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陽だまりにて待つ!  作者:
第3章 なんでこうなるかな?

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本日の天気?……暗雲たちこめてますね(4)




    

 怒涛の勢いで押し入ってきたのは、やや意外な人物だった。 


「いつまでちんたら着替えてんっスか、そこの神様に贔屓されまくってるお二人サン?」


 開け放ったドアを押さえもせず、据わった目でジトッと睨みつけるように仁王立ちしているのは――    

 嵐を彷彿とさせる今しがたの襲来からは(スケール的に)程遠い小柄な人物。       

   

「西……」


 しかも通常であればここに立ち入れないはずの、見慣れた一()()である。

 中途半端に名を呼びかけて一瞬翔と顔を見合わせ、念のため瞬きまでして確認してみるが……


 やはり見間違いではないようだ。 

 取り巻くオーラが何やらドス黒く物々しい雰囲気を醸しだしていて……とにかく不穏極まりない。

 が、とりあえず意を決して侑希がそろりと身を乗り出した。 


「に……西野、ここ男子部屋――だけ……ど?」


「だから?」


 おそるおそる部屋の間違いを指摘しかけたセリフがピシャリと一蹴された。

 ということは彼女――彩香は承知のうえで開けたということで……。


「そんなこともわかんないバカって言いたいんっスか? ええ、ええ! そりゃーもう優秀なお二人に比べたらとてつもない馬鹿ですけど?」

「い、いや……」


 何か――とんでもなく怒っているらしい。

 怒って、というか変に投げやりになってヤサグレているようなこの空気はいったい……?

 しかも声にやたらドスが利いているうえに、「ら」行の発音がすべて見事な巻き舌になっている。


「いや、おま……俺らが着替えの真っ最中とかだったらどうしようとかは考えなかっ――」

「減るモンじゃないっしょおおおおおぉ?!」


 苦笑いしながらの翔のアシストさえ一刀両断された。 


「………………」


 どうしたというのだろう。

 いつも以上に元気――というか、今の彩香は無駄に迫力満点で下手に近付いたらかなりマズイ状況になりそうである。    

 男二人、言葉なくまたもや顔を見合わせてしまった。


 やはり昨日の図書室でのことが原因だろうか。

 昨日は辛うじて普通に接してくれてはいたが、一夜明けてやはりとうてい許せる心境ではないと思われてしまった……のかもしれない。

 だとしたら今すぐ謝るべきだろうか……と侑希は軽く唇を噛み締めて思案する。 


 ふと視線を感じて横を見ると、微妙な表情で引きつり笑いを浮かべている翔。

 コレのどこが繊細だ?女らしいだ?と目で訴えてきているのはわかった。

 わかったが――――申し訳ないがちょっと答えに詰まる……。

 ……時と場合によるのかも、と後で付け加えておこう、と密かに決意した。


「……(舌打ち)……沖田くん」


「は、はいっ!」


 普段より数段低い彩香の声に明らかに肩をビクつかせて振り返ってしまい、少しばかりヘコんだ。

 な、情けない。


「もう集合時間なんっスよ。新男子部長がこのザマっスか? え?」

「ご……ごめん」


 情けないが、ヤサグレ彩香に対してはもう……とりあえず謝るしか逃げ道は無さそうだ。


「早杉さんも。一、二年に示しがつかないとは思わないんスかあ!?」

「あー……はい、サーセン」


 翔に至っては「触らぬ神に祟りなし」とばかりに両手を上げて、やや苦笑をもらしながら完全降伏の構えである。

 

「今日はコーチが休みらしくて、全部あたしの采配で進めていいってことなんで」  

「え」


「どうせまだ思う存分暴れ――激しく動けないんで、せめて練習に関して口出しだけでもさせてもらおうと。…………何っスか? 何か文句でも?」

「い……いえいえ」

「アリマセーン」


「ちゃんとグッチ先生の許可はもらってあるんで。文句あっても聞かないけどね? 知らないうちに新部長らしいし!?」

「…………」


「っていうワケなんで。二人ともやる気があるならとっとと出て来やがってくださいね? 夜露死苦ぅぅ!!(巻き舌)」


 ばたん。

 妙な余韻を残して去っていった嵐に度肝を抜かれ、決して短くはない沈黙につい身を委ねてしまった。


「……なんだアレ? あいつどうした?」

「さ……さあ」


「――つーか。すげえ繊細で女らしかったな」

「…………(やっぱり)」


 あんなことをしてしまった自分にまで話しかけてくれたことにはホッとしたが、あの機嫌の悪さは何だろう?

 昨日のあれがやはり何か悪い影響でも及ぼしているのだろうか。

 だとしたら無理もない。やけに自分の方を睨んできていたような気もするし……。


「じ……じゃ行こうか。鬼コーチ待ってるし」

「お……おう」


 まだ行動を制限されていて動けない分せめて口出しを――ということなのだろうが……。  


 あの迫力だと部員一同、そうとう絞られて地獄を見るのでは?と、ひたすら申し訳ない思いに駆られた。  

 しでかしてしまったことの報いを自分が受けなくてはならないのは当然だが、第三者にとっては「とんだとばっちり」でしかないのだから。







 ◇ ◇ ◇ 







「何っっだ、この空気……?」


 ゴメン皆ほんっとゴメン……と心の声で謝りながら到着した第二グラウンドは、何やら異様な雰囲気に包まれていた。 


 翔の言葉が決して大げさとは思えないほど、それこそ空気が違うという感じで――。

 気のせいではないという証拠に、どうやら同じことを感じているらしい部員全員がドス黒い空気の発生元――西野彩香と高瀬柚葉――を戦々恐々といった体で交互に見つめている。 


 それとなく近くの部員に様子を訊ねたところ、珍しく別々にグラウンドに現れた時から彼女たちの様子はこうだったらしい。

 いつどこで誰がどう見ても仲の良い二人が、どういうわけか一時も行動をともにしていないだけでなく一度も視線を合わせてすらいないのだという。 


(え……? ってことはもしかして、さっきの機嫌の悪さって……)


 昨日の自分の行いに対して怒り心頭のせい――ばかりではなかったと……いうことだろうか。

 いや、どう考えても自分が悪かったし責任逃れをしたいわけではないが。   

 

「ど……どうしたんだろう? ケンカかな……? 珍しい」

「――――かもな、この雰囲気じゃ」


 額を押さえながらついもらしてしまったつぶやきに、翔が低いトーンで律儀に言葉を返してきた。

   

 記憶がある限り初めてのことではないだろうか。種目練習中以外であの二人が一緒にいないなんて……。

 いったい何があったのだろう。


(少なくとも昨日の練習終わりまでは、確か二人は普通に――) 


 不穏な女子二人を遠巻きに眺める部員たち同様、ストレッチしながら何気なく観察していると。

 ふいに。何かの拍子にこちら側を向いた柚葉が、一瞬今まで見たこともないような鋭い視線を投げかけてきた。


(……!)


 思わずたじろぎかけてしまったが、その視線が正確には、少しだけ離れて立つ翔に向けられていることに気付く。

 翔も気付いたらしく、苦笑いして目線を逸らしながら「うわぁ……」などとぼそりとつぶやいていた。

 かと思うと、かなりの距離があるにもかかわらず「フン!!」と聞こえそうなくらい大げさに顔を逸らされていた。


「…………何? 翔、高瀬に何かしたの?」


 同じ陸上部ということ以外で、この二人に何か接点があっただろうか。帰り道、ときどき四人で駅で出くわしたりはするが――。

 何かあったのだとしても、あの穏やかな柚葉にしては珍しい態度に思えてならないが。

 驚きを隠せないまま目を瞠って訊ねる侑希に、


「や――高瀬に、っつーよりは……。あー。いや、何でも……」


 ため息まじりに苦笑しかけ―― 

 そのまま翔がふっと動きを止めた。


「つーかさ、侑」

「ん?」


「高瀬って……名前、似てねえ? おまえのその……昔のコに。それに長い髪って特徴も」


 柚葉――「ユズ」……と「アズ」? 

 似て、なくもないが―― 


「けど、俺が翔に話してたのは『アズ』って名前なんだろ?」


 もちろん憶えてはいないが。


「そう……なんだよなあ」


 やっぱ違うかあ……とぐしゃりと前髪をかき上げて翔はため息を吐いた。


 似たような髪型なんてごまんといる。変えようと思えばすぐにでも変えられるだろうし。

 それに、もし仮に翔の記憶違いとかで「ユズ」が正解だったとしても。 

 彼女――高瀬柚葉が()()()だとは限らない。むしろ可能性はかなり低い。


 もしそうなら、少なからず何かしらのアピールを――そういった内容を確かめようと――してくるのではないかと思うのだ。

 そういった内容どころか、その他大勢の女子に比べると近寄ってくる頻度も話しかけてくる回数も――彼女の場合格段に少ない。……ような気がする。

 元々他人を押しのけてでも前に出てくるようなタイプではなさそうだし。


 よく気が付く性格で顧問にも部員たちにも頼りにされてはいるが、決して驕らず出張ることもなく。

 常に控えめに、さり気なくフォローして回るようなコだ。人当たりのいいやわらかな微笑みとともに。

 だからこそ、先ほどの射るような鋭い視線には本当にびっくりしたのだが。(自分が睨まれたわけではなくても)


 そういえば――と唐突にあることに気が付いた。 

 酷い頭痛に悩まされているとき、大丈夫かと声をかけてくれるのも、いつも彼女が一番だったのではなかったか……?  


「――」


 あらためてちゃんと礼を言っておかなければ、と思った。


 というか、そういう大事なことに今ごろ気付くか? 

 万全ではない体調や西野彩香に対する申し訳なさばかりに気を取られて、それ以外がこれほど疎かになっていようとは……。  

 近ごろ本当に情けなさ全開ではないか。自分がほとほと嫌になる。


(けど……)


 反省しきりに項垂れかけ、ふっと別な意味で笑いが込み上げかけた。 

 いや、でもある意味気付かないのも無理はないような気がする。

 座って足裏を伸ばしながら、スタート地点に目線を飛ばす。


「じゃあまず軽ーくジョグ3000。それ終わったらインターバルそれぞれ10本にダッシュ10本。筋トレ3セットいってみようかあ」


「えぇ!? 西野!?」

「いきなりそんな!」


 部員一同相手に早くも鬼コーチぶりを発揮している、超迫力な小柄女子。


「に、西野ちゃん、それ普通に死ねるから!」

「彩香先輩どーしちゃったんですか!?」

 

「今日はあたしがコーチだ。つーか知らないうちに部長らしいし! 責任とって従ってもらおうかああぁ(薄ら笑い)」


「えっ……だ、だだだ男子関係ない……」

「つべこべ言わずにとっとと行く! ゴー!」

「ひーーっ!」


 あのハイパー元気な――翔に言わせると鉄砲玉な――西野彩香の側にひっそり奥ゆかしく控えめに居られては、柚葉のどんな素晴らしい気遣いも善行も霞んでしまう…………というか、実際気付くほうが難しいのではないだろうか?


 つい自己弁護したくなると同時に「高瀬頑張れ」、と苦笑と感謝を込めて顔を上げる。

 屈伸しながらそれとなく彼女の姿を探して辺りを見回しかけたところに――。  


 前触れなくザッと立ちはだかった二本の脚。


「ほぉーーーう? さっすが全国行くヒトは笑ってられるくらい余裕なんスねえぇ……」


 やや遅れてやってきた天罰(昨日の)だろうか。

 世にも恐ろしい()()で一日鬼コーチに見下ろされていた。

 ムチ代わりだろうか。なぜか右手には片側の持ち手ハンドルが外された縄跳びがしっかり握られている。(……って何故にムチ?) 


「あ……いや、その」

「ならインハイ王子には軽ーくみんなの倍、動いてもらおうかなあぁぁ」

「えっ? い……いや西野……俺笑っては――」


「え? 笑ってたよ? 確かに見たけど? たった今の自分の行動すらもう忘れた? さっすが、やっぱり大事なコトいろいろと綺麗さーっぱり忘れる特技をお持ちなんですねえぇぇぇ」


「えっ……え? わ……忘れてないよ。き、昨日のことは本当にゴメ――」

「っ!? そ、それは忘れろっ二度と思い出すな口に出すな! っていうかいいから早く行けえええええぇ!!」


「!?」


 結局のところ具体的に何に腹を立てているのか――はたまた単に八つ当たりなのかはわからないが、やはり昨日のこともひっくるめてとにかく、かなり、とてつもなく怒り心頭なのは確からしかった。



 恐ろしいことに、その小鬼コーチによるスパルタぶりは日曜日を除いてその後数日――次の診察で部活動許可がおりるまで――ずっと続いたのである。







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