人泣かすなよ」

「えええぇ……俺のせい?」 


 塚本に白い目を向けられ、ワケがわからないままゲンナリ唸る翔(首根っこはナゼかまだそのままだ)を見て、本当に何やってんだ自分……と思った。


 おそらくとんでもなく意味不明で生意気で場違いな発言をしていると思われているだろう。()()

 自覚がある分、だからこの相手よりはマシなはずだが、もうこれ何度目だ……と思うと内心ものすごく項垂れたくなってしまった。

 また困らせてしまっているだろうことは確かなのだ。 


「と……とりあえず放して、ください」


 明らかに落ちたトーンでぼそぼそと、ささやかに解放要請してみることにする。

 すでに視界に入る範囲に瑶子の姿は見留められないが。

 いつまでもこの格好は、困る。


「そ、そこ持たれると、めめめ目立つんスよ……」

「? 何が?」


 整った顔にキョトンと見下ろされて、一瞬うっ……と言葉に詰まった。 

 詰まるが――――もうここまできたら言ってしまえ、と内なる己が唆す。


「お……凹凸の少ない()()()が強調されるんデスっ!」


「――」


 って、なんでこんなことまで申告せねばならんのだ! 



「…………ドンマイ」



 励まされてしまった!


 やや呆気にとられたような表情で言い切った翔の横で、もうダメだ、とばかりに爆発したように塚本が笑い出す。


「も、もぉーーー! ヒドい! 早杉さん最低!! セクハラ! 変態! 最悪!!」

「そこまで言うか? そんなことくらいでおまえ――」

「そんなことって!!」


「あーわかったわかった。ごめん悪かった。ハイどうどうどう」


 ゲンナリとなげやり感を漂わせながら、大きな手のひらがアヒル頭をぐりぐりと撫で始める。

 鷲掴みにはあれほど気を遣ってくれていたというのに、このテキトーさ加減は何だ!?

 どう考えてもなし崩し的に場を収めようとしてるだろっ!?


「全然気持ちがこもってナーーーーイ!」

「ど、どうしろっつーんだ……」

「そりゃーおまえ、アレだ。抱きしめてキスの一つでもしてやるしか」


「塚本先輩もヒドい!!」


 笑いすぎだし、そんなとんでもない冗談をいけしゃあしゃあと!

 恩人だと言ってくれていたのではないのか。 


「悪い悪い。お詫びにとっとと退散するからよ。じゃーな早杉」


 いや、お詫びに退散って流れ的にすでにおかしいから!

 これはアレか。

 以前沖田侑希との何やかんやを翔に企まれていたように、アナタも自分らをくっつけさせよう作戦ですか、ひょっとして!


 去りかける背中に抗議の声を上げようとしたところ、思いのほか和らいだ表情で塚本が振り返った。 


「ほら。やめる必要ねーじゃねーか」


「――」


 にまっと口の端を上げた顔に、思わず固まってしまう。 

 

 やはり彼もそれを言うのか。

 あきらめる必要などないと。


(いくら他人ごととはいえ、なんでそんな……みんなして……)


 傷つくのは自分なのに。 

 言い様のない、苛立ちのような悲しみのような思いが込み上げる。


「やめる? なにおまえ、部活やめんの?」


「い……いやっ、そうじゃなく……」

「じゃ何やめんだよ」


 あなたを好きでいることを――。

 当然、言えるわけがないが。


「な、何でもない……デス」

「ああぁ?」

「言ってもいいと思うぞ」

「つ……塚本先輩!! そ……そん――だ、だだダメッ!」


 力いっぱい両手と首を振ってやると、塚本は微妙な笑みとともに肩をすくめた。ため息混じりに。  


「わかったわかった。安心しろ。言わねえから」


「んだよ、おまえら二人してよ」

「わりい。恩人の秘密は守る」


 やや面白くなさそうに憮然と睨む翔を軽くあしらい、あらためて視線を向けてきた塚本がふっと口の端を緩めた。


「けど、頑張れ」


「……」


 少ない表情の中に見え隠れする優しさと、頑張れない現実――頑張ってはいけない現実に、また無性に泣きたくなってしまった。







 塚本の後ろ姿をぼんやりと見送りきって、思わずハッとする。

 グラウンド端のフェンス近くに二人だけ取り残されたこの状況――――どう考えてもいいはずがない。


 先ほどの瑶子の視線のこともあるし、無人の屋上と違って他人の目もわんさかあるのだ。 

 話とやらをとっとと終わらせてなるべく早くこの人物から離れなければ、と彩香は首だけねじ向けてあえてしかめ面を作って見せる。   


「……何ですか話って?」

「あ、ああ」

 

 逃げないと納得してくれたのか、ようやく襟首から早杉翔の手が離れた。

 が、ホッとしたのも束の間。


「ふぐ……っ!?」


 気が付くとまたしても鼻をつままれていた。


「っつーか、さっきのアレ何だ? デリカシーだの傷付くだの」

「ひ、ひいえっ、はえはあの……っ(い、いいえっ、アレはあの……)」


「泣くほどまた何か――俺おまえに何かしたか? アレか? こないだの屋上での続きとかか? 言ってみろほら、聞くから」

「ひ……ひえ、ほえはひあいあふっ(い、いえ、それは違います)」 


 っていうかこのままじゃ苦しくて言えねーし!(言うつもりもないが)

 心中で盛大にツッコミながらも、ど、どどどうしよう、どうごまかそう……と頭をフル回転させていると。

 突然、思いのほか早くに鼻が解放された。


「――――しかもいつの間にか塚本と何か結託してるしよ」


「け、結託って別に……」

「まあ、話したくねーならいーんだけどよ」


 そう言いつつも何やらもの凄く不服そうに宙を睨み上げている翔を、ついポカンと眺めてしまった。 


(こ、これはもしや……拗ねている?)


 自分だけ仲間外れにされたようでちょっと面白くない、といったところだろうか。


「……早杉さん。なんか可愛い」

「ああああ?!」

「はっ! す、すいません失言でしたー! っていうか、話……話! ほ、ほら休憩時間終わっちゃう……! そちらの話とはっ?」


 迫り来る大きな手のひらを躱しながら、どうどうどう……と下から宥めるように話を戻そうと試みる。

 とにかく何かで意識を上書きしなければ!と必死で絞り出したセリフながら、だがそう言えばそれこそが本題であったのだと今さらながら気付いた。 


「ああ……まあ、まともなおまえとようやく話せると思ってよ」

「マトモ?」

「動けねーイライラも相まって意味なく八つ当たりコーチだっただろ、昨日まで。あんな状態で訊けるか」

「う……っ。す、すみません。ゴメンナサイぃぃ」


 やはり部員一同にはそうとう迷惑をかけてしまっていたのだ。

 自覚は一応あったものの、あらためてじわじわと申し訳なさが込み上げた。

 ペコペコと平謝りする様子にようやくため息付きの笑いをこぼして、翔が金網に寄り掛かったまましゃがみ込む。 

 

「や。意味なく――はねーか。元はといえば高瀬とのケンカからだろ」

「は、はぁ……」


「やっぱアレか? 侑とのことがバレたか?」


 さすがに隣に並んでしゃがみ込むわけにもいかず、どうしたモンかな……と直立不動で思案していると、声だけ落として窺うように翔が真っ直ぐ見上げてきた。


(まったくもうこのヒトは……)


 つい眉根を寄せ、まともに苦笑いしそうになってしまう。

 図書室での一件も柚葉の沖田侑希への恋心についても知ってしまっているとはいえ、そんなことまで気にしてくれて……。

 本当に見事なボランティア精神ではないか。


「いえ、逆で……。それを言えなかったばっかりに、()()なってます……」


(それだけじゃ――ないけどね)


 この相手をあきらめると宣言してしまったことに対しても、柚葉は怒っていたのだ。


「あー……。何つーか……おまえも大変だな」


 当然そんなこととは気付けるはずもない翔に、これでもかというほど同情の目を向けられた。 

   

 わかってくれるならすんなりあきらめさせてくれよ……。

 いろいろ気にしてくれちゃったりとか、こういうふうに変に二人の状況作ってくれたりとかしないでさ……。  

 ――なんて心の声も、もちろん言えるはずもなく。


「……話ってそのこと、ですか?」


 こっそりため息をついて、しゃがみ込んだままの長身をあらためて見下ろした。  

 つまり柚葉とのケンカの原因を知りたくて?


 まさかまだあの屋上での逆ギレ動揺事件を気にしている!?――と先ほどの彼自身の言葉から一瞬勘繰ってしまったのだが、無用な心配だったようだ。

 こっそりわざわざ柚葉のところに訊ねに行った(らしい)くらいだし、罪悪感に駆られてこのヒトもやっぱりずっと引きずって気にしてくれちゃってるのだろうか、と深読みしてしまったのだが。


「あーいや……それも、だけど」

「だ、『だけど』……?」


 思わず眉根を寄せて、ぎくりとすること再び。



「おまえらの近辺で『アズ』って名前の子が居なかったか、一応もっかい訊いときたくてな」



 思いがけない話題に、なんだそっちか……と少なからずホッとした。

 と同時に別の思いもまた込み上げる。

 どこか思いつめたようにも見えるその横顔を見て、こうして再確認しに来るほど結構本気で動いていたのか、その人探し……と純粋に驚いてしまった。 


 そもそも以前にも話に出たその「アズ」という女の子はいったい何者で、なぜ翔は探しているのだろう? 

 何やら無性に気になった。 







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