馬鹿だなあ、とは思うけれど(2)
どこまで本気で解説したものかとうつむきがちに考え込んでいると。
「まあ……何だかわかんねーけど。恩人の頼みなら聞くけどよ」
何を思ったのか、残念……とばかりに塚本の声が落ちた。
(恩人って、またそれも大げさな……)
逆にこっちが悪いことしたのにまだそんなこと言ってくれてるのか、とも思ったが――。
「あ……ありがとうございます」
彼らの卒業を待ってあとはただひっそり忘れていくだけの身としては、他に広めないでいてもらえればそれでいい。
「逆に協力しろって言うんなら、誰を蹴落として陥れてでも協力するぞ?」
「ぎゃー! それダメッ」
「何なら早杉自身をちょいと脅して――」
「ダメダメダメ絶対ダメですっ! あんな世界が違うヒト、あたしなんかに関わってていいヒトじゃないんで!」
「そうか? 結構似合いだと思うぞ」
「はいーーー!? めっめめめ滅相もありませんっっ!! 」
「――――よくわからん。何にビビってんだ、アンタ?」
「ビビって……とかでは……。と、とにかくダメなんです! 早杉さんには彼女がいるんだし」
「そうなのか?」
「そう……なんでしょ?」
「知らねえ。つか興味ねえ」
確かにまるで興味が無さそう、ではある。
だからといって、まるでつり合わない自分たちを「お似合い」と表現するセンス?……というか感覚の程はいかがなものか。
あなた大丈夫ですか?と真剣に問いたい。
「――そうだ。ちょい早杉呼んでくれるか? アンタのそのデケえ声で」
微妙な顔で黙り込んでしまった彩香に何を思ったのか、急に何かを思い出したように塚本が身を乗り出してきた。
「え?」
「えーと……そう。その日曜のことで話あったんだわ、そういえば。今状況的にマズイ、とかだったら別にいいけど」
短距離チームも休憩に入ったという点では問題ないだろう。
そう考えながら何気に振り返る。
「いえ今……は大丈夫っぽいです。ちょうど休憩――……あ」
すぐにあの高身長のシルエットを探し当てるなり、あちゃーと思ってしまった。
タイミング的には非常によろしくない。
「やっぱり今はちょ……ちょっと、やめといてあげたほうがいいかも、です」
「? なんで」
あーうー……と唸りながら、それとなく瑶子との見目良いツーショットを指し示してやる。
「お……お邪魔したらアレだし……」
「別にいいだろ。話くらい。ほら、呼べ」
「えっ、ちょ……」
マズイ状況なら別にいいって言わなかっただろうか、このヒトは?
「呼ばねーとアンタの気持ちバラすぞ」
「!?」
恩人とか言っておきながら、この仕打ちはいったい何だ!?
「ほら呼べ。今すぐ。呼ばねーんならアンタがあいつを好――」
「わ、わわわかりましたああああ(ヤケ)! は……早――」
が、とっさに思い止まることができた自分はなんて偉いのだろう。
今この瞬間は意地でも名前を呼びたくない、と思ってしまった。
それでなくとも黄色信号(牽制ってことはギリギリ赤?)らしいのに「彼女」に正式な敵と認定されるのだけは避けたい。
あくまで塚本に命令されただけであって、自分があのツーショットを故意に邪魔するわけではないのだ。
そうだ、自分は悪くない。
悪くないが、今はタイミング的に意地でも名前を呼びたくない。(あまり意味はないのかもしれないが)
結果――
「そ……そこのデカいモテ男!!」
混乱と妙な意地と謎の度胸でつい必要以上に大声で叫んでしまってから、くらりと軽い目眩を感じる。
な……なぜだ。
早杉翔だけでなく、沖田侑希にまで振り返られてしまった。
そ、そうか爽やか王子もそれなりに身長あるほうだから無理もないか。
それどころかその他数人――明らかにモテ種族外の人間も振り返ったぞ。
まあこれに関してはほぼ反射的なものだろうから、「おまえら図々しいぞ」なんて責めようとは思わないが。
というかむしろ。
え、俺?とばかりに自身を指して確認を求めてくる本物のモテ種族二人のほうを責めて――いや攻めてやりたい。(よく考えるとこれもなかなかムカつく話ではないか!)
諸悪の根源(塚本)は後ろで身を屈めて笑いを堪らえっぱなしで、まるで助けようともしてくれない。
で、でも言うこと聞いて呼ばないとバラすとか言ってるし!
「ち、違う。えーと、ちゃ……チャラいほう!!」
――思わず今日一番の大声でそう付け加えてしまった自分は、もう完全にやけっぱちだったのだ。
それだけだ、決して自分は悪くはない。
そ……そう信じたい……。
が。
そうした言い訳も虚しいほど、不穏な空気はズンズンと近付いて来つつあったのである。
「おーーまーーえええぇ、何っつー呼び方すんだ、よっ!」
「ふがっ」
猛スピードでズカズカ歩み寄ってきた早杉翔に、低い鼻をおもいっきりつままれた。
その直前。いつもの鷲掴みモーションで大きな手のひらが一瞬頭上を彷徨ったのだが、さすがに躊躇ったらしい。
相変わらずの気遣いと見惚れるほどの格好良さに、妙なポーズながら思わずじんわりほっこりしてしまった。
というか、そんなところに気が回るならいっそ何もしなきゃいいのに……という気がしないでもないが。
どうにも手を出さずにいられないほど今回もまたムカつかせてしまった、ということなのだろうか。
「あ、あっえ! うあおおへんあい――」
「何言ってっかわかんねーし!」
ならまずはその手を離して!
目での訴えが成功したのか、すぐに鼻は解放された。
「だ、だって塚本先輩が話があるとかで……どうしても呼べって――」
「ああぁ?」
とりあえず該当者を無事に呼び出せたのだからいいではないか!……とは恐ろしくて言えない。
多少なりともチャラ男の自覚があるからこそ、こうしてちゃんと(?)出てきたのではないのか。
もっとも、爽やかを絵に描いたような沖田侑希に比べたらあの場に居た誰もがそう(自分のほうがチャラいと)思ったのかもしれないが。
申し訳なくて「彼女」の前ではどうしても名前を呼びたくなかったんでいっ!……と脳内ブーイングを起こしながら鼻をさすっていると。
「いや……よ、呼べとは言ったけど……あんな呼び方するとは思わねーだろ普通」
未だ笑いをこらえながら、塚本が苦しそうにフェンスに縋り付いていた。
意外にも笑い上戸だったりするのだろうか。
いつもこんな感じなら取っ付きにくくなくていいのに、などと少し思ってしまった。
そんな塚本がふと何かに気付いたのか、そのままひらりと片手を上げた。
「――よう」
先ほど自分に向けて挨拶してくれたように。
後ろに誰か……?と思いながら翔と二人、振り返ると。
いつの間にか、チャラいほうではないはずの沖田侑希まですぐ近くまで歩み寄って来ていた。
「こないだはすみませんでした。考え無しに変な疑いを……」
フェンスを挟んで真っ直ぐ塚本に向かうなりぺこりと頭を下げる侑希に、比較的機嫌が良いらしい強面がさらに緩んだように見えた。
「いや、こっちこそな」
この間とはいつのことだろう。
知らぬ間にこの二人に何かあった……?
まるで雰囲気の違う彼らに、いつの間に接点ができていたのだろうか。
翔も事情を知っているのか、黙して二人を見守っている。
「え、こないだって……何か、あったの?」
男同士で何か――物騒なことにでもなりかけた、とか……?
中学生との一件があるせいか、塚本に関してはどうもバイオレンスなイメージを払拭し切れない。
今現在こんなに穏やかな笑み(というかゲラゲラ笑ってたけど)をしているのに申し訳ないとは思うが。
「いや、大丈夫。ちょっとね」
やや心配そうに二人を見比べていた彩香に、相も変わらず爽やかな笑みを浮かべて侑希。
「ちょっとそれだけ言いたくて。じゃ、失礼します。お話し中すいませんでした」
用はそれだけですと言わんばかりに塚本に再度軽く会釈して、爽やかイケメンがグラウンドへと駆け戻っていく。
相変わらずなんて礼儀正しいんだ……と小さく感動しかけ、ふと思ってしまった。
何となくというレベルではあったが、その背中が――というか雰囲気が、どこかまだ本調子ではないように見えた。
もしかしたら未だに眠りに支障が出ているのかもしれない。
あるいは……と、思わずきゅっと下唇を噛みしめる。
脳裏をよぎるのは、先日の図書室でのこと。
やはりまだあの一件について、この自分に気を遣ってくれているのだろうか。
八つ当たりスパルタコーチから何かを学んだのか、下手に謝ったほうが何やらマズそうだと身に滲みたのか、あれから一度もその件には触れてきてはいない。
いない……が、バツの悪そうな気配は少なからず伝わってくる。
ほんの冗談だというアレこそ記憶からガッツリ消去して今後一切表に出さないでくれるなら、こちらとしてはそれでもうじゅうぶんなのだ。
そしてその分、記憶と気力を総動員して一刻も早く柚葉のことを思い出すか気にかけてくれれば……と思って止まないのだが――。
「で、塚本。話って?」
「あ……ああ、日曜の件だけどな」
すぐ横でおもむろに「話」が始まった三年男子ふたりの声に、はっと我に返る。
そうだった。
塚本が何か翔に話があるとかでこういう状況になっていたのだった。
そ、そいじゃあたしも御免なすって……とこっそり離脱しかけた襟首が、例によって背後上方からガシッと掴まれた。
「え……っ」
「彩香はちょっとここに居とけ。話がある」
しれっと言い放って、直ぐさま塚本との話に戻る翔。
(は? こ……このポーズのままで? 何? さっきの呼びつけ方のことで説教とか? それとも八つ当たりコーチの件で今さらクレーム?)
がっちり掴んだ襟首から手を離そうとしない翔に恐れおののきながらも、つい眉根を寄せて睨み上げてしまう。
「っていうか、あ……あのぅ。むやみに首根っこ掴むのやめてもらっていいですか」
「なんで」
(「なんで」って……!)
いい加減みんな「ナンデ攻撃」やめよう!
聞きたがりの三歳児じゃないんだから!
「な、なんでって……あたしネコじゃないんで」
「似たようなモンだろ」
「はうっ!?」
どういう意味で!?
驚きのあまり目を見開いて素っ頓狂な声を上げてしまった時には、塚本はすでにまた苦しそうに腹を抱えていた。
「い、いいから放してくださいって……!」
「だって今放したらあっという間に逃げるだろ、一目散に。話あんだって」
(やっぱりネコ扱いなんかいっ!)
だ、だってこんな状態でもし誰かの目に留まってまた妙な誤解でもされようものなら……と、あわてて周囲警戒し出したとたんに――
「……!」
おーまいがっ!
誰か――どころか、まともに篠原瑶子と目が合ってしまった。
たまたまという雰囲気ではなく、どうもずっとこちらの様子を窺っていたとでもいうような真っ直ぐな強い視線で――。




