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陽だまりにて待つ!  作者:
第3章 なんでこうなるかな?
73/174

馬鹿だなあ、とは思うけれど(1)




 その小さな幸運は突然やってきた。


「え」


 厚いマットに沈み込んだまま、彩香はぱちくりと瞬きを繰り返す。

 あまりにも突然すぎて呆気なさすぎて、()()と気付くまでにわずかに時間を要してしまった。

 バーが落ちていない。どころか掠りもしなかった。


「う……ぅわああああぁぁあああ」


 がばりと身を起こして興奮し始める彩香の元に、比較的近くにいた香川が駆け寄ってくる。


「やったな、西野!」

「み、見ました? 部長……。あたし今」


 だって……だって、まさか跳べるとは思っていなかった。

 医師からようやく許可が下りての部活動再開、初日の今日。

 気張らず気負わず、以前の感覚だけに頼った――ほんの身体慣らしのつもりでの跳躍第一回目だったのだ。


「見た見た。跳べてたぞ」

「この高さ、初めて跳べましたあああああ! まだ全然低いけど」


 そう。本来これほど大騒ぎして喜ぶべき高さではないのだ、まったく。ぶっちゃけて言うと。


「いい、いい。自己記録更新には違いない!」

「すごいじゃん西野ちゃん。やったね」

「あたしも見たよー」


「は、はいっ! 今ならいきなり10センチ上げても行ける気がしますっ」


「普通にそりゃ無理だ」

「調子乗りすぎ」


 香川以外にも後ろから駆けつけてくれた高跳びメンバーに次々に頭を撫でられ背中をどつかれる。


「って…………あああああああああああ!」


 力いっぱい祝福を受けながら、ふと――あることを思い出して叫んでしまっていた。


「うわ、な、何?」 

「相変わらず声デカいなー」


「あ、すみません……。ちょ、ちょっと……いえ、なんでも……」


 跳躍前のちょっとした願掛けを忘れていた!

 久しぶりすぎてすっかり抜けていたのである。 


(あーあ、ダメ元でも何か唱えておくんだった。アイスでも牛肉でも。……「柚葉と仲直り」でも)


 すでに願掛けではなく単なるご褒美扱いになっている品々に加えて――久しく言葉を交わしていない親友を思いながら、そっと息をつく。

 完全に失念していたのだから、ダメ元も何もない話だが……。

 バカみたいだが、やけに損した気分になってしまった。 

 とともに、人知れず微かな苦笑とため息がもれてしまう。


(それにしても、やっぱりか……)


 やはり()()自分では嬉しい気分など――念願の跳躍成功で湧いた喜びでさえ、少しも持続しないらしい。

 そう思うとせっかく成功したこの状況においても、喜んでくれているメンバーたちには悪いがとてつもなく複雑な思いが湧き起こるのみ……なのだ。

 

 ふいに、視線を感じて顔を上げる。

 ――と。


 十メートルほど先で、それまでこちらを見ていたらしい柚葉がハッとしたように肩を震わせた。

 バインダー数冊を胸に抱え込んだまま一瞬だけバツが悪そうに視線を彷徨わせて、すぐに何ごともなかったかのように顔を逸らしクラブハウス方面へと歩き去ってしまったが。


「……」


 成功の喜びに沸くハイジャンチーム一同とプラスアルファに目を細めていたように見えたのは、気のせいだったのだろうか。 

 わずかに驚いたような今の様子からすると無意識だったのかもしれないし、普通に勘違いかもしれない。


 けどもしかしたら、ともう一度目を上げて遠ざかりつつある後ろ姿を目で追う。 

 自分と同じように、少しでも気にしてくれている……のだろうか?  



 あの駅前での大衝突から明日で一週間になる。  

 青アザはほぼ消えて薄っすらと名残を残すのみになり、部活許可も下りた。

 以前と変わらない平穏な日常が戻ってきつつあるのに――――隣に柚葉の姿だけがない。


 最初の数日こそ「何あの棚上げ!? しょせん他人ゴトだよね!」と怒り狂って、スパルタコーチという建前で周囲にも散々八つ当たったりした(自覚はある)ものの。  

 何やってんだあたし……という自己嫌悪は日に日に強く大きくなっていった。

     

 柚葉の応援や心配、怒りも心からのものだとわかっていながら……。

 それでも自分を優先してしまったのだ。

 傷つきたくないという心の内を。


 八つ当たりとしか呼べない態度で「放っておいてほしい」と言い放ってしまったのは…………大事な親友の手を離してしまったのは、自分だ。


 わかっているのに……いや、わかっているからこそ、歩み寄るための――謝るための一歩が踏み出せない。

 あんな撥ね付け方をしておいてやっぱゴメン、は虫がよすぎる。……気がする。


 いや、気がするどころではない。

 絶対そうだ。

 考えれば考えるほどあの態度が許されるとは思えない。

 心底心配してくれた親友にあんな逆ギレ――というか憂さ晴らし以外の何ものでもない言い方をしておいて……


(今さら「ごめん」とか軽すぎるでしょ……)


 それに――とわずかに眉をしかめ、困り顔のまま睨み付けるように宙を仰ぐ。


 素直になれない理由はそればかりではない。


 自分の非を認めるのはともかくとして、だからってこっちにだけ「想い人をあきらめるな」と言うのはやっぱり柚葉も横暴だし棚上げだ!

 そう思う気持ちにも未だ変わりはないのだ。


 今すぐにでも沖田侑希と――大好きなヒトと纏まってほしいと思うのはこちらも同じなのに。

 結果、どうにもヘンな感情を抱いたまま動けない。 


(単に引っ込みつかなくなってるだけ、とも言うかも……?)

 

 どちらにせよ素直じゃなく意地っ張りな自分には心底呆れるし、バカだなあとも思う。


 ハイジャンが成功しても驚くほど気持ちが弾まないのも。

 何をしていても……楽しいことがあっても心から喜べないばかりか、意外なほどにすぐ冷めてしまうのも。 

 本来ならきっと手放しで一緒に喜んでくれたはずの大親友が、側にいないから。


「……」


 本当に馬鹿だ。わかっている。

 こんな馬鹿な自分がそう簡単に許されてはいけない気がする。







 間もなく入った休憩時間に、ネット向こうの一年女子たちに手を振られた。


「彩香さーん。さっきのナイスでしたー!」


 モブ中央の美郷が満面の笑みで可愛らしい声を張り上げている。 

 ということは、沖田王子の応援の合間にでも先ほどの跳躍成功を見られていたのだろうか。

 いつの間に名前で呼ばれるようになっていたのだろう。

 ずいぶん懐かれたものだ。

 最初のころと大違いだな、と思いながらくすりと笑って手を振り返す。


 ――と。


(あれ……?)


 一年生集団からかなり離れたところに、珍しい――というか、およそこの場に似つかわしくない――人物の姿を見留めてしまった。 


 かなりゆったりと着崩したワイシャツに緩く引っかけただけのネイビータイ。ベリーショートで切れ長一重が特徴のあの男子生徒は――。 

 しかも見間違いではないとしたら、今一瞬自分に向けて軽く手を上げたのではなかったか?


 若干おそるおそるという体で、かなりグラウンド端に近いネットに歩み寄る。


「……ど、どうしたんですか? 塚本先輩?」


 一見したところ(今日は)機嫌悪そうには見えないが、元々表情の乏しそうな御仁だ。

 何を考えているのかはわからないし、油断も禁物だ。

 いつ、どのようにスイッチが入ってまたあの時のようになる(暴れられる)かもわからないし……。

 かといって目が合ってしまった以上、スルーするのも自殺行為な気がする。(後々何をされるかと思うと怖すぎて無理だ)


「いや、帰りがけにアンタが動いてる姿が見えてな。今日から復帰か? 大丈夫か?」

「えぇー…………ま、まだそうやって心配してくれちゃってるんですか? せ、先輩も意外にしつこいですね」


 ほぼ自分のせいだというのに、やはり責任を感じてくれて気にしてくれて……というのは時間が経っても変わらないらしい。


 ふっと軽く噴き出すようにして塚本が金網に手を掛けた。


「ビビってるわりに本当に口の減らねーヤツだな、アンタ」


「うげっ! す、すいませんっ! こ、この口が悪いんですっ、いつもいつも勝手に暴走してっ!」

「ほんっとにおもしれー女だな」


 今日は大丈夫らしい。

 ぺこぺこ頭を下げまくる様子をクスクス笑って眺め下ろしてくる塚本を見ながら、そっと息をついた。 


(こんなに穏やかそうに笑うヒトなんだ……。怖いときはおもいっきり怖いけど)


 そんなにストレス溜まってるのか、なんて早杉翔にも訊かれていたくらいで―― 


「あっ。そういえば塚本先輩。デートどうでした?」

「え」

「この前……日曜日? 早杉さんとどこか、行かれたんですよね?」


 ああ、と泳がせていた目が何かに思い至ったらしく――

 一変して何やら意味深な笑みが刻まれた。

 

「なかなか激しくて濃い時間だったぞ」

「!」


 そんな塚本の表情に、全身が一瞬のうちに凍り付いてしまった。


(……こ、濃い!? 激しい!? い、いったい何を……)


 こ、これはもしや――うっかり近付いてはいけない関係なのでは……?   

 あ、アレ? おかしいな……早杉さんノーマルって、女の子好きって言ってたはずでは―― 

 っていうか瑶子さんがいるのに塚本先輩と……う、浮気!?


「そ……そうですか。で、でででも大丈夫……です。あ、あたし内緒にしししときますんでででで」


「ぶ……っ」


 青ざめながらジリジリと後退り始める彩香に大きく噴き出したかと思うと、


「なに想像してんだアンタは……」


 塚本が苦しそうに笑いをこらえ始めた。  


「違……っ。アイツはそんなんじゃ……いや俺だって冗談じゃねーぞ。っつか……ど、どういう発想を――くくく……」


「せ、先輩?」

「安心しろ。早杉はそういうんじゃねえ」

「そ……そうですか。――って、え? 『安心』って……」


「ん? あいつが好きなんだろ?」

「でっ!? えっ……えええぇっ!?」


(なんであっさり、何の躊躇いもなくこのヒトがそれを言うのだろう!?)

 

 や、やっぱり自覚がないだけで、そんなにわかりやすい言動をしてしまっているのだろうか。

 周囲に駄々もれ状態なのか!?


「なん……ななな、なんで……」

「んー? なんでだろな。何となくわかった」


「す、すすすみませんがあっ! ななな内緒に! 秘密にーー!!」

「ぶはっ。い……いいけど、大丈夫か? 内緒にしてほしいヤツの声量じゃねーけど」


「どうかお願いしますーーー!!(聞いてない) どうせ……どうせあきらめるんで! どうか!!」


「――なんであきらめる?」


「なんで、って……」

 

 どうしてみんな同じ返ししかしないのだろう。 

 そもそも彼女持ちなヒトだし。

 というか、たとえフリーだったとしても自分なんて――こんな自分の想いなんてまるで叶うわけないのに。







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